怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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嘆きの大海の試練 1

 

 

 

 嘆きの大海。

 

 なぜ俺たちが今、こんな場所にいるかは後で解説するとして、この海について話そう。

 

 ここは俺が召喚された聖王国大陸をぐるりと囲っている海で、その海のせいで聖王国の民は外の大陸と交流するなど不可能だった。波は常に荒れ狂い、船を出せば波に攫われるか、魔物に食われるかの二つに一つ。

 

 だが海面に現れる魔物など下の下に過ぎず、深海では人間などでは絶対に手の届かない強力な魔物同士が争う地獄だ。放っておきたいところではあったが、海上に現れる無数の魔物を生み出しているのが深海に蠢く連中で、更にその中でも最強格だったのがクラーケンだ。こいつとの死闘はあまり思い出したくはないのだが、修行相手としては申し分ない。

 

 とはいえ、二人にいきなり「クラーケンに勝て」は無理だ。俺は水中で活動するスキルもないままヴィニから「何度か死んで覚えるんだね」で海に落とされたが、そんなスパルタをする気はない。手始めに、海上の最弱クラスの魔物、デスシャークの記憶と戦ってもらうことにする。

 

『ぎゃー! 死ぬ! 死ぬんだけど!』

 

 イカダのごとき粗末な木船の上で、桜が震えながら人食い鮫の攻撃を避けている。本人に自覚はないが、身のこなしは素早い。ただの人間の反射神経では避けるなんて不可能な速度なんだが。

 

「落ち着け桜! お前は船になんか頼らなくても行動できるはずだ! 幽霊は重力から解き放たれてるんだ!」

 

『そーだけど、下に地面があるのと、下が人食い鮫がウヨウヨいる海じゃ全然違うでしょ!』

 

 ここは嘆きの大海。

 生ある者はすべからく大いなる海神の供物となる。人を守護する神への祈りは一片たりとも届くことはない。人が放てるのはただ嘆きの声のみ。

 

 その嘆きの大海を支配する海神の尖兵が人食い鮫、デスシャークだ。海の眷属ではない存在の匂いを嗅ぎつけ、すぐさま集団で襲い掛かる。

 

「デスシャーク一匹一匹は九神より遥かに格下だ! お前のナイフがあればサンマやイワシ程度にすぎない! お前自身の力を信じろ!」

 

『あーもう! れいちゃんの試練きらい! ご飯は今週ずっとサメにしてあげるから!』

 

 桜が叫んで、そして無自覚に取り出したナイフで鮫を切りつけた。

 黒い刃から放たれる斬撃は鮫たちをたちまち切り刻んだ。

 大きな魚体が真っ二つになり、鮮血が水面に漂う。

 

 あの鮫も決して弱くはないんだが、やはり桜は無自覚に強い。元々備わっていた霊能力や魔力が強いことに加えて、あのナイフだ。いや、形状的にナイフというより脇差しに近い。あれが福内が言っていた『濡羽黒髪』なのだろう。斬撃を飛ばして敵を傷つけるだけではなく、桜を守ろうとしているような気配さえ感じられる。

 

「直接攻撃もいいが、鮫を睨んで『こっち来るな』みたいな感情をぶつけてみろ。それだけでも魔物を追い払うことができるはずだ」

 

『こっちくんなし! ……って感じ? うわっ、ほんとだ、めっちゃドン引きされた。ちょっと傷つく』

 

 威圧をぶつけられたデスシャークが怯み、恐れおののいている。

 

 感情は魔力の源泉だ。桜ほど強い霊や、俺のように魔力を持て余す存在ともなると、感情の発露は攻撃力を伴う。

 

「いいぞ、そんな感じだ。だが逆にこれを生身の人間にぶつけたらダメージになる。自分の力を完璧にコントロールできるなら、悪霊扱いされる心配も減るだろう」

 

『ほえー、なんか不良になった気分』

 

「不良にそれぶつけたら爆散しかねないぞ」

 

『わかった、気を付ける』

 

 桜が神妙な顔で頷いた。

 自分が持つ力の大きさを自覚し始めている。

 いい傾向だ。

 

 ……で、桜は問題ないとして、次は福内の方だ。

 

 もう一艘の船の上に佇み、気配を殺してデスシャークに感知されない状態になっている。視覚ではなく、血の匂いと魔力に反応して襲い掛かると気付いて、魔力の放出を抑えているのだろう。すぐさま敵の特性に気付けるのは経験が為せる技だ。だがこれでは修行にならない。

 

「福内、何か問題あるか?」

 

「……そもそも、一体どういうことなんですか。亜空間を作り出すのは怪異の技であって、生身の人間にはできるはずがないのですが……」

 

 福内が少々……いや、かなりの疑いの目で俺を見る。

 いきなりこんなところに呼び出されたら疑いたくもなるか。

 

「亜空間なんて大げさなものじゃない。シャドーボクシングと瞑想の合体技だ。怪異とかじゃなくても誰でも使える」

 

「誰でも使えるとは思えませんが……もう少し詳しく」

 

「感覚でやっているから説明が難しいんだが……瞑想を極めてイメージ力を上げればやがて現実空間にも影響が現れる。例えばプロボクサーがシャドーボクシングをしていて、架空の敵のパンチを食らって本当に怪我をするのは有名な話だろう?」

