そもそも福内は、式神と人間の肉体がミックスした状態である。
本来の『福内リン』の魂がなんらかの理由でこの世から消え去ったために、式神が乗り移って動かしている……という状態だ。
「……自分のことを式神って言ってたな。そもそも式神ってのはなんなんだ? 予想はつくが、お前の言葉で聞きたい」
「恐らくあなたの言う召喚獣扱いは似ているでしょう。違いがあるとするなら、私はもう少し人工的、と言いますか……」
「人工的?」
「自然発生した霊的存在ではなく、人工的に造られた存在です。福内リンの飼っていた狸の魂が20%、本来の福内リンの魂が5%程度……残りは私の思考パターンや行動パターンを記述した護符や魔力で補っています」
『タヌキだったのぉ!? えっ、タヌキに変身できたりする?』
「動物だったころの記憶はあまりありません」
桜が身を乗り出してきたが、福内はクールな佇まいのまま言葉を返した。
「たまたま車に轢かれたところを『福内リン』に拾われて治療を施され、一か月ほど共に暮らしていたようなのですが……体力が戻らずに他界しました」
『そっかー。死んじゃうとちょっと記憶曖昧になるところあるよねぇ』
「それを不憫に思ってか、『福内リン』は狸であった私を式神化しました。そして彼女を主として私は除霊のためのサポート役として活動していたのですが……」
「主人の魂が、何らかの理由で消えた」
「……ごく単純な話です。強力な怪異と戦い、敗北しました」
本物の『福内リン』は、死んだ。
考えてみればそういう結論しかないだろう。
肉体に本人の魂が不在という状況を、「死」以外の言葉で表すほうが難しい。
「その怪異は、どこのどいつだ?」
「埼玉県の、とある山奥の吊り橋に巣食う怪異でした」
福内はスマホを見せる。
そこには風光明媚な湖と吊り橋の写真があった。
『あ、知ってる。観光地ではあるけど、けっこー有名な自殺スポットだよね……。ここで死ぬと異世界に行けるって噂なんだよね』
「やめとけやめとけ。異世界なんて命が幾つあっても足りない」
『説得力がヤバい』
桜が真顔になってツッコミを入れてきた。
けっこう真面目な話なんだが。
「異世界に行けるというのは谷川さんのような事例のことではなく、完全に方便だと思われます。自殺志願者を引き寄せるため、ここではないどこか遠くの理想郷があるのだと」
「そういう怪異ってわけか。名前は?」
「……絶海入道。それが、仇の名前です」
福内が淡々と言った。
だが平坦な言葉の奥には、燃えるような何かが揺らめいている。
『あれ? 秩父に海はないよね?』
桜がごく自然な指摘をした。
「奴は海のような亜空間を作ります。そこはまるで海のように広く深い。しかし本来の海からは絶たれ、外との繋がりもなく逃げ出すこともできない。ゆえに絶海」
「名前とスキルがわかってるのに、倒せていないわけか」
異世界において、能力が判明している魔物は二パターンに分類できる。
ゴブリンやスライムのように、一匹一匹は弱くとも数が多いために有名になったパターン。
もう一つは、能力が露見しようとも問題ないほどに強いパターン。
「……多くの退魔師がこれに挑み、そして敗れ去りました。絶海入道を放置すれば、これからも多くの若者が犠牲になることでしょう」
「シンプルに強い怪異ってことだ。それでも、挑まなくてはいけなかった理由があるのか?」
「……『福内リン』の同級生が犠牲になりました。『福内リン』は制止を聞かずに戦いを挑み、私だけが生き残りました」
福内が、テーブルの上でぎゅっと拳を握る。
苦い敗北と別離。
思い出したくもない話のはずだ。
だが別離を忘れることはできないだろう。
だが払拭できるものもある。
敗北は塗り替えられるのだから。
「……こいつも異界を作れるんだろうな」
『あたしんちも無駄に広くなったもんねー』
「え、えーと……異界を作れるのはかなり高等な怪異なのですが……」
『わたしも作ったよ? 教えてあげよっか?』
「那須川さんは黙っていてください」
会話に混ざった那須川を、ぴしゃりと福内が黙らせた。
もういいコンビになりつつあるんじゃないか。
