怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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呪殺三姉妹 1

 

 

 

 東京都梅多摩駅から徒歩30分ほどの閑静な住宅街で、その事件は起きた。

 

 重傷者八名、死亡三名、関連死一名という悲惨な強盗事件である。

 

 加害者は九神刃一郎、無職、三十歳男性。

 

 九神は生来の気質として暴力に傾倒していた。高校の頃に暴行事件を起こして退学した後は配信者を自称し、世直しという名目で電車内の痴漢騒ぎや喧嘩騒ぎに乱入し、「仲裁をしていた」と称して双方に暴行を加えることで視聴者を増やし広告収入を得ていた。本当に事件を仲裁していたならまだ良かったが、勝手に事件を捏造してただの通行人を被害者と加害者に仕立て上げていたようだ。

 

 当然そのような動画配信が認められるはずもなく、一時的に視聴者を獲得しながらも収益化はすぐに剥奪。その後は腕自慢を活かして、ヤクザが胴元となった非合法賭けボクシングなどの非合法な商売を繰り返していた。

 

 そして事件前日の九神は賭け試合に勝っていたものの、頭部のダメージを負った状態で違法薬物を摂取し、常軌を逸した状態であったと思われる。

 

 同時に彼は賭け試合によって得た賞金で、古物商から刀剣類を購入していいた。彼には刃物収集の趣味があり、日本刀やカスタムナイフを百点以上所持していた。そして彼は自分の部屋でナイフを愛でるに飽き足らず、夜中にナイフ十本以上を携帯したまま外出して通行人に斬りかかってしまった。

 

 幸いにして最初の被害者は一命を取り留めたが、その悲鳴は周囲に響いた。騒ぎを聞きつけた警官から逃走し、通行人を襲いながらある賃貸マンションに逃げ込んだ。

 

 そしてその一室は、雲取という苗字の三姉妹が住んでいた。

 

 雲取家の長女、茜。二十六歳。

 雲取家の次女、杏子。二十三歳。

 雲取家の三女、桜。十七歳。

 

 この三人は早くに親を亡くしており、長女の茜が若くして一家の大黒柱であった。

 次女の杏子は会社員で、三女の桜は高校生。

 桜は吹奏楽部のコンクールを控えていて練習の日々で、もっとも帰宅が遅かった。

 

 桜は学校からの帰宅の途中、「スーパーに寄るけど買うものはある?」と連絡を姉たちに入れたために、杏子は玄関付近での物音を「姉妹が帰ってきた」と勘違いして鍵を開けてしまい、九神が入り込む隙を作ってしまった。

 

 こうして刃物を持った男の乱入に固まった杏子が殺害された。

 出会い頭に首を切られたことによる出血多量が死因であった。

 次に、たまたま料理をしていて包丁を握っていた茜が悲鳴を上げた。

 

 そこに九神も動揺して襲いかかったが、揉み合っているうちに互いの刃物が刺さって茜と九神が同時に死亡した。

 

 一夜にして愛する姉二人を失い、天涯孤独となった桜の哀しみは余人の想像を超えるものであった。「もし、自分があのとき連絡をしなければ」という自責の念に駆られていたと桜の学友は証言している。

 

 現場検証が終わった後のマンションで、桜は包丁で自分を刺し、自殺した。

 

 

 

 

 

 

 俺は銀座さんの車の助手席に座り、資料として渡された新聞記事のスクラップを読みながら移動していた。向かう先は、その事件があったマンションだ。

 

「けっこう事細かに書いてありますね」

 

「マスコミも学校の生徒に根掘り葉掘り聞いたんじゃないか。どこまで事実かは知れたもんじゃないが……つーかおまえ、マジに行くんだな?」

 

「行きますよ」

 

「怪我しても責任取らねえぞ俺は」

 

「やめた方がいいのは銀座さんの方です。マンション手放すか、除霊するか、どっちかしないとマジで死ぬかもしれませんよ」

 

「それを言うなよ、俺だって薄々思ってるよ」

 

「もしかしたら最近、心霊現象増えてませんか? マンションの住民にも、気付いたら服や肌が切られてるとかあったでしょ」

 

「だからなんでわかるんだよ!?」

 

 その質問には答えない。ナイフを持った女の幽霊があなたに取り憑いてますよと言ったらパニックになるのが目に見えている。

 

「それにしても銀座さん。この事件、あまりにも可哀想すぎじゃないです?」

 

「……そうだな。ひでえ話だよ」

 

 マンションでの事件は凄惨極まりなかった。

 しかもこれが、前置きなのだからタチが悪い。

 

 この事件が起きて犯人と三姉妹が死んでから、怪奇現象が起きるようになってしまったのだ。

 

 事件の起きた4階に入るだけで悪寒がしたり、ラップ音が響いたり、カラスが暴れて襲いかかってくる。また、三姉妹の笑い声が聞こえるという噂もある。

 

 事件の起きた405号室の前を通るとなったら更に被害が増える。殺人が起きたときの光景を夢に見て、被害者女性の刺された首と同じところに痣が浮かび上がることもあれば、それなりに深い切り傷が出ることもある。

