対局が終わり皆ひろゆきや衣に視線を向ける中で純と一だけが透華に視線を向けていた。
(2局続けていいところがなかったからなぁ……)
(透華は目立ちたがりだからね……)
今まさに肩を震わせその怒りを爆発させようと。
「さすがは井川プロですわ!」
しているわけではなく、羨望の眼差しを向けていたのだった。
「怒ってないのか?」
「怒る?なぜ私が怒る必要がありますの?」
虚勢や意地になっているわけではくその表情は晴れやかそのものである。
「たしかに今回はあと一歩及びませんでしたわ。で・す・が!2回も井川プロと同卓でき、そればかりかこの世に2つとない奇跡の牌譜を手に入る程の大収穫ですわ!」
(透華のあと一歩でけーな)
(なんていうか……透華らしいや)
2回戦など焼き鳥であったのだが、それを指摘するとどうなるかは火を見るよりも明らかなので純はそっとこの言を胸にしまいこんだ。
「そういえば……私のラスヅモは一体なんだったのでしょう」
ちらりと残った牌を見やる。
ひろゆきが和了ったため引くことのできなかったラスヅモである。
{⑧}
透華手牌
{六六六七七七777④④⑧⑧}
⑧筒、透華の和了牌であり、しかも逆転の四暗刻の和了牌であった。
「…………………」
何を引いたかは牌を持ったまま牌を持ったまま固まる姿を見れば一目瞭然でありこの後透華の反応も大体予想できた。
(見たってなんにもならないってのに……)
(ああいうのって大抵和了牌なんだよね)
本人に聞こえないようひそひそと話す2人だったが透華の地獄耳はそれを聞きつけ八つ当たりという名の憂さ晴らしを開始するのであった。
第十四話「理想」
「こんなところに来て、一人で何やってんだ」
「アカギ…… 」
ひろゆきの勝利の喜びに湧く最中ひっそりと抜け出した衣を追って来てみれば、そこは学校の屋上であり、そこに膝を抱えながら衣が鎮座していた。
「アカギ……衣は……・衣はおかしくなってしまった……」
「ほう……」
まるで要領の得ない言葉だったが、衣の反応を予想していたかのか赤木の顔に驚きの色はなかった。
「衣は今まで自分の感覚で打って敗れたことは1度もなかった……」
良く見れば瞳にうっすらと涙を溜めており泣いていたことが窺えた。
「それ故に衣が異質で……他の者と違っているから孤独なのだとそう思っていた」
ぽつりぽつりと明かされる衣の心中を赤木は黙って聞いている。
「だがアカギ、お前がそんな“特別”から衣を解放してくれた。だからこそあの日敗れても衣はむしろ喜びに震えていた」
長い間求めていた同類にようやく会えた……衣にとって何にも得難い希望の光だった。
「今回も感覚に従ったのに衣は敗衄した。なのに全く心が晴れぬ……」
不完全とはいえ衣と対等に打てる人間が増えたというのに喜ぶどころか落ち込んでいた。
「衣……」
そんな心情を汲んだのか衣の近くに歩み寄り……。
パシーン
中指を親指にひっかけ額には弾き出すいわゆるデコピンを放った。
「~~~~っ!いきなり何をする!」
かなり痛むのか、おでこをさすりながら赤木を睨みつける。
肝心の赤木はその様子をおかしそうに眺めていた。
「衣よそいつはな……お前さんが一歩成長した証さ」
「何を言ってるんだ?衣は負けたのだぞ」
勝って成長を褒められるなら理解できるが、敗れてなお赤木はそう言い切った。
「いやそれが重要……お前が抱いてる物の正体教えてやろうか?」
正体と言われても衣にはピンとこないため首をかしげるだけであった。
「今お前な、初めて悔しいって思ってるんだよ」
赤木は衣の隣に腰を下ろす。
「悔しさは成長のためのいわば肥料……悔しい思いをしたくないから人は勝とうとしたり、目標に向かって進むことができる……」
ふと空を見上げるといつの間にか月に雲がかっておりその様子を窺うことができなかった。
「だがこの悔しさってやつが曲者でな……お前今まで本気で悔しがったことなんか一度もないだろ?」
「そ、そんなことはない、衣だっていっぱい……」
見透かしたような赤木の洞察に否定の意思を示したものの、その言葉に力はなかった。
「悔しさってのは物事に真剣に取り組んで……それでもうまくいかねえ時に初めて悔しいって気持ちが芽生えるんだ……あんな麻雀をしてるようじゃ芽生えなくて当然さ」
「イガワとの対局は衣も全力だった!本当だぞ!」
手を抜いたと思われたのが侵害だったのか今度は慌てて否定する。
「そういうことじゃない、お前は自分の頭で麻雀を打ってるわけじゃねぇんだ。感覚のみの……言ってみれば他人に教えられながら打ってるようなもの……悔しさなんて湧いてこなくて当然さ」
