教室から立ち去った女子生徒を探して廊下を歩く。
「きみ、授業始まるよ、早く教室に戻りなさ……きみ本当に高校生か!? その僧帽筋どうやって鍛えてんの!?」
「高校生です。気分が悪いんで保健室に行きます。自重トレと実戦のみです」
「ウッソだろ!?」
教師に100%バレる嘘をつきながら足早に立ち去り、空き教室を開けて中を確認する。いない。となると、どこで撮影する気だ? 体育館あたりか?
『うーん……もしかしたらだけど、旧校舎との連絡通路かなぁ……。あのへんでよく動画撮ってる子がいるって噂だし』
そのとき、桜がぼそっと答えた。
「通路? 人が来るだろ」
『資料室とか用事がある人しか使わないから人通り少ないんだよ。それにあそこ、ガラス張りだからレッスン室の鏡のかわりにしてる人もいるっぽい』
「なるほどな……じゃあ行ってみるか」
『でもれいちゃん、いきなりやる気になったよね? 本当だと思う?』
「半信半疑だが、若干クロよりってところか」
『なんかちょっと願いが叶うアプリとか眉唾っぽいけど……。バズってた動画だって、お金かければそーゆーのってできるんじゃないの?』
「そうかもな」
『じゃ、なんで信じるの?』
「……俺も、似たようなことをやったことがあるからな」
『マジで!? どこに投稿したの!? めっちゃ見たいんだけど。見せろよぉー』
桜が俺のスマホに手を伸ばす。
だがここにはほぼ何もない。俺はそもそもスマホを持ってなくて、銀座さんが「親のいない一人暮らしなんだから持っておけ。つーか今時これがなきゃ生活できないだろ」と契約してくれたものだ。初めて持つものだからまだ使い方を今一つわかってない。
「踊りの動画を投稿したとかじゃない。儀式魔術だ」
『ぎしきまじゅつ?』
「神への誓いとか命を懸けて試練に挑み、成功したら力を得るが、失敗をしたときは代償を払う。そういう儀式を用いて強くなる方法がある」
『へぇー……どういうダンスやったの?』
「だから俺は踊ってない。鎖でしばられて海に落とされたままクラーケンと戦うとか、武器使用不可でオーガキングと殴り合って勝つとかはやったな」
『……れいちゃんってたまに異世界ジョークするけど、それどこまでマジなやつなの?』
「一から十までだ」
俺が一切のジョークを言ってるわけではないと悟って、桜は「うわっ」と言葉を漏らした。聞こえてるんだが。
『い、一応聞いていい? 自分から鎖に縛られたの?』
「できるわけないだろ。師匠にやらされたんだよ」
『ひどい師匠もいたもんだね……』
「まったく、ひでえ女だった」
俺がそう呟いた瞬間、桜の眼光が怪しく輝いた。
『……おんな? え、どういうこと?』
「どういうことも何も……」
『年下? 同年代? どこ中卒?』
なんか妙に圧のある聞き方をしてくる。
気になるだろうか。
いや気になるか。こんな恐ろしい儀式を仕掛けてくるやつのことは。
「五百歳くらい上だ。異世界に来たばかりの俺を拾って鍛えてくれた」
『あ、なーんだ。おばあちゃんか。昔気質でスパルタのおばあちゃんとかいるよね』
「感謝してるし尊敬してるが、あのババァのせいで何度死にかけたことか……。いや復活前提だから本気で死んだのもけっこうあるしな……」
『れいちゃん』
「なんだ?」
『わたしれいちゃんのことあんまり知らないけどさ。痛いこととか、苦しいこととか、無理にやんなくていいと思うよ』
「大したことはない」
『慣れちゃってるだけで痛かったはずだよ』
そう言って桜が俺の手の甲をなでる。
ここは、九神のナイフが貫通した場所だ。傷も完全に消え去っているが、確かにあのとき俺の体は貫かれた。というか杏子さんにもグサグサ刺されたが。
「お互い様だよ。しんどいことより楽しいことしようぜ」
『そだね。傷だらけで、おそろい』
妙に楽しそうな桜と共に廊下を歩いた。
◆
資料室や視聴覚室がある旧校舎と、教室がある新校舎をつなぐ連絡通路は、使い勝手の良し悪しがあって全然人が来ない場所がある。それが俺たちの目指している4階連絡通路だ。
『あそこの角曲がったら連絡通路に出るよ……って、あー、ちょっと遅かったかも……』
軽妙な音楽が聞こえる。
そしてスマホを前にしてダンスを踊っている子がいた。
「ただ事じゃなさそうだな。魔力を感じる」
