赤木との対局が決まったが、さしあたっての問題は誰が赤木と打つかだ。
現在この場にいるのは赤木を含め6名であり、2名ほどあぶれてしまう。
「それじゃ、今回は俺が……」
「はじめ、ともき行きますわよ」
純の意見を華麗にスルーし、卓に向かう透華に対して、純はやるせない表情を浮かべるしかなかった。
第五話 「必中」
「……一応聞くがどうしてこの2人なんだ?」
この不当人事に異を唱えたのはもちろん純だ。
「あら、総合能力と安定性を考慮した上での最適の2人を選んだつもりですわよ?」
「……本当は?」
「あなたがいると鳴きまくって私の順番を飛ばすじゃないの!」
(やっぱりか……)
理不尽だがこの超絶わがままお嬢様に抗議したところで、無駄な結果に終わるのは火を見るより明らかだったので、これ以上何も言わなかった。
「衣はいいのか打たなくて?」
あれほど赤木のことを気に入った衣のことだから、自分も打ちたいと騒ぐと思っていたが、衣は意外にも静観に徹している。
「満月の時のころもが勝てなかったのに、月が出ていない今、勝てるわけがないだろう?」
「……なるほど」
衣は満月が出ている時に増力を最大限に引き出すことが出来るが、逆に言えば月が出ていないと衣は調子を出すことが出来ないのだ。.
「次にアカギと打つときは、劈頭から満月の時だからな!」
(気の毒に……)
こうしてミーティング(?)も終わりいよいよ対局開始である。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
席順は以下の通り。
東家 智紀 25000点
南家 赤木 25000点
西家 はじめ 25000点
北家 透華 25000点
東一局 三巡目 ドラ…{五}
親……智紀
「リーチ」
赤木河 {96横4}
(早い……たった3巡で……)
透華手牌
{二三四四六123②③北北北} ツモ{七}
打 {北}
(ベタオリか、透華らしい打ち方だが……)
6巡目
はじめ手牌
{五五六六六八九1222⑤⑦ ツモ⑨}
(安牌がない……振るわけにもいかないし、ここなら……)
打 1索
「ロンッ」
赤木 手牌
{一二三1333567①②③ ロン1}
「リーチのみ1300だ」
「あっ……」
索子の三連打、筋である4索切りから1索は通ると思っていたが、そこを狙われてしまった。しかし先行されたにも関わらず透華は動じるどころか、不敵な笑みさえ浮かべている
「どんな手でリーチをかけたのかと思いきや……三色に固執して、待ちを悪くするなんて、……素人もいいところですわ」
「そうかい、まぁ……なんとでも言うがいいさ」
透華の挑発を、さらりと受け流す様子は、流石赤木と言ったところだろうか。
(今のは多分三色に固執した訳じゃなく、多分透華の麻雀を計るためのリーチ……頭で考えるか直感を信じるか……赤木はその反応を見たかったんじゃないか?)
純の予想はあながち間違いでもなかった……現に赤木は透華の麻雀をほぼつかんでいた。
(気をつけろ透華……こいつを舐めてると一瞬で喰われちまうぞ……)
東二局 ドラ{二} 親:赤木
透華配牌
{二四2236①②④⑤⑦⑧⑨北}
(一通も狙える好形の二向聴……勝負手ですわ)
九巡後……
透華配牌
{四五223①②④⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ③}
(絶好のところ……)
「リーチですわっ」
透華河 {北6発⑧1白2二横3}
「…………」
赤木手牌 二二三三四③③④④⑤⑤45 ツモ五
(テンパイ……高め倍満の大物手だが、あいにく溢れる三萬は透華の当たり牌)という間の悪さ……これは振るか?)
「……………」
打 5索
(かわした!?)
