わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎)   作:藤五月

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お弁当

「ふっふーん。おっべんとー、おっべんとーを食っべるぞー。って、あれえ!?」

 

「どうしたの? れなちゃん」

 

「あっ、いや! その……お弁当持ってくるの忘れちゃったみたいで」

 

 朝、家を出る前に鞄に入れたつもりだったのに……。

 いや、つもりじゃなくて、絶対。絶対に弁当は入れた……はず。

 

 うぅ、自分の記憶が頼りにならないよお。

 

「だ、だったら私のおかずとごはん、いる?」

 

「え、そ、それは紫陽花さんに申し訳がないというか」

 

 わたしを心配して、紫陽花さんが毎日手作りをしているお弁当をわたしに寄せてくる。

 

 す、すごい! 唐揚げとか卵焼きとかが、見たことのない輝きを放っている。

 

 これが天使の手作り弁当。

 

 た、食べたい! 

 けど、わたしは天使様のご飯を分け与えてもらうような人間ではございません。

 

「でも、お腹が空いちゃったら午後の体育の授業、倒れちゃうんじゃない?」

 

「大丈夫! お金ならあるし、食堂行ってくる!」

 

 わたしは鞄から財布を取って、足早に教室を去るも──。

 

 わたしは屋上で一人、フライパンの形をした雲が流れる晴天を体育座りで眺めていた。

 

「なにあの人混み……」

 

 あの地獄のような混雑に身を投じるなど、わたしにはムリな話でございます。

 食堂に行ってくると言った手前、教室には戻りづらい。

 

「はあ、お腹すいたなあ」

 

「それならよかったわ。ちょうどここに、あなたの弁当があるの」

 

「え? 紗月さん!? どうしてここが!?」

 

「勘よ」

 

「勘んん!?」

 

「嘘よ」

 

「嘘かい!」

 

「あなたが食堂にいなかったから、どこに行ったのかを訊いて回ったのよ。まったく、迷惑をかけないでほしいわ」

 

 紗月さんはやれやれ、といった感じで首を振り、わたしの横に腰を下ろした。

 紗月さんはわたしの手元に見慣れたピンク色の巾着を置く。

 

 蝶々結びの紐をとき、お弁当を取り出すも、お箸箱から弁当箱に至るまでわたしのもので、どうしてこれを紗月さんが持っているのか。

 理解が追いつかないでいると、紗月さんが自分の弁当箱を広げて、話を始めた。

 

「通学中にあなたの妹さんと会ってね。そこで、お弁当を忘れているようだから届けて欲しい、と頼まれたのよ」

 

「え? あいつが? なにゆえ?」

 

「私はなにも知らないわ。だから、気になったのなら妹さんに直接訊くことね」

 

 そう言うと、紗月さんはさも用事が済んだかのようにご飯を食べ始めた。

 時間も時間なので、わたしも蓋を開けて食べ進める。

 

 もぐもぐと無言のまま、咀嚼音だけが屋上に広がる。

 

 き、気まずい。

 なにか話題を見つけたいけど、わたしを探すために紗月さんの時間を使わせてしまった罪悪感が無言の世界を求めてしまっている。

 

「……どう? おいしいかしら?」

 

「へ? お弁当が?」

 

「逆に、それ意外に食べているものはあるのかしら」

 

「あ、えっと、その。味はですね、いつものお母さんの味だなーって感じ」

 

 まあ、気まずさのせいで味覚が正常に働いてないんですけどね! 

 

「それ…………、本気で言っているのかしら?」

 

 ぐぐぐ、と紗月さんの持つ箸が悲鳴をあげる。

 紗月さんが氷の空気を纏っている。

 

 どうして……? さっきのわたしの発言に地雷があった? 

 わたしがやらかしても呆れるのが基本の紗月さんが、どうしてわたしがお弁当に普通の感想を持つだけで怒るの!? 

 

「う、うん。お母さんの手料理だなあって、思って……。も、もちろんおいしいよ! 紗月さんも一口食べてみる!?」

 

「いらないわ、あなたのご飯だもの、自分で食べなさい。わたしは先に帰るわ」

 

「へ? まだ食べ始めて数分じゃ……。た、食べんのはや!」

 

 ちらっと紗月さんの手元を見ると、すでにお弁当の中身が空になっていた。

 

「ちょ、ちょっと! 紗月さん!? さっきのわたしの発言になにか……、なにかございましたかあ……!?」

 

 ふとももの上にお弁当を置いているから、こっちを見向きもせず屋上から出ようとする紗月さんを追うことができず、バタン、と重たい扉が閉じてしまった。

 

 それからというものの、午後の授業でも紗月さんと目が合うことはなく、放課後に謝ろうと思っても、わたしが席を立つころにはすでに紗月さんは教室から姿を消していた。

 

 屋上でのできごとは一体、なんだったのだろうか。

 そう思いながらファイブくんと一緒にFPSを楽しんでいると、帰宅してきた妹がノックもせずに部屋に入ってきた。

 

「おねーちゃーん、お弁当、ちゃんとおいしいって言った?」

 

「ん? ああ、紗月さんに渡してくれてありがと」

 

「へ? いやいやいや。そーじゃないでしょ、つーか紗月先輩からなにも訊いてないわけ?」

 

「なにも。てか、紗月さんに迷惑かけないでよ! お昼いっしょに食べたけど、すっごい機嫌悪かったんだから」

 

 妹に向かって八つ当たりするも、妹は『はあああ!!』と怒号を飛ばしてわたしの横腹を蹴ってきやがった! 