カナちゃんの説明の通り、招待メールで出された課題に挑んでいるのだろう。儀式魔術のような魔力がスマホから放たれている。異世界ならともかく、地球にこんなことを仕掛けられるやつがいたとはな。
しかも、異世界でやるよりあまりにも簡単だ。本来、儀式魔術というのは複雑な段取りを組むものだ。ヴィニが俺のレベルアップやスキル取得のために段取りをしてくれたときなどは、簡易的なものでも一時間程度、本格的なものは一週間を費やした。スマホに登録するだけで簡単に儀式を発動させられるものだろうか。
「ま、なんでもいいさ。怪しいことには違いない」
「……止めておきなさい。儀式を中断するとどんな反動が来るかわかりませんよ。それにカメラに映り込んでしまえば儀式への参加や介入と見なされる可能性もあります」
そのとき、誰かが俺を静止した。
振り返るとそこにいたのは、長い黒髪の女子生徒だ。
すらりとした長身で目つきが鋭い。
『うおっ、この子知ってる。有名なオカルトちゃんだ』
「オカルトちゃん……? いいえ、そのような名前ではありません。わたくしは福内リン」
『えっ、あっ、なんかごめん』
けっこう失礼なあだ名に対して真顔で返してきた。
というか桜が見えてるとなると、オカルトちゃんとかじゃなくて本物のオカルト少女じゃないだろうか。オカルト男の俺が言うのもなんだが。
「力を持った人間がいるのは感じてたが、あんたか。……あれの関係者ってわけでもなさそうだな」
「それはこちらの台詞です。あなたの所属は?」
「梅多摩高校帰宅部」
「……野良の異能者ですか。霊を視認できるようですが、首を突っ込むのはやめた方がいいですよ」
「なんでもいいが、そろそろ終わっちまうぜ」
恐らく4分程度の曲なのだろう、音楽が佳境になりつつあるのを感じる。
踊っている女の子はソツなく踊れているようには見えるが、課題をクリアできているか俺には判断がつかない。
「……仮に問題なく踊れてるように見えたとしても、ただそれだけで薔薇色の未来が訪れると思いますか?」
「ないだろうな」
福内が冷淡に呟くが、そこは同意するところだ。
そして福内の言葉を証明するかのように、撮影してたスマホからビープ音というかエラー音のようなものが鳴り響く。あるいは、バラエティ番組でのクイズの不正解を咎めるような、そんな残酷な音が。
「なんで!? ちゃんと踊れてたじゃん! どっか間違ってた!? そんなことないよね!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ夏樹!」
「だってこんな、これで終わりなんて……」
『大変残念ではございますが、原夏樹様は当セレクションにおいて落選となりました。原夏樹様の今後のご活躍をお祈り申し上げます』
無慈悲な音声が響く。
どこか機械的……違うな、機械的に装っている人間の声だ。
『それではセレクション参加費としてあなたの魅力を徴収をいたします。もし枯渇なされたときはご友人などを招待して、魅力を回復されてはいかがでしょうか。本日は誠にありがとうございました』
魅力を徴収?
妙なニュアンスだ。
だが、言葉の意味は正しかったとすぐにわかった。
「夏樹! ちょっと夏樹!?」
踊っていた女子生徒が力を失ったようにその場に崩れ落ちた。
「起きてよ夏樹! ねえ、ねえってば!」
その顔は精彩を欠き、瑞々しい肌も髪も、どこか色あせたようだ。
まるで十歳ほど老いたかのような姿を見て、桜の顔が恐怖に彩られる。
『なにこれ……えぐ……。ひどいよこんなの……』
桜の同情の言葉は、俺たちだけに響く。
「……桜ってさ、普通だよな」
『このタイミングでディスって来るわけ!?』
こいつ信じられない、みたいな目で見てくる。
大いに誤解された。
「そうじゃない。自分がしんどい目にあっても、他人に対して普通に、まっとうに、可哀想だって思えるのは……すげえことだと俺は思う」
『え、そう? よくわかんないけど……まあ褒めてくれるならいいけど』
「自分の方が辛い目にあったって思って、何気ない感覚とか同情とか忘れちまうやつは世の中多い。俺もちょっとそういう感覚あるしな。だから素直に尊敬してる。存分に怒って、存分に泣けばいい」
手首と指をストレッチさせると異様な音が響いた。
音の大きさに福内が目をむいて驚く。
「泣いた分だけ、俺がぶちのめすからな」