アカギ?外伝 「鼓舞」
インターハイ出場をかけた地区予選大会。
ここ風越高校では男女を問わず部員全員が応援に駆け付け、結果見事予選を勝ち抜くことができたのであった。
ここ地区予選会場控室で、本来ならばこの勝利を祝い、喜びを分かち合う場面なのだろうが、部員の空気は重く、誰一人としてはしゃぐ者はいなかった。
なぜなら……。
パァンと頬をたたく乾いた音と共に麻雀部コーチ久保の怒声が部屋全体に響き渡ったからだ。
「なんださっきの試合は!!キャプテンのお前が生ぬるいから下があんな打ち方をするんだ!!」
頬を叩かれたのは部長である福路美穂子。左頬が赤くはれ、美穂子はただ、久保の怒声に耐えるだけである。
「……」
その姿を赤木は戸惑いかはたまた怒りか……いずれにしてもその表情から読み取ることはできないが、黙ってこの様子を眺めているだけだった。
「池田ァァ!!テメェさっきの⑦筒はなんだ!」
怒りの矛先が変わり今度は池田がつるしあげられる形となった。
「相手がちょろかったから良かったものの、あんな腑抜けた打ち方が全国に通用するわけねーだろ!」
襟をつかみギリギリと締め上げられる池田は黙って久保の叱責に耐える他なかった。
「お前、去年もそれでシクったよなぁ?」
普段スパルタ気味の久保がここまで怒ることは珍しいことではなく、どの部員も一度は彼女の怒りに触れているため目線を下に落とし、早くこの時間が終わらないかと黙って見ている他なかった。
「お前が倍満振り込んで……うちの伝統に泥ぉ塗ったの忘れたのかよ!」
「ひっ……」
再び腕を振りかぶり、張り手が飛んでくると思いギュッと目を閉じる池田であったが、いつまでたっても左頬に痛みはやってこなかった。
「そこまでだ、先輩」
赤木のしたことは至極簡単なことだ。
一歩前に出て久保の腕を掴む。ただそれだけのことだ。
しかし、その簡単なことを行えるほどの勇気を持った部員は残念ながら、美穂子だけであり、他の部員は赤木のまさかの行動にただただ唖然とするばかりであった。
「お前……何のつもりだ」
掴まれていた手を振り払い、久保は忌々しげに赤木を睨みつけた。
「いくらなんでもやりすぎって言ってるんですよ……たった一回のミスなら訓告程度で充分……なにも手を出すことはない……」
現在久保の抱いている感情は確かに赤木に対する憎らしさもあるが、それ以上に占めている感情は意外さだった。
久保の記憶によれば、赤木と池田の仲は良いどころか悪いといっても過言ではない。池田が怒られる様を見て、心の中でざまあみろと悪態をついていても不思議ではないからだ。
しかし久保はその態度を表に出すことなく、いっそう強く赤木を睨みつけた。
「それにあの時の池田の流れからすれば下手に守るよりも、あのまま突き放しにいくほうがずっと勝算が高かった……あの⑦筒切りもあながちミスとは言い切れないんですよ」
「言わせておけば……」
赤木の無礼な態度に久保の堪忍袋の緒が切れ、赤木に詰め寄ろうとするが、その前に美穂子が立ちふさがった。
「待ってください!しげるの態度については謝ります!けど、しげるはただ自分の考えを言っただけなんです、この子に罰を与えるならかわりに私が受けますからこれ以上は……」
この美穂子の必死に訴えかけるような眼差しに毒気が抜かれた久保は軽く舌打ちをすると
「帰ったらみっちりミーティングだからな!」
と、言い放ち、部屋から退出していった。
同時に張りつめていた空気も和らぎ、ほっと胸をなでおろしたが、目の前で泣き崩れる池田を前にしてそれを表に出すものは誰もいなかった。
「まったく……ざまあないな……」
だというのにこんな言葉が出てくるのはよっぽど性格が悪いか、池田に恨みを持っているのか……あるいは両方なのかもしれない。
「ちょっと怒鳴られたくらいで泣き出して……案外涙もろいんだな、お前」
「しげる!」
歯に衣着せぬ言い方をする赤木を美穂子は止めようとするが、赤木はさらに追い打ちをかけた。
「お前のことだ、どうせ対面の寿台飛ばして勝とうとかろくでもないこと考えてたんじゃないのか?」
「……にが……たいんだよ」
「ん?」
「お前なにが言いたいんだよっ!」
もともと激しやすい池田が赤木の言葉に耐えられるはずもなく、いままで泣き崩れていた池田は立ち上がり、涙を浮かばせた瞳で赤木を睨みつけた。
「ハハハ、やっと調子が出てきたじゃないか」
「ふざけんな!そんなに無様な打ち方をした私がおもしろいのかよっ!」
「別に……そんなわけじゃないさ」
顔を赤くし、叫ぶように出した池田の声だというのに、赤木はひるむことなくいつも通り涼しい顔を維持している。
「うそつくな!お前は……」
「まったく……お前もあの先輩も、どうしてずれたことばかり言うのかね……」
やれやれとばかりに溜息を吐く姿は池田のみならずここにいる全員を挑発しているように見えた。
「そもそも……お前なんで叱られてたんだ?」
「はぁ?」
赤木の予想外な言葉に池田はなんとも間の抜けた声を出した。
「なんでって……お前本気で言ってんのかよ……」
もしかしたら今までの話をなにも聞いてなかったのかとも思ったが赤木ならありえるともちらりと思った。
「お前は結果として勝ちを収め、チーム自体も優勝できた……怒鳴られる筋合いなんかないじゃないか……」
もしかすると赤木は池田の怒りを煽るためにこんなことを言っているのではないか、そう考えるといっそう腹立たしく感じてきた。
