わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:ふじごがつ
「紗月さん! 暑い中わざわざ我が家へおいでいただき、なんと申してよろしいのやら。えへへ、どうぞお上がりください」
わたしの家で勉強会をするために来てくれた紗月さんを玄関前でお出迎えする。
勉強会はいつも紗月さんの家だったけど、冷静になって考えると、両手で数えられないほどの回数をお邪魔していることに気がついた。まあ、今まで食ったパンの枚数よりかは少ないんだけど。
それで、だ。
今回はわたしの家で勉強会をしようと、提案したのだ。
しかし、紗月さんの雰囲気がおかしい。
いや、別に悪い意味じゃないよ!?
艶やかな長髪を伸ばして、少し玄関を出ただけで汗ばんでいるわたしと違って、紗月さんの頬は白くすべすべなまんまだし、白のシンプルなワンピースも似合っている。ちょ〜かわいい。……ギャルか?
紗月さんの外見は変わらず、クールで理知的でかっこよさを兼ね備えてはいるんだけど、なんか……こう。
わたしはクエッションマークを頭の上に浮かべ、言葉を失っていると、紗月さんが両手を後ろで組んで、口角を自然に上げた。
「れな子っ! きょうはおうちに呼んでくれてありがとね。……てみやげを持ってくるの忘れちゃったけど、大丈夫かな?」
「だいじょ…………はえ!?」
「どっ、どうしたの!? わたしの体に虫でもついてるの? とってとって!!」
あの……紗月さんが。基本的にわたしのことを信頼して、ボロクズのように扱うあの紗月さんが…………。
わたしのことをれな子だと!? どこのクォータースパダリだ? 影響を受けすぎて精神に異常を!?
「さ、紗月さんの生まれ変わりとか……クローンとか……双子とかではありませんよね」
普段の紗月さんなら、「あなた、ゲームの世界に閉じこもるのは一歩譲ってかまわいのだけど、それを私にも押し付けないでくれるかしら?」的なことを言ってくるはずだ。それも愚をみるような目線で。
しかし、わたしの前に立つ琴紗月(かわいい)は、
「違うよ〜。私は私だよ。れな子ったら面白んだから」
と、紗月さんが一生に一度するかしないかの満面の笑みで応えた。
わたしが狼狽えていると、紗月さん(かわいい)はたったと珍妙な効果音を鳴らして玄関に足を踏み入れる。
「れな子の家にきたの久々。妹さんとか、ご家族の方っているのかな? そうだとしたら、挨拶しないと」
そう言って、靴を脱いで端に寄せる。スリッパを履いてから、奥へ歩こうとする場面で、わたしは紗月さん(かわいい)の肩を掴む。
だめだ。何があって二次創作の幼児化みたいなことに陥っているのかはわからないが、この状態で家族に合わせるわけにはいかない。だって……だってだよ!? もし、紗月さんがこの状態でも記憶を保持しているのなら、元に戻ったときに紗月さんの精神はどうなるのよ!?
面識のある大親友の家族に、猫撫で声で香穂ちゃんみたいな言動を聞かせ、そのことを知ったら、わたしは直ちに高所から飛び降りるだろう。
まだ、間に合うのだ。きのうの学校での紗月さんは自席で本を嗜んでいたくらいだ。原因があるとしたら、放課後以降の話になってしまう。紗月さんって、昨日の放課後。……あっ!
香穂ちゃんと帰ってたような気が……しなくもなくもない。
まさか、紗月さんも『DV彼女〜〜〜〜』のシチュエーションボイスを聞かされ、調教されたのでは!?
だとしたら、香穂ちゃんに連絡するのが最優先事項である。そのミッションを成功するために、紗月さん(幼児化)を家族に合わせることなく、わたしの部屋に閉じ込めなければ。
……閉じ込めるのは言葉の比喩であって、かわいい紗月さん(幼児化……たぶん、元に戻らない方がかわいい)を独り占めしたいってことじゃあないぜ。
わたしはそのまま紗月さんの肩を押して、私の部屋へ連行する。
「い、今は全員でかけてていないから、わたしの部屋いきましょう!」
「え? でも、玄関にはお靴いっぱいあったけど……」
「うちの家系は代々、靴集めの趣味がございまして、いや〜、毎日数十個の靴から履くのを選ぶの大変だな〜」
「そうなんだ。じゃあ、今度お靴を買うときに、れな子に相談しようかな」
「ごめんなさい。嘘です。わたしはローファーとスニーカーくらいしか持っておりません。でも、ほんとに家族に挨拶は大丈夫なんで、というかわたしが紗月さんとはやく遊びたいな〜、そーだ! 新しく買ったゲームがあるんですよ」
「だめだよ、れな子。きょうはお勉強しにきたんだから、ゲームをするなら休憩時間に、だよ」
「あっ、そこはきちんとしてるんだ」
紗月さん(小学校のときは委員長だったのかな)をわたしの部屋に招き、小さい折り畳みテーブルを出して対面する。紗月さんはどこかそわそわしていて、頭を撫でたい気持ちが溢れてくる。そりゃあ花取さんがまいさつ過激派になるもの、納得である。……花取さんでなくても、まいさつの撮影に参加した大人の総意ではなかろうか。
「えーっと、まずはじゃあ、数学からしましょうか」
「うっ、うん。教科書出すから待っててね」
「地球が滅亡するまで待ちますので、どうぞごゆっくり」
「え〜、そんなに遅くなんないよ」
「ふひひ……。なんだが、紫陽花さん風味が漂ってくるような……はっ!」
これは、わたしが紗月さんのおねえちゃんになれ、ということなのですかね? おお、神よ! またもやわたしにそのような試練を与えるのですか。幸い、わたしがおねえちゃんという役職に精通しているので、不可能でありませんが、わたしには甘織遥奈というただの妹と、瀬名紫陽花さんっていう世界一かわいい妹と、あとついでに芦校の妹こと香穂ちゃんが……わたしの妹多すぎでは? これ以上増やすのは……。
「あの、一回だけでいいんで、わたしのことをれな子おねえちゃんって、言ってくれませんかね」
増やしていいでしょ!
だって、妹が増えても世間的立ち位置は変わらないのだから!!
なんて健全なのだろうか。みんな、恋人を増やすよりも妹を増やすことを目標に生きれば、全世界は平和になるのではないだろうか。
「いいよ。でもね、その……私からもお願いしてもいいかな? れな子……おねえちゃん」
「もちろん! れな子おねえちゃんは紗月ちゃんのお願いをなんでも叶えてあげりゅ!!」
「だったら……。ゲーム、したいな。さっきはね、ああいうこと言っちゃったけど、ほんとはえふぴーえすがしたかったの。前に真唯と三人と遊んだときのこと、ずっと覚えててね。でも、友達にゲーム機を借りるのは、高価なものだしいけないと思って」
そわそわしていたのは、わたしといっしょにゲームをしたかったからって……なんて健気な子なの。
れな子おねえちゃんはいつもの傍若無人モードの紗月さんとのギャップで泣きそうであります。だって、紗月さんにここまで構ってもらえるなんて、それも甘えてくるような紗月さん……いとかわゆしであります。軍曹。
「もおっっっちろん!! やりましょう! 今すぐに!!」
ということで、前に三人で勝負したFPSゲームを起動し、ゲームに関する全ての記憶を消去していた紗月さんにコントローラーの使い方から指導することとなった。