わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:藤五月
中間テストで過去最高順位を記録したわたしは、放課後にお疲れ様会と称して紗月さんをデートに誘った。
「ところでどこへ連れて行ってくれるのかしら? なにも予定を聞かされていないからとても心配だわ」
学校から出て早々に軽口ですか……。まったく、紗月さんはわたしのことをもっと信じてもいいと思うんだよね。
「逆に訊きたいのだけれど、もしあなたが自分に何も言わずに着いてきてって言われたとして、素直に頷ける?」
え〜と、わたしがわたしに……?
テスト疲れが解放されたバリバリの脳をフル回転させて、そんな場面を想像してみる。
『ね、ねえ、甘織さん。も、もしよかったら放課後に遊ばない? ええとね、場所は言えないんだけど……。でもでもっ、とってもいい場所だから』
甘織れな子は鬱屈とした表情で近づいてきた。あまりの陰キャオーラからメンタルに10のダメージ。
「だ、大丈夫! 紗月さんは絶対に気にいると思うから! たぶん!」
「ハードルを下げるのが甘織らしいわね。安心なさい。期待せずにいるから」
紗月さんは表情を変えず、柔らかい声色で言った。
駅の構内に入ってからはテストの順位だったり、きのうの夜にご馳走になった紗月さんお手製の麻婆豆腐の感想など、他愛のない会話をして目的地に着くまでの暇を潰した。
その最中、電車の中は芦高の生徒でごった返していたのもあり、手を繋ぐことはなかった。
紗月さんと付き合ってから一ヶ月は経とうとしているのに、あんまり関係が進んでいないことに焦っているのはわたしだけなのだろうか。家でお泊まりは何度かしたけど、互いの両親にカミングアウト的なのはまだだ。
妹はすでに知っているけど、しょせん学生恋愛だから秘密にすれば〜ってだけ。わたしもそれで納得したし、紗月さんに話しても特に反応はなかった。
こうして会話しているときに何度も紗月さんの顔を見上げるけれど、その表情がほころんでいるのは見てとれない。
なんなら、付き合う前の……真唯と紗月さんと勝負していたときのほうがずっと笑い合っていたかのように思える。
だから、この機会を得てもっと、こう……なんというか、紗月さんを……惚れさせる? のはおこがましい。紗月さんを楽しませる方法を習得する……これも、違う。あれ? なんか考えてる内容的に倦怠期のカップルっぽくない!?
「考え事をしているところ悪いんだけど、乗り過ごしてはいないわよね」
「へ……? ああ!! こ、ここっ! ここここ!」
「鶏みたいに言わないでよ、恥ずかしい」
紗月さんの手を引いて電車から降りる。
きょうくらいはかっこいいわたしでいたかったのに〜。……紗月さんがわたしにかっこよさを求めてるかどうかは別としてね!
「手、繋いだままでいいの?」
「ご、ごめんなさい! 手汗がきもかったですか!?」
ぱっと手を離すも、紗月さんの表情は芳しくない。学生鞄を肩に掛け直して、紗月さんはひとりで先に東口へ歩く。
とことこと、いつもより早い足音。
デートに誘ったのはわたしなんだから……ひよったら紗月さんに申し訳ない。
よし、と心の中で意気込んで、先ゆく紗月さんの左手を両手で握る。
「ちょ、ちょっと! 痛いわよ!」
「ごめんなさい! で、でも……もう学校のひとがいなそうだし、目的地に着くまでは繋ぎたい……です」
「さっきあなたが離したのに?」
「手を、繋ぎたいんです……だめ、ですか?」
「……好きにしなさい」
紗月さんは顔を背けて、言った。
けれど、手から伝わる温度が上昇して、わたしと同じ体温になっていった。
「で、つきました! サモエドカフェ!」
駅から歩いて15分ちょっとで到着した、ガラス張りの喫茶店の風貌をした、サモエドと戯れることのできるサモエドカフェ。
「紗月さんに勉強教えてもらった代わりとして、ここはわたしが払うからねっ」
わたしはどんと胸を叩き、震える手を誤魔化しながらドアノブを回そうとしたが、紗月さんに引き止められた。
その勢いのまま横の路地裏に連れて行かれ、壁ドン!! うっわ! わたしの恋人美人すぎやしませんか!?
