朝……それは万人が等しく迎えることの出来る時間であり、現代社会に生きる忙しい者も、そうでない者も安らぎを得ることの出来る束の間の一時である。
朝早く起きてジョギンングに精を出すもよし、二度寝して再び夢の世界へと旅立つのも良いだろう。
しかし、どのような過ごし方を選ぶにしろ「爽やかな目覚め」を求めない人間はいまい。
目覚まし時計によって無理矢理覚醒させられるのではなく、自然に起きる状況がこれに近いだろう。
自分が起床するのに最適な時間なのだから8割方爽やかな朝を迎えることができよう。
しかし残りの2割はどうだろうか?例え自然に目覚めたとしても朝一番に目に入った物……例えばまだ片づけていない書類の山や、大量に残った夏休みの宿題だったりしたら、一気に沈んだ気持ちになるのではないだろうか。
長々と話してしまったが、とどのつまり何が言いたいのかというと……。
「だから、この男は何者なのか教えなさいってさっきから何度も言ってるでしょっ!?」
「だーかーらー衣の願いが叶って空から落ちてきたって言ってるだろう!」
目が覚めて最初に見た物が女同士の口喧嘩だったら。
爽やかな朝を迎えるのは不可能だということだ。
第四話 「不屈」
話は赤木が目覚める30分前に遡る。
微熱(透華談)が治り、いつも通り侍女に衣を起こしに行かせたのだが、いつもと様子が違った。なんでも衣が部屋にいないらしい。
「妙ですわね……」
仮に目が覚めてしまったとしても衣が部屋から出るとは考えにくく、ここのセキュリティーは万全なので誘拐の可能性もない。一体どこへ行ったのかと思索していると丁度一がいたので訊ねることにした。
「衣?衣なら多分物置部屋にいると思うけど……今は行かない方が良いと思うよ」
「なぜですの?」
「えっと、それはその……」
何かを隠している様子に透華は再度聞き返したが、一は口ごもるばかりだった。
「まあ、いいですわ、論より証拠。実際に行けばわかることですわ」
「あっ、ちょっと!」
一が止めるのも聞かずに透華は衣の部屋へと歩いて行ってしまった。
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物置部屋前
「ちょっと衣!いるんでしたら返…じ…を……?」
そこで透華が見た物は、男女……言わずもがな衣がどこの馬の骨ともわからぬ輩と寄り添って(透華視点)寝ている姿だった!
「衣!起きなさい衣!」
すぐさま衣を揺り起こし説明を求めたのが、衣は願いが叶っただの、空から降ってきただのの一点張りだったので、代わりに一に説明を求めたが、
「えっと……昨日衣達とおしゃべりしてたら後からこの人が落ちてきて……」
「もういいですわっ!」
……と、やはり納得いく説明を得られず、衣と言い争いを繰り広げている内に話の冒頭に至るわけだ。
そもそも何故この二人が倉庫で寝ていたのかというと話は、昨日の夜にさかのぼる。
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対局終了後赤木はさっさと屋敷から出て行きたかったのだが、なんでもこの屋敷(衣の部屋)から出るにはIDカードなる物が必要であり、カードを持たずに通ろうとすれば1分もかからずにSPが駆けつけてくるらしい。
「それじゃ、この嬢ちゃん……」
「嬢ちゃんじゃなく!衣だと言ってる!」
「……衣だってここから出られないんじゃないか?」
赤木からすれば当然の疑問なのだが、他の三人は、気まずそうに互いに顔を見合わすばかりだった。
「……衣の力を恐れた透華の父君が、ころもをここに閉じこめたんだ……」
(そういうことか……)
人は自分と違うモノを決して認めようとしない。
排除されるか利用されるかその二つに一つしかないのだ。
「……大変だったんだな」
赤木は珍しく他人を同情していた。それは理解されない天才同士の一種の共鳴だったのかもしれない。
「そんなこと無い!だってこれからずっとアカギが一緒にいてくれるんだもの!」
「……なんだと……?」
いくら同情すると言っても、ものには限度というものがある。
「さすがにそいつは御免こうむりたいんだが……」
