絶海入道が消えたダム湖のほとりで、福内が囚われていた魂を一人一人確認していく。
どの魂もひどく消耗していたが、福内が魔力を分け与えたことで意識を取り戻し、そして自分が死んだことを理解して成仏していった。彼らが悪霊になることはない。
「面白いことができるようになったみたいだな」
魔力の譲渡は、相手に渡った瞬間に魔力量が減衰する。俺の場合は魔力が膨大すぎて減衰されたとしてもコントロールが難しいが、普通の霊能力者程度であれば「魔力量が足りない」という現象に悩む。
「あなたのおかげと言いますか、あなたのせいと言いますか……部分的にはともかく、全体としては感謝しています」
福内が呆れながら答えた。
『それよりさ、大事なことがあるじゃん!』
と、桜が会話に割って入ってきた。
俺もそれを言いたかった。
「そうだ。お前の主人の魂がここにいるかもしれないんだろう。その可能性に賭けていたわけだが……」
俺は、囚われていた中でひときわ強い魔力を持つ魂があったのを思い出した。
福内が丁度、魔力を補充している魂だ。
「いえ、この方は違いますよ。私の主人と同じく、絶海入道に敗れて囚われていたようです」
「……そうか」
「どうやら間に合ったようです。この方の肉体は滅んではいません」
強い魔力を持つ魂は他の魂とは違い、天とは別の方向へと飛んでいく。
恐らく自分自身の肉体のところへと戻っていったのだろう。
福内はそれを満足そうに見送った。
「多くの囚われの魂を救い出すことができた。たった一人でも、助かった命があった。それは望外なほど、価値のある勝利でした」
淡々と福内が言った。
『リンちゃん……』
「良いのです。元より期待はしていませんでしたから。ありがとう、みなさん」
その表情に嘘偽りはない。
自分の中で大事な人との別離を受け入れ、納得しているのだろう。
だが俺は納得していない。
「福内。俺を攻撃しろ」
「突然何を言い出すのですか」
『れいちゃんたまに妙なマゾっ気出すよね』
二人が引いている。
だが俺は本気で、真面目に言っているのだ。
「今もお前が主人と魂で結びついているのならば、攻撃を受けることで『縁』が発生する。お前の主人のところまで『縁』を手繰り寄せられるかもしれない」
福内が驚き、だがすぐにいぶかしげな表情を浮かべた。
「……し、しかし、以前あなたを攻撃したことはあるのですが」
「俺とお前は繋がっているが、より深い縁を手繰り寄せるならもっと致命的な攻撃を放つ必要がある。ついでにお前の主人が得意としていた技を使うとか、主人のことを思いながら攻撃するとか、逆探知できる要素を増やせるだけ増やすんだ」
「また無茶なことを……」
『薄々思ってたけど、この子ヤバくない?』
福内が頭痛を抑えるように額に手を当てている。ついでに那須川がドン引きしていた。
「悪霊に言われたくないぞ」
『その悪霊をワンパンで倒したのがキミだし?』
それを言われるとまったく反論できない。
「桜も何か言ってやってくれ」
『那須川ちゃんは自分を棚に上げすぎだけど、れいちゃんがそーやって自分のダメージを度外視するの、よくないと思う』
ぶーぶーと口を尖らせて桜が文句を言う。
「そう言うな。他に方法が思いつかない」
『ほんとにぃ?』
「俺の師匠なら何かしら思いついたかもしれないがなぁ」
『じゃあ師匠呼んでよ』
「そうしたいところだが……俺がいた異世界はこの世界と離れすぎてる。それに、次元を断ち切る剣があっても自分自身の縁を辿るのは難しい」
異世界にいたとき、何度か元の世界に戻れないかヴィニが試していたが失敗に終わった。大魔法使いヴィニでさえできなかった魔術の極みを俺が実現できるとも思えない。
それに、ヴィニから凄まじい攻撃を喰らって死んだことは何度もあり強固な『縁』が結ばれているが、再びヴィニと戦闘状態にならない限り『縁』を手繰り寄せることができない。ヴィニが何か次元を飛び越える攻撃でもしてくれたら『縁』ができて異世界に行けるかもしれないが……あちらの世界は魔王を倒したばかりだ。忙しくしていることだろう。
『あー言えばこー言うし!』
「ここは諦めてくれ」
