わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎)   作:藤五月

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夏祭り

 甘織と、真唯とのFPS勝負が終わり、1、2週間は経ったであろう初夏の夜。

 多くの人でごった返す駅の構内で、私は一人、彼女が来るのを待っていた。

 

 花取さんにしつけてもらった浴衣。

 水色を基調とし、あちらこちらに青々とした百合の花が描かれており、濃い紫色の髪飾りで後ろ髪をまとめられ、左右の肩に一房ずつ髪がおろされている。

 

 この夏祭りは甘織が提案者となって集まることになったのだが、参加者は私と甘織だけ。

 真唯は撮影。香穂はコスプレの打ち上げ。瀬名は家族旅行だそうだ。

 高校生らしい理由は瀬名だけなのだが、それは置いておこう。

 

 その最後に、私がアルバイトを理由に断ろうとしたのだが、彼女の人望のなさに同情した瀬名にお願いされて、参加する羽目になってしまった。

 

 面倒だから私服で行こうと思っていたが、真唯が変に気を利かせたのか、花取さんを私の家によこし、浴衣を着付けてくれた。

 

 私は私服で構わないと言ったのだが、強引に迫ってくる花取さんを無碍にはできず、今はからんと下駄を鳴らしている。

 

 ちらりと電光掲示板を見上げる。

 10分程度の遅延。

 

 夏祭りに行くの……いつぶりかしら。

 最後に行ったのは真唯と、小学生のころ……? 

 

 記憶力は良い方だと自覚しているけど、最後に行った夏祭りの内容を思い出せない。

 

 おそらく、脳に定着するほどのハプニングがなかったからだろう。

 なんて考え事をしていると、見慣れたピンク色の髪の少女が階段を下っているのが視界に入った。

 意外というか、当然というか彼女も浴衣を着ていた。

 

 桜模様の浴衣に色調のよい緑色の帯。

 手には白い巾着袋。

 

 右往左往しているその姿は学校のときと変わらない不信感を漂わせるも、周りとは一線を画すほど……とまではいかないが、それでもつい、かわいいと思えてしまった。

 

 ……さすが花取さんね。

 

 この人混みを掻い潜るよりは、ここで待っていた方が彼女も見つけやすいだろうと、じっと視線を送る。

 すぐに目が合った。

 さっきまで溶けそうだった表情がぱあっと明るくなり、甘織は小走りで私の元へ。

 

「転んだらどうするつもりだったのよ」

「いくら私でも10メートル走った程度で転ばないんだが!?」

「履いているのが下駄だから心配だったの。足の親指と人差し指の間が痛むと楽しめないわよ」

 

 すらっと口から出た言葉に違和感を感じる。

 前に同じようなことでもあったのかしら? 

 顎に指を当てて記憶を探ろうとしたが、下げた目線の先に彼女のつむじが入ってきた。

 

「うっ、だ、だって。さ、紗月さんとどうしても会いたかったからあ……。す、すびません」

「はあ。いいわ。もうすでに始まっているらしいから、私たちも行きましょう」

「は、はいっ! と、ところで、遅れてしまい、申し訳……ありません」

「電車が遅延していたんだから怒らないわよ」

「紗月さん! わたし、電車の中で待っている間に、紗月さんが遅刻したことにキレて帰っちゃってないか心配で心配で心配で」

「うるさいわね。これ以上この件を掘り返すようなら本当に帰るわよ」

「あっ、ごめ! じゃなくって、い、行きましょー! やったー! 夏祭りだー!!」

 

 無駄に張り切る彼女に手を引かれ、改札を出る。

 夏祭りの詳しい場所は事前に調べておいたが、人の流れに沿って歩くことにした。

 昔と比べて身長が伸びたことと、下駄の高さも相まって、人に囲まれていてもどんな出店があるのか、どんなお客さんがいるのかが新鮮な景色となって私の目に映り込んでいく。

 

「紗月さん……予定は大丈夫だったんですか?」

 

 アルバイトのシフトは確定前だったので、店長に一報を入れて簡単に変えてもらうことができた。

 だから問題はなかったのだけれど、シフト変更をお願いするときに、前に店に来た友達とデートなのかと一日中訊かれたので、彼女の問いに素直に頷くのは癪だ。

 

「……ええ、アルバイトのシフトくらい簡単に変えられるわ」

 

 そう思っていたのに、不安そうに私の顔を見上げる彼女を困らせたくなかったのか。私の口は思いとは裏腹に安心を与えてしまった。

 

