怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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呪殺三姉妹
怪異にとっての怪異 谷川礼二


 

 

 

 戦いは熾烈を極めた。

 

 地球から召喚されて以降、死ぬような思いで……いや、実際に何十回、何百回も死んで身に着けた技をすべて出し尽くし、命を削るような戦いが三日三晩続いた。

 

 魔王の城には隕石や灼熱が降り注ぎ、跡形もない。城を守る防御結界も、人喰い樹の森も、城と魔王と共にすべてが焼き払われた。ここはもう、瓦礫と砂が広がる砂漠にしか見えない。

 

「ようやく……終わったな」

 

 魔王を倒すのに使った『鎧』、『剣』、『鏡』が消えていく。

 これらを維持する魔力も残ってはいない。

 つまり、今の俺は素っ裸ということなのだが。

 

「服を台無しにするなって何度も言ってるじゃないか……ほんとキモ」

 

「俺が裸になるなんていつものことだろ」

 

 桃色の髪の美少年……に見える美少女が、マントを脱いで俺に着せてくれた。

 彼女はヴィニ。

 俺の師匠にして相棒の大魔法使いだ。

 

「そういう身を削るような戦いを前提にするのがキモいって言ってるのさ。自爆技みたいなの、傍から見てて見ててキツいんだよ? もっとスマートな戦い方をしなって、いつもいつも言ってるじゃないか」

 

「そうしたいのは山々なんだけどな」

 

 こちらの通常攻撃が一切効かず、逆に向こうの攻撃はかすれば即死レベルの呪いが込められていた。更には何度殺しても復活するような魔王を完全に殺すためには、こちらも外法やチートに頼るしかなかった。めちゃめちゃしんどかった。

 

「でもまあ……旅も終わりだ! これからは今まで苦労した分、遊ぼうじゃないか!」

 

「ばあちゃんはしゃぎすぎ」

 

「はぁー!? ボクみたいな美少女を前にして何言ってくれんの!?」

 

「いやいや……五百歳じゃん……。つーか俺がヴィニのこと同年代扱いしたときの方がキレるじゃんか。敬意がないって」

 

「惚れられたら困るからね、マセガキ」

 

「あーあ、ヴィニが鬼や悪魔みてえにスパルタじゃなかったらなぁ」

 

 嘘だよ。

 

 ヴィニにずっと世話になりっぱなしだし、ババアなんて思ってないし、綺麗だし、尊敬している。まあヴィニにとって俺なんて年下の男どころか赤ん坊みたいなものだろうけど。

 

 出会った頃のヴィニは家族を魔王の眷属に殺されて俺の事なんざ魔王を殺すための鉄砲玉としか思っちゃいなかったが、それでもお人好しのこいつは色んなことを教えてくれた。

 

 魔法の基礎、戦場での立ち回り、この世界での常識や処世術など、多くのことを教えてくれた。一緒に死線をくぐり抜ける内に、信頼できるパートナーとなった。

 

 だが一番信頼できるのは、俺のスキルを知ったときに強さを賛美するよりも「いたましい」「てか、キモ」と言ってくれたことかもしれない。

 

「……ボクだって、キミにそんな技を身に着けてほしくなかった」

 

「俺がやんなきゃみんな死んでたじゃねえかよ」

 

 戦いは死ぬほど苦しかった、つーか何度も死んで蘇った。魔王の軍勢の悪辣さが許せないとは思ったが、あまりにも恐ろしくて逃げ帰りたいと思った。

 

 でも仲間たちがいた。

 

 父親は離婚して音信不通になって、母親は浮気相手とどっかに行っちまって、友達も彼女もいない俺にとって初めてできた仲間たちだ。クソ野郎も大勢いたが、それでも、こいつらの世界を守りたいと思っていたらなんだってできた。

 

 最後の決戦に挑んだのは、俺とヴィニだけだ。俺の戦い方は周囲への被害がどれだけ生まれるかわからないので、それに耐えられるヴィニだけがパートナーとなった。他の仲間は魔王の側近と戦っているが、魔王が倒れたことで勢いはこっちに着く。きっと大丈夫だろう。

 

「……ん? なんだこれ?」

 

 魔力を感じる。

 突然、地面が輝き出した。

 まさか、魔王が生きてるのか……?

