わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:藤五月
さてさてさ〜て!
知将甘織れな子は先週の失敗を活かし、すでに紗月さんとサモエドカフェの受付にたどり着いた場面から物語をスタートするのであった!! てゆうか先週もそうすべきだった! 無惨にも紗月さんに隙を与えるからあんなことにっ。
くっ、一生の不覚。
予行練習通りに受付で支払いを済ませ、お菓子の入った小さなカップを手に待機場所に座っていると、紗月さんは繋いだ手に力を入れて、質問してきた。
「勝手に意気込んでいるのはいいのだけれど、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫とはなにが?」
「この犬たちが事実として人懐っこいらしいのかってことよ!」
「そんな叫ばなくても……」
「……あんまり自信がないのよ。私が、犬に好かれるはずがないもの。いつだって、私の一人の愛を享受するだけ享受してサモエドたちは課金されたエサの元へ誘われるのよ」
「なんて卑屈な!!」
オーバーなリアクションをとるも、それを否定する言葉はでなかった。
この一週間、紗月さんと一緒に見た動画の犬カフェだと、餌を持つ課金者の手に誑かされるばかりだった。まるで、オンラインゲームで始めたばっかの初心者が、中級者のパーティーに誘われたはいいものの、やることがなさすぎて途中で置いて行かれるような……ダメダメ!!
わたしは過去のトラウマを思い出さないように、さっと話題を変えることに努めた。
「大丈夫ですよ〜。犬だって紗月さんのような美人がラブだろうし、先週だって犬ちゃんとの触れ合い方を練習したじゃないですか」
「違うわ。あなたは犬ではなく猫だったわ」
「そういう訂正はいらないんです!! あっ! タイミングがなくて言えなかったんだけど、紗月さんがノリノリすぎるからチョーカーの跡が二、三日残って大変だったんですよ!! ファンデめっちゃ使っちゃったんですけど!!」
「隠れたならいいじゃない」
「よかない!! 上手く隠したつもりだったのに、なぜか真唯と紫陽花さんには気づかれたような感じだったし。深くは聞いてこなかったけども……」
「あの二人……いいえ、紫陽花には悪いことをしてしまったわね」
「紗月さんが謝るべきはわたしでは!?」
お店の中でしてはいけないような会話をしていると、ようやくわたしたちの名前が呼ばれた。
30分交代で、10分は犬の休憩時間。
店員さんに案内されて、柵の中に足を踏み入れる。
幼稚園児が遊ぶような小さな段差と、大きな桜の木を模したオブジェクト。白いタイルに洋風的な壁紙がここだけの空間を作り出していた。
そして、奥からカチカチと爪の音を鳴らしながら現れたのは、6匹の大きなサモエドだった。
きゃ〜! かわいい! でかい! もふもふだあ!
紗月さんは……はあっ! 今までに見たことのないほど顔の部品が溶けてしまっている!!
けれど、紗月さんは自分の表情管理が疎かになっていると自覚したのか。こほんとわざとらしい咳払いをして、その場に膝をついて近づいてきた一匹のサモエドの頭を優しく撫でる。
なんて絵になる光景なのだろうか。
ただサモエドの頭を撫でているだけなのに、絵画にして額縁に入れたものがルーブル美術館に寄贈されても文句なく飾られるだろう。
「すごい、すごいわ! とってももふもふであったかくて……それでいて私から離れない!!」
その言葉の抑揚から、いかにして紗月さんが犬たちに嫌われていたのかを感じ取ってしまう。
泣いちゃうよお、我慢しないと……。
感傷からか、わたしは目を伏せ口を手で塞ぎ、震える声で言う。
「言ったでしょ、この子達は人懐っこいってさ……」
「ええ、甘織、私は初めてあなたを尊敬したわ。大好き、とってもね」
「こっ、こういう場で素直になられても反応に困ると言いますか」
「バカじゃない? 恋人が大好きって言っているんだから、困るも何も返答はひとつしかないでしょ」
紗月さんの目力に押され、人差し指を合わせながら、もじもじしながら答える。
「……うぅ、はい、その、わたしも……わ、わたしもだいすき、です……」
…………あれ? 返事は?
って、おい! 紗月さん! 大好きなわたしを放ってなんでサモエドのお腹をさすっているんですか? そんな猫撫で声をだして!
「ぼうっと突っ立っていてどうしたの。せっかくお金を出しているんだから全力で楽しまないと損よ」
紗月さんは段の上に置いておいたカップの中から、お菓子を何個か手に取る。
それをサモエドの前に差し出すと、微かなニオイに釣られたのか何匹ものお腹を空かせたサモエドが紗月さんの手に集まってきた。
「あははっ、くすぐったいわ! 甘織!」
真唯にFPSで一泡吹かせたとき以来の満面の笑みに嫉妬しそうになるも、わたしだって紗月さんにお腹を摩られたこともあるし、ご飯だってあ〜んしてもらったことがあるんだから、と意味のないマウントを心の中でとる。
「ほらっ、あなたもやってみなさい。ちょっと汚いけれど、このかわいさなら我慢できるわ」
「店の中で汚い言うな! ま、まあかわいいはかわいいけど、紗月さんの方が百倍はかわいいから……」
「あなたっていう人はいつどのタイミングで行動力が増すのか予想がつかないわね」
紗月さんは呆れながらも、柔和に曲がった口角を元に戻せずにいた。
時間も限られていることだし、恋人に構ってもらえないわたしはサモエドちゃんに構ってもらおう。
カップから一個、お菓子をとってサモエドの前で揺らしてみるも、へっへっと息を吐いて食べようとしてくれない。
というか、あちらこちらのサモエドがお菓子を持っていない紗月さんの元へ集まっている。……ひどい、ひどいよサモエドちゃん。わたしはこんなにも愛しているというのに、世間と同様に根が陰キャなわたしには愛想一つ振り撒いてくれないのでしょうか?
と思っていたが、あぶれた? サモエドがとことことわたしの元へ。
そして、手のひらのお菓子をぺろり。
くすぐったい。舌がちょっとざらざらしてる。かわいい。癒される。
けれど、楽しい時間は一瞬。お菓子がなくなれば颯爽といなくなってしまった。
ちなみに、紗月さんのところのサモエドの数は一向に去る気配は漂ってこなかった。
しょせんお前も顔かあ!!
……ま、まあ! 想定以上に紗月さんに喜んでもらえていてなにより。普段の教室でのクールっぽさを破壊するほど犬ちゃんが好きなら、今度のデート場所に加えてみようかな?
でも、ここまで好きだったら過去に飼ってたりしてたのかな?
「飼ったことはないわ」
「お、おかえりなさい」
「ただいま。初めて犬の体と体臭を十分に堪能することができたわ。ありがとう。……あと、犬は好きだけれど、自分で飼おうとは思えないの」
「それは理由を訊いても大丈夫なやつですか?」
「ええ、母さんとあなたの世話で余裕がないもの」
「うっ、ご、ごめんなさい」
「謝らないでいいわ。というか、余裕があっても飼わないと思うの。……なんというか、嫉妬されるのは嫌いじゃないけれど、流石に毎日その視線を浴びるのは面倒だもの」
紗月さんはわたしの目を覗くように見上げた。
その瞳からはわたしが犬へ嫉妬してしまったことが丸わかりだったことを示していた。
ギイィィ、と立て付けの悪い扉の開くような音を鳴らしながら首を曲げる。
「シットナンカベツニシテマセンガ」
「ふふふ、隠さなくていいわよ。……さっきも言ったけど、嫉妬されるのは嫌いじゃないの。だって、あなたに愛されていることの証明になるじゃない」