福内は、目を見開いたまま表情が固まっている。
大丈夫か……と声をかけようと思ったところで、ようやく口を開いた。
「無理です」
「お、おう」
「無理です無理です無理です無理です、無理です」
ものすごい拒否をされた。
原夏樹も桜も、慌てて福内に弁明する。
「わ、悪かった。そんなに嫌だったとは知らなくて」
『無理にお願いしたいとかじゃないって! 落ち着いて!』
「すみません……少し取り乱しました」
福内がようやく普段の様子を取り戻し、皆、ほっと胸を撫で下ろした。
「まあ、今は部活やってないんだろ? 退魔師をやってるわけだし。楽器を用意するのも難しいんじゃないか。まさかマイ楽器を持ってるわけじゃあるまい」
「いえ……演奏が不可能、というわけではないのですが……。この学校の邦楽部の部室に行けば貸してくれると思います」
環境の問題ではない。
となると、心理的な問題だろうか。
「その……興味がないわけではありませんし、やってみたいという気持ちはあります。しかし中学の頃のリン……もとい私のような演奏は、今の私にはできないでしょう」
「あー、ブランクがあるってか。ちょっともったいないけど、仕方ないかぁ」
「別に、昔と比べて魅力が足りないからって引け目を感じる必要はないだろ。成功してほしいわけじゃないんだ」
『れいちゃん、その言い方はちょっとデリカシーないなー』
「そうだぞ谷川。お前いいやつだけど強すぎて鈍感なのはよくないぞ」
桜と原夏樹がじとっとした目で俺を責める。
改めて自分の言葉を振り返ると、けっこうな難癖や悪口だ。
「すまない。言葉が悪かった」
『わかればよろしい』
桜がむふんと頷く。
そこを許すのは福内だと思うが。
「いえ……。私自身、そう思っているんです。昔の『私』に比べて、今の私は」
「待て。俺が言いたかったのは、過去の『自分』に引け目とか負い目を感じる必要はないってことだ」
「引け目を感じる必要が、ない……?」
福内リンは、本物の『福内リン』ではない。なんらかの理由で本人を演じている召喚獣……ではなく式神だ。
だが本物の『福内リン』を演じているにしては下手だし、なんだか妙に人間くさいところがある。恐らく本人もそれに気付き、後ろめたさや申し訳なさを感じてるように思う。
「俺たちが知ってるのは今のお前だし、お前が真剣にダンスマカブルの件を解決しようとしてる。今のお前に協力したいと思ってるからみんなここにいる。そうだろ」
『そうだね。今のリンちゃん、普通にいい子だよね』
「なんか中学の頃に想像してたタイプとは違ったけどさ。助けてもらったし、話しや
すいし。今のあんたから協力してくれって言われたら喜んでやるよ」
次々と出る褒め言葉に、またも福内の表情がフリーズした。
「あ……ありがとう、ございます」
そして、小さく微笑んだ。
◆
通常の動画投稿系SNSに、過去の『福内リン』のお琴の演奏動画や写真をアップロードし、あたかもダンスマカブルに飛びつきそうな配信者を装う必要がある……と思ったが、別に不要だった。
普通に考えればそこが一番のネックになるはずだったが、過去の『福内リン』は自分の記録を残すことが嫌いではなかったらしい。もうすでにアカウントが存在しており、練習風景やコンクールの様子などがアップロードされている。友達も多そうだ。
しかし、今の福内リンに親しい友達がいる様子はあまりない。
こいつとの付き合いは長くないが、それでも多少はわかる。ダンスマカブルの試練の場所や機材を借りるのも、コネやお願いではなく少々乱暴な手段を使っていた。
「古典邦楽部の部室ごと借りることにしました」
ここは、古典邦楽部と茶道部、華道部が共有している部室……というか和室だ。二十畳ほどの広々とした畳の部屋で、楽器を演奏することも撮影することも何の問題もない。
そんな部屋に、俺、桜、そして福内リンが訪れていた。
ちなみに原夏樹も来たがったが、何が起こるかはわからないので遠慮してもらった。ずるいと悔しがってはいたが、解決したときにちゃんと教えるという約束をして引き下がってくれた。