 

「魔王は死んだよ! これは、魔王の死をトリガーに発動してる……!」

 

「なんだって!?」

 

 光は大きい。

 凄まじく巨大な魔法陣だ。

 だが目的がわからない。

 攻撃魔法を発動するのか、それとも自分を復活させようとしているのか。

 

「転移魔法陣だ! それも、次元の果ての異世界に飛ばす……いや、戻すつもりか……!」

 

「戻すって……え、地球にか!?」

 

「そうか……魔王は自分が負けるのを見越して、これを用意してたんだ。魔王ならキミに勝てなくても、キミを強制送還することはできるから……」

 

 ヴィニが解析しているうちに、魔法陣が縮小して俺を閉じ込めた。

 まるでガラス張りのショーケースの中に展示されている気分だ。

 

「やっべ! おい、出してくれ……! ヴィニ! 壊せないかこれ! 魔力も切れて『剣』を出せねえ!」

 

 まずい。

 俺は生きてようが死んでようが意志あるものなら何とでもなるが、トラップみたいな意思のないものにはあまり強くない。

 

「……いや、大丈夫。この魔法陣は安全だよ。キミをこの世界から追放することしか考えてない。魔王は人間が一人勝ちするのが嫌で、強すぎるキミを何とかしたかった」

「だからなんだってんだよ! もうすぐ発動しちまうぞ! 一分も持たねえ! 早く!」

 

 魔法陣によって出来上がった透明な壁をどんどんと叩く。

 だが、ヴィニは首を横に振った。

 

「こんなクソみたいな世界から、平和な世界に帰れるんだよ」

 

 ヴィニが涙を流して、俺を見ている。

 

「女をババアとか鬼とか言うの、ボクだけにしとけよ」

 

「……わかった」

 

「人助けなんかやってる暇ない……なんてこと、もう言わない。キミはもう最強の勇者なんだから、人助けでもおせっかいでも好きにすればいい」

 

「今までもなんだかんだで許してくれてたじゃねえか……でも、わかった」

 

「でもキミは甘っちょろいから、仕事を請け負うときはちゃんと報酬を要求すること」

 

「わかったよ」

 

「栄養の付くものちゃんと食べなよ」

 

「それもわかった」

 

「自分を大事にして……あと、変にびくびくしないで、自信もって好きなように生きていきなよ。キミはちゃんとしたら格好いいんだから」

 

「わかったけど……お前、俺の母親かよ」

 

「キミがガキなだけでしょ……ガキじゃないなら、何か言ってよ」

 

 俺は何を言うべきか迷って、頭の中に思いついた言葉を、ただ喋った。

 

「おまえ、世界で一番、美少女だよ」

 

 そしてヴィニが何かを言いかけた瞬間、周囲が虹色の光に包まれた。

 

 気付けば、そこは殺風景なアパートの一室だった。

 中の骨組みが傷んだソファーベッドに大の字になっている。

 

「……十年ぶりの俺の部屋か」

 

 教科書とノートと漫画が散らばった乱雑な机。

 寝室を出ると台所があり、そこには捨て損ねたゴミ袋がある。

 間違いなく俺と母親の2K賃貸マンションだ。

 

 もっとも母親はキャバで会った客のところに入り浸りで3ヶ月以上帰ってないので実質一人暮らしだが。

 

「夢みたいだ」

 

 へこむ。

 

 いや、確かに帰りたいと何度も思ってたし、ヴィニにはそう言ってたが、だからってこのタイミングは酷いだろう。

 

 ……しかし、まあ、これで良かったのかもしれない。ヴィニといっしょになろうとしてなれずに傷心のまま生きるよりは、この世界で彼女の思い出を抱いて生きる方がまだマシな気がする。

 