(一発目からそんな牌を切るなんて……やっぱり初心者ですわね)
後ろで見ている純だけではなく透華もこれには眉をひそめた。
(いくら三萬が危ないと感じても5索なんて切れないぞ……)
次巡……
打 {4}
(またそんな危ないところを……)
他者には見えず赤木に見えているもの……それは領域(エリア))
(6索の出が早すぎる……後の1索2索ツモ切りを考えると索子はほぼ全滅。それよりもリーチ直前のドラ切り……最後まで何かとのくっつきを期待したがために残してはず……本命は三―六といったところか……)
ここまで赤木の実力なら一瞬で看破する。
(後ろから見てわかったがコイツの凄さは大きく分けて3つ……1つは絶対に振らないこと……)
衣戦を通してこのような状況は幾度とあったが、赤木はただの1回とて振ったことはない、全てかわしているのだ。
(次にどんな状況だろうと冷静なこと……一見誰にでも出来そうだが……親倍張ったのに平然とテンパイ崩すなんてそうそうできることじゃない……)
赤木手牌
{二二三三四五五③③④④⑤⑤} ツモ{六}
「…………」
打 {③}
「ロン、タンヤオドラ1の2600……」
透華のリーチを蹴るための明かな差し込みだった。
「くっ……」
(すげえな……こいつ全員の当たり牌がわかってんのか?)
せっかくの満貫手を潰されたことに透華は苛立ちを隠そうともしなかった。
東三局 ドラ{四} 親:はじめ
九順目赤木
「ポンッ」
打 {四}
赤木河 {北①中一②西⑤中2四}
{横786}{33横3}
透華手牌
{一二三112789②③東東 ツモ3}
(一見染め手に見えますけど、3索ポンの前の2索切り……233の形から危険牌のドラを残しての2索切りはない……つまりの本命は多タンヤオか、三色……この1索は通るっ!)
「リーチですわっ!」
打 {1}
「ロン」
「なっ」
赤木手配
{1145699 ロン1 横786 33横3}
「清一……満貫だ」
「くっ……」
初心者が自分の手とは関係なしにドラを最後まで残すことはよくある話だ。
今回は運悪く自分が振ってしまっただけだと透華は自分に言い聞かせた。
(多分透華は運が悪かったと思ってるだろうが……)
赤木手牌
{1123356799四 横678}
(ここからの2索切るなんて多分一生出来ないだろうな……)
透華は徐々に点数だけではなく精神的にも赤木に押されつつあった。
東四局 ドラ:{發} 親:透華
(ここでなんとしても連荘して目にものを見せてやりますわ!)
透華手牌
{三六七1478①②③西北中白}
(なんて悪い配牌……!)
打 {1}
(とにかく、この手でどうにかするしかありませんわね……)
(透華の奴……さては配牌が悪かったな……)
傍目からわかるほど透華は苛立っていた。
(衣と違って透華は完全に計算で勝つタイプだからな……一度でも歯車が狂うと持ち直すのはかなり厳しいぞ……)
透華手牌
{一三五六七2478①②③白}
(六巡でまだこの形……配牌とたいして変わりませんわ……)
そんな悪い流れに更に追い打ちをかけるかのように赤木からリーチがかかってしまった。
赤木河 {西1東八南横④}
(しかたありませんわね……この局は諦めますわ)
降りることを決意した透華だったが問題は何を切るかだ。
透華手牌
{一三五六七2478①②③白 ツモ9}
(……白はドラ表示で1枚、捨て牌にも1枚あるから、この白は通りますわね)
打 {白}
「クク……悪いな、そいつだ」
「え……!?」
赤木手牌
{③③③⑤⑥⑦556677白 ロン白}
「リーチ一発一盃口5200……」
「そんな……」
赤木はリーチする直前の④筒を手に留め5面張に受けることも可能だった。
しかし何故そうしなかったのか……答えは一つだ。
(まさか、この男……私だけを狙って……)
「ククク……意外に呆気ないな……お嬢様?」
「なっ……そんなことはありませんわっ!勝負はまだまだこれからですわ!」
この局透華は点棒よりも精神的なダメージの方が大きく、完全に心のバランスを崩してしまっていた。
南一局 ドラ:{⑥} 親:智紀 八巡目
透華手牌
{六七八⑤⑥⑦⑦345678 ツモ⑧}
(⑦筒切りでリーチタンヤオ三色赤を含めてドラ2の高め跳満の手、でも……)
赤木河 {撥③北横⑧八⑤南⑨}
(かなり厳しいですけど、ここは……)
打{⑦}
「とおらばリーチですわっ!」
「ロンッ」
赤木手牌
{六七八九九九⑤⑥22中中中} ロン{⑦}
「リーチ中ドラ1……6400だ」
「くっ!」
透華からすれば赤木との差を埋めるための勝負だったが他人から見れば暴牌以外のなんでもなかった。
〈透華らしくもない……いつもなら安牌の⑧筒を切っていたはずなのに……透華のブレが悪い方向に出ちまってる……〉
そんなバランスの崩れた思考を絡め取ることは赤木にとっては造作もないことだった。
南二局 ドラ…{九} 親:赤木 6巡目
透華手牌
{四四四七八九45566⑤⑥ ツモ⑦}
(テンパイ……ですけど……)
赤木河 {中①北5横六⑨}
(残りは4400点……もう振るわけにはいきませんわ)
打{5}
(降りたか……賢明な判断だが……それが仇……!)
