『あ、終わった? 出ていい?』
決着が付いたところで、桜が呑気に話しかけてきた。
「出ちゃダメなんて誰も言ってないが……。というか一人で出られるだろ」
ジャングルジムの牢獄は堅牢に見えるが、実のところ桜の魔力の方が遥かに大きい。桜を捕らえておくには力不足だ。福内もそれを認識していただろう。戦闘の余波から守るというのは嘘では無かった。
『いやー、なんか囚われのヒロインっぽくてちょっとドキドキしたしさぁ……。だからぁー、誰か助けてぇー! 怖いよー出られないよー!』
桜がチラッチラッと俺を見ながら助けを求める。
「仕方ないな」
俺がジャングルジムの牢獄を壊そうと手を伸ばしたとき、桜が待ったをかけた。
『パワーで檻を壊すんじゃなくてさー。例えば五右衛門が居合斬りでルパン三世とか不二子ちゃんを助けるみたいにやってよ。それじゃシャイニングだよ』
「シャイニングってなんだ?」
『名作ホラー映画。めっちゃ怖い』
「ホラーは現実でたくさんだ」
俺はできるだけアニメをイメージしながら、腕以外は微動だにせず牢獄を切断する。
切断された鉄格子がバラバラになって地面に落ち、そして消えた。
『そうそう! こーゆーの期待してたの!』
「ご満足いただけて何よりだ」
『マンモス狩りしてそうな半裸じゃなければ完璧だった』
ちゃんと制服を着ていたはずだが、今の俺は桜が評したような格好になっている。
ワイシャツも、その下のTシャツも破けて燃えてしまった。かろうじてスラックスの膝から上の部分は無事に済んでいるが、全体として見たら確かに狩人だ。石槍さえもってないが。
「自慢じゃないが、俺は服が無事だった戦闘がほとんどない」
『その言い方で本当に自慢じゃないことあるんだ』
「気にするな」
このやり取りは懐かしいな。
ヴィニにはよく「服を粗末にするな」と怒られていた。
『気にするなって言われても気にするわ! ……まあでも、燃やした方が悪いんだけどさー』
そう言って、桜は福内の方をちらりと見る。
「もちろん服のことも、報酬のことも、私の方で責任を取るつもりです」
『おっ、わかるじゃーん』
「ってことは、疑いは晴れたってことでいいな?」
俺の問いかけに、福内はこくりと頷いた。
「もう少しお話を聞きたいところではありますが……私などより遥かに強く、さりとて、その力を持って私を支配しようとまではしなかった。それがわかっただけでも僥倖です」
「シンプルに強そうだからケンカ売ったとかじゃないんだな?」
冒険者ギルドだと血気盛んなやつに勝負を挑まれることがよくあったもんだ。懐かしさすら感じる。
「そんな人いるのですか……?」
「異世界にはめちゃめちゃいた」
その言葉に、福内は少し驚いた様子だった。
そんなに不思議だろうか。あっちは戦士の誉れがどうこう言ってケンカするやつ多かったんだが、確かに現代の地球人と比べたら相当ケンカっぱやいかもしれないが。
「……なるほど。あなたは隠れ者でしたか」
「隠れ者?」
「こことは異なる世界に攫われ、あるいは招かれ、帰還を果たした者……あるいは神隠し被害者。突然現れた無双の異能者で、どんな流派に属しているかまったくわからないことも腑に落ちます」
「……よくわかったな、その通りだ」
軽く手合わせした程度でここまで看破されるとは思ってもみなかった。
向こうの知恵を侮っていたようだ。
「俺みたいなやつ、けっこういるのか?」
「まさか。本物を見たのは初めてです。実在するとは今まで思ってもいませんでした。しかし……」
「なんか疑問か?」
「異世界に渡るだけである程度は霊格や魔力が上がるものではありますが……それを加味してもあなたは強すぎる。相当な修練が垣間見えます」
『れいちゃんれいちゃん、こっちもなんかわかったこととか看破してやりなよぉ』
「そこで対抗心を燃やされてもな」
あることはあるが、少しセンシティブな内容だ。
「何でも聞いて下さい。あなたもいきなり襲いかかってきた私に問いたいことの一つや二つ、あるでしょう」
「一応聞くが、人間……じゃあないよな?」
「おや、わかりますか?」
福内の体は、あまりにも柔軟すぎる。
俺のような再生力を持つ人間も巷にはいるかもしれないが、護符を肉体の代わりにするとか、逆に肉体を護符などの物質に置き換えるといった芸当は、生身の肉体を持った人間には不可能な技だ。
もし可能だとすれば、生身の肉体を持たない存在だろう。
「俺が知ってる中でもっとも似てるのは、召喚獣契約を交わした精霊だ。自然や人工物といった生物以外のものが由来となった霊が、人間と契約して人間のような形を取っているパターンはあんたみたいなタイプだった」
「召喚獣というのはわかりませんが、恐らくニュアンスとして合っているでしょう。私は、本物の『福内リン』が契約した式神です」
『あー……式神ってよくわかんないけど、だから普通の人間と気配が違ったんだ。幽霊とも違うし、ちょっと不思議だったんだよね』
桜が納得したように頷いた。
「それじゃ、あんたを俺にけしかけたのは本物の『福内リン』ってことか?」
「いいえ。ダンスマカブルの件を追いかけているのも、あなたに戦いを挑んだのも、あくまで『私』の判断です。本物の『福内リン』から指示を受けてはいません」
召喚獣が勝手に動いている?