「……やっぱりアカギもころものことが嫌いなのか?」
「いや、だからな……」
ここから衣を説得するのにかなりの時間を要したのだが、ここでは割愛させていただく。
「……それで俺はどうすれば良いんだ」
さすがにSPに対して「自分は生き返りました」などと言っても頭のおかしい人間にしか思われないだろう。すでにこの4人が信じただけでも奇跡なのだ。
「……もう夜も遅いことだし、とりあえずここに泊まっていったらどうだ?」
純の提案にいち早く反応を示したのは当然衣だった。
「じゃ、アカギいっしょに寝よう!」
「誰も泊まるとは一言も言っていないんだが……」
目をぱぁっと輝かせる衣を尻目に純は話を続けた。
「明日になれば透華……あぁ、この館のお嬢様が復活すると思うから、たぶん透華なら、何とかしてくれると思う」
「だからって……」
やはり赤木が難色を示したが、純は引き下がらなかった。
「ここまで衣が他人に心を開いたのはアンタが初めてなんだ。頼む」
「…………」
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結局申し出を受けた赤木だったが、さすがに衣と一緒に寝るわけにもいかないので、毛布を一枚借りてこの物置部屋で寝ていたのだが、元来衣は寂しがりやであり、ようやく莫逆の友と言えるべき者を見つけたのだ。人肌恋しい衣は部屋を抜け出し寝静まった赤木の隣に身を寄せたというわけだ。
ちなみに、この時赤木は不覚にも気づいていなかった。
「なんなんだ朝から騒々しい……」
「あ、おはようアカギ!」
「ちょっとあなた!こんなとこに衣を連れ込んで一体どういうつもりですの!?」
そんな事情を知る由もない透華が勘違いするのも無理はなかった。
「そう怒鳴らないでくれ……別に怪しい者じゃない」
「嘘おっしゃい!どこをどう見ても怪しいじゃない!」
ひどく正論である。
「おーやってるやってる」
「…………」
そんな中、片や執事服、片やメイド服に身を包んではいるが救世主とも呼べる人物が2人現われた。いわずもがな純と智紀である。
「2人とも良いところに来ましたわ!この輩は何者なのか説明しなさい!」
「(朝からテンション高えな)わかったよ実はな……」
その後どうにか興奮する透華を落ちつかせ、事情を説明する一行だったが透華はまだ不服そうだった。
「信じられませんわね……人が生き返るなんて非常識もいいところですわ!」
「もっともな意見だが事実なんだ、受け入れるしかないぜ?」
その場にいた純でさえ未だ半信半疑なのだ。信じろという方が無理である。
「何よりも信じられないのは、こんな男が衣に勝ったことですわ!どうせイカサマでも使ったんでしょう!?」
「なんだと……」
この言葉だけは赤木も聞き捨てならなかった。
平打ちの相手に対してイカサマを使うほど赤木は落ちぶれてはいない。
「そんなに言うのでしたら、私と勝負しなさいな!あなたが勝てば今日のことは水に流しましょう……ただしあなたが負けた場合は衣を傷物にした報いを受けて貰いますわっ!」
目の前の盛大な勘違いを赤木はもう一々訂正するのも面倒だった。
「……拒否権は無いのか?」
「ありませんわっ!」
どうも死んでからこういうパターンが続いている気がしてならない。
「……わかったよ、受ければ良いんだろ受ければ」
「わかればよろしい」
かくして赤木対透華の戦いの火蓋が切って落とされた……。
「……ところで学校に行かなくて良いのかな?」
「なんだ、はじめ今日は休校日じゃないか、忘れてたのか?」
「あっそうだった忘れてたよ!」
「…………」
兎にも角にも赤木対透華の戦いの火蓋が切って落とされた。
予告通り透華さん登場です。透華さんは、本編ではのどっち覚醒やら、ステルスモモの登場やらで、一見強くない印象を受けますが、その実一枚切れの西単騎を回避するという、離れ業をさらっとやってのける凄腕の打ち手です。
デジタルな打ち方を捨てて、部長のようにオカルトに走ればきっと全国でも名だたる打ち手に大成するでしょう。
そんなお嬢様だから赤木とまったく互角の戦いを……無理ですね。