「よく借りられたな」
「催眠術を使いました。部員の方々には申し訳ないのですが、部活動は休んでいただきます。人除けの札も貼っておきましょう。どちらも軽い暗示をかけるだけなので悪影響はないかと」
と言って、福内が入口に護符を貼った。
「……陰陽術って便利だな」
軽い暗示というのがいい。俺はこういう丁度よい塩梅の小技があまり使えない。催眠魔法も一応ヴィニに仕込まれはしたが、生身の人間に使うと魂に甚大なダメージを与えてしまうので恐ろしくて使えない。
「不安定な術ですし、そうでなくとも少々の倫理的な問題があるので……」
「自慢じゃないが俺が使えるのは大いに倫理的に問題がある技ばかりだ。少々のレベルで済む技を習得したい」
『本当に自慢じゃない自慢だねー』
桜が呆れて肩をすくめた。
そんな様子に福内が少しだけ微笑む。
「お気持ちはわかりますが……使いやすいがゆえに誤魔化しばかりしてしまいます」
「誤魔化し?」
「……過去の『福内リン』を知る者に、今の私を認識しにくいようにしています。ですので中学校の友人知人とは一切の交流がありません」
福内が淡々と言った。
「一体、何があったんだ……って聞きたいところだが、おおよそ想像はできた。召喚獣でありながら主人が不在で、そして主人そのものであるかのように振る舞う。想定できる状況は、多くはない」
「ですから召喚獣ではなく式神です」
「っと、すまんな」
「私の主人、『福内リン』は……怪異との戦いの中で魂に甚大なダメージを負い、現世から肉体だけを残して消失しました」
「死んだ……とは限らないか」
本物の『福内リン』はいない。
死亡。
もしくは意識不明の状態。
あるいは俺のようにここではない異世界に飛ばされて、主人との契約が残ったまま繋がりがロストした。このあたりだろう。
「死んだ可能性は大いにあります。ですが封印されたか、魂だけの存在になったために記憶や自我が希薄になっている可能性も捨てきれません。私は主人の魂を取り戻すその日まで、肉体、そして社会的な立場が失われないように『福内リン』を模倣している存在です」
「福内リンの……肉体?」
こいつは護符を使って肉体を自由自在に操作している。
生身の人間の肉体とは思えないほど柔軟だったが。
「いや……そうか。精神エネルギーである式神と人間の肉体が融合しているわけだな。強いわけだ」
福内は、肉体を護符に変換してダメージを護符に肩代わりさせたり、失った手足を護符で補うことができる。これは人間には不可能な芸当で、精神エネルギーや魔力で肉体を構成しているものでなくてはできない。
だが便利なようで欠点もある。精神エネルギーで構成されている生物は不安定だし、ずっと肉体を維持しているとすぐにガス欠になる。俺がいた異世界において、召喚魔法で呼び出した召喚獣は、何かしらの特技や魔法を使ったらすぐに消えるのが常だった。効率が悪いので肉体を長時間維持できないのだ。
福内は両者のいいとこ取りをしている。すぐにガス欠にならない生身の肉体を持ちながらも、その肉体を人間より遥かに柔軟に扱うことができる。
「あなたに強いと言われても困ります。それに不死身や無敵というわけではありませんよ」
「まあ、万能ってわけじゃないだろうな」
「……私は、『福内リン』の魂を取り戻すその日までこの体を失うわけにはいきません。そして取り戻すためには怪異と戦い、自分の実力をより高めなければなりません」
「それだけのために戦っているには、ちょっとお人好しすぎるように思うけどな」
「……余計なお世話です。それよりも早く準備を整えましょう」
「そうだな。桜、いいか?」
『んー、よくわかんなかった』
と、桜があっけらかんと笑う。
「後で説明する」
『でもまあ、今のリンちゃんと昔のリンちゃんが別人で、リンちゃんは昔のリンちゃんのことが大好きだってことはわかった』
「その認識で合ってる」
「いや、あの、そういうふうに纏められるのは……」
福内が恥ずかしそうに小声で抗議する。
「違うのか?」
「違いませんけど……」
そんな福内を、桜が優しい目で眺めていた。