「……あんた……審査に落ちたばっかりの子……。そういうこと。審査に落ちた腹いせに、私をどうにかしようってわけね」
「……話が通じませんね」
話が通じない?
……私を裏切った子が口にしていた言葉だ。
むしょうに苛つく。
自分の見識の狭さをこっちの責任にすり替える卑怯者め。
「どこが通じないっていうのよ! 私はあなたにチャンスを与えてあげたのよ! 逆恨みなんてやめてほしいわねバッカじゃないの!?」
ああ、もう、許せない。
それだけの素質があるのに浪費して、なんてもったいない。
目の前の女とは逆に、怒りで崩れ落ちそうだ。
「……身も心も怪異になってしまいましたか。怪異ダンスマカブル。その名に相応しい恐ろしさですよ」
「恐ろしい? そうね、人知を超えた美しさには誰しも恐怖するものだわ」
思い描いていたアイドル衣装。
しなやかな手と足。
完璧なプロポーション。
どこまでも届く大きさと伸びやかさを備えた声。
どの観客席にいても絶対に視界に入る巨大な存在感。
これこそ、至高のアイドルの姿だ。
「姿が……いえ、それだけじゃない、周りの風景も変わっていく……異界を作り出す力まで備えていたのですか……!」
少女が驚愕しているように、変化したのは私の姿だけではない。
周囲の景色さえも私の理想に塗りつぶされていく。
東京ドームよりも武道館よりも広く、大きく、きらびやかなライブステージ。
そして、広大な観客席のどこにいても目に留まる、私自身の大きさ。
これこそが私の夢の果て。
なんて素晴らしい気分なのかしら……もっと早く、こうしていればよかった。
「どうかしら、素敵でしょう?」
「身の丈10メートル近い巨体の自分を美しいと思うのですか……?」
「美しいわ。そんな野暮ったい姿でいられる方が笑っちゃうわね……。ここは私の城。お姫様と王子様の舞踏会場。ドレスコードってご存知? そんな無様な姿で足を踏み入れるのはご遠慮くださるかしら?」
指を鳴らす。
何か攻撃と思ったのか、少女は身構える。
だが何らダメージがなく不思議そうにしていた。
自分の変化に気付かないなんて可愛いものね。
「私が指を鳴らすと、あら不思議。何のひねりもない巫女服が、ご覧の通りアイドル衣装に!」
「くっ……破廉恥な……!」
巫女の袴は、同じ色のまま丈の短いブリーツスカートに。
上半身の白衣も似たようなデザインだが、襟元にリボンをあしらった。
肩周りから袖をセパレートにして紐でつなぎ、あえて脇を見せる。
素晴らしい出来栄えだ。
髪も色々と盛りたいところだが、もともと髪質は悪くない。
このままでよしとしよう。
「その程度で恥ずかしがるなんて、覚悟が足りないんじゃないの?」
「私に必要なのは、あなたを倒す覚悟です」
紙が投擲される。
不思議な力が込められているのが見てわかる。
これは……炎?