「そ、そっか。よかったあ」

「そういえばあなた、アルバイトをしたことないのよね」

「うっ! い、いやあ、高校生でできるアルバイトって接客業しかないじゃないですか」

「……ごめんなさいね」

「謝られるのも傷つく!!」

 

 それから夏祭りの会場までの道中は、二学期の中間試験に向けての勉強だとか、好きな作家の即売会の話、家に花取さんが来たときの話をしていた。

 

「あなた……私がおすすめした本、きちんと読んでいたのね」

「もちろん、親友の紗月さんのおすすめですから!! あっ、でも! 濡れ場が多いのはやめて!! 学校の行き帰りの電車で読めないし、そもそも鞄に入れてるだけでも緊張するんだから!!」

「はあ、あなたって人はいつまで経っても色が頭から抜けないのね」

「ため息つきたいのはわたしの方!!」

 

 ほんと、騒がしい。

 甘織は真唯とは別のベクトルで行動力がすごいから厄介だ。

 真唯はそれを美徳と私に話していたが、そうとは思えない。

 

 ただ……一緒にいてつまらないとは、思わない。

 

「えへへ、紗月さん」

 

 彼女の口角は瀬名と話しているときと同じくらい柔和に曲がっている。

 

「なににやけているの? 気持ち悪い」

「いやいや〜、そんなことないですよお」

「……?」

 

 私が蔑んでも彼女は表情をぴくりとも変えず、逆に私の肩を肘で叩いてきた。

 花取さんに薬でも打たれたのかと心配すると、彼女は私の思惑を察したかのように鋭いツッコミを返してきた。

 

「紗月さんも笑ってますから!! やっぱり夏祭りって楽しいよね!」

 

 自分の頬を触れると、ちょっとした皺ができていることに気がついた。

 まだ会場についてすらいないのに。

 

「べつに笑ってないわよ」

「なんの嘘!? って、紗月さん紗月さん、香ばしいのが匂ってきてない?」

「……そうね。焼きとうもろこしかしら?」

「ほんとだ! 一個を半分こして食べましょうよ」

 

【焼きとうもろこし1個 500円】

 

「……高くなったわね」

「まあ、最近は物価高ですから。きょうは紗月さんがせっかくわたしについてきてくれたので、ここは奢りま──」

「私が買ってくるわ」

 

 彼女の言葉を遮って、出店に並んだ。

 甘織はなにか言い返したそうにしていたけれど、周りからの視線に萎縮して私の後ろに張り付いた。

 

 順番が訪れると、私は巾着袋から財布を取り出し、五百円玉を出して串に刺さった焼きとうもろこしをもらう。

 甘織を連れて人の少ない休憩所に座る。

 

「あとで250円ね」

「も、もちろんです……」

 

 慌てて巾着袋に伸ばそうとしたので、「あとで」と強く言う。

 

「先にいただくわね」

 

 そう言って、私は焼きとうもろこしにかぶりつく。

 醤油ベースの付けダレ。空腹にくる炭火の匂い。焦げたコーンのつぶつぶ感。

 温かくも冷たくはない。平場で出されたら突き返したくなるような味だが、夏祭りという特別感がこの焼きとうもろこしに唯一無二の味を与えている。

 しかし、おいしいのはおいしいのだが、女性二人で来る夏祭りの食べ物チョイスとはしては間違っている気がする。

 

 反対側にかぶりつく甘織。

 もぐもぐと味わっている間の表情は悦としているが、しばらくすると彼女は口端に食べかすをつけたまま、噛んだ後を無心で見つめていた。

 

 あなたも一緒なのね。

 でも、買ってしまったのは食べ切らないと。

 前は……ああ、そうだ。

 真唯と買ったんだっけ。そのときは、食べきれたのかしら? 

 

 私は過去を思い出そうとしながら、焼きとうもろこしを食べ進める。

 

 同じ屋台かは忘れてしまったけど、300円だったのは覚えていた。

 だからさっき、高くなったと────。

 

 こつん。

 

「〜〜ッ! あなた、馬鹿なくせに頭は硬いのね」

「そ、そんな言い方なくないですか!?」

 

 焼きとうもろこしは見た目よりも量が少なかったのが、食べている最中に甘織の頭とぶつかってしまった。

 私は額を抑えて、残りの焼きとうもろこしの串を甘織に手渡す。

 

「い、いいんですか……?」

「いいわよ。私は十分過ぎるほど食べたわ。腹八分目よ」

「あっ、いや、それもあるんですけど……」

 

 彼女の要領の得ない言葉の意味はすぐに理解できた。

 私の食べさし。つまりは間接キスのことを案じているのだろう、と。

 

