彼女の名前はリーン=エルメシュ。
地球とは異なる世界、異世界パルゲアスのとある小国の貴族令嬢である。
そして本来の福内リンが絶海入道との戦いで死に、転生した存在だ。
ちなみに、俺が飛ばされた世界とはまた別の世界のようだ。
俺がいた世界はかなり殺伐としていて、魔法は発展していたが文化はあまり発展していなかった。全体的に力こそパワーな蛮族主義で、こういう「いかにもご貴族様の邸宅」みたいなものは少ない。
「……絶海入道が異世界に転生させてくれるってのは嘘だったよな?」
「もちろん」
俺の質問に、リーンはその通りと頷いた。
「あいつは自分の結界内に魂をストックして、好きなときに食べるって習性があったわ。あんなところに閉じ込められたら精神が持たないし、生還は諦めて自力で転生して逃げたのよ。……もっとも、地球以外の世界に転生しちゃったのは誤算だったけど」
「てっきり、もう魂ごと食べられてしまったのかと……」
福内が、複雑ながらもどこかホッとした表情で言った。
「ていうか、あたしが食われてたら絶海入道はもっと強化されてたわ。……とは言え、今のあんたたちならあたしを喰った入道相手でもなんとかなったと思うけど。特にそこのあんた、ちょっとヤバくない?」
リーンから、称賛と呆れが混ざったような評価をされた。
「俺も異世界に行って鍛えてたからな。自力で転生したあんたも相当凄いだろう」
俺もネクロマンサーだから転生術は身につけているが、かなり複雑な儀式が必要になる。師匠のサポートなしに実行する自信はない。その上、こんな進退窮まった状態で実行できるか、と言われるとそこも自信がない。やりたくもないが。
「いや、絶海入道を倒したあんたの方がおかしいでしょ」
「シンプルな暴力と術の習熟度はまた違うもんだ」
「普通は暴力で怪異を何とかするって無理なんだけど……ま、いいわ。タヌ子が世話になったようだし」
「ですからタヌ子はやめてくださいと言ってるでしょう」
「じゃ、こう呼んであげるわ。『福内リン』」
「それはあなたの名前です」
「違うわよ。わたしはもう転生して別人になっちゃったもの。名前も体もあなたにあげる」
「えっ!? いや、あの……あなたに返すために私は『福内リン』を名乗っていたのですが……」
福内の頭の周囲に、クエスチョンマークが回っていそうだ。
そのくらい福内は混乱していた。
「どうやらこっちの世界に戻る気はなさそうだな?」
俺が尋ねると、リーンはさもありなんと肩を竦める。
「あんまり戻りつもりないのよねー。そりゃタヌ子とか友達とかには未練もあるんだけど、そっちの親はなんつーかクソ親だったからさー」
「複雑そうだな」
「それがさー、聞いてくれるぅ? あのクソっぷりをさぁ」
聞けば、本来の福内リンは幼少期から虐待まがいの修行を課されていたらしい。
両親ともに家柄は素晴らしいものの、退魔師としてはさほどの強さはなかった。才能がないわけではなく、「名家は表に出るものではない」と言って、汗みずくになる修行や退魔師の仕事を嫌っていたようだ。
そんな風に自分たちで資産を食いつぶしておきながら、「家が傾いてしまう」という危機感でリンを稼げる退魔師にしようとしていた。
「それに比べたら今の親も兄弟姉妹もほんともー聖人でさぁ。どうせならこっちの親にちゃんと恩返ししたいわけ。あ、ていうか今あいつら何してんの?」
「他の分家と連携して、引退してもらうこととなりました」
「ナイスゥ! タヌ子やるじゃなーい!」
幼女がとんでもない愉悦顔でサムズアップした。
転生した子はどうも姿と表情のギャップがあるな。
「……絶海入道の単独討伐を実の娘に依頼するなど、到底許すことはできませんでした。分家の方々は、私が生きて帰ってこられたということで評価をして頂けましたし、両親の様子には辟易していたようで……。それで今は私が当主代理ということになっています」
「うんうん。家はあんたの好きにしなよ」
