わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎)   作:藤五月

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クリスマス、当日

 わたしは予約していた駅前のK○Cを片手に、紗月さんちのピンポンを押す。

 玄関が開く前に前髪チェックを欠かさず、妹に見繕ってもらった服の皺を伸ばす。

 

 しばらくして、玄関のドアノブが回された。その奥から一括りにした髪を右肩からおろして、青の爽やかなワンピースを着た紗月さんが出迎えてくれた。

 

 明らかに私服ではない可憐なメイクと服装に、胸がどきりと弾んだ。

 楽しみにしてたの、わたしだけじゃないんだ。

 

 そう思うと、慣れたはずなのに、彼女の家に入るという行為自体に緊張してしまう。

 ……彼女の家!? 紗月さんが? わたしの? 彼女? 

 

 付き合い始めて半年は経つのに、紗月さんがわたしの彼女であることがまだ現実だと理解しきれていない。

 

 紗月さんの家から真唯とかがドッキリでした〜! って、テレビでよく見るプラカードを持ってきたとしても納得するかもしれない。

 

「お、お邪魔しま〜す」

 

「遠慮しなくていいわよ。きょうは母さん帰ってこない日だから」

 

「あ、そ、そうですか」

 

 ブーツを揃えて置いて、ピンク色のスリッパを履く。

 

「寒かったでしょ? ヒーターがあるからリビングであったまりなさい。あなたのために買っておいたコーラがまだあると思うから、用意するわね」

 

「あっ、手伝うよ」

 

「必要ないわ。それよりもお肉の準備だけお願い」

 

 紗月さんは台所へ向かったので、先に洗面所で手洗いうがいを済ませてから、リビングのちゃぶ台にKF○の箱を開けて並べる。

 

 ドラムばっかじゃん。わたしってば運がいい。

 

 あっ、でも、紗月さんってどの部位が好きなんだろ? ていうか、紗月さんが肉を頬張っている想像がつかない。

 

 クリスマスといえばチキンでしょ。チキンといえばケンタッキーでしょ、という勝手な偏見で買ってきたけど、ジャンキーな油が苦手とかあったりしたら申し訳なかったな。

 ヒーターの前を陣取っていると、紗月さんが落胆のため息を隠さずに現れた。

 

「ごめんなさい、甘織」

 

「紗月さんがわたしに謝るって、一体どれほどの悪行を?」

 

「バカなことを言うのはやめなさい。ただ、冷蔵庫に入れていたはずのコーラがなくなってたのよ。はあ、身内の恥ね」

 

 おそらく、紗月さんのお母さんが飲み切ってしまったことを暗に言っているのだろう。

 わたしもよく妹に勝手にお菓子やジュースは飲まれ続けた人生なので、そんなことでいちいち怒るわけがない。

 

 怒ったとてわたしが言い負かされるだけなのだから、怒るだけ無駄なのだ。

 そう、お菓子たくさん食べるから太るんだよとか。ダイエットを手伝ってあげてるだとかさっ! いや、手伝ってくれなくていいんだよ! わたしは甘味に溺れたいんだよ!!

 

 思い出すだけで腹が立ってきてしまったので、頭を左右に振って誰もが羨む現実に戻ってくる。

 

「いえいえっ、わたしもお水で大丈夫ですよ」

 

「飲み物すら満足に出せない貧乏な家でごめんなさいね」

 

「卑屈すぎる! も、もう謝るのはなし! だってクリスマスだよ!? 冷めないうちにささっ、どうぞ!」

 

 変な空気を払拭するかのように、すしざんまいの要領で両手を広げる。

 紗月さんは水を汲んだコップをちゃぶ台に置いて、隣に座った。腕を捲り、手をチキンに伸ばそうとしたが、何かに気づいたかのように立ち上がる。

 

「これっていくらしたの? 半分払うわ」

 

「お金は大丈夫。ノープロブレム」

 

「そういうわけにはいかないわ」

 

「本当に大丈夫です。あ、その……お、お母さんにか、彼女とお泊まりするって言ったらお小遣いをもらいましたので……はい」

 

 頭が沸騰しそうなほど赤く、熱くなっている。

 

 きのう、さすがに一泊するのを親に報告しないわけにはいかなかったので、素直に言うか嘘を吐くかで悩みに悩み、正直に伝えるとお母さんは泣きながら一枚の万札を無言で渡してきたのだ。

 

