わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:藤五月
「さつっ、さ、紗月さっ! ちょ、ムリ! これ以上はムリだから!!」
「情けないわね。まだ初めて5分も経ってないじゃない」
「違いま、す……。さ、紗月さんが早いんです!!」
十五夜まで数ヶ月離れているというのにお団子を食べたくなるような満月の日に、なぜかわたしは紗月さんの日課のランニングに付き合わされていた。
休日は家で過ごし、学校終わりも家で過ごしてばかりのスーパーインドア人間にこんな仕打ちをするだなんて!! 紗月さんのストイック! ポニーテール! アウトドア派めっ!!
荒い口呼吸のせいでまともに悪口も出でこない。
「あなたが付いてくるって言ったんでしょ?」
「言いましたけども、こんなにきついとは思わず……」
まあ、いっしょに走るって言ったのはたしかにわたしなのだけれども、焚き付けたのは紗月さんでしょ……。
ぜーぜー息を吐きながらも、なんとか数分前の愚かなわたしと紗月さんとの会話を思い出す。
あれは、紗月さんの家で紗月さんの膝の上に頭を乗せていたとき。
「甘織、申し訳ないけど少しランニングしに家を出るわ。3……いえ、20分ほどで戻るから、好きにくつろいでいて」
「え〜、一週間ぶりのお泊まりなのに、行っちゃうの?」
「甘えても無駄よ。一日でも空いたら、次の日のハードルが高くなってしまうもの」
だだこねを失敗したわたしは、紗月さんの腰に手を回す。
憎たらしいほど細い……。駄肉がつのったわたしのお腹とは比べることすらおこがましい。
これが毎日のトレーニングで得ることのできる肉体。もしわたしもモデル並みのスタイルを手に入れたら、紗月さんはもっと好きになってくれたりするのかな。
「わ、わたしも……ついてく」
そう言うと、紗月さんは目をまん丸にしてわたしの頭を撫でていた手を止めた。
「……本当かしら?」
「その代わり、ランニング用の服貸してっ」
「いいけど、本当に走るの? あなたが?」
「何度も聞かないで! せっかく決めた覚悟が揺らいじゃうから!」
こうしてわたしは授業の体育で鍛え上げられていない体力を消費するはめになったのだ。
紗月さんの数歩後ろをゾンビのようにはしっていると、月明かりに照らされたそのランニング姿が目に入る。
ポニーテールはリズムに乗っているかのように規則的に揺れていて、走るフォームが崩れる気配すら感じない。そういえば紗月さん、体育祭でリレーのアンカーを任されていたかのような。わたしの記憶があやふやなのは、体育祭が嫌すぎて忘れることに努めたからだ。今思い出しても……いや、体育祭の記憶なんか思い出してやるもんかっ!
「あなた……授業でももっとちゃんと走ればいいのに」
紗月さんはわたしに合わせてかペースを落とし、数分後にはランニングでなくジョギングになった。
少し早歩きで紗月さんの隣を陣取る。
「それはそれ、これはこれです」
「授業走るのと夜に走るののなにが違うのよ」
「まったく違います!! 自主的に足を動かすのと、強制されて動かすのとでは全っ然!」
「その感性は私には理解できないわね」
「だと思いますよ。紗月さんはわたしの怠惰で欲望に忠実な精神とは違ってて、強制されずとも肉体や精神に苦痛を与えることのできる素晴らしい自主性をお持ちですから」
腕や背中から湿ってくる汗が夜風に触れてサウナ後の冷水を浴びている快感がちょっぴり気持ちいい。
からかうように口を動かすと、紗月さんは顎に手を当てて、考え込むようにわたしを見つめた。
「自主性、ね。私にはあなたの方が優れたものを持っているように見えるけれど」
「はいい!?」
「だって、わがままをよく言うじゃない。晩御飯はあれ食べたいだとか、きょうは泊まってくだとか、私と付き合ってくれないと死んじゃうだとか」
「最後のは紗月さんの妄想でしょ!?」
「妄想じゃないわ。ばりばり現実よ」
「ばりばりって、また小説に影響されて……。今度はどんなのを読んだんですか?」
「あら、そういえばまだ甘織には貸していなかったわね。でも、その作品は再来週からドラマが始まるらしいのよ。どうせならいっしょにドラマを見ようかなと思っていたわ」
そう言われて、再来週もどっちかの家で過ごすことを約束してきているだのということに気づき、ランニングの疲れが消えていった。
なんてチョロい女なんだっ! わたし!
「……楽しみにしとく」
「ええ、あなたも気にいると思うわ。じゃあ、ここから私の家までは走って帰りましょう」
「うええ!? 二人の仲が深まって、ゆっくり夜景を見ながら帰るのでは!?」
「ふざけないで。私は一人で帰ってもいいのだけど」
「おっ、おいてかないで! わたしをっ! わたしをおいてかないでえ!!」