 とはいえ、いきなり過ぎる。もう少し心構えを用意する時間が欲しかった。

 

 なんかやる気が出ずに丸一日ずっと寝ていたが、ふと、ぴんぽーんとチャイムが鳴った。

 

 誰だよ。世界一の美女と永遠の離別をしたばかりの俺に何の用だっていうんだ。死ぬほどイライラしてるのに、誰かの相手をする暇なんてないんだが。

 

「谷川さーん、帰ってますかー! お家賃が滞ってましてぇ! もう三ヶ月目だよ頼むよ!」

 

 この声には聞き覚えがある。

 不動産会社のおっさんだ。

 

 はぁ……居留守使いたいところだが、どうせまた来るだろう。

 てか家賃滞納は流石にまずい。開けるか。

 

「おっ……って、息子の方かよ。なんかちょっと見ないうちにデカくなったな……ムキムキになってるし……どうした……?」

 

「ちょっと世界救ってました」

 

「最近のゲームは体も動かすけど、やり過ぎだろ……。プロレスラーになれるんじゃないか?」

 

「ずっと集中してましてね」

 

「んなことより、お前のかーちゃんはどこいった?」

 

 明らかに身長も伸びて筋肉量もガツンと増えたのに、「んなことより」でスルーするおっさん凄いな。

 

「どうしたっけな……あ、思い出した。キャバの客と夜逃げしたんだ」

 

 実は俺が異世界に召喚される前の日、母親が「あなたも高校生だから巣立ちの時期ですよね? 私いなくても大丈夫よね? 頑張ってね!」みたいなことを手紙に書いて、この賃貸マンションから出て行ってしまった。

 

 いや我が母親ながら本当ダメだなこいつって思ったが、どうしようもなかった。母親の彼氏も誰なのかわからない。ちなみに父親は最初からいない。俺が生まれたすぐ後に離婚した。

 

「マジかよ……」

 

 大家さんが、意気消沈した顔で崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 突然ウチにやってきたおっさんは、銀座燕次郎という不動産業者だ。

 玄関で困り果てた顔をして俺に切々と話を始めた。

 

「俺だって高校生のガキに出て行けと言いたくねえんだよ。けどわかるだろ? 俺も手ぶらじゃ帰れねえのよ。母親の居場所マジでわからねえの?」

 

「俺も知りたいんですよ。ヤクザでも何でも追い込みかけてほしいくらいなんですが」

 

「……お前も苦労してんねぇ」

 

「とりあえず金策はするんで、もうちょっと待ってもらえませんか」

 

 流石に俺も、部屋がなくなるのは困る。

 勇者パワーを活かして仕事を探すしかない。

 

「金策するったって高校生バイトの稼ぎなんて知れたもんだろうが。俺のせいでガキが変なバイトしたら夢見が悪いしよぉ……。今月中にきれいさっぱり立ち退くならオーナーも納得するだろうけど、行く当てはあんのか?」

 

「ないです」

 

「だよなぁ……はぁ……」

 

「ないですが……俺に仕事させてくれませんか?」

 

「仕事? 馬鹿いうなよ、ウチには高校生バイト雇うような仕事なんて……」

 

「事故物件とかオカルト系のトラブル抱えてるんじゃないですか? 多分、包丁持った女の幽霊とか出るでしょ」

 

 俺の言葉に、銀座さんの表情が変わった。

 

「……なんでわかるんだよ」

 

「あと、だるかったり肩が重かったり、悪夢から目が覚めると覚えのない切り傷の跡ができてたりは?」

 

「だからなんでわかるんだよ!?」

 

 あんたの後ろに、首から血を流してる女性の幽霊がいるからだよ。

 

 しかも凄まじく恨めしい顔をしており、銀座さんはそれに比例するように体調の悪そうな顔色をしていた。俺の母親が家賃を滞納してるとか仕事や金の悩みだけじゃなく、幽霊の悪影響が大きいだろう。明らかに憑りつかれている。

 

「幽霊を何とかしたら、お金もらえたりしません?」

 

 

 

 




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