「私は修行を重ねて力をつけて、いつかこの絶海入道を倒すべく戦ってまいりました。ですので……」
「よし、善は急げだ。行くぞ」
『えー、これから行くのぉ? 流石に今日は帰ろうよぉ』
「んじゃ明日にするか」
『おっけ。杏子ねえ、また運転よろしくー』
『しょーがないわねぇ。でも秩父の方もいいツーリングスポットなのよね……』
杏子さんが、姿を現さずに声だけを出した。
彼女たちも幽霊生活にずいぶんと慣れたもんだ。
「えっと……あの、私としては、修行を重ねて自分の力で倒したくて……助力を頂けるのはありがたいのですが……」
福内が慌てて制止してきた。
「おっと、すまんな。てっきり仇討ちを手伝ってくれって話かと思って。そういうことなら修行するか。福内は外泊とか問題ないか?」
「え? えっ? いや、確かに手伝ってほしいとは思ってるんですが、あの、外泊? 何をする気です?」
『ちょっとれいちゃん、デリカシーないよぉ』
「別に変なことをするわけじゃない。ちょっとエクササイズするだけだ」
俺が「ちょっとしたエクササイズ」と言った瞬間、桜と福内は何か妙なものを感じ取ったようだ。本当に、変なことをするわけじゃないんだが。
『……具体的には?』
「ダンスマカブルのときとは違う、正式な儀式。あるいは試練」
俺の言葉に、福内が冷や汗を流した。
「供物を用意して大きな試練を課す。そうすれば飛躍的な能力向上が見込める。ダンスマカブルのときとは違って正当な儀式の手順を踏んで、供物にする魔力量を減らせば何度でもチャレンジできるし、確実なレベルアップが見込める」
「あ、あの、話が急すぎて……ついていけないのですが……?」
『臨死体験させて強くなるみたいなド根性論をごまかしてない?』
「ああ、桜もついでにやろう」
『絶対イヤだけど??????? なんで??????? 意味わかんないよ??????』
桜が完全拒否とばかりにぶんぶんと首を横に振る。
気持ちはわかる。
わかるのだが……ここは引くわけにはいかない。
身を守るためには必要なことだ。
「桜は今、霊としての格が高い」
『そ、そうかな? そうかも?』
「今みたいに、当たり前に実体化ができるような幽霊なんてそうはいないしな。そのへんの浮遊霊や地縛霊とは格が違う。神とか精霊として祀られていても不思議じゃない」
「確かに……霊感のない人にもうっすら見える程度には存在力が強いですね……。どこぞの神社に祀られている神霊だと言われても納得するほどの霊格があります」
『あたしそんなに目立つかな? いやー、まいっちゃうなー。秘められた美とカリスマがにじみ出ちゃうかー』
褒められた気がしたのか、桜が嬉しそうな困り笑いを浮かべた。
だが残念ながら、目立つのはいいことばかりじゃない。
「だが戦闘スキルがない。桜を悪霊か何かと勘違いした人間が除霊に来るとか、悪霊が桜を取り込もうとして襲い掛かることは多分あるんじゃないか? 少なくとも俺がいた異世界だったら、格の高い霊は恐れられると同時に獲物として狙われていた」
「ここでも同じことです。身を守る術を身に着ける必要はあります」
『……ヤダー!』
福内が頷き、桜はホラー漫画の被害者のごとき恐怖の表情で絶叫した。
桜。お前はもう怖がらせる側なんだ。覚悟してくれ。
「なるべく本番に近い環境がいいだろうな。海……そうだ。俺が『嘆きの大海』でクラーケンと戦ったときの記憶を元に、儀式用の仮想空間を作り上げる。そこにお前たちを召喚するから、勝利するまでチャレンジしてくれ」
『嘆きの大海って、九神がギャン泣きしたやつじゃん! 絶対イヤなんだけど!?』
「大丈夫だ、あいつには一切加減はしなかった。今回はちゃんと加減する」
『リンちゃん! れいちゃんがあたしのこといじめる! 助けて!』
「……桜さん」
『そういえば苗字じゃなくて名前呼びになったの地味に嬉しい』
「そ、それは今言うことではなく……」
福内は微妙に照れながらも、桜が伸ばした手を優しく握った。
『リンちゃん……』
「桜さん……」
福内の口元に、微笑が称えられる。
そして逃がさないとばかりに桜の手をぎゅっと掴んだ。
「一蓮托生です。共に生き延びましょう」
『リンちゃんに裏切られた!? ひどい! 鬼! 悪魔!』