赤木との対局を前にする面々だったがここである一つの問題が生じた。
麻雀は4人で行う遊戯である……と、言えば、お分かりいただけるだろう。
「それで、一人余っちゃうけど、どうする?ボク抜けようか?」
一見すると、自分が犠牲になろうとしているように見えるが、実際はあの夜の恐怖が忘れられず、無意識に衣との対局を避けているのだった。
「いや……悪いけど、今回はオレが抜けさせてくれ。あの男の打ち筋を後ろから見てみたいんだ」
そんな一の心境を察してはいるが、純は自分の希望を通そうとした。時々こういう自分の性格が嫌いになる。
「いいけど……純って、あの人のこと知ってるみたいだよね?知り合い?」
「ん?いや、そんなんじゃないさ……」
一の質問を純ははぐらかすことしかできなかった。
話しても仕方のないことだし、純自身が信じられないことだからだ。
「智紀もそれでいいよな?」
「……かまわないけど……お願い」
そう言って差し出したのは、智紀がいつも携帯しているノートパソコンだ。
「わかったよ、いつも通り記録しておけば良いんだろ?」
智紀はコクリと頷いた。
「……相談が済んだのなら、早く始めたいんだが……」
すでに卓についている赤木が文句をこぼした。やはり女の子の部屋は居心地が悪いのだろう。
かくして赤木VS衣……怪物同士の戦いが始まった。
賽も振り終わり席順は以下のように決定した。
東家 沢村 25000点
南家 国広 25000点
西家 天江 25000点
北家 赤木 25000点
「さあ、始めようか還魂の徒よ、貴方が衣の友となるか、贄となるかの運命の一局を!」
卓についた途端天江の纏う気配が一変した。
歴戦の兵であり、あらゆる修羅場をくぐった赤木はそれを敏感に感じ取り、同時に確信した……苦戦の予感を……。
東一局 六巡目
親:智紀 ドラ {六}
赤木手牌
{二三四五五③④④⑤6667}
(好形の一向聴だけど……果たしてどうかな?)
栗最中片手に考えるのは衣の力のことだ。
十二巡目
赤木手牌
{二三四五五③④④⑤6667}
捨て牌
{9西①八②一}
{⑨二東1⑧中}
受けは{五②③④⑤⑥56789}と手広いはずだが、純の予想通りあれからまったく変わっていない。
(第一……④筒、5索を引いた場合中ぶくれの悪行待ちだし、他もすでに切れてたり他家が持ってたりで引くのは絶望的だ……)
なまじ待ちが広いだけに赤木の手は死んだも同然だった。
十七巡目
打{四}
「ポンッ」
打 {八}
終局間近だというのに、衣は鳴きを入れた。………次巡
「ツモッ!」
衣手牌
{二三五六六六七⑨⑨⑨}ツモ{一} {横四四四}
「海底ドラ3満貫、2000-4000」
「………………」
東二局 親:はじめ ドラ {六}
(こいつ……いや、並の打ち手が衣と勝負したところで相手になるはずがないんだ)
内身びいきをしている訳でもなくこれは純然たる事実だった。
しかし同時に死んだ祖父の話を思い出した。子供の頃のおぼろげな記憶……。
『ワシは麻雀だけは長く打っとるから強い奴なんて、ごまんと知っとるがな、その中でも、赤木って奴は別格でな、そこいらのプロじゃあ歯もたたんやろな……』
『へぇ、爺ちゃんよりも強かったのか?』
『ん?ああ……まあな……』
そう言ったあと祖父はいつも決まって窓の外に目を向けるが、その顔は何処か寂しげだった。
(人のことを滅多に褒めない爺さんがあそこまで太鼓判を押したのは赤木って奴だけだった。もしこいつが爺さんの言う赤木ならもしかしたら……)
「ツモ……」
赤木手牌
{三三三四五六46④⑤⑥⑧⑧} ツモ{5}
「タンヤオ三色ドラ1で満貫だ……」
―――――勝てるかも知れない怪物天江衣に……。
(しかし……まぁ)
純は窓の外に目を向ける。そこには闇夜を照らす満月が輝いていた。
(時間切れか……)
純の予想通り、その後赤木になんら特別な動きはなく、このあとは衣の独壇場だった。
東三局 三本場
親:衣 ドラ {七}
ここまで衣の4回の和了の内3回が海底ツモという異様な事態を赤木はただの偶然だとは毛ほども考えてはいなかった。
(東一局など良い例……鳴いた四萬を手中に留めておけば三―六―九の三面待ち。それを敢えて蹴っての一萬―四萬待ちにする必要はない……)
ならばイカサマか?しかし残念ながらこれも違う、ガンパイ(目印)なら何度も調べたし、卓そのものに細工をするならば他に良い方法がいくらでもある。
なにも海底ツモが続くように仕組む必要はない。
第一そこまでして勝つメリットがないのだ
(……となると純粋に奴には最後にツモる牌を直感的に察知する能力がある。……突拍子もない話だが、少なくとも地獄から蘇ったとか言うジジイの話よりは現実的じゃないか)
赤木は内心苦笑したが、そうも言ってられない状況だった。
東二局で和了ったあと、赤木は和了どころかテンパイすらしていない。
(ただの偶然……と言われればそれまでだが……何かあるな。……恐らく嬢ちゃんの能力を加味して考えれば、全員のテンパイ確率を下げる力もあり、自分だけが最後に海底でツモ和了ることができる……厄介だな……)
たまにいるのだ、かつて死闘を繰り広げた鷲巣巌のように人外の『何か』に祝福された者が……。
十二巡目
赤木手牌 {二三四23456②③③⑦⑧} ツモ {8}
(絶好の三色手……リーチをかけて高めをツモれば跳満の手……ここはなんとしても和了りたいところ……)
みたらし団子を片手に純は固唾を呑んでこの対局を眺めていた。
「…………」
打 {三}
(ん?なんでこんなところを切るんだ?)