次順……
透華手牌
{四四四七八九4566⑤⑥⑦ ツモ4}
(くっ……四萬さえ通ってれば一発でしたのに……!)
打{5}
(これが3つ目の赤木の強さ……人の思考を操作し、自分に有利な流れを作り出す……間違いない……こいつは衣以上の化け物だ……!)
「ツモッ!」
赤木手牌
{一二三四五六七八88⑤⑥⑦ ツモ九}
「メンピンツモ一通ドラ1……6000オール。終わりだな……」
「そんな……!」
確かに飛んだ以上勝負は終了だ、そのことには間違いはない。
しかし透華には納得できない点が幾つもあった。
「アナタッなぜ河に六萬があるのになぜリーチ!?フリテンじゃありませんの!?」
「……いけないのか?」
「いけないのか?……じゃありませんわ!こんな非効率な……」
加えて言えば大量リードしている以上フリテンリーチどころかリーチすらかける必要はない……後は透華からの直撃を避けるだけでいいはずなのだ。
だというのにこの男は自分が振ることを恐れずにフリテンリーチをかけた。このような打ち方は透華の経験則からはあり得ないことだった。
「非効率か……確かにお前の言う効率的な打ち方をすれば六割は勝てるだろうさ」
「だったらなぜ……」
「だがな……俺はこの非効率で十割勝ってきた……」
普通こんなことを言ったところで誰も信じないだろうが赤木の言葉には言い知れぬ説得力があった。
「そ…そんなものただの偶然ですわっ」
「そうかい……まぁ、自分の考えを押し付ける気もないし、お前の考えを認める気もない……だが約束は約束だ。ここから出してもらおうか」
そう言うと赤木は卓から立ち上がり、この部屋から立ち去ろうとした。
「嫌!アカギ行っちゃやだ!」
しかしその赤木を止めようとしたのは衣だった。
「迷惑掛けたな……」
「迷惑じゃない!迷惑じゃないからずっと衣といてお願い!」
衣は必死だった目には涙さえ浮かべている。
「そんな顔をすんなよ……心配しなくてもたまに遊びに来てやるさ」
「本当か……?」
「……ああ」
もちろんこれは衣から逃れるための方便だったがこうでも言わないといつまでたっても話してくれそうにないので赤木はとっさに嘘をついたのだった。
「……わかった約束だぞ?」
「ああ、いい子だ」
そう言うと赤木は衣の頭をなでた。いつもなら子供扱いを嫌う衣だったが、おとなしくこの不思議な感触に身をゆだねていた。
「それじゃあな……ついでに案内を頼めるか?」
「あ……はいっ」
部屋から出ていく赤木を一同は黙って見送る他なかった……。
「赤木しげる……気になりますわね……
そんな中、透華だけが考えをめぐらしていた。
(……あれだけの実力を持っていながらまったく聞いたことのない打ち手ですわ……これは調べてみる価値がありますわね……)
そうと決まれば善は急げだ。
「ハギヨシッ!」
「はっ」
透華が指を鳴らすと共に突然執事であるハギヨシが姿を現した。
「いつも思うんだが……一体どっから出てきたんだあんたは……?」
「なんなりとお申し付けくださいお嬢様」
純の突っ込みを華麗にスルーしハギヨシは要件をうかがった。
「ええ、調べてほしい人物がいますの」
この後……衣についた嘘が本当になるとは赤木は夢にも思わなかったのだった……。