ありえなくはないが……事情はありそうだな。
「細かい理由は話してはくれなさそうだな」
「すみません。『福内リン』の秘密を打ち明けることは契約に反するので言えないのです」
福内が申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「秘密を守るために嘘を付くことは許されている?」
「言えません」
「福内リン以外のために活動している?」
「私は、『福内リン』、そして自分自身のために活動しています。それに……」
「それに?」
「ダンスマカブルのような卑怯な存在が、学友を餌食にしている。腹が立ちます」
「気に入った」
召喚獣と式神の違いはわからないが、霊的存在の多くは嘘が下手だ。そうでなくとも福内リンの言葉はシンプルでわかりやすい。冒険のパーティーメンバーとして信頼に足る。
「俺も同感だ」
『あたしもあたしも! がんばって解決しようね!』
こうして俺たちは、ダンスマカブル事件解決のために手を組むこととなった。
……だが俺はここで一つ、忘れていたことがある。
桜を福内リンに紹介することだった。
落ち着いて話をするために俺たちの住むマンションに近付いたあたりで福内リンの足が生まれたての子鹿のごとく震え、そこでようやく彼女は雲取家、そして九神による騒動の顛末を知ることになる。
◆
マンションの部屋に招いて、茜さんがお茶を出す。
そして三人が福内に自己紹介を始めた。
『あたしは雲取桜。こっちはお姉ちゃん』
『杏子だ。よろしくな』
『長女の茜です。よろしくね』
福内ががっくりを肩を落としながら、力なく「よろしくお願いします」と呟いた。
「そんなにショックだったのか?」
「あ……当たり前でしょう……!」
「うおっ、そんな大きな声出せるんだな」
冷静沈着なタイプかと思っていたが、この件はどうやら福内にとって特別なようだ。
「呪殺マンションは多くの霊能力者が挑み、そして敗退していきました。敷地内に入ることすらできずに失神する者も続出して、門をくぐり抜けても誰も4階にたどり着くことさえできませんでした。ですが……このマンションの除霊はどうしてもやらなければいけない理由もあったのです」
「理由?」
「九神の怨念とあなたたちの怨念、そして九神の遺品たる宝剣や妖刀の念が螺旋のように渦巻き、土地の霊脈を捻じ曲げ……やがては四霊が合体した強大な怪異となると予見されていました。そうなれば、街そのものが怪異の支配する領域となってもおかしくありませんでした」
『ぐえー、ばっちぃ。あんなのと合体とかキモいから止めてほしいんだけど』
桜が死ぬほど嫌そうな顔をする。
杏子さんも茜さんも同様だ。まさに悪夢のような未来図だ。
「ま、そういう未来はなくなったわけだな」
『そうそう! れいちゃんのおかげでね。リンちゃん、感謝しなよぉー?』
『いや感謝しなきゃいけないのはウチでしょ』
桜が妙なマウントを取るが、杏子さんがたしなめる。
俺はこうして広いマンションで暮らせるわけで、あまり恐縮されても困るんだがな。
「それにしても、三姉妹は霊能力者の間で有名だったみたいだな……。けど桜の顔を見て気付かなかったのか? ニュースとか週刊誌とかに出回ってたみたいだが」
「……すみません、文字情報の資料ばかり読んでいて、テレビや雑誌はあまり見ていなくて」
「変なところ現代っ子だな」
福内が見てて悲しくなるほど恐縮していた。
『すみません……。マンションにいらっしゃる霊能力者のような方々はいたのですが、誰も九神を除霊できるほどの強さとも思えず、むしろ餌食になって九神がより強くなってしまいそうでしたので……お引き取りを願ってまして……』
茜さんが申し訳なさそうに言うが、福内の弱ったメンタルに追撃を掛けている。
「よっ……弱くてすみません……本当に申し訳なく……」
『あっ、ここに来たことあったんですね……こ、こちらこそごめんなさい……』
しばし福内のメンタルが回復するまで休憩することになった。