 多すぎると断ろうとしたが、お母さんは泣き続けて話をできる状態に戻らなかったので、財布にしまった。

 

 ちらりと紗月さんの顔を覗き込むと、紗月さんは悪いことでも企んだかのように口角を上げていた。

 

「そう。だったら、また後でお礼を言わないと駄目ね。お宅の娘さんとお付き合いをさせていただいております、琴紗月ですってね。そのときには、妹さんにも手伝ってもらおうかしら?」

 

「妹? なにを?」

 

「両親への挨拶を手伝ってもらう理由なんて、説得させるためしかないじゃない。結婚するには外堀から埋めるのが大切よ」

 

「どこ情報ですか、それ」

 

 これ以上この会話に花を咲かせてしまうと、わたしの精神が持ちようにないので、テレビの適当なお笑い番組をつけて、チキンを手に取る。

 

 もぐもぐしながら、紗月さんの顔色を伺うように覗き見た。

 意外や意外、紗月さんは紙ナプキンを使わずにチキンを手掴みし、マナー動画に講師として出てきそうな所作でかぶりついた。

 

「久しぶりに食べたけど、おいしいわね。……ずっと私を見ているけど、どうかしたの?」

 

「紗月さんがお肉をかぶりついているのが珍しくて、つい」

 

「菜食主義じゃないから普通に食べるわよ」

 

「いや、偏見だけど、紗月さんならナイフとフォークを持ってきて切り分けて食べるのかと」

 

「どこの貴族よ。真唯だって……いいえ、なんでもないわ。忘れてちょうだい」

 

 紗月さんの目は徹夜明けの焦燥し切ったものと酷似していた。

 さすが王塚真唯。と言いたいところだけど、きょうは二人っきりの日だから、邪魔しないでほしい。

 

 わたしがいくら紗月さんの恋人になっても、紗月さんの中での真唯の存在はとてつもなく大きい。それは今後も変わることはないし、わたしも変えようとは思わない。

 でも、でも……きょう、きょうだけはわたしだけを見てほしい。

 こういう自分勝手な望みは、口に出すのが怖い。嫌い。大嫌い。

 

「……甘織」

 

「はい」

 

「顔を上げて」

 

「……はい?」

 

 キスされた。

 いつもより滑りと匂いの良いキスをされた。

 

「真唯の名前を出した私が悪かったわ。一生の不覚よ」

 

「そんなっ、わたしが悪いんです。紗月さんとしては会話のキャッチボール程度のことなのに、いちいち動揺してしまうわたしが悪いんですぅ」

 

 わたしは泣き叫んだ後に母親の服の裾を引っ張る子供ような感じで、紗月さんの膝の上に手を乗せる。

 

 すると、紗月さんは紙ナプキンで自分の口元とわたしの口元を拭く。本当にお世話してもらってる子供みたいだ。情けない。

 

「謝るのはなしにしようって言ったのはあなたでしょ。だから、私も誠意で示すから、あなたもそうしてよね」

 

「誠意とは……」

 

「こっちきて」

 

 紗月さんはわたしの手を引いてリビングを出て、浴室へ来た。

 

「お湯がたまるまで待っていて。私はタオルと着替えを持ってくるわ」

 

「タオルの場所ならわたしも知って──」

 

「いいから待っていて」

 

「わ、わかりました」

 

 強い語尾に慄いたわたしは脱いだ服をカゴにいれて、オレンジ色に灯る浴室の中で、ゆっくりと高さを増す水面を眺めていた。

 

 付き合って半年といったけれど、まだわたしたちは恋人がするようなことはキスまでしかしていない。

 

 それは、お互いがお互いに遠慮し合っていることもあるだろうけど、一線を超えた後のことを想像できていないからだと思っている。

 

 キスは……そりゃあ、まあ、しても関係が深くなることもある。でも、お試しでもできるものだ。

 

 こうしてお風呂に一緒に入るのは、4回目。うっわ、わたしってば覚えてるんだ。きっも。

 その度に紗月さんの胸に手を伸ばそうかとするも、勇気がでなかったり、紗月さんのお母さんが帰ってきたりでうまくいかずにいた。

 

 わたしの家のお泊まりだと妹の存在が危ういのでできないし、ラブホテルに誘う度胸があればこんなことで悩んでいない。

 

 わたしの手にはまだ、初めてお泊まりしたときに触れた紗月さんの柔らかくも硬い感触が残っている。

 