 真唯との勝負期間だと、私と一週間に一回はキスをしていたのに、難儀な性格ね。

 

 優柔不断で、時に大胆。駆け引きは苦手で純粋な性格。

 真唯……どうしてあなたが甘織のことを好きになったのか。

 

 まだ私にはわからないわ。

 

「何億回もキスをしているのだから、間接キスみたいな幼稚なキスにこだわるほどの女じゃないわ」

「あっ、まだその設定生きていたんですね」

「設定? あなたは何を言っているのかしら?」

「はいはい、とうもろこし食べちゃいますね〜」

 

 甘織はとうもろこしのてっぺんと串を持ち、豪快に、スピーディーに焼きとうもろこしを完食した。

 ウエットティッシュで自分の口元を拭いてから、彼女の口と頬を汚すソースを拭き取とうと手を伸ばすと、彼女がぎょっとした表情でのけぞった。

 

 まさか、私がキスをするとでも思っているのか。

 

 覚悟を決めて目を閉じる彼女の肩は、小刻みに震えていた。

 嫌だと言っておきながら拒みはしないその姿を前に、真唯は一線を超えてしまったのだと、理性が抑え切れなくなったのだと瞬時にわかってしまった。

 

 このまま私がキスをしたら、どういう反応をするのか。

 

 ……やめておきましょう。

 せっかく夏祭りを楽しみ始めたところなのに、一人になんてなりたくないわ。

 

 私はすんでのところで思いとどまり、彼女の頬に手を添えて綺麗にソースを拭き取った。

 

「もしかして、キスされると思った?」

「い、いや! そんなことはないですよぉ……」

「嘘ね。ああ、すぐにキスしたくなるような色情魔と一緒で、無事に夏祭りを回り切れるのかしら?」

「わ、わたしからしたことはないってば! みんなが勝手にしてくるの!」

「じゃあ、私とのお泊まりでファーストキ……んんっ、普通のキスをしてきたのは? 真唯のマンションでトイレの個室に入ってきてキスしてきた…………ちょっとまって、みんなってどのみんなよ」

「あああ!!! 真唯と紗月さんだけ!! 単純に言い間違えただけ!! あっ、そうだ! わたし、行きたい出店があったんだ! あははははは!」

 

 慣れない下駄で走るな忠告したはずなのに、甘織はじゃり道を走って出店のルートへ戻っていった。

 私はゴミをゴミ箱へ捨ててから、その後を追った。

 

 花火が始まる時間に近づいてきたので、さっきよりも人の数は減っている。

 出店に目を配りながら、甘織とはぐれないように手を繋いで歩く。

 すると、他の店と風体は変わらないはずなのに、どこか目を引かれる出店があった。

 

「水風船っ。どうします? どうせならどっちが多く釣れるか勝負する?」

 

 金魚釣りで使われている大きなプラスチックの箱に、ソフトボールサイズの水風船がぷかぷかと浮かんでいる。

 それを紙と釣り針で持ち手のゴムをひっぱり、吊り上げる遊び。

 

 紗月、金魚掬いはやりたくない。

 生き物はうちへ持って帰ってやれない。

 

 だったら水風船にしようよっ。

 あの黄色くておっきいの、真唯にぴったりだと思うな。

 

 じゃあ私は紗月に似合う黒色を狙おう。

 

 忘れていたはずなのに、水風船を目にしたきっかけで当時の会話を思い出せた。

 今はわからないが、水風船釣りは柔らかい紙を水につける上に、金魚よりもはるかに重量のある物体を持ち上げるのだから、基本的に一個しか釣ることができない。

 

 当時もそうだったはずだ。

 だから、私は黄色の水風船を、真唯が黒色の水風船を釣って、交換した。

 交換したはずなのに、私は家に水風船を持って帰れなかった。

 

「ねえ、甘織。私が勝てばひとつだけお願いをきいてくれるかしら?」

「ううぇい!? 紗月さんの願いとは……一体」

「あなたに大したお願いをするわけないでしょう」

「だ、だとしてもおんなじ条件ね!」

「それで構わないわ」

 

 二人分の料金を支払うと、甘織はしゃがんで袖をめくり、小さな水風船に狙いを定めた。

 彼女はタイミングを見計らい、一閃、二閃。

 彼女は水面に浮かせた皿に二つの水風船を入れて、三個目の水風船のゴムに釣り針をかけたところで、紙が切れた。

 

 甘織は取れた水風船を手に持ち、立ち上がった。

 それと同時に、私はその場に腰を下ろす。

 

