第2話 「感応」
オレの名前は井上純、どこにでもいる普通の高校生だ。
強いて違う点を挙げるとすれば、人より少し麻雀が強いだけだ……もっともそのおかげで県内でも有数の私立高校に通うことが出来たわけなんだけどな……。
まあ人の身の上話はともかく、今現在オレは県内……いや国内でも有数の金持ちである龍門渕家のご令嬢、龍門渕透華の屋敷で働いている(いつのまにかそういうことになってた)
透華のやつが夏風邪をこじらせて死にかけているという情報を聞きつけ、見舞い兼おやつたかり(2:8)に他三名と共に来たんだが……。
『わ、私がこの程度のゴホッ風邪なんかにゴホッ屈するわけが……ゲホッゲホッ』
……と本人も言っていることだし伝染されたら元も子もないので、現在衣の部屋(というより屋敷)で適当に時間を潰している。
別に仕事をサボってるわけじゃない。これも衣のおもりっていう立派な仕事だ。そうだそうに違いない。
「そういや今日は七夕だったな」
時刻は6時を回り、そろそろ部屋に戻ろうかと何気なく窓の外に目を向ければ、飾りづけされている笹が目に入ったので今日が七夕であることを思い出した。
「そういえばそうだね、衣は何かお願い事書いたの?」
「うん、勿論!」
この年齢になってもまだ信じているなんて純粋だなと思ったが、衣の境遇を考えるとそれも仕方無いのだろう。
「それで、何て書いたんだ?」
願い事が叶うとは欠片も思ってはいないが衣がどんな願いを持っているかは気になった。
「これだっ!」
と差し出されたのは一枚の短冊。そこには
『私より強い友を所望する』
……と書いてあるらしい(達筆すぎて少なくとも俺には読めなかった)
「……ごめんな、オレたちじゃ衣の相手になれなくて……」
「ち、違う。そういう意味じゃない!」
なあに、あまり気にしちゃいないさ。ただ、今食ってるクッキーが少ししょっぱくなったな。
「それより飾らなくて良いのか?せっかく書いても飾らないんじゃあ意味ないぜ?」
「わかった。折角だから純も何か書くのか?」
自分の願いを他人の目に晒すというのは、一種の罰ゲームだ。願いが叶うならともかくそんなことは、まっぴら御免だ。
「いや、オレはいい、一お前なんか書いてみろよ」
「ええっなんでボクがっ!?純が書けばいいじゃない!」
「いや、だって恥ずかしいし……」
「…………」
……と、ちょうど衣が短冊を飾り終えた瞬間。
ドンガラガッシャーン。
「「「「っ!?」」」」
驚いたね、いきなり背後からそんな音が聞こえたと思ったら部屋の隅に人が倒れているんだからな。
「な……何?何なの?えっ誰なの!?」
突然の事態にパニックになる一に対して衣は目を大きく見開いて倒れている人物を凝視している。智紀は……いつも通り無表情だが、どことなく慌てている気がする。
そんな面々に対して純は無理矢理自分を冷静にさせ、とりあえず倒れている男を確認しようとした。頭髪から判断するに多分老人だろう。なら、最悪死んでるかもな……と、殆ど冷静になっていない頭でそう判断し、男を揺り起こそうとした。
「おい、じいさん大丈夫か!?生きてるなら返事してくれっ!」
しかしここで妙なことに気がついてしまった。老人を介抱したことは何度かあるが、筋肉はしっかりしているし、体にはしわ1つも無い。
「……まさか」
純は男を仰向けにすると改めて男の顔を確認した。そこに自分達と、そう年がはなれてないだろう若者の顔があった。全員が思考停止している間に男……赤木は眼を覚ました。
「……ここは?」
「うぇわっ!?」
思わず頓狂な声を出して思わず男から離れてしまった。
赤木は周りを見渡し。
「……なんだ?この状況は?」
(こっちのセリフだよっ!)
流石の赤木も状況がわからなかった。目を覚ましたらヤクザに囲まれていたことは数あれど、女に囲まれた経験などあまりないのだから当然といえば当然だろう。
「そこの者」
そんな誰も口を出せない妙な沈黙を破ったのは衣だった。
「……なんだ」
衣は男の姿を今一度まじまじと見つめた。
染めたわけではないであろう自然な白髪に、全身を射抜いてくるような切れ長の目、氷を思わせる冷たい雰囲気。
どう贔屓目に見ても善人には見えない……が。
「間違いない!、神がころもの願いを叶えてくれたんだっ!」
「……は?」
赤木は自分らしくもない間抜けな声を出したことも気付かず、ともかくは色々と聞いておかないといけない事が山ほどあった。
「嬢ちゃん、少しいいかい?」
「嬢ちゃんじゃない!ころもだ!」
顔を赤くして抗議しているところを見ると、彼女は子供扱いを嫌うらしい。
「すまないな…衣、まずは、ここがどこだが教えてくれないか?」
赤木は内心非常に面倒くさかったが、人を呼ばれるよりはマシと判断し下手に出ることにした。
「ここ?ここはころもの部屋に決まってるだろう?」
「……いや、出来ればもっと詳しく教えて欲しいんだが」
もう一度重ねて言っておくが、赤木は非常に面倒くさかった。
そんな状況を見かねてか混乱からようやく回復した一がおずおずと答えた。
「あの……ここは長野県△△市ですけど……」
「そうか……あと今日の日付を教えてくれないか?……出来れば詳しく」
衣よりは話が通じやすそうだと判断した赤木は質問の矛先を一に向けることにしたが、純がそれを遮った。
「今は2009年7月7日だ。それよりも、こっちからも聞かせてくれ、アンタはなぜそんなことを聞くんだ?どうして空から振ってきたんだ?そもそもアンタは何者なんだ!?」
まくし立てるかのように質問を投げかけるが、赤木は答えあぐねていた。
(さて、どうするかな……正直に言ったところで信じる訳がない……一体どうしたものかな?)
