『…………ねえ、れいちゃん。今って、れいちゃんが言うところの戦闘中なわけ?』
と、桜が微妙な表情を浮かべながら聞いてきた。
「相手がやる気かどうかの問題だけだな。俺はいついかなるとき、誰の挑戦でも受ける」
『ほどほどにしてあげてね……』
「もちろん。この状態で飽和した魔力を使い果たして一眠りすればスッキリするさ。夏樹とか言ったな? かかってこい。俺がお前の敵だ」
「敵……? 敵ってことは……あんたのせいかぁ……!」
夏樹が俺の言葉に反応したかと思うと、凄まじいソバットが俺に襲いかかった。
「いい蹴り……いや、蹴りじゃないなこれは。ブレイクダンスとかブレイキングってやつか?」
凄まじい回転力だ。
流麗な動きはまさに地道な練習の賜物だろう。そのまま夏樹は逆立ち状態になってコマのように回転し、遠心力を暴力に変換して俺に襲いかかってくる。ついでに抱きついていた友達は弾き飛ばされて意識を手放していた。
「あのぅ……この人、なんなんですか……というか人ですか……?」
『なんか異世界を救った勇者らしいよ』
冗談とかいいから教えてくださいと桜が不思議な怒られ方をしている横で、俺は彼女のキックを受け止め続けた。鋭く、重く、だが軽やかな動き。片手だけで逆立ちして自分の肉体を支えているのに軸がブレていない。しゃがみ、立ち上がり、回転し、淀みのない攻撃を放つ。格闘技を習っているんじゃないかと思わせる巧みさだ。
「そうか、ブレイクダンスってのは相手を攻撃するようなモーションを型みたいにしているんだな」
この夏樹という子は迷いのないフックや足払い、逆立ち状態での足技を放つが、すべて自分の身体に染み付いた技術だ。面白い。学びがある。
「予測不可能なランダムな動きに見えて、綺麗で丁寧だ。面白い」
『あのさー、そろそろ終わらせてあげなよ。パンツ見えちゃってるし』
「体力尽きるくらい動かしてやらないとこの状態は解除されない」
『ほどほどにしてあげなよー。悪霊じゃないんだから』
「もちろん。そろそろわかったからな」
夏樹が態勢を崩してしゃがみ、そこからくるりと回転する。そこから頭と手を使って逆立ちして跳躍し、バク宙しながら襲いかかる。
「……なっ!?」
「これがお前の得意技だな。いい技だ。焦らず磨けば審査も受かるだろうよ」
まったく同じ動きをしてキックとキックを合わせた。空中でぶつかり合う状態になっても夏樹は倒れることなくひらりと着地し、回転しながら攻撃を放つがこれもまた同じ動作をして肘と肘、拳と拳を合わせる。鏡写しのような状態に、夏樹がより激しい興奮状態になった。
「馬鹿に……しやがってぇ……!」
「馬鹿にはしてない。だが、もっとだ。もっとできるはずだ」
「うぉおおぉ……!」
速度が上がる。
激しいビートを刻んで動き続け、やがて変化が起きた。
『あれ、なんかちゃんとしたダンスバトルになってない?』
「興奮状態だが、意識が覚醒しつつある。俺への敵意よりもダンスへの情熱が上回ったんだ」
相手を打ちのめすのではなく魅了させようとする動き。
ダンサーとしての精神性が暴力衝動に打ち勝った。
やるじゃないか。
「はあっ……はあっ……なんだ……あたし、まだまだイケるじゃん……!」
「夏樹、いいよ! クールだよ!」
「がんばれ夏樹!」
ボルテージが高まる。
ここはもうステージだ。全身全霊を掛けた夏樹のムーブやステップは光り輝いて見える。
いや、俺が与えた魔力が踊りへと昇華されて実際に輝いているのだ。
それが最大限に輝き、見る者すべてを魅了したそのとき、電池が切れたかのように夏樹の動きが止まって、ばたりと倒れた。
「ああっ……もー限界。無理。負けよ負け、あたしの負け」
先程のような、心の灯火さえも消えるような倒れ方ではない。
夏樹は満足したとばかりに大の字に寝転がる。
力を使い果たしながらも魂の炎は燃え盛っている、そんな倒れ方だった。
「いや、俺の負けだよ」
少なくとも、友人二人は俺ではなく夏樹のダンスに魅了されて感動していた。
暴力で叩きのめすなんかよりも、人を感動させる方が強いに決まっている。
「……ありがと」
そう言って、夏樹は力尽きて意識を手放した。
健やかな寝息が響き渡る。
それがステージの終了を告げる合図だった。
◆
「あーもう、めっちゃお腹すいた。これで午前中の授業受け続けたの拷問でしょ」
「全員、遅刻扱いですけれどね」
夏樹が食堂のテーブルに突っ伏した。
その隣で、福内が淡々と悲しい言葉を口にする。
「わかってるってば……。でさ。今更聞くけどあんたたち、何?」
「通りすがりの転校生だ」
