本名、那須川ゆめ。
中学三年生から高校三年生まで事務所に所属し、アイドル活動をしてメジャーデビュー。ごく少数の熱狂的なファンこそいたものの楽曲がヒットすることはなく、鳴かず飛ばすのまま引退。
しかし、歌もダンスも一定以上の技量がある上にモチベーションが極めて高く、またマスコミ関係者とのコミュニケーションや事務処理なども学生とは思えないほど上手かったため、20代で同事務所のプロデューサーへと転身。その後、多くのアイドルをメジャーデビューさせるという成功を収めた。
そして、二十代後半には独立して自分のプロダクションを設立した。アイドルとしては大成せずとも、プロデューサーとしては間違いなく花道を歩いていたはずだった。
そして自分のプロダクションで手塩を掛けて育てたアイドルたちが華々しくデビュー……したはいいものの、アイドルが恋人を作って週刊誌に晒されたり、独立や電撃移籍が発表されたり、更にはパワハラ告発もされて所属アイドル全員不在という異常事態に陥った。
当然のごとくスポンサーは撤退し、むしろイメージ悪化で生じた損害賠償請求を受けて事務所はほぼ破綻状態になった。今までの利益や私財を投じてなんとか倒産は免れたが、こんな事務所に所属を望むアイドル志望の子などいない。訓練生は全員逃げて、絶望した那須川ゆめは首を吊った。
最初は自我が曖昧な地縛霊でしかなかった。また、いわくつきの会社である上に、山奥の旅館をリノベーションしたという立地ゆえに誰も立ち入ることなく、那須川ゆめの死は今も社会的に認知されていない。
だというのに、ここを訪れた誰かがいた。
「本人はエージェントだって名乗ってた。わたしみたいな霊を助ける仕事をしてるって」
「……ふぅん」
気に入らないな。
那須川ゆめが悪くないとは言わないが、安全圏にいながら他人に悪事を働かせる人間がいるなら、そいつこそぶちのめす必要がある。
「福内、心当たりはないか?」
「いえ……。悪霊に与する外道の異能者や退魔師は時折現れますが……このように複雑な仕組みを作りながらも正体を悟らせないような者がいるとは……」
福内は、小さく首を横に振った。
「あ、いや……もしかしたら……」
だが、何かに気付いたように顔を上げた。
「谷川さん。九神はもう完全に除霊したのですか?」
「そりゃそうだ。この世に一片も残っちゃいない」
「ですよね……もし聞けることがあればと思ったのですが」
『もしかして、あいつと何か関係があるの?』
桜が少々真面目な表情を浮かべた。
他人事ではあるまい。九神が関係しているということはつまり、自分の死に関係していることなのだから。
「桜さんには少し言いづらいのですが……」
『大丈夫。昔のことは昔のこと。今は元気に幽霊やってるから、聞かせて』
元気に幽霊やっているという独特の表現に、福内の表情が少し緩んだ。
「……九神はナイフ収集家でした。現代人の作ったカスタムナイフやミリタリーナイフ、グルカ族のククリナイフやインドのカタールといった様々なものを収集しており、その中でも魔力を秘めたものを入手していたため悪霊としての強さが高まっていたのではないかと推察しています」
『そういえばあいつ、いろんな刃物持ってたっけ……』
「その中でも異彩を放つ逸品がいくつかありました。元特殊部隊の連続殺人犯フレデリック=ボーンのナイフ、カースメーカー。鎌倉時代の邪僧、獄海が生贄を殺すのに用いた妄執宝剣。人肉料理を極めた殺人シェフ、熊見峠亜文のベアーズファング。……そしてもっとも霊格が高いものが、妖刀、
「妖刀か」
魔剣とかは異世界にあったな。
魔力を帯びているだけの道具であったり、作り手や持ち主の怨念が込められていたりした。
「本来は加護を授ける守り刀であったのですが……。戦国時代、戦によって一族を殺された武将の娘が、恨みを呪に変えるべく数百人の亡骸の髪と耳をその刀で削ぎ、最後に自らもその刀で自刃したそうです。以来、その刀はその娘の美しい黒髪と同じ色になり、極上の美しさを求めて多くのものが欲し、しかし欲した強欲な者を破滅に追いやってきました。一説には豊臣家の滅亡の原因になったとも」
『ごめん、思ったよりメンタルに来るわそれ。あたしと同じ死に方じゃん』
桜が聞くのも嫌だと言わんばかりの顔をする。
「す、すみません……」
『ああ、気にしないで。大丈夫』
桜が作り笑いを浮かべる。
少し休ませてやりたい……と思ったが、ふと気付いたことがあった。
「曰く付きの刃物を持ってるのはわかったが、あいつの武器に日本刀あったか?」
『あれ? そーいえば、なかったと思うけどなー』