赤木は数瞬考えたが、適当に言い訳を重ねたところで自分はどう考えても自分は怪しい者でしかなく、住所もない。万が一警察の厄介になることがあれば、今よりも面倒な状況になるのは明白だ。それならば、今は彼女達の純粋さに賭けるしかない。
「いや……俺は10年前に死んだ身でね、ちょっとした賭けに勝ったんで再び生き返ったんだ。そしたらここに落ちてきたってわけだ」
「「「「………………」」」」
この場を痛い沈黙が包んだ。衣と一は驚愕の、純は訝しげな表情を浮かべている。智紀は……相変わらず無表情のままだ。当然の結果である。こんなバカげた話を誰が信じるだろうか?いや、信じないだろう。
「やっぱりね!私の思ったとおりだわ」
「そうなんですか……大変だったんですね」
「……興味深い」
「待て待て待て!お前らなに普通に信じてるんだよ!?」
訂正、4人中3人が信じてくれた。流石は強運赤木しげると言ったところか?
しかし敢えて無視していたが、そろそろある問題と直面することにした。
「嬢ちゃ……衣、さっきから願いが叶ったとかなんとか言ってるがどういう意味だ?」
このままでは自分が天使だとかに勘違いされそうだったので釘を刺すことにしのだ。
「暫し待て!」
衣はテラスにある笹から短冊を外し赤木の眼前に突き出した。
短冊の文字を確認した赤木は溜息まじりに聞き返した。
「……つまりお前の願いが叶い、その結果やってきたのが俺……という訳か?」
「そうだ!」
「……………」
腰に手を当て自信満々に答える衣に対して、赤木の方はげんなりしていた。50年の間、人間関係はあまり築かなかった方だが、このタイプの人物は初めてだからだ。
「……残念だが、俺はそんなものじゃない」
「ならば、貴方は何者?」
「いや、だからな……」
いつまでも埒のあかない論争が続くと思われたが、助け船を出したのは、今まで沈黙を保っていた智紀だった。
「……そういえば、まだあなたの名前を聞いていない……」
今更といえば今更だが何にせよ自分がまだ名乗ってないことに気がついた。
「確かにそうだな、なんにせよひとまず名前を教えてくれないか?」
智紀は純粋な興味からの発言だが、純の方は違った。
(生き返ったとか何とか言ってるけど、大方、物取りか変質者なんだろ?)
突然空から降ってきたことは気になるが、さしあたっての課題はどうやってこの男を警察につき出すかだった。
しかし次の赤木の発言により純は考えを大きく変えることになる。
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は赤木……赤木しげるだ」
「赤木しげる……だと……!?」
「「「???」」」
明らかに動揺している純に対し他三名は聞き覚えが全くないのでキョトンとしている。
純はしばらく考え込むとある提案をした。
「……なあ、赤木さんよ、これ以上埒のあかない話はこっちだってしたくない……どうだ?ここは一つ勝負をしてみないか?」
「……なんだ……?」
その瞬間、この空間の温度が数度下がったのを確かに感じた。空調が故障したわけではない、赤木の周りの『熱』がガラリと変化したのだ。
一瞬怯むが、純は言葉を続けた。
「いや、簡単な話さ半荘1回の勝負でトップをとったなら、私達はアンタの話を信じようじゃないか」
「……それで、俺が負けたら?」
ただの内容確認だというのに純は尋問を受けているかのような気分だったが、それを無理矢理押し殺した。
「……アンタをただの変質者と見なして警察に突き出させて貰う」
「ククク……随分な言い様じゃないか……まぁ、当然といえば当然か」
警察という単語にも微塵も気に掛けない様子に純は若干恐怖した。
「どうだ衣?これならこいつがお前より強いのか一発で解る良い方法だろ?」
これを聞いた衣は目を爛々と輝かせ大きく頷いた。
「そうだな、もしアカギが凡百の徒ならば、それまでのこと……もし貴方が私の友となるならば、この位の試練は乗り越えてくれなくては話にならない」
先程赤木が否定したにも関わらず、また勘違いされかけている事はともかく、勝負自体は望むところだった……が赤木にはどうも腑に落ちないことがあった
(この天江って嬢ちゃんはともかく、何故この女はこんな話を持ち掛けたんだ?)
予測や憶測で言っている訳ではない明らかに自分のことを知っているかのような口振りだ。
(まぁいいさ、ひとまずここはこの場を乗り切るのが先決だ……)
腹は決まった。
「わかった……受けようじゃないか、その賭け……ギャンブルを……!」
ここに赤木対衣の決戦の火蓋が切って落とされた……。
「……と、その前に聞きたいことがあるんだが……」
「なんだ赤ドラなら4枚だぜ?」
赤木が何を言いたいのか解らず、純は首を傾げた。
「そうじゃなくて、お前達の名前を教えてくれないか?いつまでも嬢ちゃんなんて呼ばれたくないだろ?」
「………………」
………とにもかくにも、今度こそ赤木対衣の決戦の火蓋が切って落とされた。