「それは知ってる。いやその顔と雰囲気で高校生ってのがちょっと信じられないけど……ヤクザの若頭かと思ったけど……いや、うん、わかった」
失礼なやつだな、と言いたいが、26歳が16歳の環境に混ざってるようなものだしな。許そう。
『兄貴! こいつシメてやりやしょうよ! 頭にきますよ!』
「桜のノリがよくわからないんだが」
『そこは、「桜、黙ってろ」とか渋めに言ってほしい』
「なんでだよ……っと、ああ、独り言じゃない。見えないだろうが相手がいるんだ」
うっかり桜と喋ってしまったが、夏樹は違和感なく受け入れている様子だ。
むしろ神妙そうに頷いている。
「いや……うん、見えるよ。見えちゃってる……しかもテレビとか雑誌とかで見た顔が……」
「視認できるのか。もしかしたら魔力を譲渡したときに霊感が刺激されて、感覚が鋭くなってるのかもしれないな」
「そ、そう……。いや、いいんだけどね。噂の幽霊が思ったより全然怖くなかったってわかったし」
「夏樹さんは……こちらの幽霊とお知り合いのようですね?」
福内さんは不思議そうに質問した。
「知り合いとかじゃないけど……有名だよ? あんた知らないの?」
「すみません。仕事が忙しくて学校の事情にはとんと疎くて。ダンスマカブル以外にも色々と案件を抱えていて」
『ふーん、大変そうだね』
雲取三姉妹や九神のことはあまり知らなさそうだ。この様子だときっと日常的に九神よりも恐ろしい悪霊や怪異と対峙しているのだろう。流石だな。
「つまり、仕事でこのダンスマカブルの件を解決しようとしてる……ってことだな?」
「そうです。わたくしたちは自らのことを、退魔師……と呼んでいます」
「そういう組織があるってことか?」
俺の質問に、福内は首を横に振った。
「退魔師協会はありますが……あくまでクライアントと我々を仲介するだけの組織です。どちらかと言えば退魔師は、仏門であったり陰陽道であったり、あるいは古武術の道場であったり、ご自身の流派や家に属している……という意識が強いでしょう」
なるほど、退魔師ってのは冒険者みたいな総称か。異世界の戦士や魔法使いが冒険者ギルドに登録して「冒険者」になるように、怪異と戦う陰陽師や僧は「退魔師」となるわけだ。
「わたくしは福内家に伝わる陰陽道や退魔の術を会得して怪異と戦っております」
『ほえー、陰陽師ってわけなんだ』
「私の家の家業がコンサルタントですので、対外的にはコンサルタント会社の社員ということになりますが……ええ、そのような認識で合っているかと」
そう言って福内は財布から何か一枚の紙を取り出した。
名刺だ。
そこにはこう書かれている。
株式会社鬼外組。
「ヤクザとか建設会社ではありません。やっていることはヤクザよりも物騒かもしれませんが」
「それもそうだが……いや、そもそも高校生が会社員になれるのか?」
「できますよ。まあフリーランスでも構わないのですが、こうした身分証がある方が動きやすいので。あなたはフリーランス……とも違いますよね」
「そもそも仕事じゃない。たまたま通りすがったオカルト現象を、たまたま解決しただけだ」
『れいちゃんって成り行きで何やらかすかわかんないよね……。って、福内ちゃん、依頼できたってことは、どこからかお金出てるってこと?』
桜が興味津々に尋ねる。
だが福内は申し訳なさそうに首を横に振る。
「……すみません、クライアントの情報やお金の流れは部外者には言えないのです。仮に谷川さんがこの案件を解決したとしても報酬が支払われることはないでしょう」
「別にいいさ。通りすがりで首突っ込んだだけだ」
『よくなーい! 無償労働、ダメ!』
桜が手でバツを作って大反対してきた。
『そこの後輩! あんたれいちゃんに命を助けられたんだから恩義みたいなのは感じてるよねぇ……?』
「あっ、ハイ」
夏樹が勢いに押されて反射的に頷く。
『それに、勝手に首を突っ込んだって言ってもさー。れいちゃんがいなきゃ福内さんだって困ってたでしょ? 違う? この子が衰弱死しちゃってたら福内さんも依頼失敗とかそういうことになってたよね? ここは誠意を見せてあげるのが筋ってもんなんじゃないかなー?』
などと、桜は誠意という名の金を要求し始めた。
ま、この程度なら構わないか。
異世界でのこの手の交渉は師匠に任せっぱなしだったし、やってくれるならむしろありがたい。
「なるほど……。仰りたいことはわかります。私とて見ず知らずの方に手伝っていただいて借りを返さないのは本意ではありません」
と、福内が言って立ち上がった。
「少し場所を変えましょう。付いてきてくれますか?」