俺が呼び出されたのは人気のない公園だった。
ジャングルジムやシーソーがあった形跡はあるが、今は撤去されている。
これも時代なんだろうな。
「寂しい場所だな」
「ここは気脈の吹き溜まりとなっていて、低級霊が集まりやすいのです。一般人は無自覚に霊気に当てられてここを避けるようになる……自然と人通りは少なくなります」
見れば確かに、自我の薄い幽霊や動物霊がうろついている。
恨み言を呟く者もいるがその気配はおぼろげだ。
『ほんとだ。ちょっと不気味だねー。あ、お前が言うなとか言わないでよぉー?』
「言わないって」
桜がジト目でこっちを見てくる。
内心ちょっと思ったのがバレているようだ。
「で、こんなところで内緒話やお礼……だけじゃなさそうだな」
「……対魔師には高い報酬、そして少々法律から逸脱があったとしても許される地位を約束されています。ですが、それゆえに義務も多い」
「義務?」
「例えば……数千人や数万人規模の被害が出ると予想されたとき、逃亡や拒否が許されません。そして自分の所在地に異変が起きたときは率先して動かなければならない」
「仕事熱心なもんだ」
「ゆえに、私が担当するこの地区に謎の異能力者や強力な霊が現れたならば、私が状況を把握し、対処しなければならない……というわけです」
その瞬間、桜の足元から紙切れのようなものが舞い上がり、さらに紙切れは鉄格子の牢獄へと変化した。
『きゃっ!? なにこれぇ!? 出れないんですけど!?』
いや、牢獄じゃない。
青いペンキで塗られた鉄格子はジャングルジムだ。
だが物質ではなく魔力で作られている。
「罠を仕込んでたのか? 用意周到だな」
「公園そのものの残留思念を用いた牢獄です。言うなれば、建物や物質の幽霊といったところでしょうか。身動きは取れませんが、戦闘の余波によるダメージもないので安心してください」
「……対処とやらをしたいのは桜じゃなくて俺か?」
「はい」
「反撃をしたらあの子を殺すとかつまらないことを言うつもりはないよな?」
「一対一の戦いに水を差されたくないだけです」
淡々とした言葉の中に、福内の感情が揺れ動いているのが感じ取れる。
罠にはめた罪悪感。
大いなる脅威を前にした恐怖と使命感。
ほんの少しの好奇心。
それらを制御して、冷静に俺を見つめている。
「報酬ってのは嘘か?」
「金銭でも物品でも、お好きなものを要求してください。ですがこれが終わってからのお話とさせていただきたい。わたくしは、あなたとの立ち合いを望みます」
「グッド」
右手の指を鳴らす。
その響きだけで周囲の低級霊が浄化されて昇天していく。
それを見た福内が、険しい表情を浮かべた。
「関節を鳴らすだけで隻手音声になるとは、どれだけの修練を積んできたのですか……。あまりにも恐ろしい」
「恐ろしいならなんで挑んでくる?」
「恐ろしいから戦わねばなりません」
闘気が昂ぶってくる。
魔物や外道相手の戦闘よりも、こういう決意を秘めた人間との決闘の方が正直言って楽しい。
「陰陽道鬼外流雷電派、福内家当主代理、福内リン。参ります……!」
「始祖魔術会総裁『終焉の虹』ヴィニ=レインボゥ弟子筆頭、バーサーカー、ネクロマンサー、勇者、高校一年生、谷川礼二。ぶちのめすぜ」
それが戦いの合図だった。
護符が飛んでくる。
ただ投擲しているのではない。銃弾の如き速さで、確実に俺の体を追尾してくる。異世界だとなかなか見ない、珍しい魔法だ。
「雷撃符!」
7つの円が描かれた護符が俺に近づいた瞬間、福内が力を護符に込める。
そして護符が破裂し、凄まじい雷撃となって俺に襲いかかった。
『れいちゃん! 危ない!』
「……面白いな。俺に近づくまではただの物体で、任意のタイミングで電気みたいな現象や魔法そのものに変化するのか」
っと、しまった、袖が焦げちまった。
買ったばっかりのワイシャツなんだがな。
「これで決められるとは思っていませんでしたが……あなたの魔力や耐久力はなんなんですか」
「この程度で人間が倒れるわけないだろ」
「では遠慮なく」
リンが手品のような手つきで、何もない場所から護符を出した。
たった一枚かと思いきや五枚十枚と増えていき、気づけば百枚以上が幾何学的な配置で福内の周囲に浮かんでいる。
「逃げ道はありませんよ」