「ちょっと甘織! あなた、溢れそうになったら止めてくれないと困るわ」

 

 はっとしたころにはもう遅く、湯船の限界まで湯が張ってしまっていた。

 

「あ、ああ! す、すいま──」

 

 謝罪をしようとした口を、今度は人差し指で塞がれた。

 そこでようやく、わたしたち二人の状況を理解した。

 

 なぜか暗くなった浴室。一房にまとめた紗月さんの長髪。いつの間にか水面に浮かべられた花を模したアロマキャンドル。

 

 ここまできてピンとこないほど鈍感じゃない。

 

 ごくりと唾を飲んで、湯船に浸かる。

 ばしゃんとお湯が溢れるも、紗月さんが向かい側に浸かることで、もっとお湯が少なくなる。

 

 揺れるアロマキャンドルがわたしの吐息に湿度を与えてきた。

 

 上半身は寒いはずなのに、下半身が寒さを感じさせないほど熱り、内腿を閉じる。

 

 けれど、紗月さんの足はわたしの内股を縫って侵入し、誰にも触れられたことのない秘部に触れて、体がビクンと反応してしまう。

 

 気づいているはずなのに、紗月さんは何食わぬ顔で足を押し付けてくる。

 

「さ、紗月さん……こ、これが、誠意なの?」

 

「そうよ。あなたには拒否する権利はないわ。…………拒否したら、殺すわよ」

 

 紗月さんの殺意ある言葉とは裏腹に、さくらんぼ色に染まった頬がそれを嘘だと証明してくる。

 わたしは体操座りのまま、内腿にかけた力を少なくすると、逆に紗月さんは自身の足を戻した。

 

「後ろを向いて、こっちに体を預けて」

 

 無言で頷き、わたしは体を180度曲げた。

 ただ、この背中を紗月さんのおっぱいへ預けることに抵抗があり、超絶ゆっくりに背中を動かすと、じれた紗月さんがわたしの方を掴んで強引に引き寄せた。

 

 や、やわらかい。

 

 小さくとも確かにあるおっぱいの感触に気を奪われそうになるも、お尻に伝わる陰毛のふんわり感がわたしの体を石にする。

 

 この体勢だと顔は見られないけど、わたしの顔も見られてないから我慢できる。

 

「お、重くないですか……」

 

 恥ずかしさを軽減するために会話をしようとするも、紗月さんは答えずにわたしのおっぱいを下から揉み上げる。

 

「逆に訊くけれど、これは重くないのかしら?」

 

「じ、自分だと全然」

 

「へえ、すごいわね。ほんと、すごいわ」

 

 紗月さんが言葉を発するたびにうなじに吐息がかかり、体が前屈みになってしまう。

 触れられてすらいないのに、わたしの股間から粘性の液体が生まれ始めているのかもしれない。

 

 恐怖心から、自分の指で確認すると、お湯ではないぬるりとした液体がそこにあった。

 

「甘織、そこのボディソープ取ってくれるかしら?」

 

 生殺しのような紗月さんのボディタッチが、五感が研ぎ澄まされた背中に触れる二つの突起が、わたしの思考を完全に停止させた。

 

「さ、さつき……さん」

 

 振り返る。

 

「っ、いいわ。甘織……」

 

 紗月さんは瞼を閉じて、口をほんのり尖らせる。

 けれど、してくれない。

 

 わたしからして、と願っている紗月さんの姿があまりにも愛おしくて、愛でたくて、恋しくて。

 

 口を近づける。

 

 キス。

 ディープな、キス。

 

 わたしの口内に違う体温の舌が入ってくる。

 紗月さんは腰を上げ、見下ろすように、なぶるようにキスを続ける。

 

 やがて紗月さんの舌が異物ではなく、わたしのものだと錯覚してしまうほど濃厚な時が進み、ごくん。

 

 生理現象で飲み込んでしまうと、食道を通じて紗月さんがわたしの体全体を支配するかのような気分に苛まれた。

 

「まだ数分しか入っていないけど、のぼせそうだわ」

 

「とっくの前にのぼせてますよ、こっちは」

 

「ふふふ、そうね。……甘織。あなたがよかったら、私の部屋に布団を用意しているのだけど」

 

 恋人からの誘いをムリと一蹴できるわけもなく。

 

「お手柔らかに、お願いします」

 

 こうしてわたしは、わたしたちはクリスマスにプレゼント交換をするよりも早くに、初夜を迎えてしまったのだ。

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