『……むー。わかったけど、それ以外の方法を考えるの諦めちゃダメだよ。れいちゃんの師匠に助言してもらえるようにするとか、ちっちゃいところから始めてさ』
「……そうか、それはアリだな」
ヴィニと再会したい気持ちはあるが、現実的に無理だと諦めていた。
だが、会話する程度のことであれば可能かもしれない。
仮に俺が無理だとしても、ヴィニの方で何か行動をしている可能性は大いにある。
「わかった。なるべくダメージの少ない方法を模索するし、師匠にも手伝ってもらう」
『ならよし』
桜が満足そうに頷く。
そして、福内もまた覚悟が決まったようだった。
「……絶海入道を倒した今、私の力は更なる向上を果たしました。それでも加減せずに撃ってよいのですね?」
「当たり前だ。半端な攻撃じゃ『縁』が届かない。全力で来い」
場が静まりかえる。
桜が、戦々恐々として見守っている。
「天よ! 稲妻を産む漆黒の雲よ! 我が怒りを聞き届け、轟きたまえ……!」
莫大な魔力が福内の放つ護符に込められたかと思うと、福内の手から離れて天高く舞い上がっていく。
やがてそれは天に届き、魔力が雲の中で放出されて不吉な音を響かせた。直接魔力を雷撃にするのではない。気象に魔力で干渉するというステップを踏むことで莫大な力を持つ雷撃を生み出そうとしている。
天の怒りが、俺に向けられようとしている。
「轟雷符!」
「ぐああああああっ!?」
すさまじい雷鳴が轟き、その雷鳴すべてが俺の体に集中して降り注いだ。
『れいちゃん!?』
皮膚が、いや、皮膚の中の肉が焼ける。
神経回路が擾乱される。
稲光の形のアザが俺の体に焼き付き、奇怪な模様が浮かび上がる。
絶海入道を屠った一撃は並じゃない。
「やりすぎました……今、回復を……!」
「待て……! 掴んだぜ、俺とお前の『縁』のその先……!」
ダメージが魔力に変換され、スキルが鋭敏になる。俺を攻撃した福内との『縁』が強固になり、そこから更に『福内を生み出した縁者』が見えてくる。
細く、途切れそうな、だが確実に伸びている。
「抜剣……『次元歪曲剣ティンダロス』!」
剣の鍔元の目が、俺と同じ物を見ている。
遠くを見るように目を細め、だが、確実に捉えた。
「次元を斬り裂き、縁の果てまで届け……! うぉおおおおおおお!」
剣を振りかぶる。
剣術の構えは習っていない。術理も何も無く、完全に我流だ。
だがそれで何の問題も無い。敵の剣を受け止めることもなく、磨き抜いた技を反映するわけでもない。これは剣であると同時にある種の工具であるとも言える。遠距離から呪いを放つ敵や、手の届かない安全圏にいる敵の顔を拝み、切り裂くか殴り倒すための。
それを今回は、誰かの救済のために使う。魂が燃えるような戦いとはまた違った使い方に、少しばかりの喜びを感じる。
「こ、これは……!?」
俺が斬撃を放つと、何も無い空間にほんの小さな裂け目が生まれた。
那須川の作り出した異界と繋げたときは3メートル程度の穴を開けることができたが、今回は1メートル未満だ。
その穴の先に、誰かがいる。
「え、次元魔法がなんでこんなところに……!? え、うっそ、地球? どういうこと?」
裂け目の先にあったのは、豪奢な部屋であった。
貴人のための私室といった雰囲気だ。
ふかふかの絨毯に、華美な椅子やテーブルなどの調度品。
そして天蓋付きのベッド。
そこに、金髪の少女がいた。
まだ幼い。
二歳……いや、三歳くらいだろうか。
「……人違いか?」
福内リンとはまったく似ていない。
顔の形とか以前に、人種も年齢も違う。
「いやあんた、人の部屋に次元の穴を開けて何言ってんのよ!? どこの魔法使いよまったく!」
めちゃめちゃ怒られた。
しかしやけに口が達者な子だ。
このくらいの年齢の子供が、こんなにも饒舌なものだろうか。
「リン! あなた、リンですよね!?」
「あなた……タヌ子!?」
タヌ子って誰だ……と聞こうと思ったが、そういえば福内は本物の『福内リン』の飼っていたタヌキが元になっているとか言っていた。
それを示唆する名前で呼ぶ、ということは……。
「タヌ子と呼ぶのは止めてくださいと言ったじゃないですか!」
間違いなくこの幼女は、福内リンの主人だ。