訳が分からない純だったが、すぐにその理由を知ることになる。
「ロン……タンヤオドラ1。2600は3500……」
智紀手牌 {二四五六七44477⑥⑦⑧} {ロン三}
(そうかこの手はこれ以上伸びないことを感じ取り差し込みに回ったのか……)
(猪口才な……)
大局的に見れば有効だとわかっていても、わざわざ三色手を捨てられる人間がどれだけいるだろうか、こういう赤木の『見切り』のセンスはずば抜けて高く、彼が神域の男と呼ばれる所以の1つであった。
(だけど、それも所詮は悪あがきに過ぎないんだ……)
純の言葉通り天江衣の勢いは衰えることを知らなかった。
その後も衣は和了を繰り返し、赤木はフリコミを避けることに精一杯だった。
南三局 十巡目
親:衣 ドラ {西}
苺大福を口に含み純は考えていた。
(衣の海底ツモを封じるにはツモ順を変えてやればいい……これが単純かつ有効な方法だ……)
赤木とて黙って衣の連荘を許していたわけではない。ツモ順を変えようと鳴きを入れるが、結局は衣が最後に和了ってしまうのだ。
(……となれば)
赤木手牌
{二二二二三四45567②③}
十七巡目(残り3枚)
赤木手牌
{二二二二三四45567②③} ツモ{⑧}
「カンッ」
赤木手牌
{三四45567②③⑧} カン {■二二■}
このカンによって二向聴になってしまうが、衣のツモ和了を防ぐには、やむを得なかった。
赤木手牌
{三四45567②③⑧} ツモ{④} カン{■二二■}
(……こいつは)
打{⑧}
「流局だ……」
赤木のカンによりツモの回数自体が減り衣の海底ツモを回避したが、あくまでその場しのぎにすぎず、次局も赤木の差し込みによって親番を流したが残るはオーラス……赤木の親しか残っていない。
現在の状況は以下のとおり。
東家 赤木しげる12800点
南家 沢村智紀 11600点
西家 国広 一 11400点
北家 天江 衣 64200点
およそ5万点差……ほぼ絶望的と言っても過言ではない大差である。
(泣いても笑ってもこの局が最後だ……最後くらいは良いところを見せてくれよ……)
赤木配牌
{三三六八148⑤[⑤]⑥⑥⑦西中}
(駄目だ……とてもじゃないが逆転どころか和了ることさえ出来そうにない……)
芋羊羹を口に放り込みながら純はそう結論づけた。
やはり麻雀に愛された衣に敵うはずが無い……純だけではなくこの場にいる全員が大旨同じことを考えていた。
……1人の男を除いて。
衣配牌
{一三四五七八九246⑨⑨東}
配牌時すでに二向聴の好形……赤木とは雲泥の差である。
(結局この者も他の凡百の打ち手と同じ……衣を恐れ、避けることしかしない大衆と何も変わらない。やはり神も衣は永久に孤独だとそう言いたいんだな……)
言葉に込められるは絶望……そして失望。せっかく神が遣わした打ち手だというのに、結局は衣の『渇き』を癒すことが出来ないのだ……少なくとも衣はそう感じていた。
(気に入らないな……)
気に入らないとは、衣のことだ。
余裕を見せているわけでもなく、まるでこちらを失望しているかのような顔をされるのは初めての経験であり、対局開始時の引きしまった表情はすでに無く、もうこちらに興味はないとばかりに牌を切る様子は少なからずも赤木を苛立たせた。
(見てな……5万なんてワンチャンス……たいしたリードじゃない)
他の打ち手が見せるような絶望の表情を赤木は浮かべておらず、そもそも並の打ち手とこの男を比べるのは根本から間違っていることに衣は、まだ気付いていなかった……。
十四巡目
赤木手牌 {三三四[⑤][⑤]⑤⑥⑥⑥⑦⑧中中}
(四暗刻二向聴……あの酷い配牌からよくここまで辿り着ついたな……)
しかし、このままでは手詰まりだということを赤木も察知している。
……が、蘇りし天才は、まったく別のストーリーを思い描いていた。
十五巡目
「ポンッ」
赤木手牌
{三三四⑤⑥⑥⑥⑦⑧中中} ポン{[⑤]⑤横⑤}
打 {四萬}
(はぁ!?せっかく三暗刻崩して何やってんだよっ!)