 

 福内がものすごい疑いの目で見てくる。

 だが「こういうものだ」という認識が大事なのだ。

 ゆえにスルーして話を進めた。

 

「で、瞑想とは本来、自分を客観視し、見つめ直し、乱れる感情を制御することができるが……そこから先に進むと、意識が拡張して大自然の魔力を取り込んだり、他者の意識に介入することができる。今、俺の拡張した意識の中にお前たちがいるんだ」

 

「あなたの強すぎるイメージが、今の私たちに襲い掛かっている……というわけですか?」

 

「そうだ。だから亜空間とかじゃなく一種の幻覚に過ぎない。俺もお前も、本来の体はマンションで寝てるよ」

 

「できるはずがないでしょう人間にそんなことが! 次元を捻じ曲げて結界や亜空間を作り出すよりも難しいですよ!?」

 

「俺もそう思う」

 

 だが俺はヴィニがこうして作り出した修行場で死ぬほど、ていうか実際死んで復活して強くなった。俺が知る限りでもっとも効率がよい修行法だ。

 

 二人が致命的なダメージを食らっても死なないようにセーフティは掛けているが、「死ぬかも」という意識は持っていてほしいのであえて言っていない。

 

「原理がなんであれ、お前は契約にサインして魔力を供物として差し出し、試練に打ち勝ったとき俺の魔力を取り込んでレベルアップできる。どうする? 今日はギブアップするか?」

 

「すぅ……はぁ……」

 

 福内が、俺の挑発的な言葉を無視して呼吸を整えた。

 魔力が漲り、気配があらわになる。

 デスシャークも福内を認識し始めた。

 

『いいねぇ、こういう企画モノって好きよ。他人を出し抜くには他人がやらないことやらないと』

 

「……ダンスマカブル。協力しなさい」

 

『もちろん』

 

 ダンスマカブルが宿った祓い棒が輝きだした。

 なんとも俗っぽい悪霊の割に、ひどく清廉な光を放ち始める。

 

「……悔しいことに、力は増しています」

 

 そして輝きが収まる頃には、巫女服が不思議な形状に変化していた。

 アイドル衣装のような……あるいは魔法少女とか擬人化ソシャゲに出てくる和風の戦闘服のような姿だ。

 

 福内はそんな煌びやかな服に身を包みながらも、冷徹な表情のままだ。

 納得がいってないのだろう。

 

「爆炎符」

 

 しかし、能力は確実に向上している。

 護符をばらまいたかと思うと、それは誘導弾のごとくデスシャークを追尾し、そして凄まじい爆発を起こした。数十メートルに及ぶ水柱と共に、デスシャークの肉片がそこら中に散らばる。

 

 更に、雷撃を封じ込めた護符などで範囲攻撃を行い、海の中で福内たちを狙っている魔物たちを的確に倒していく。

 

『リン、もっと声出していきなよ。テンションが上がればあたしももっと強さを与えられるよ』

 

「うるさいので黙っていてください。へし折りますよ」

 

『ちぇー』

 

 福内はそんな文句を言いつつ、護符で大きな泡のようなものを作った。

 

 簡易的なウェットスーツとボンベ……いや、潜水艦のようなものだろう。福内は泡の中に入り、そのまま海中へと潜っていく。

 

『あ、リンちゃんいいなー。あたしも入れてよ』

 

「ちゃんとご用意しておりますよ」

 

 桜の方に護符が投げつけられて、福内と同じように泡に包まれた。

 

『おおー、神秘体験だ。海が綺麗で魚が可愛かったら言うことないんだけど』

 

「桜さん、気を付けて。こちらの方がより危険ですので」

 

 桜が無邪気にはしゃぎながら、海の中の光景を楽しんでいる。

 一方で福内は気付いたようだ。

 この試練のボスの存在に。

 

『……なんか光った? ホタルイカ? クラゲ?』

 

「そんな可愛らしいものではなさそうですよ」

 

 緑色の不気味な光が明滅している。

 桜がホタルイカと言ったが、形状や生態としてはそれに近いだろう。

 だが福内の言葉も合っていると言える。

 ホタルイカみたいな可愛いものではない。

 サイズ的には体だけで10メートル。触手を含めれば30メートルはあるだろう。

 

「クラーケンの仔。アビス・スクイドだ。サイズ的にもデスシャークなんかより遥かにデカい。気をつけろよ」

 

 明滅する光が近付いたかと思うと、そのまま二人に襲い掛かった。

 光っていたのは触手の先端だった。

 巨大な鞭のごとく海中でしなり、二人を包む泡に強烈な打撃を食らわせた。

 

『うわー!? 破れる!? 破れないのこれ!?』

 

「おっ、耐えたな。流石だ」

 

 桜が目を回しているが、幸いなことに泡は何ともない。

 

「……強烈な悪意です。谷川さん、よくもこんなものと戦えましたね」

 

「何度か死んだ」

 

「でしょうね」

 

 福内が諦めと呆れの混ざった声を放つ。

 そんな心の機微などお構いなしに、アビス・スクイドは福内に襲い掛かる。

 

 

 

 

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