 

 4階に住む住人は悪夢や幻聴に悩まされて全員が引っ越しをした。他の階の人間にそこまでの被害はないが、不気味に耐えきれず、あるいは配信者や度胸試しで来る者に辟易して多くが去って行った。

 

「銀座さんも無理に来なくていいじゃないですか」

 

「俺だって来たくねえし、手放してぇんだよ! けど噂が広まっていくら値段下げても売れやしねえし、取り壊したくても業者がビビって手を付けてもくれない。なのに怪我人は増えるばっかりだ。4階に清掃業者を入れてえのに、俺も業者も幽霊に祟られちまってどうにもならねえ」

 

「怪我人や死人は?」

 

「流石に死人は事件関係者だけだ。ここから退去した連中もピンピンしてるさ。『元・悪霊アパートの住民』を名乗ってSNSでドヤってやがる」

 

 苦々しい顔の銀座さんが、車のスピードを緩めて住宅街の狭い路地に入っていった。

 そして、ある建物の敷地内駐車場に入っていった。

 

「ここですか」

 

 こうして俺と銀座さんは、マンションの門の前に辿り着いた。

 駐車場に車を停めた瞬間から不吉な気配をビンビンに感じる。

 掃除が疎かになっていて、妙に汚い。

 どこからか血の匂いもする。

 

「気を付けろよ……」

 

「それはわかります。てか見えてます」

 

「もう見えてんの!?」

 

 マンションに近付くと、銀座さんに取り憑いている幽霊がもっとよく見えるようになった。怨念の発信地に近付いたことで、幽霊の力が増しているのだろう。

 

 幽霊は銀座さんの背中から離れて、マンションの入口に立ちはだかって「来るな」とばかりに殺意を振りまいている。

 

「包丁を持ってスリッパを履いているってことは、多分、長女の茜さんですね」

 

 俺がそう言った瞬間、ぱぁんと音が鳴った。

 ちかちかと明滅していた電灯が突然割れたのだ。

 

「ひいっ!?」

 

「大丈夫、ただの威嚇です。銀座さんはここで待っててください」

 

「いや、やっぱ止めようぜ! 家賃はもうちょっと待ってやるから……」

 

「ところで銀座さん、向こう見て。ヒコーキ雲」

 

「え?」

 

 銀座さんがよそ見をした隙に、手刀を首に当てた。

 首の血流が一瞬止まり、銀座さんが意識を手放して崩れ落ちる。

 

「悪いな、銀座さん。これは本気で解決しないと銀座さんの寿命が縮むし……なにより、見ていられねえ」

 

 俺は詫びつつ、銀座さんを車の後部座席に座らせる。

 そして再びマンションの入口に戻り、悪霊……もとい、雲取茜さんの前に立った。

 

「雲取茜さん、で良いのかな。悪いけど通るぜ」

 

『……帰れ』

 

「断る」

 

『帰れ!』

 

 怒声が響く。

 とはいえ霊感を持ってる者にしか聞こえないので、マンション住民は気付くまい。

 カラスや虫はこの死の気配に気付いて騒ぎ始めた。

 

「ジャマ」

 

 俺は悪霊を無視してマンションの通路に入り、ずかずかと歩いて行く。

 電灯がすべて消えて、昼なのに夜のような闇に包まれる。

 ネズミが走って行く。

 腐臭がする。

 掃除できてないだけじゃない。死者の匂いがこびりついて消えない。

 

『帰れぇ……帰れぇ……!』

 

 あらゆる怪奇現象を無視して俺は階段を登っていく。

 

 そしてマンション4階に辿り着いた。

 

 敷地周辺や1階とは段違いに怨念の気配が濃い。

 つまり俺に警告を放つ雲取茜さんの力も強くなっている。

 彼女はほぼ実体化しているだろう。

 そろそろ、攻撃を仕掛けてくる。

 

『帰れぇ!』

 

 雲取茜の手が背後から俺の首に絡みつく。

 その瞬間、俺の目の前に奇妙な光景が浮かび上がった。

 

 俺は電気の切れたマンション4階の通路にいたはずなのに、明るい部屋の中にいる。

 

 転移、ではない。

 夢や幻覚を見せられている。

 

 目の前には、血を流して倒れた女性と、ナイフを持った怪しげな男だ。

 殺人の興奮に取り付かれた男がひたりひたりと近付く。

 

「これは……あんたが死ぬ瞬間の記憶だな。死を追体験させる呪いはシンプルだが、だからこそ効果がある。まっとうな人間にはよく効くだろうよ」

 

 そして興奮した男が襲い掛かってきて、俺は――いや、記憶の中の雲取茜は、絶叫しながら包丁をやたらめたら振り回した。もみ合っているうちに激痛が走る。自分が殺された恐怖と、相手を殺してしまった恐怖、妹を守れなかった後悔が襲い掛かる。

 

 やがて死の追体験は終わり、再び俺の視界はマンション通路に戻った。

 一般人なら失神してるか、ショック死していてもおかしくはない。

 

