怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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偽神 絶海入道 3

 

 

 

 ここに来る前、俺たちはマンションで少しばかり作戦会議をした。

 と言ってもさほど複雑な話ではない。

 

 俺が絶海入道の結界に入って人質となった連中を助けるから、それまでの時間稼ぎを二人に頼む……というものだ。

 

 それを話すと、桜が首をひねった。

 

『れいちゃんが最初から絶海入道を倒すのが一番安全じゃない?』

 

「それも一つの手だが……絶海入道をオーバーキルしたら、やつの結界……絶海とやらに魂を囚われた連中もろとも殺しちまうかもしれない」

 

『あー、そりゃダメだね』

 

「ただ……無明の闇に長く囚われた魂が正気を保てているとは思えません。倒すことを優先した方が」

 

「それでいいのか?」

 

 俺が念を押すように聞くと、福内リンは苦し気な表情で頷いた。

 

「……絶海入道に囚われた人々が、すでに食われている可能性は高いです。わたくしの主人、『福内リン』も恐らく、すでにこの世にはいないでしょう」

 

「そうか」

 

「それでも、絶海入道を放置すれば犠牲者は増えるでしょうし……なによりわたくし自身、けじめを付けたいんです」

 

 福内は、諦めている。

 諦めながらも挑みたいと、そう願っている。

 

 昔の自分を見ているようで決して嫌いじゃない。

 嫌いじゃないんだが。

 

「福内。あと桜も」

 

「なんでしょう?」

 

『なに?』

 

「無駄足になるかも、なんて考えて最初から諦めるのやめようぜ。やれるだけやってみろよ」

 

「ですが……」

 

 桜は迷いなく頷くが、その横で福内は逡巡していた。

 

「俺は異世界で勇者ってやつをやってきた。異世界ってのは割となんつーか……ヒューマニズムがないっていうか……奴隷はいたし差別はあったし、命の価値ってもんが低かった。俺はドン引きしてたし、異世界じゃ浮いてた。綺麗事を言うな、みたいなこともけっこう言われた」

 

『そっかー……』

 

「その悩みを師匠に相談したら、鼻で笑われたよ」

 

『甘っちょろいとか言われたってこと?』

 

「いいや、違う。そういう言葉はどんどん言えってな。言葉に見合うだけの強さが身に付けばどうとでもなるって」

 

『すっごいパワープレイだったわ』

 

 桜がくすりと笑う。

 

「ああ。だから強くなれって言われて地獄の修行に送り出された」

 

「……つまり、私たちのような修行を課されたと」

 

『れいちゃん、師匠がされたことを今度はあたしらにしたってわけねー。こわーい、体罰の連鎖だー』

 

 女子二人がジト目でこちらを見ながらひそひそ話をする。

 

「一応言っておくが、かなり加減したからな?」

 

『それが信じらんない』

 

「死ぬかと思いましたよ」

 

「だがその甲斐はあったはずだ。絶海入道とかいう魔物と渡り合える自信はあるか?」

 

「……はい、いけます」

 

 福内が強く頷いた。

 

「なら話は簡単だ。俺が絶海入道の結界内に入り込んで囚われた魂を見つけてくる。福内と桜は、それまで絶海入道と戦って時間を稼いでもらう」

 

 異世界において相手の結界の中に潜り込むなど自殺行為だ。

 この日本の怪異も同じだろう。

 これが通用するのは二種類。

 

 相手の能力の弱点を突くとか、相手に合わせたメタ戦略が用意できている場合。

 

 そしてもうひとつは、圧倒的に力の差がある場合。

 

「そんな危険なことは止めなさいと言うべきところなのですが……あなたならできるのでしょうね」

 

「最悪、俺は次元を引き裂いて脱出することもできるからな。任せてくれ」

 

 福内が呆れ気味に同意してくれた。

 一方、桜が首をひねった。

 

『でも、囚われた魂を見つけてどーするの? 夏樹ちゃんを目覚めさせたみたいに、魔力を分け与えるとか?』

 

「そんなところだな。ただ直接魔力を送り込むと空気を入れすぎた風船が破裂する……みたいなことになる」

 

『うわっ、それはキツいね……でもそれじゃ、結局どうするわけ?』

 

 桜が疑問に思うのももっともだ。

 だが俺は当然、考えた上での作戦提案をしている。

 

「特定の魂に魔力を注入するんじゃなく、結界内の空間全体を俺の魔力で満たして結界そのものを奪い取る」

 

『なんで緻密な作戦を話してるはずなのに筋肉がすべてを解決するみたいな流れになるわけ??????』

 

 

 

 

 

 

 結界の中が俺の魔力によって黄金色に輝いている。

 もはやここに闇は存在しない。

 光も届かない暗黒の結界、絶海入道の作り出す『絶海』だとしても。

 

『なっ、なんじゃこれは……!? こんな、こんなことがあるはずが……!?』

 