 この! 妹のくせに生意気な! 

 

「せっかく紗月先輩が作ってきてくれたのに、おいしいって感想すら言えなかったわけ? だから怒ってたんだよ!」

 

「へ? 紗月さんが?」

 

「そーだよ。わたしは紗月先輩にお願いされて、お姉ちゃんの鞄からお弁当を抜いて、あたしが朝ごはん代わりに食べて、紗月先輩に空のお弁当を朝早くに渡したの」

 

「…………紗月さんがわたしのお弁当に毒を盛るために、じゃない……よね……」

 

 真相を知って、冷や汗が止まらない。

 そういえば、紗月さんのお弁当と中身がまったく一緒だった気がしなくもなくもないような……。

 

 無意識のうちに正座になって思い込んでいると、妹にわたしの財布を投げつけられた。

 

「いいから行け!! 紗月先輩の家、知ってんでしょ! お母さんにはあたしから言っとくから」

 

 鬼気迫る妹に反論する意思など湧かず、わたしは敵の進軍を伝えるべく走る一般兵のように、財布とスマホを手に全力で紗月さんのアルバイト先、クイーンドーナツへと向かった。

 

「いらっしゃいませ、店内でお召し上がり……ですか? それともお持ち帰りですか?」

 

 途中で明らかに声のテンションが急降下したが、構うもんか。

 

「紗月さん、あと何分で退勤?」

 

「ご注文をお願いします」

 

「じゃ、じゃあこれとこれ、店内で」

 

「かしこまりました」

 

 紗月さんはわたしが指差したドーナツをトングでトレーに乗せると、手が滑ったでは言い表せないほど故意にトングをドーナツに突き刺した。

 いつでも脳天をトングでブッ刺してやろうか、みたいな脅迫をしてきた本人は、営業スマイルで頭を下げる。

 

「たびたび申し訳ございません。こちらの方はサービスさせていただきますね。それではお会計が──」

 

 こうして怨念のこもったドーナツが乗ったお皿を手に、カウンターに座る。

 

 平日の夕暮れ時ということもあって、あまり繁盛はしていない。

 

 カウンターに居座っているわたしにとっては、席をどかなきゃ、っていう固定観念に囚われないので安心できる。

 

 紗月さんの働く姿を見ながらドーナツを頬張っていると、紗月さんが他の制服を着た人に揶揄われているのが見えた。

 

 新鮮な風景だなあ、なんて思っていると、紗月さんが裏側に行ってしまった。

 

 しばらくすると、芦高の制服を着た紗月さんがわたしの目の前に現れた。

 

「行くわよ、甘織」

 

「は、はい!」

 

 わたしはすぐさまお皿を片付けて、ひと足先に店を出た紗月さんの隣を歩く。

 スマホの時計は、まだ19:21。

 

「へ、変な時間のシフトなんですね」

 

「ええ、あなたが来たから、早めに上がっていいと言われたのよ」

 

「そ、それは、ご、ごめんなさい」

 

「で、私になんのよう? つまらない答えなら受け付けないわよ」

 

 一向に顔を合わしてくれない紗月さん。

 わたしは意を決して立ち止まり、考えてきた言葉で謝罪する。

 

「その……さ、紗月さんの手作りお弁当、とってもおいしかったです!!」

 

「そう」

 

「うん、栄養バランスとかめっちゃ考えられてたし、味加減も完璧! どうせなら、うちの素朴な弁当じゃなくて、紗月さんに毎日お弁当を作ってもらいたいくらい! それっっっっぐらいおいしかったから! あのときは紗月さんの時間を奪ってしまった罪悪感がですね、わたしの感覚を狂わせてしまって」

 

「……そう」

 

「いやあ、いいなあ! 毎日紗月さんの手作りご飯を食べれる人は! 紗月さんみたいに尽くしてくれる恋人がいる人は、もう不幸なことがおきないじゃないかってレベル!」

 

「それはふざけてるわ」

 

「だ、だってええ! 紗月さんが、紗月さんが言ってくれないのが悪いんです……。最初に、妹から受け取ったって言わなかったら、貴重な紗月さんの手作りお弁当だあ! って、楽しめたのに。ひどい。一生に一度あるかないかの紗月弁当を、楽しむ機会を奪った紗月さんが悪いの〜!」

 

「公衆の場で泣き喚くのはやめて。お弁当くらい、また作ってあげるわ」

 

「ほんと……?」

 

「そうしないと、あなた帰ってくれないじゃない。というか、あなたが黙っている時間が長過ぎたせいで家に着いちゃったじゃない」

 

 そう言われ、紗月さんから目を離すと、もはや第二の家とも呼べるような紗月さんの住むアパートがあった。

 

「あ、謝ったですし、わたしはこれで……」

 

「甘織」

 

「は、はい」

 

「きょうは、というか明日もなんだけど、母さんは家にいないのよ」

 

 紗月さんに腕を握られる。

 

「私の手料理を食べたいのなら、晩ごはんくらい、食べていってもいいのよ」

 

 その手が、どんどんと上がる。

 きめ細かい素肌がわたしの肘を、脇を、肩を通り、頬までたどり着く。

 まるで、蛇に睨まれたカエルならぬ、チーターに狙われたコアラのように縮こまるわたしの未来は、すでに決まっていた。

 

「お、おじゃましまーす」

 

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