 だが俺は、特に動じることなく廊下に立っている。

 

『な、なんで……効かないの……?』

 

「それは、死を体験してないからよく効くんだ。何度も死を体験したことのある俺にとっては大したダメージにはならねえ。……ただ、悲しいだけで」

 

『……死を、何度も……?』

 

「刺殺は俺の死因ランキングナンバー3だ。ナンバー1は攻撃魔法で、ナンバー2は毒殺。ジャイアントワームに飲み込まれたとかヴァンパイアに血を吸われたとかもある。死を回避するスキルを覚えるまでは神官に復活させられたから、いや、本当にキツかったぜ」

 

『意味が……わからない……』

 

「さて、あんたの辛い経験はわかった。だからこそ行かせてもらうぜ」

 

 雲取茜の幽霊が戸惑っているうちに先に進む。

 すると、四階の通路の奥から一人の幽霊が現れた。

 

「さて、次は……茜さんの妹さんか?」

 

 この幽霊は、雲取茜よりも更に殺意が強い。

 首に突き刺さったサバイバルナイフを抜いて、ひたり、ひたりと近付いてくる。

 

 恐らく、雲取杏子だろう。

 さっき幻覚で見た、倒れ伏している女性と同じだ。

 

『帰らないなら……死んでよっ!』

 

 そして瞬きした瞬間、俺の目の前にいた。

 恐らくこのマンションの中であれば瞬間移動めいたこともできるのだろう。

 そしてナイフで俺を斬りつけた。

 

「いってぇな」

 

 シャツが破けて血が噴き出る。

 記憶の追体験ではない、殺傷力を持つ攻撃を放ってきた。

 これは姉よりも幽霊としての格が上がっているな。

 

「だが俺を殺したいなら足りないな。斬るんじゃなくて刺せ」

 

『……!?』

 

 この程度で俺が怯むと思ったなら大間違いだ。

 

「そのナイフ、現実にあるものじゃなくてお前の思念が生み出したものだ。だから、何本でも作れるだろう? ……やってみろよ。俺は死なないからな」

 

『お前……!』

 

 再びサバイバルナイフを手にした雲取杏子が俺に襲い掛かる。

 

 そしてナイフが俺の太ももに突き刺さった。

 

「まだまだ」

 

『このっ……!』

 

「次はどこだ? ここが空いてるぞ?」

 

『減らず口を……!』

 

 太もも、肩、脇腹、胸。

 どんどんナイフが刺さっていく。

 シャツもジーンズも俺の血で真っ赤に染まっていく。

 

「黒ひげ危機一髪って知ってるか? さあ、次の一本で当たるかもしれないぜ」

 

 だが、死なない。

 勇者としての根性とスキルで、耐えられる。

 

『なんで……?』

 

『なんで死なない……?』

 

 雲取杏子が怯えてナイフを落とし、からんからんと床に転がった。

 雲取茜も、戦慄しながら俺を見つめている。

 

「この程度で死んでたら勇者はやってられなくてな」

 

 俺は勇者だったが、それはただの称号であってジョブではない。

 

 俺のメインジョブはバーサーカー。

 

 そして今、バーサーカーを極めた果てに習得できるスキル【戦士は卑劣に破れない】が発動している。

 

「遠距離攻撃、呪術、魔術、神秘、熱量、薬学的攻撃等、素手以外のあらゆる手段の攻撃で致命傷を受けたとき、痛みを食いしばって死を避けることができる。単独の敵が小細工なしの素手で攻撃してきたときはダメージが百倍になっちまうんだがな。それが俺に与えられた、バーサーカーのスキル効果だ」

 

『なに、それ……?』

 

 真面目に考えて俺も意味がわからん。

 そもそも死なないだけでめちゃめちゃ痛い。

 

 つまるところ俺は、やせ我慢をしている。

 歯を食いしばることを諦めたら普通に死ぬのだ。

 

「だが、もうわかった。お前たちはやっぱり殺したり祟ったりすることが目的じゃないな。……あの部屋の扉を開けさせないことが一番の目的だ。そうだな?」

 

 こいつらは悪霊のような動きをしているが、まだ悪霊ではない。

 

 マンション4階に怪奇現象を起こして、空き部屋となった405号室に入ろうとした大家を呪い、他にも部屋に近付く者に怪我をさせたりはしている。

 

 だが干渉を止めた者まで呪ったり、自殺させたりという事件は起きていない。俺のように警告を無視してズカズカ入り込むような真似さえしなければ、怪我だけで済ませてたはずだ。それに銀座さんの話によれば、引っ越した者は新天地で元気に暮らしているらしい。

 

 こいつらは、何かを守っている。

 

 もしくは、何かを封じているのだ。

 

「405号室を開けるぜ。全部解決してやる」

 

 俺の言葉に、幽霊姉妹が険しい表情を解いた。

 そこにあったのは、家族思いの女たちの切々とした心であった。

 

『……けて』

 

『妹を、助けて』

 

「任せろ」

 

 そして雲取茜、雲取杏子は、俺の目の前からふっと消えた。

 

 

 

 

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