怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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怪異 アイドルプロデューサー那須川ゆめ 2

 

「……あんた……審査に落ちたばっかりの子……。そういうこと。審査に落ちた腹いせに、私をどうにかしようってわけね」

 

「……話が通じませんね」

 

 話が通じない?

 

 ……私を裏切った子が口にしていた言葉だ。

 むしょうに苛つく。

 自分の見識の狭さをこっちの責任にすり替える卑怯者め。

 

「どこが通じないっていうのよ! 私はあなたにチャンスを与えてあげたのよ! 逆恨みなんてやめてほしいわねバッカじゃないの!?」

 

 ああ、もう、許せない。

 それだけの素質があるのに浪費して、なんてもったいない。

 目の前の女とは逆に、怒りで崩れ落ちそうだ。

 

「……身も心も怪異になってしまいましたか。怪異ダンスマカブル。その名に相応しい恐ろしさですよ」

 

「恐ろしい? そうね、人知を超えた美しさには誰しも恐怖するものだわ」

 

 思い描いていたアイドル衣装。

 しなやかな手と足。

 完璧なプロポーション。

 どこまでも届く大きさと伸びやかさを備えた声。

 どの観客席にいても絶対に視界に入る巨大な存在感。

 

 これこそ、至高のアイドルの姿だ。

 

「姿が……いえ、それだけじゃない、周りの風景も変わっていく……異界を作り出す力まで備えていたのですか……!」

 

 少女が驚愕しているように、変化したのは私の姿だけではない。

 周囲の景色さえも私の理想に塗りつぶされていく。

 東京ドームよりも武道館よりも広く、大きく、きらびやかなライブステージ。

 そして、広大な観客席のどこにいても目に留まる、私自身の大きさ。

 

 これこそが私の夢の果て。

 なんて素晴らしい気分なのかしら……もっと早く、こうしていればよかった。

 

「どうかしら、素敵でしょう?」

 

「身の丈10メートル近い巨体の自分を美しいと思うのですか……?」

 

「美しいわ。そんな野暮ったい姿でいられる方が笑っちゃうわね……。ここは私の城。お姫様と王子様の舞踏会場。ドレスコードってご存知? そんな無様な姿で足を踏み入れるのはご遠慮くださるかしら?」

 

 指を鳴らす。

 何か攻撃と思ったのか、少女は身構える。

 だが何らダメージがなく不思議そうにしていた。

 自分の変化に気付かないなんて可愛いものね。

 

「私が指を鳴らすと、あら不思議。何のひねりもない巫女服が、ご覧の通りアイドル衣装に!」

 

「くっ……破廉恥な……!」

 

 巫女の袴は、同じ色のまま丈の短いブリーツスカートに。

 上半身の白衣も似たようなデザインだが、襟元にリボンをあしらった。

 肩周りから袖をセパレートにして紐でつなぎ、あえて脇を見せる。

 素晴らしい出来栄えだ。

 

 髪も色々と盛りたいところだが、もともと髪質は悪くない。

 このままでよしとしよう。

 

「その程度で恥ずかしがるなんて、覚悟が足りないんじゃないの?」

 

「私に必要なのは、あなたを倒す覚悟です」

 

 紙が投擲される。

 不思議な力が込められているのが見てわかる。

 これは……炎?

 ふん、しゃらくさい。

 

「らー♪ ら、ら、らー♪ あーえーいーうーえーおーあーおー♪」

 

「……歌の衝撃で撃ち落とした!?」

 

 空気が振動し、余計なものを消し去っていく。

 私の歌声とダンスが披露されれば、その美しさに誰もがひれ伏すべきなのだから。

 

「発声練習くらいで驚いて、だらしないわね」

 

「……あなたが魅力的に振る舞えば振る舞うほど強力な力を放つ……なるほど、ただ魔力を魅力と表現しているだけではなく、より使いやすい形に指向性を与えていたわけですか」

 

「あーやだやだ、そうやって頭で考えてるからダメなのよ。もっと自分の心を曝け出して、無我夢中になってみなさいよ」

 

「その余裕が命取りです……!」

 

 札束を広げるかのように紙を取り出し、その紙が炎や水、氷などに変えて私に襲いかかった。あるいは私の攻撃を受け止める盾にも変化する。

 

 イリュージョンとしては最高。

 これがセレクションだったら合格点を上げたいところだけど、どれも威力不足。

 

「ダメダメ。ぜーんぜんダメ。もうあなた、私の養分になりなさいな。あなたの分までしっかり活躍してあげる」

 