 結界の外にいる絶海入道の動揺が伝わってくる。

 

「いや……見くびってたよ絶海入道。俺の一割程度の魔力を受け入れるほどの器があるとはな」

 

 俺はダムの展望台から『絶海』に落下したあと、俺はその中を沈みながらただひたすら魔力を放出していた。

 

 俺の魔力によって満たされた架空の空間は、今やはちきれんばかりに膨張して現実空間のダム湖に影響をもたらしている。そして俺の魔力で満たされたことによって、結界内のどこに誰がいるかも完璧に把握できた。

 

 とはいえ、敵の胃袋の中にいることには違いない。もし絶海入道が俺のやっていることに気付けばそこそこピンチだった。牢獄のような結界を張るタイプは、中にいる敵に対して絶対的な優位を取れる。仮に俺が絶海入道の攻撃を受ければ大ダメージを受けた可能性はあるし、そうでなくとも結界の外に弾き出されて作戦失敗する可能性は高かった。

 

 だが、もう遅い。

 

「ここはハリボテだよ。お前が本当に異次元を操る能力を持っているなら、本物の無明ってやつを生み出せるんだろうが、ガキを騙して喰うようなせせこましいやつにできる芸当じゃない」

 

 もはやここは絶海ではなくなりつつある。

 俺の魔力を受け止めきれず、みしみしという音が響く。

 空間に亀裂が入った。

 ダム湖で戦う福内、桜、そして絶海入道の姿が見える。

 

「な、なんじゃ……なんなんじゃ貴様は……!」

 

「無限や無尽蔵に偽装しているだけならば、確実に許容量が存在する。どんな異質な能力を兼ね備えていようと、想定外の魔力を受け入れることはできない……さあ、もっともっと行くぜ。はち切れんばかりにな」

 

 魔力を放出していく。

 もはやここは絶海入道の体内ではない。俺の体内だ。

 どこに何があるのか、どんな魂が囚われているのか、手に取るようにわかる。

 

「那須川! 聞こえてるな! 囚われた魂をそっちに送る! 上手くキャッチしろよ!」

 

 俺のメインクラスはバーサーカーで、サブクラスはネクロマンサーだ。

 

 魂の扱いはある程度理解している。囚われた人々の魂が傷つかないように自分の手元に呼び寄せ、そして亀裂から外の世界へと魂を送り出した。

 

『おっけー! ばっちこーい!』

 

『やめろ! それは儂のものだぞ……!』

 

 そして、那須川も魂を扱っていた経験がある。

 

 絶海入道とは異なるアプローチの結界ではあるが、魂の力、すなわち魔力を保管するポットを扱っていた。絶海入道から取り戻した魂を守らせるには十分だ。俺は、那須川のいる方向に魂を撃ち放った。

 

『って、勢い強いんだけど!? 大丈夫、これマジで大丈夫なやつ!?』

 

「物理的なスピードは関係ない! 気にするな!」

 

 肉体から切り離された魂は弱いが、別に物理的な衝撃で傷つくわけじゃない。他の霊や悪意ある存在に干渉されないことが大事だ。

 

 そしてすべての魂を『絶海』の外に放り出したところで俺も加減を止める。

 

『ぬあああああああああ!? 馬鹿な、馬鹿な……儂の『絶海』が、こんな、こんなことで……!』

 

 ひび割れが大きくなる。

 

 地震や台風といった災害で建物が破壊されていくように、耳障りな音を立てて結界が破壊されていく。そして小規模な爆発が起きた。現実世界のダム湖に間欠泉のごとく水柱が立ち上る。ついでに俺の体も水流に流されて押し出された。というか俺自身が俺の魔力爆発によってそこそこダメージを受けた。アホのような話だが、俺は俺の攻撃でダメージを普通に食らうのだ。

 

『ちょっとれいちゃん!? なんでまたボロボロになってんの!?』

 

「谷川さん!?」

 

 そのまま上空に持ち上げられて地面に叩きつけられそうになるが、今は絶好のチャンスだ。俺は構わず呼びかけた。

 

「それよりも敵を逃がすな!」

 

「……わかりました!」

 

 福内が数十、いや、数百枚の護符を展開する。

 そして護符と護符が組み合わさって魔法陣のような幾何学的な配置となり、これまでの福内の数段上の魔術が発動する。

 

『よ、よせ! やめろ! 願いをなんでも叶えてやる! だから見逃せ!』

 

「私があなたに願うのは死と破滅のみです」

 

 絶海入道の命乞いを即座に切り捨て、そして福内の魔術が発動した。

 

「轟雷符!」

 

 曇天の空が唸り、そして一条の光が迸る。

 直径数メートルはあろうという雷が絶海入道の頭上からまっすぐに降り注ぎ、そしてやつの体はすべてこの世から消え去った。

 

 

 

 

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