わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:ふじごがつ
「だ、だって、帰ってる途中で汗かいちゃったから……」
わたしは顔を背け、両手で胸元を隠す。
「言い訳? 前に私の家に泊まったときと違って、これって……いわゆる勝負下着じゃないかしら? あなたに似つかわしくない黒のレース。着替える前は地味なスポブラだったのに」
「勝負下着なんかじゃなくって、手に取ったのがこれだったの! てか、なんで知ってんだ⁉︎」
「私だって好きで見たわけじゃないわ。あなたが無防備なのがいけないのよ」
「責任を転嫁するんでない! う〜、じゃあ真唯とか紫陽花さんにも見られてるってことお……」
紗月さんよりもわたしのことを視界に収めているであろう真唯が気づかないはずがない。
思えば、学校からカフェに向かう道中(商店街のカフェだから、リムジンに乗らずに歩いて行ったの)真唯とあんまり目が合わなかったような……。
それに加えて、背後からの視線もいつもより強く感じたような……。
てことはあれか? 真唯が指摘せずにずっと見ていたということか? いや、でも真唯なら盗み見することなく、スムーズにわたしに上着を被せてきたり、言葉にせずとも指摘してきそう。伊達に芦高のスパダリと呼ばれていないのだから。
わたしの小さな脳みそを回転させていると、紗月さんは自分の体を支えていた右手でわたしの顎を鷲掴みにして、強制的に顔を回転させた。
おいっ! ぐきって鳴った! 絶対首の骨折れたって……!
「甘織。今、あなたの目の前にいるのは誰?」
なんだか、紗月さんの声がいつも以上に冷たく聞こえる。
「そ、そりゃあ、紗月さん……ですけど」
「それで、あなたは誰のことを考えていたの?」
「真唯……ですけど」
「……」
無言の圧力はやめていただけるとありがたいのですが……。
わたしのくそざこメンタルをハンマーで叩き割るほどの威力を持つ、紗月さんの鋭く冷酷な眼光。わたしは事実を言ったまでなんです! 警部さん!
「甘織、この体勢について何か覚えはないかしら」
ここでわたしが、どの体勢でしょうか? などと質問をするようなら、即座にこの首を転蓮華させてやろうという心意気を感じる語尾だ。
思い出せ……覚えはなくとも紗月さんが言うからには確実に現実に起こったことである。
記憶の海へ潜ろうとしたが、紗月さんが無遠慮にわたしの胸に手のひらを押し当てたこ
とで失敗に終わった。
「ちょちょちょ! 友達でもやっていいことと悪いことがあるってこと、小学生のときに習わなかったんですか……!」
「あいにく、私にその頃友達はいなかったのよ」
寂しい!
──じゃなくて!
抵抗しようとして、ようやく気がついた。
あのとき……わたしがお風呂場で滑って転んで、偶然、事故で、そんな気は一切なく紗月さんの胸を揉んでしまったときの体勢で、立場が入れ替わったバージョンだ。
「ようやく気づいたようね。私としては一生忘れることはない出来事だったつもりなのだけど」
「わたしが覚えるには、重すぎる記憶だったんです……」
「あなたって、時折なにを言っているのかわからないのよね」
そう言って、紗月さんはわたしが胸を揉んでしまったことを思い出させるミッションを達成したにも関わらず、胸に当てたままの手で一揉みしてきた。
「んっ……」
紗月さんだし、わたしもしてしまったから……と揉むのを許していたら、どうしてか紗月さんは止めずに続けてきた。
「無駄に大きいし、固いわね」
「ブラの上からだし、当たり前……でしょ」
せっかく、妹がわたしのために買ってきてくれたブラなのに……。あとで謝る? いや、謝ったら紗月さんとの関係がばれてしまう。
……ん? 今のわたしと紗月さんの関係って、友達のはずじゃ。
紗月さんの手が止まり、目が合った。
紗月さんの綺麗な黒髪がカーテンのようにわたしの顔におりてきて、外界を遮断する。そのカーテンの隙間から差し込んでくる明かりが、紅葉する紗月さんの頬を照らし、わたしの意識は紗月さんによって支配されてしまった。
「あなたねぇ、そう言うってことは直接触れてほしいって意味で捉えるわよ」
わたしと紗月さんの恋人契約はすでに終了している。
それは二人の共通認識。
紗月さんがわたしの胸を揉んだのも、紗月さんがよくやる、殴られたら殴り返すの意趣返し……のはず。
そう思わないと、真唯に申し訳が立たない。
脳裏に真唯に怒鳴ってしまったときの、涙を堪える真唯の表情が浮かんだ瞬間、紗月さんにキスされた。
それは、『うるさい』と言われて黙らされたキスとは根本から異なる、キスだった。
ぽたり、紗月さんの涙が唇に当たる。
その感触を味わうより先に、紗月さんはわたしの胸に顔を隠した。
「お願いよ、甘織。きょうだけは……私を見て」
紗月さんはわたしより何百倍も強い人だ。
勝てないからって勝負を放棄しない。
初めてのことでも貪欲に食らいつく。
自分で決めたことは絶対に破らない。
だからこそ、弱った姿を見せることはない。
だからこそ、三人で勝負したあの日……トイレに独りでいた紗月さんに抱きしめられたとき、伝えはしないけど、わたしはとっても嬉しかった。
紗月さんに頼ってばかりいたわたしが、ようやく同じ立場になれたんだって気がした。
ううん、気なんかじゃない。
わたしは紗月さんの背中に両手を回して、抱き寄せる。
「私ね、えふぴーえすは負けてしまったけれど、真唯にテストの点で勝ったのよ」
「うん」
「初めて……初めて勝てたの」
「うん」
「テストが返却されるたびに、真唯はなんの気も無しに結果の紙を受け取っていたけれど、きょうだけは渋い顔をしていたの。あなたにも見せたかったわ」
「そっか、真唯の珍しい顔みるの逃しちゃったかあ」
贅肉をつねられた。
ふつーに痛いんですけど。
「甘織……あなたが真唯の告白を保留にしているのはわかっているわ。だから、私はそれをしない」
「…………うん」
「私はしない。だから……甘織」
わたしは真唯ほど輝いてない。
わたしは紫陽花さんほど優しくない。
わたしは香穂ちゃんほど元気でもない。
それを全部ひっくるめたわたしを、紗月さんは認めてくれている。
こんな弱いわたしと、一緒にいてくれる紗月さんを……。
わたしは紗月さんを抱きしめたまま、上半身を起こす。
ぎゅっと、ぎゅっと強く紗月さんの震える体を密着させた。
「紗月さん……わたしと、付き合ってください」
答えはいらない。
そう言わんばかりに、紗月さんはわたしを見上げてキスをした。
「れな子……あなたのおかげよ」
「ありがとう」