 飛びかかってきた少女をはたき落とす。

 鈍い音が床に響いた。

 もう抵抗する体力もないだろうと思って、巫女服の襟首を掴んで持ち上げた……が、意外にも傷はない。受け身はとれなかったはずだが……。

 

「ああ……あなた、やってしまいましたね」

 

「なんだと?」

 

「ここにあるのは護符だけではありません。依代となった人形があるんですよ」

 

 少女が、自分の胸元から一枚の紙を取り出した。

 それは紙を切って作った人形で、こう書かれていた。

 

 谷川礼二、と。

 

「……趣味悪っ。なにそれ、呪の藁人形のかわり? どうせなら恋のおまじないでもしたら?」

 

「おや、知っているではありませんか。私へのダメージはこの紙の人形が肩代わりしてくれました。つまり、攻撃したのはあなた」

 

「うん? そんなの当たり前じゃないの」

 

「わかっていない。……あなたは、彼を、攻撃したのです」

 

 いや、ダメージがないというのは嘘だと気付いた。

 呼吸は乱れて、立っているのがやっとというところだろう。

 恐らく、紙の人形が許容できる範囲を超えている。

 もはやこの女は虫の息だ。

 

「他人にダメージを肩代わりさせたですって……? ふん、一丁前に建て前を抜かした割に、随分と鬼畜なことをするじゃあないの」

 

「さあ、来ますよ。上手く避けることをお勧めします」

 

 負け惜しみにしては妙だと思った。

 勝利を確信し、私に憐憫さえ感じている。

 それがやけに腹立たしい。

 

『ダンスマカブル。一つ、教えておいてやる』

 

 そのとき、男の声が響いた。

 

「だ……誰よ!?」

 

 その声に、本能的な恐怖を覚えた。

 広告会社のプロデューサーのような威圧的で力強い声。

 いや、学生の頃、とても怖かった体育教師の声。

 ハラスメントで訴えられたとき、教え子のかわりに出てきた弁護士の声。

 

 いや、どれも違う。

 

 もっと絶対的で、ひたむきで、頼もしくて、だからこそ敵に回したくない恐ろしさ……。なんていうか、侍とか、戦士とか、そんな雰囲気。

 

『俺はな、手段を選ばなけりゃ、お前をぶちのめすなんて簡単なことだったんだよ。俺がセレクションを受けるか、他人のセレクションを妨害すればお前との間に『縁』が生まれる。そこから殴ればいいだけの話だったからな。……回りくどい手を使ったのは、状況を確認して完全勝利したかったからだ』

 

 周囲を見渡して声の主の姿を探す。だが当然いない。この少女は審査に乗じて何らかの力でやってきたにしても、そうでない人間が見つけられるような場所ではないはずだ。

 

「はっ、どうせ録音した声でも流して隙を作る気でしょう。そんな稚拙な手に……」

 

 そのとき、光が輝いた。

 まるでスポットライトのように。

 私が意図してやったわけではない。

 私の思う理想の空間に、私の予想外のことは起こり得ないはずなのに。

 

 私は、その圧倒的な気配に苛立ちよりも畏怖を感じていた。

 誰よりも巨大になった私が、矮小になったかのような感覚。

 すべてを飲み込む、何人もひざまずくしかない、バカバカしいほどに大きな力が私を見ている。

 

 どこから?

 

 そんなのは考えるまでもない。

 

 巨大なものが矮小なものを見るとき、それは常に上からだ。

 

「抜剣……『次元歪曲剣ティンダロス』」

 

 天を見上げてようやく気付いた。

 そこに、あるはずのない「裂け目」が生まれていた。

 

 光は、天の裂け目からこぼれ出ている。

 まるで巨大な瞳のようだ。

 巨大になった私よりも更に巨大な、途方もない瞳。

 

 その瞳の奥に何かがいる。

 

 途方もなく大きな力の奔流が、存在している。

 

「谷川さん。もう少し左に……。そう、そのあたりなら直撃するでしょう。でも加減してくださいね」

 

 はっとして少女を見る。

 私が見惚れている場合ではない。

 私を見る者が、見惚れるべきなのだから。

 

「いったい誰よ! わたしを前にしてわたしを見ないなんて許されると……」

 

 その瞬間だった。

 

 落雷のような、嵐のような、何者にも抗えない災害が、天の裂け目から降り注いだ。

 

 まばゆい光が暴力へと返還されていく。

 

「ぎゃああああああああああああああ!?」

 

 バカバカしい話かもしれないが、その光は、拳のような形をしていた。

 

 

 

 

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