ふん、しゃらくさい。
「らー♪ ら、ら、らー♪ あーえーいーうーえーおーあーおー♪」
「……歌の衝撃で撃ち落とした!?」
空気が振動し、余計なものを消し去っていく。
私の歌声とダンスが披露されれば、その美しさに誰もがひれ伏すべきなのだから。
「発声練習くらいで驚いて、だらしないわね」
「……あなたが魅力的に振る舞えば振る舞うほど強力な力を放つ……なるほど、ただ魔力を魅力と表現しているだけではなく、より使いやすい形に指向性を与えていたわけですか」
「あーやだやだ、そうやって頭で考えてるからダメなのよ。もっと自分の心を曝け出して、無我夢中になってみなさいよ」
「その余裕が命取りです……!」
札束を広げるかのように紙を取り出し、その紙が炎や水、氷などに変えて私に襲いかかった。あるいは私の攻撃を受け止める盾にも変化する。
イリュージョンとしては最高。
これがセレクションだったら合格点を上げたいところだけど、どれも威力不足。
「ダメダメ。ぜーんぜんダメ。もうあなた、私の養分になりなさいな。あなたの分までしっかり活躍してあげる」
飛びかかってきた少女をはたき落とす。
鈍い音が床に響いた。
もう抵抗する体力もないだろうと思って、巫女服の襟首を掴んで持ち上げた……が、意外にも傷はない。受け身はとれなかったはずだが……。
「ああ……あなた、やってしまいましたね」
「なんだと?」
「ここにあるのは護符だけではありません。依代となった人形があるんですよ」
少女が、自分の胸元から一枚の紙を取り出した。
それは紙を切って作った人形で、こう書かれていた。
谷川礼二、と。
「……趣味悪っ。なにそれ、呪の藁人形のかわり? どうせなら恋のおまじないでもしたら?」
「おや、知っているではありませんか。私へのダメージはこの紙の人形が肩代わりしてくれました。つまり、攻撃したのはあなた」
「うん? そんなの当たり前じゃないの」
「わかっていない。……あなたは、彼を、攻撃したのです」
いや、ダメージがないというのは嘘だと気付いた。
呼吸は乱れて、立っているのがやっとというところだろう。
恐らく、紙の人形が許容できる範囲を超えている。
もはやこの女は虫の息だ。
「他人にダメージを肩代わりさせたですって……? ふん、一丁前に建て前を抜かした割に、随分と鬼畜なことをするじゃあないの」
「さあ、来ますよ。上手く避けることをお勧めします」
負け惜しみにしては妙だと思った。
勝利を確信し、私に憐憫さえ感じている。
それがやけに腹立たしい。
『ダンスマカブル。一つ、教えておいてやる』
そのとき、男の声が響いた。
「だ……誰よ!?」
その声に、本能的な恐怖を覚えた。
広告会社のプロデューサーのような威圧的で力強い声。
いや、学生の頃、とても怖かった体育教師の声。
ハラスメントで訴えられたとき、教え子のかわりに出てきた弁護士の声。
いや、どれも違う。
もっと絶対的で、ひたむきで、頼もしくて、だからこそ敵に回したくない恐ろしさ……。なんていうか、侍とか、戦士とか、そんな雰囲気。
『俺はな、手段を選ばなけりゃ、お前をぶちのめすなんて簡単なことだったんだよ。俺がセレクションを受けるか、他人のセレクションを妨害すればお前との間に『縁』が生まれる。そこから殴ればいいだけの話だったからな。……回りくどい手を使ったのは、状況を確認して完全勝利したかったからだ』
周囲を見渡して声の主の姿を探す。だが当然いない。この少女は審査に乗じて何らかの力でやってきたにしても、そうでない人間が見つけられるような場所ではないはずだ。
「はっ、どうせ録音した声でも流して隙を作る気でしょう。そんな稚拙な手に……」
そのとき、光が輝いた。
まるでスポットライトのように。
私が意図してやったわけではない。
私の思う理想の空間に、私の予想外のことは起こり得ないはずなのに。
私は、その圧倒的な気配に苛立ちよりも畏怖を感じていた。
誰よりも巨大になった私が、矮小になったかのような感覚。
すべてを飲み込む、何人もひざまずくしかない、バカバカしいほどに大きな力が私を見ている。
どこから?
そんなのは考えるまでもない。
巨大なものが矮小なものを見るとき、それは常に上からだ。
「抜剣……『次元歪曲剣ティンダロス』」
天を見上げてようやく気付いた。
そこに、あるはずのない「裂け目」が生まれていた。
光は、天の裂け目からこぼれ出ている。
まるで巨大な瞳のようだ。
巨大になった私よりも更に巨大な、途方もない瞳。
その瞳の奥に何かがいる。
途方もなく大きな力の奔流が、存在している。
「谷川さん。もう少し左に……。そう、そのあたりなら直撃するでしょう。でも加減してくださいね」
はっとして少女を見る。
私が見惚れている場合ではない。
私を見る者が、見惚れるべきなのだから。
「いったい誰よ! わたしを前にしてわたしを見ないなんて許されると……」
その瞬間だった。
落雷のような、嵐のような、何者にも抗えない災害が、天の裂け目から降り注いだ。
まばゆい光が暴力へと返還されていく。
「ぎゃああああああああああああああ!?」
バカバカしい話かもしれないが、その光は、拳のような形をしていた。