「ふっ、馬鹿ね。数の勝負なら先行が不利に決まっているのに、意気揚々と私が越えるべき目標を作ったわね」

「騙したな!!」

「騙すも何も、あなたが勝手に自滅したんじゃない」

 

 袖をまくり、水面と釣り針を垂直にしてできるだけ紙にダメージが入らぬよう気をつけて入水。

 作戦は甘織と同じでできるだけ小さくて体積と質量の少ないものを狙う。ただ、それだけ。

 けれど、甘織とは違って三個取れば勝利とわかっているため、紙の耐久力にもよるが、最低二個。可能なら三個だ。

 

 しかし、作戦通りに行くことはなく、私の釣り針は一つ目の水風船を釣り上げたところで水道水の藻屑となってしまった。

 

「紗月さん……」

「今の私に迂闊な質問をする勇気があなたにあるのかしら?」

「あっ、いえ……その、紗月さんの願いってなんだったのかなあって……」

「言いたくないわ。でも、あなたの願いを聞いたからチャラね。ついでにこれもあげるわ」

 

 私は甘織が反論するよりも先に、黄色の水風船のゴムを人差し指にかける。

 

「紗月さんってば、時々女たらしっぽさを醸し出してくるよね」

「それはこっちのセリフよ。花火がよく見えるのは10分歩いたところにある河川敷よ。今から行っても座る場所があるかはわからないけど、そこが一番綺麗に見えるわ」

「へえ、紗月さんは以前にもこの夏祭りに来たことがあるんですか?」

「今更な質問ね。ええ、以前といっても、何年前か覚えていないほど昔よ」

「今でこそ浴衣に超絶似合う超絶美人ですけど、幼き紗月さんもさぞ似合ってたんでしょうね」

「小学生の頃よ? 私も真唯も普段着だったわ。……真唯の普段着と私のとでは比べ物にならなかったけれど」

「写真とか残ってない感じ?」

「ええ、スマホなんて便利な機械を全員が持っている時代でもなかったし……ねえ、甘織。あの子、迷子かしら?」

 

 河川敷へ向かっていると、目の先にリンゴ飴を両手で握り、じっと立っている小学生らしき女の子がいた。

 一目見ただけですぐに迷子だと結論付けるのは、かつての私も同じ状況に陥ったことがあるからだ。

 

 完全に思い出した。

 私がどうして夏祭りの詳細を覚えていなかったのだ。

 面白いエピソードだとか、ぐっとくる感動話とかがないから覚えていないのではなく、迷子になった嫌な思い出しかないから、忘れることに努めたのだ。

 

 真唯と二人きりで色んな出店を回った。

 水風船も、焼きとうもろこしも、射的も、型抜きもした。

 最後に花火を見ようとして人混みへ紛れると、子供だった私たちは簡単にはぐれてしまった。

 その時に、私は手にかけていた水風船を地面に落として、スニーカーに水がかかった。

 

 真唯は花取さんに無事確保してもらったが、私は一人で歩き回ったせいで、余計に手間を取らせてしまった。

 花取さんに迷惑をかけてしまったことがどうしても嫌だったのだろう。

 

「そうなんですかね? 見た目じゃさっぱり」

「訊いてくるから、ここで待っていてくれるかしら?」

「わたしも付いていきます」

「……お願いするわ。私だけだと怖がらせて逃げられてしまうそうだし」

「確かに……」

「ここは否定するところよ」

 

 なんて軽口を叩きつつ少女に声をかけると、出店に夢中になっていると、河川敷へ向かった家族と逸れてしまったとのことだ。

 逆方向になってはしまうが、その少女を迷子センターへ送り届けることにした。

 

 はっぴを着た運営の人にお任せをして、ぐっと背筋を伸ばす。

 見えない空からドン、と胸を打つような大きな音が聞こえてきた。

 木の影からちらりと七色の明かりが消えては、輝く。

 

「ごめんなさいね、私のせいで間に合わなかったわ」

「ううん、紗月さんのおかげで一人の女の子が救われたんだよ」

 

 違うわ。

 二人よ。

 

「今年の夏は終わっちゃうから、来年の夏はみんなで花火見たいなあ」

「いやよ」

「あっ、そ、そうですか。まっ、でも、来年のみんなの予定が合う日ってなると、難しいし」

 

 俯き、ぶつぶつと独り言を呟き始めた甘織の顔を覗き込んで、キスをする。

 

「私はあなたと二人きりで花火を見たいわ。だって、そうしたら真唯が天変地異が起こったときのようにびっくりするでしょうから」

 

 

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