「甘織……こんなところに私を連れてきて、一体どうするつもりかしら?」
「どうするもなにもサモエドと戯れるの! 遊ぶの! 構ってもらうの! ていうか、紗月さんって犬カフェに行ったことなかったんですか?」
「別にないことはないわ。都内すべての犬カフェを回ったわ」
「絶対嘘だ!」
「嘘じゃないわ」
「だったらなんで、さっき入るの止めたんですか?」
「それは……」
紗月さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
わたしは単に、紗月さんのお母さんから犬好きという情報を仕入れたからサモエドカフェに誘ったわけなのですが、もしかしてアレルギーだったり……!? だとしたら、申し訳ないことをしちゃったな。
事実を確認する前に脳内反省会を開催していると、紗月さんは一歩身を引いて、理由を答えた。
「犬は好きだけれど、犬の方は私のことを好きじゃないらしいのよ。犬種は関係なしに。……近づこうとしても威嚇されるのが常な日常だったわ。朝、ランニングしているときに出会うポメラニアン。小学校のときに友達が飼っていたチワワ。真唯といっしょにいった動物園でオオカミに吠えられたのも鮮明に覚えているわ」
うっ、簡単に想像ができてしまう!
だって紗月さんが子犬たちとボール遊びとか、お腹をわしゃわしゃする姿がまったく思い浮かばない!
「だから嫌なのよ。嫌われるのがわかっていて行動するのは」
「で、でも! 動画で予習した感じですと、めっちゃ人懐っこそうでしたよ!!」
「小学校のときの友達もそう言っていたわ」
声色を落として呟く紗月さんの姿に、涙がでそうになる。
いつも飄々として、落胆していたとしてもおくびに出すことのないあの紗月さんが、犬に嫌われているということに耐えられないだなんて!!
わかる、わかるよその気持ち。わたしも妹と喧嘩してるときは仲直りしようって思っても踏み出せないから。……それとはまた違うか? いや、関係ある! あると思おう。そして、向こうから拒絶されているのなら、こちらから干渉することが大切なのだ。
わたしはだらんとした紗月さんの手を握り、目を見て叫ぶ。
「紗月さんは大丈夫だよ! 犬、大好きなんでしょ? それに犬も美人が大好きなはずだよ! 思春期の男子みたいに恥ずかしがってるだけ! なんなら、わたしが犬役になって練習しようか?」
あれ? わたし、勢いに任せて変なこと言ったか!?
紗月さんははっとした顔をしてから、わたしの頬に手を添えてきた。
ひぃ! なんだか既視感がありすぎる。
記憶の海馬がその既視感の正体を探そうとした束の間、そっと軽い口付けをされた。
路地裏だとしても、すぐ隣は人通りが多い商店街だぞ! 付き合っているとはいえ大胆すぎ!!
「だったら、サモエドカフェは来週に行くとして、今から家に帰りましょう。ふふっ、恋人が変な性癖をもっていると大変だわ」
「性癖じゃないです!! 紗月さんが犬に慣れるための練習です!!」
「ふ〜ん、練習ね。だったら首輪を買わないとだめかしら? ここらへんにペットショップがあるから、駅に帰る途中によるとしましょう」
紗月さんはテスト中のような真剣な眼差しでわたしの首に手を当てて、首の一周の長さを調べた。
「じょ、冗談ですよね……」
その問いに紗月さんは答えることなく、ひとりで向かい側のペットショップへ入って行ったのだった。
その後、紗月さんの家に帰り、チョーカーをつけられたわたしと、紗月さんが抱き合った話は、することはないだろう。