わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:藤五月
突然だが、わたしは雨の日が好きである。
別にカッコつけてるわけではない。
湿気で髪はごわごわするし、気圧のせいで頭痛もする。体にもたらす弊害を改めて考えれば嫌いよりになってしまうので、羅列することはやめる。単にというかなんというか、理由もなく好きなのだ。
まあ、家から外出しなければって条件がつくんだけどねっ!
妹とお母さんにお使いを頼まれなければ、今頃わたしは自室でPS5くんといちゃつきにいちゃついていたというのに……。
というか、わたしは姉だぞ!! なんで妹の部活で使うよくわからないバトミントンのラケットのなんかを買いに行かなきゃらんのだ!!
などと考えたところで、わたしは傘をさして街を闊歩している事実は変わらない。
「あとは駅前のスーパーで牛乳を…………って、あれ?」
紗月さんがアルバイトをしているドーナツ店を横切ろうとしたとき、店の看板の下で雨宿り? している紗月さんが目に入った。
制服姿で、スマホを触っている。
バイト終わりなのかな?
もしかしたら、誰かを待っているのかもしれないから、話しかけたくはない。だって紗月さんと話している最中に、知らない人が入ってきたら気まずいんだもん。友達の友達っていわば他人なのだから。
紗月さんに背を向けて通り過ぎようとしたが、ふと思い出した。
雨は急に降ってきたし、放課後に紗月さんを見かけたときは傘を持ってはいなかった。紗月さんの几帳面な性格から、折り畳み傘ぐらいは常備していると思ったが、万が一、いや億が一紗月さんが傘を持っていなくて困っていたら……。
でも、でもでもでも……。
ここで無視をして、紗月さんが風邪をひいて明日の学校にこなかったら、わたしの心臓が止まってしまう!!!!
「あの……お、お疲れ様、紗月さん」
忍び寄るように声をかけると、紗月さんは赤眼を見開いて、身を構えた。
そんなに驚かれるとは、わたしってアサシン並みにステルス性能が高めなのか?
現代において必要なさすぎる。もっと別のステータスがほしい。
「…………びっくりしたわ。あなたって、どこでもそんなに挙動不審でいるのかしら?」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん」
「事実を述べたまでよ。ところで甘織は……ストーカーでもしていたの?」
「わたしが? 誰を?」
きょろきょろと辺りを見回すフリをすると、紗月さんはため息ひとつ。
「もういいわ。で、本当はなにをしていたのよ。学校からの帰り道でもないでしょう?」
「妹とお母さんに買い物を頼まれまして。調べてみたら、ここら辺のお店にしかなく、渋々歩いてきた次第です。その帰り道で、もしかしたら紗月さんが傘がなくて困ってるのかなあって……」
「問題ないわ。雨を浴びて帰るのと、傘をさして帰るのではなにも差異はないもの」
「あります!! 紗月さんが風邪をひいて、明日の学校休んだら、わたし寝込んじゃう……」
明日。紗月さんの席が空席だったらと想像するだけでも胃が痛む。
「相変わらず、あなたの脳内変換はすごいわね」
「紗月さんが、わたしを褒めた……?」
「貶しているのよ。それにあなたの助けはいらないわ。さっき母さんに迎えにきてもらうよう連絡したから。ただ、あなたの気遣いだけは感謝しておくわ」
紗月さんは顔を背けながら言うも、その耳は雨の夜に似つかわしくないほど赤みかがっていた。
紗月さんのそういうところ、好きだなあ。
「まったく、素直じゃないんだからっ」
「…………キモ。あっ、ちょっと出るわね」
紗月さんは持ち前の毒舌を披露してから、スマホの画面をタップしてから耳に当てた。
あの美人すぎる紗月母からかな?
わたしの傘も必要なさそうだし、紗月さんの電話が切れてばいばいと言ってから帰ろうと考えていたが、紗月さんの語尾が次第に強くなっていくにつれて、不穏な空気が流れ始めた。
「ちょっと、母さん! きょうの出勤は22時からだって言ってたじゃない。…………わかったわ。うん、あてはあるから心配しないで。…………嘘じゃないわ。……だから嘘じゃないって!」
なにやら揉めていらっしゃるぅぅぅ。
よその家の家族喧嘩には足を突っ込まない方が吉なのは当然のこと。
わたしもそこらへんに立っている木々になりすまそうと気配を殺していたが、紗月さんに肩をちょんとつつかれた。
「甘織、ちょっとだけ変わってもらえるかしら? ただ頷いて、うんと言うだけ、それだけは許してあげる」
「なんかわたし、身代金目当てで誘拐された女の子みたいじゃ」
「いいから、早く」
「はい……」
有無を言わせない勢いに負け、わたしは紗月さんのスマホを受け取る。
「あの、変わりました」
「あら〜〜、甘織ちゃんじゃな〜〜い! 二人でいるって本当だったんだあ〜。紗月ちゃんね、わたしに迷惑をかけないようにいっつも余計な嘘ばっかりつくから、今回もそうなんじゃないかなあって思ってねえ〜。迷惑じゃなかったら、紗月ちゃんをおねが──────」
紗月母の怒涛なセリフが言い終わるのを待つことなく、紗月さんが電話を切った。
「ということだから、悪いけどわたしの家まで送ってくれないかしら?」
「もちろん!! 最初っからそのつもりでしたし、お任せあれ!」
傘を開き、互いの肩がぶつかるほどの距離で、ようやく気がついた。
これが巷で噂の相合傘だということに……。
ちらりと紗月さんのご尊顔を見上げるも、その表情に変動はない。
またわたしだけが動揺してしまっているやつか。ならば、この気持ちを悟られるわけにはいかない。ネタにされていじられてしまう。
ごくんと唾を飲み、一歩、歩こうとしたら、紗月さんに傘の持ち手を奪われた。
わたしと紗月さんの身長差からしてみれば、紗月さんが傘を持った方が楽だし、雨に濡れにくいってのもあるだろうけど、その行動があまりにもスパダリすぎる。
どっかにスパダリの例でもあったのかよ!
…………あるわ、しかもとびっきりのやつが。
「この借りはいつか返すわ」
「け、結構です」
「……?」
心臓がばくばくしているのは当たり前。
何はともあれ、明日の学校での心配事がひとつ減ったのでよしとしよう。
悪いことがあるとすれば、相合傘に緊張しすぎて牛乳を買い忘れて妹にどやされてしまったことだろう。