わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:藤五月
「甘織、帰る前にちょっといいかしら?」
金曜日、六時間目の国語という絶望を超えて有頂天なわたしに、学生鞄を肩にかけた紗月さんが話しかけてきた。
「はい……?」
「時間があればで構わないけど、これからふたりで映画を見にいかないかしら?」
「それって、映画館に……ってこと?」
「残念ながらね」
紗月さんはため息をつく。
わたしはこれまでの関係で、紗月さんの思考回路をマスターした。
基本的に紗月さんと映画を見るのは、どちらかの家でと決まっている。
なぜなら、それが最もお金がかからない方法だから。
しかし紗月さんとて、レンタルが出るまで見る欲求を抑えられないほど好きな作品がある。
そのときは決まって嬉しそうなため息をついてわたしを誘ってくる。
「へー、ふたりでなんの映画を見に行くの?」
わたしが帰る準備に手間取っていると、紫陽花さんが話に入ってきた。
これから見に行く映画は、ちょっとえっちな内容も含まれているやつだから、内容を知っている紗月さんと違って、純粋無垢で誠実の
わたしが説明に苦しんでいると、紗月さんが口を開いた。
「一言で言えば、家出少女を匿う会社員の話よ。瀬名もどうかしら?」
そうそう、家出少女が体を売ってOLの家に泊めてもらう。……って、正直に言うんだ!
もし紫陽花さんが頷いたら、この3人で情緒あふれるエロシーンを大画面で味わい、映画終わりのフードコートでの感想語りが気まずい空気に包まれてしまう!!
「えー、行きたい気持ちはあるんだけど、きょうはチビをお迎えに行かないといけないの」
「じゃ、じゃあ紫陽花さんに予定を合わせて……」
「私に気を使わなくても大丈夫だよ、れなちゃん。ふたりで楽しんできてね」
紫陽花さんが断ったことにほっとしたのがバレないためにも、わたしは学生鞄に教科書を突っ込んで席を立つ。
「う、うん。じゃあまた明日! 紫陽花さん」
「さようなら、瀬名。行くわよ、甘織」
「ふたりとも楽しんできてねー」
京王線の電車に揺られ着いた先で、わたしと紗月さんはエレベーターに乗る。
「そ、そういえば、映画館ってなんで一番上の階にあるんだろう」
「シャワー効果って知ってる?」
「いえ……まったく」
「その様子だと、公民の授業は寝ていたそうね」
好きなゲームのイベントの最終日だったから、ランキングを上げるために夜更かししていただけなのにぃ。
わたしがぎくっと体を震わせると、紗月さんは頭に手をついて、呆れた目でわたしを見下ろす。
「あなたがテストで点を取れないのは私に関係ないことだわ。でもね、私は補修を受ける馬鹿と一緒にはいたくないの」
「だってえ、昨日はファイブ君がわたしのことを離してくれなかったからあ……!」
「ゲームにかまけてばかりいると、また勉強会をしてもいいのだけど」
「うぅ……」
『7階です』
わたしの返答よりも先に、映画館についてしまった。
紗月さんはおろおろしてエレベーターを降りようとしないわたしの腕を引っ張って、自動券売機に向かう。
館内は人がまばらにいる。
ポップコーンを食べて待っている人や、友達と楽しげに話している人たち。
次に上映する作品の予告が流れていたり、アニメのでっかいポスターが貼られたり。
「……甘織」
へー、今は昔の映画の復刻が流行ってるんだ。
てか……えっ!? あの誰かの陽キャ擬態ドリンクおいしそう!
「…………甘織」
あっ、特典のステッカー無くなってる。
でも……知らないアニメだから、特典なくても飲んでみたいなあ。
紗月さんが座席を選んでいるときに館内を見回していると、遠慮気味なチョップが頭に飛んできた。
「ど、どうしたんですか? 勉強会のことをあやふやにしようとしたのを怒ったんですか!?」
「違うわよ。あなたが勉強嫌いなのは分かっているわ。それより、手を離してちょうだい」
「あ……ご、ごめんなさい!」
「謝らなくていいわ。チケットも買えたことだし、売店に行きましょう」
「ば、売店!? ポップコーンという低俗なお菓子を食べる人の理解ができないとおっしゃっていた、あの紗月さんが!?」
「どこの紗月さんよ……。というか、売店に行きたいのはあなたでしょう? さっきからずっとあの飲み物をちらちらと見てたわよね」
「いやいや、大丈夫ですよ! 紗月さんはいっつも音が邪魔をするって言って、家で映画を見るときなにも食べないじゃないですか!」
「それはそれ、これはこれよ。開場まで時間もないんだし、早く行くわよ」
そう言って、紗月さんに強引に連れられ、このわたしが陽キャドリンクを飲むこととなった。
もちろん、注文は紗月さんにしてもらいました!
ありがとう! 真性の陽キャ、琴紗月!
「どう? それ、おいしい?」
「おいしいよ、紗月さんも飲む?」
わたしは一口飲んだストローを紗月さんに向ける。
紗月さんは雑味が嫌いよ、なんて言って断るのが目に見えていたけど、違った。
紗月さんは膝を曲げて、前髪を耳にかけて、ストローに口をつける。
ごくごく、と紗月さんの飲む音が聞こえる。
うう、たかが美人がジュースを飲んでるだけでしょ!?
甘織れな子。平静を装え! 装っちまえ!
「……ふう、まあ、悪くないわ」
「さ、さようでございますか」
「今更、間接キスで赤くなるなんて、笑ってしまうわ」
「どーぞ遠慮なく笑ってください。この、うぶ織れな子を」
「……。甘織も私のことを笑ってもいいのよ」
反射的に逸らしていた顔を元の位置に戻すも、紗月さんは手で口元を隠していた。
けれど、髪に隠されていない耳がかわいらしく赤らんでいた。
「かわいすぎかよ、琴紗月……」
「冗談はここまでにして、入りましょうか」
「ちょ、紗月さんが先に言ってきたんでしょ!」
小走りで歩く紗月さんの横にぴったりとくっついて、店の人に紗月さんが一枚のチケットを渡す。
あれ? もしかしてわたしは放置されるんですか? と、不安がるも、何事もなく通されたことで払拭された。
「紗月さん……あのチケットって」
「ええ、そうよ。カップルシートだけど、なにか問題あるかしら?」
問題はない。
問題はないどころか、わたしの憧れていたことでもあって、しかも紗月さんとだから、余計に嬉しい。
「……追加のお金、あとで払うから」
「払わなくていいわよ。私が好きで選んだことだもの」
「で、でも ……!」
「きょうはアルバイトの給料日だから、いいの。気にしないで」
紗月さんの家庭事情を知っていて、気にしないのは無理がある。
金銭の貸し借りはわたしの苦手とするものなので、是が非でも受け取ってもらわないことには映画を楽しめる心境になれない。
学生鞄から財布を取ろうとした手を、紗月さんに止められる。
「明日は休みでしょ。……その分たっぷり、甘織の体で返してもらうから」