「濡羽黒髪は太平洋戦争の後にアメリカの富豪の手に渡り、カスタムナイフの素材にされてしまいました。その富豪は不審な死を遂げ……その後はベトナム、インドネシアなど持ち主の死と共に在り処を変えて、最終的には東京の地下オークションに出品され……闇賭博の報奨として九神が手にした、という流れです」
『あー、持ってる持ってる。これっしょ?』
「なんで持ってるんですか!?」
桜が何もないところからナイフを取り出した。
刀身が黒く、柄は洋風だが、刀身は軽いカーブを描いている。日本刀なんて詳しくはないが、「刀をナイフにリメイクした」と言われたらなんとなく納得する。
「そういえば最初に会ったときもこのナイフを持ってたな」
『なんか知らないけど、これだけ奪えたんだよねー。そっかー、キミもハラキリ仲間だったか』
「……このナイフが所有者の殺人衝動を高ぶらせた、とかはないよな?」
『いえ。周囲の人間よりも所有者本人に不幸を呼ぶナイフとして名高いですね。所有者は非業の死を遂げていることが多いので……。殺人衝動を高ぶらせるとなると、先程挙げた他のナイフの方が悪影響としては大きかったでしょう。特にベアーズファングあたりは人肉が食べたくなると言われておりました』
「なるほどな」
濡羽黒髪からは呪わしく、物々しく、決して拭えない血の匂いがする。
だが九神のような攻撃的で獰猛な気配ともまた違う。
『あたしもそんな気がするんだよね。他の刃物はなんか九神の性格に染まってるっていうか、逆に刃物の性格に九神が染まってる感じはしたんだけど……。これだけはちょっと違ってて……。九神の持ち物なのにこれだけ奪えたし』
「しかし、このナイフ……濡羽黒髪が今回の件とどういう関係があるって言うんだ?」
「カースメーカーや濡羽黒髪などの裏の世界でさえ入手困難な道具や、この魔力を保管するポットのような、この世のものとは思えない道具が流通している……という噂が囁かれています」
「ダンスマカブルも、九神も、エージェントの取引相手かもしれない、ってことか」
「まだ断定はできませんが、可能性は高くなりました」
福内が静かに頷く。
「しかし魔力を保管するポットか……。向こうの世界なら作ることはできるな。もしかして異世界から戻ってきたのは俺だけじゃないのか?」
「それは流石にわかりませんが……。そのエージェントという人間が未知の技術を使って……いや、未知の技術を他人に使わせて魔力を集めているのは確かなようですね」
「こいつも、技術を与えられたってことか」
「仕組みを把握していた様子はありませんし、実際は鉄砲玉や受け子のようなものでしょう……。それに、自我が薄い状態で怨念を強化するような洗脳を受けていた形跡があります。谷川さんに殴られて洗脳は解けたようですが」
「えっ、そうなの!?」
ダンスマカブルが驚愕した。
「しかしやったことはやったこと。償いはしてもらいます」
「大丈夫、わかってる。魅力……ていうか魔力は……みんなに返すよ。足りない分は私の存在を削ってでも」
「……本当の死を迎えるぞ」
「うん。……操られてたって言われても、生きてる子、若い子が妬ましいのは……本心だったからさ。でもやるべきじゃなかった。こいつらには未来なんかないなんて思い込んで、正当化した。わたしこそがみんなの未来を奪ったのに」
「そうか……この世に未練はないんだな?」
「あるよ。めっちゃある……あるけどさぁ……これだけやらかしちゃうとね」
そしてダンスマカブルは嗚咽しながら、罪を告白し始めた。
死んでからだけの話ではない。
生前の話も含めてだ。
「ああ、なんで今更気付いちゃうんだろう、わたし間違ってたって。今だけじゃない、生きてたときも……ああ、悪いこと、たくさんやっちゃったんだ」
アイドル時代のことやプロデューサーになってからも、相当な無茶をしたようだ。
悲しくはあるが、俺は少しばかり心穏やかな気分になっていた。
「よし! 泣いた泣いた! それじゃあ……世話になったね……。罪は地獄で償ってくるよ」
ダンスマカブル、那須川ゆめの体が白く輝き、魔力が放出されていく。
同時に、ポットに溜まった液体が泡立って蒸発していく。
魔力というものは奪って貯めたり、自分のものにするには一定の技術を要する。何もしなければあるべき場所に戻ってしまう。つまり奪ったものを手放してしまえば、自動的に元の持ち主のもとに戻る。
悪霊としての活動を辞めると本心で決意したなら、それだけで事足りるだろう。那須川ゆめは悪霊になって間もない。完全に自分のものとして取り込むには技術も時間も足りていなかった。
「それじゃあ、さよな……」
「待って、待ってください」
そこに、福内が待ったをかけた。
「まだ聞きたいことある? それは別にいいけど……」
「衣装をなんとかしてください」
そういえば福内は、まだ巫女みたいなアイドル衣装を着ていた。
ダンスマカブルの魔力でこうなったとか言ってたな。