「さっきの時点で逃げられてなかったがな」
そしてまた護符が放たれた。
凄まじい速度で、だがその中にも緩急とフェイントがあり、どれ一つをとっても逃さないという強い意志を感じる。だったらすべてを撃ち落とすまでだ。
「うおりゃ!」
手刀を放ち、魔術として起爆する前に撃ち落とす。
指先の先端に魔力を込めて斬撃と化せば、魔力が込められた紙であったとしても斬り裂くのは決して難しくはない。
「護符は鋼鉄程度には硬いのですがね……しかし無駄なこと!」
「むっ」
斬りそこねた護符が起爆した。
再び雷撃が襲ってくるかと思えば、火炎と爆炎が巻き起こる。
あるいは空気そのものが刃となって俺に襲いかかる。
俺の足元で護符が真水になったかと、そこに凄まじい冷気が発せられて氷に包まれる。
様々な属性攻撃が俺に襲いかかってくる。
身動きと視界が封じられた
もうもうと黒煙が舞い上がり、俺の身動きと視界は完全に閉ざされた。
そしてダメ押しとばかりに雷撃が込められた護符が機関銃のごとく撃ち放たれる。
「はぁっ……はぁっ……」
「……あーあ、完全にダメになっちまったな。おろしたてだってのに」
ワイシャツがボロボロだ。
制服のズボンも、膝から下がダメになった。
戦闘するとまたバーサーカーみたいな格好になっちまう。
まあ裸じゃないだけマシか。
「あなた……本当に人間ですか……」
「一応な。……さて、それじゃそろそろお返しと行くぜ」
俺の姿に福内が後ずさる。
だがここまでやってくれた以上、何も返さないのは流儀に反する。
『れいちゃん! 顔はやばいって! ボディにしなボディに!』
「桜が言うとけっこう洒落にならないんだが」
『なんでよ!』
囚われているのに呑気な声を上げる桜に言葉を返しつつ、俺は一歩踏み込んだ。
その一歩で、十メートル以上離れている福内の真横に到達した。
「縮地、いや、奇門遁甲の術……!?」
「こっちの言葉じゃよくわからんが、魔力の流れを移動に利用するのは基本技だ」
驚愕する福内の懐に入り込み、軽いボディフックを放つ。
「手応えが……軽いな。素晴らしい。すごいぞお前」
「馬鹿を言わないでください……死ぬかと思いましたよ」
一瞬で数メートル離れた福内が冷や汗をかきながら俺を睨む。
「俺よりも縮地とやらが上手いし、防御も卓越してる。ダメージを護符に肩代わりさせたな?」
俺の拳には破れた護符が張り付いていた。
恐らく服の下に防御用の護符を何枚も仕込んでいて、それが俺の拳を防いだのだ。
しかし護符そのものは物理的に存在するものであり、無限には出せない。福内はまるで手品のごとく何十枚、何百枚と出しているが、それはいずれ尽きるはずだ。
「そう思ったなら見込み違いですよ」
そして再び福内が護符を取り出す。
無尽蔵にも見えるのは明らかにおかしい。何かからくりがあるはずだ。
「そうだな。俺の見込みが甘かった。全力で来い」
そして再び、嵐のごとく護符が俺に襲いかける。
だがそれらが到達する前に全力で大地を殴りつける。
行き場をなくした衝撃は大地を半球に穿ち、爆風を周囲にもたらす。
「なっ……!」
「やはりな。福内、お前は身軽だ。軽すぎる。地面の衝撃や突風には弱い。まるで紙でできているみたいに」
護符を吹き飛ばし、バランスを崩した福内へと距離を詰める。
そして俺は護符を取り出そうとする福内の右腕に手刀を放った。
「くっ……!」
『れいちゃん、ヤバいってそれは!』
「大丈夫。問題ない」
俺は、福内の右腕を斬り落とした。
だがそれは致命的なダメージにはならない。福内の切り落とされた腕は、地面に落ちる前に護符へと変化した……いや、戻ったというべきか。
「問題はありますよ……痛いし、力も消費します」
そして別の護符が切断面に集まったかと思うと、生身の腕へと変化した。
「お前は服の下に護符を仕込んでいたんじゃあない。護符そのものが肉体だったわけだ」
肉体そのものを護符に変換できる。
あるいは、護符を肉体に変換して修復や分割ができる。
体重がひどく軽く感じたのもそのためだろう。
紙だから軽いのだ。
「そこまで便利なものでもないのですが……おおむね、その認識であってます」
「で、まだやるか?」
俺の問いかけに、福内は深々と溜め息を吐く
「……完敗です。負けました」