「感覚……だけ……」
「そう、だから一歩前進なんだ少なくとも……自分のポカで負けて悔しいと思える程度にはな……」
衣手牌
二三四②③④⑤⑥23488 ツモ1索
「あの時お前が面倒くさがらずに打4索として入ればあんな見え見えの国士に振り込むこともなかった……ひろのことを見下して勝手に自滅……典型的自業自得」
衣にとっては酷な内容だったが衣は真剣に赤木の話に耳を傾けていた。
「いいか、お前の能力は他の誰にも持っていない強力な武器だ。だがその武器に振り回されてるようじゃダメだ……感覚はあくまで選択肢の一つ……自分の頭で考えなきゃ操り人形となんら変わりはしない……」
今まで感覚にしか頼ってこなかった衣の心に赤木の言葉が突き刺さる。
「アカギ……」
どこか遠慮がちに問いかけようとする。しかし
「いや……なんでもない……」
「……そうか」
浮かんだ疑問を言葉にするその直前で聴くべきではないと感じ口にすることができなかった。
(アカギ……お前も……)
“悔しいと思ったことがあるのか”
しかし何故かそれだけは聞いてはいけないと直感した。
例え聞いたとしても赤木は答えてくれなかっただろうそんな確信があった。
「そろそろ戻るかあんまり遅いとお嬢様に何言われるかわからないからな」
ズボンについた埃を払いつつ赤木は立ちあがり帰り口のドアに向かう。
その背中は近くにあるようでそれでいてとても遠くにあるように衣は感じた。
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2度も予定にない対局があったこともあり予定終了時刻よりはるかに遅れてしまったが、
本日のひろゆきの役目も終了し部員達の目の前で別れの挨拶を行っている。
「本日はお招き頂いてありがとうございました。今日学んだことを今後活用できるように基礎をおろそかにすることなく練習に励んでください」
挨拶を締めくくると一斉に拍手が巻き起こる。
部屋の隅では赤木までもが拍手しており、ひろゆきはとても気恥ずかしく思えた。
本日の部活はこれで終了となり、帰り仕度を整える者、携帯電話を取り出しいじるもの、談笑にふけるものと部員達の行動は様々だった。
「しかし天江もいい気味だわ」
「ほんとほんといつも偉そうにしてさ、本当にあの子調子乗ってるよね」
その中のおそらく上級生だろうか、本人の聞こえないところならまだしもわざと聞えよがしに陰口をたたいていた。
(はぁ……どこにもあるんだなこういうの……)
透華がついているために直接言えない不満もあったのだろうが直接的でない分陰湿さが際立ってでおり本人達の底意地の悪さが窺いしれた
「井川プロ、本日は遠路はるばるお越しいただいてありがとうございました。一同を代表して改めて御礼申し上げますわ」
「え?ああ、こちらこそ……」
そうこうしているうちに透華がひろゆきの前に出て賛辞の言葉を送る。
透華にもその声は聞こえていたがひろゆきのいる手前表面上は冷静に勤めた。
「えっと……赤木……君はどこに……」
「あら、さっきまではそこにいたのにどこかへ行ってしまったようですわね……」
最後に赤木と会話をかわそうと赤木を探すが、すでにその姿はそこになかった。
(そうか天江さんを助けるために……)
先輩部員の蔭口から遠ざけるために衣を連れ出したのかと納得する。
実際どんなつもりだったのはわからないが、少なくともひろゆきはそう思いたかった。
(またいつか会えますよね……赤木さん)
このまま麻雀を続けていればいつか必ずまた会えるだろう、その時こそ……。
「井川様、僭越ながらお車を用意しております。どうぞこちらへ」
「うわっ?あ、ありがとうございます」
突如として現れた執事風の男に驚きを隠せなかったものの、その丁寧な佇まいに思わず萎縮してしまう。
「ではハギヨシ、後は任せましたわ」
「かしこまりましたお嬢様」
そう言い残すと透華は衣のところへと向かった。透華も衣のことが心配になったのだろう。
しかしよく見ればその様子は今朝会った時とはどこか違うように見えた。
(やっぱり、今いるロートルのみなさんには消えてもらう必要がありますわね)
衣のため、自分の思い描く麻雀部のためにも今いる部員達は全員不必要である。
それが透華の下した結論であった。
(透華……)
そんな様子をはじめは心配そうに見ているだけしかできなかった。
ひとまずはひろゆきの出番はここで終了です。
ですがこれからもひろゆきはプロの面々と絡ませるには
便利な存在なのでちょくちょくと出番はあるはずです。
少し短めですが今回はこんな感じで