「……私が間違った打牌をしたからだよ」
「はぁ……まったく……」
赤木は一つ溜息をつくと今まで薄く浮かべていた笑みを消し、真剣な面持ちで向き合った。
「なあ、その間違った打牌ってなんだ?」
「え……」
予期せぬ赤木の問いに池田も一瞬戸惑ってしまった。
「だから……牌効率だとか期待値だとか、そういう……」
「バカ……そこからもうずれてんだよ」
「っ……!このっ!」
一応の回答をしてみせたというのに最後まで聞こうとせず、あまつさえその答えさえも否定された池田はさらに怒りを激しくした。
「まぁ……これ以上お前に言ってもわからないさ……」
そう呟くと踵を返し、部屋から出て行ってしまった。
「なんなんだよ……何が言いたかったんだよ、あいつは……」
池田のやりきれない言葉だけが部屋中に広がり、どこにもぶつけようの無い怒り腹の中に溜め込むほかなかった。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「池田、赤木、ちょっと来い」
次の日、昨日のこともあって今だ気まずい空気が流れている二人を、久保は呼びだした。
「まず赤木、どうして昨日はミーティングに出なかった?」
口調こそは荒げていないものの、言葉の中に怒りが含まれていることは明白であり、気の弱い生徒なら口ごもってしまうこと間違いないだろう。
「なに、ちょっと外せない用事がありましてね……部長のほうから連絡があったと思うんですけど」
なのにいけしゃあしゃあとこんな言葉が出てくるのだから赤木の胆力はそうとうなものだろう。
「ちっ、まぁそんなことはどうでもいい今回お前を呼んだのは、お前の態度のことだ」
赤木の不遜な態度に久保は若干憤るものの、気を取り直して本題に入った。
「部活はろくに来ない上にすぐ早退するし雑用はしない、挙句の果てには成績も悪い……お前からやる気が感じられないな?」
「…………」
隣で聞いている池田でさえ内心動揺し、気が気でないのに対し赤木はいつもの表情を保ち、久保の話を聞き流しているようにも見えた。
「ここまで言えばもうわかるよな?赤木、お前を麻雀部から除名する」
ここにいる全員が予想できた言葉だが、いざ言葉として現れると、部室全員に戦慄が走った。
「待ってください!たしかに最近休みがちですけど、いくらなんでも退部は急すぎます!私がきちんと言い聞かせますから、どうか……」
久保の言葉に真っ先に反応を示したのはやはり美穂子だ、今にも泣き出しそうな勢いで、必死に頭を下げている。
「落ち着け、話はまだ終わってない」
このまま聞く耳を持たずあっさり退部が決まると思っていただけに赤木も意外そうな表情を見せた。
「次に池田、昨日のミーティングでも言ったがお前は成績にムラがありすぎる」
「……はい」
話の矛先がいきなり自分に向いたため、ただ一言返すのがやっとだった。
「負けたら後のない大会だ、もしお前の強打が裏目に出れば自分だけじゃなくチーム全体に迷惑がかかる。それはわかるよな?」
「そ、それって……」
レギュラー落ち。
直接言わずとも、そう言いたいことは明らかだ。
「そこでだ、今からお前ら二人でペアになって私と打ってもらう。いい結果が出たなら今回の話は水に流そう、だがもし無様な結果だったら……」
「けっ……結果だったらどうなるんですか……?」
どうなるのかなど、半ばわかってはいるが、それでも池田は震える声でたずねるしかなかった。しかし事態は池田の予想を大きく上回っていた。
「退部だ。2人共な」
久保の無慈悲な一言はいまだざわつく部室を静まらせるには十分だった。
「もし、この話を受けないならそれでもいい。赤木は退部してもらうことになるが、お前の処分はレギュラー落ちだけですましておいてやる。
「……だ、そうだがどうするんだ?俺はどっちでも構わないぜ」
あくまで他人事のように話す赤木を横目でにらみつつも池田は考えた。
(もし、このまま麻雀部いいれたとしてもキャプテンといられるのはこの夏が最後だし、それに……)
昨日のミスを挽回し、またコーチに見直してくれるかもしれな。
池田の決意は固まった。
「やります!その勝負受けます!」
池田は叫ぶようにそう答えた。そうでもなければ不安に押しつぶされそうだからだ。
「わかった、じゃあ入ってきてくれ」
久保が合図し、普段非常勤の教師などが滞在している隣の部屋から何者かが部室に入ってきた。
あらかじめスタンバイしていたということは池田がこの勝負を受けてくれると信じていたのだろうが、今はどうでもいい話だ。
「あ、あの人はっ!?」
「知っているの、文堂さんっ?」
入ってきた人物に真っ先に関心を示したのは一年の文堂星夏であり、律儀に反応したのは吉留未春だ。
「女子プロ雀士の中でも実力派……通称まくりの女王こと藤田靖子プロです!」
「説明ご苦労。だが、その恥ずかしい肩書を口に出すのはやめてくれ」
半ば興奮気味の紹介に呆れた表情を見せつつも、その目は赤木たちを見すえており
その風貌からは巷にあふれるプロ達とは全く異なる気迫さえ感じられる。
「ククク……現役の、それも五指に入る実力をもつプロが相手なんだ。相手にとっては不足がないな池田?」
ただでさえプレッシャーが重くのしかかっている状況に加えて、相手は麻雀部コーチと現役プロ、これ以上ないくらいに絶望的な状況に池田は泣くのをこらえるのが精いっぱいだった。