天江の海底ツモ潰しだろうか?しかしここで鳴いたとしても、彼女のツモを止められないくらいこれまでの対局で学んだはずである――――直後。
「チーッ!」
衣配牌
{三四五六七八78⑨⑨⑨} チー {横⑧⑦⑨}
打 {⑨}
(だめだ……これでまた海底は衣になった……次でテンパれなかったらコイツに勝ち目はない……)
次巡……
赤木手牌
{三三[⑤]⑥⑥⑥⑦⑧中中} ツモ {⑧}
……がダメッ。テンパイに至らず……。
打 {⑦}
(あと1回のツモでいずれかの対子を重ねない限りコイツの負けは決まる……いや、例え重ねることが出来ても実質残っているのは智紀とはじめのツモだけだ……)
ここまで2人は徹底的にオリており、和了れる可能性は0に等しかった。
十七巡目(残り三牌)
赤木手牌
{三三[⑤]⑥⑥⑥⑧⑧中中} ツモ {⑥}
最後のツモもテンパイに至らず赤木は結局天江衣の前に、為す術無く敗北した……。
……かに思われたが……赤木動く。
「……カン」
赤木手牌
{三三⑥⑥⑥⑥⑧⑧中中} ツモ{中} {[⑤][⑤]⑤横⑤}
カンドラ {③筒} (残り二牌)
なぜ十五巡目に赤木が意味不明なポンをしたのか、ようやく純は理解した。
(そうか……!あの時普通にカンしたとしても結局は海底が衣に戻り、海底ツモは防げない……けど、終局間際にこうやって加槓すれば海底ツモを防ぐことが出来る……全てはこの時のためだったのか……)
リンシャン牌によって中を引きいれた赤木は奇跡的にテンパイまで至った……がここで終わる男ではなかった。
「カン」
赤木手牌
{三三⑧⑧中中中} ツモ{中} {■⑥⑥■}{[⑤][⑤]⑤横⑤}
カンドラ {九萬} (残り一牌)
この局、赤木はある推論の元立ち回っている。
南三局に引いたリンシャン牌は赤木にとっての有効牌だった……ここから読みの土台が出来上がっていく。
衣の能力によってテンパイしににくくなった。
では有効牌はどこへいったのか?
答えは1つ――――王牌である。
「カンッ」
赤木手牌 {三三⑧⑧} {■中中■}{■⑥⑥■}{[⑤][⑤]⑤横⑤}
(残り0牌)
(三槓子っ!?)
天江衣は確かに麻雀に愛されている……これに間違いはない。しかし
――――赤木は麻雀を支配する。
ツモ {⑧}
「ツモ……!」
赤木手牌
{三三⑧⑧} ツモ{⑧} {■中中■}{■⑥⑥■}{[⑤][⑤]⑤横⑤}
「中、リンシャンカイホー、三槓子、三暗刻、対々和、赤が2つ ……倍満だ」
「こ、こんなことが……」
「おいおい、呆けてないで新ドラをめくってくれないか?」
「あ……ハイッ」
新ドラ表示牌は⑦筒……つまり。
「ド……ドラ3っ!?」
あまりの衝撃に頭がついて来れない一同に対し赤木は冷静に言葉を続けた。
「ククク……なら、確認するまでもないな。ドラ3追加で場ゾロのバンバン入れて15ハン……数え役満だ。嬢ちゃんとの差は5万弱だから逆転だな……」
この時、誰もが言葉を失っていた。……無理もない今夜彼女達は奇跡を見たのだから……。
咲キャラと赤木が勝負したらどちらが勝つのか……これは誰もが想像することであり、答えは人それぞれだと思います。赤木の勝ち筋は相手の思考を操作し、和了を勝ち取るスタイルですが、対する衣は相手のロンパイが分かって、テンパイ率が下がって、海底でアガって、高い手も張るというまさにチート能力。今まで負けたこともないだろうから振る怖さを知らない=オリないから赤木にとっては最悪の相手です。
よって今回のように決着はロンではなく、ツモだろうと思い、今回のような豪快な和了をさせました。赤木らしくないですねぇ。
なので、この次は赤木らしい勝ち方をさせるつもりです、おぜう様ごめんなさい。