「ええと、それは、あなたの帰って来る場所を……」
「他人の居場所よりも自分の居場所を考えなさい。式神だからって感情がないフリとかしない。厨二病じゃないんだから」
「厨二病じゃないんですけど!?」
「なんであれ私は絶海入道に負けて死んだ。生き残ったのはあなた。何一つ恥じることはないし、あなたにはあなたの人生を生きる権利があるの。いつまでもあたしの金魚のフンしてるんじゃないわよ」
「式神とはそういうものなのですが……」
「あたしの体を使って生きてるんだから別にいいのよ。もちろんあたしの体を保管するためなんでしょうけど……もういいのよ」
なんというか、本物『福内リン』……もとい、リーンは、面白いやつだ。
福内がこの子を気に入っている理由もなんとなくわかる。召喚術師やテイマーというものは、その支配権を握る対象をどう扱うかで格が決まると言っても過言ではない。主人という絶対的な命令権を持ちながら、死後も慕われる奴などそうはいない。
「ところであんたたちはタヌ子……もとい、リンと同じ退魔師チームってことでいいのかしら?」
と、リーンが尋ねた。
『届け出とか出してチーム結成したわけじゃないから、単に友達?』
「友達とか仲間とか、まあそんな感じだ」
桜がそう言って、俺も頷いた。
友達というのが一番しっくりくる。
「そっか」
その言葉を聞いて、リーンは満足そうに頷いた。
「……そろそろ『縁』の効力が消えて裂け目が閉じる。次に開けるときは福内がよりレベルアップして俺を完殺する気でこないとダメだろう」
「なんか物騒なこと言ってるんだけど、どういうこと?」
リーンがちょっと引いている。
「俺はスキルの制約があり、一定以上のダメージを受けないと、次元を切り裂く武器を召喚できない。……で、福内の攻撃に耐性ができてきたんだ」
「耐性ができるくらい攻撃を食らってるって前提がまずわかんないんだけど……まあ、うん、とりあえずわかった」
「何か言い残すことはないか?」
次元と次元をつなぐ裂け目は不安定だ。
これ以上、長く維持することは難しい。
「んー、特にないかな。楽しくやってるようだし安心したわ。これからも仲良くしてあげてね」
「こちらは色々とあるのですが、何を言っても聞いてくれなさそうなことがわかりました」
ご不満です、という顔を福内は浮かべる。
それを見てリーンがけたけたと笑う。
「それじゃ、元気でやってきなさいよ。ピンチになったら転生先とか用意してあげるけど、高くつくわよ?」
ばいばい、とリーンが手を振る。
福内が優しい表情で、手を振り返していた。
◆
「私は、私の半身、私の魂を失いました」
ダム湖のほとりで、ホットの缶コーヒーを二人に渡す。
桜は遠慮なくプルタブを開けてごくごく飲み、福内は凍えを癒やすように缶を撫でた。
「その魂は、意外と楽しそうだったな」
「ええ。まったくもう。せっかく会えたのに」
はぁ、と溜め息を吐く。
その恨み言は寂しそうでもあり、嬉しそうでもあった。
なんとなく、最初に会った頃よりも感情豊かになったような気がする。
『あたしは体の方を失くしちゃったな。火葬されちゃったよ。あーもったいない』
桜はそう言いながら、えいっと空き缶を投げた。
それは素晴らしいコントロールで、空き缶用のゴミ箱に吸い込まれていった。
『れいちゃんも、なんか色々と失くしてるよね。味覚薄いし』
「俺は生きてるからまだマシな方さ」
『まーたそうやって痩せ我慢。色々あるでしょ?』
桜がそう言って、俺を肘でつつく。
「……あえて言うなら、過去は失くしたと思う。社会的には17歳なんだが、27歳のおっさんとして放り出されちまった。前の学校の友達もほぼ忘れたし、おふくろのことも……いやおふくろはどうでもいいか」
『ほら、あるじゃん』
「そこを嬉しそうに言うなよ」
『だってみんな、仲間じゃん?』
それは、確かにその通りだ。
学校のクラスメイトとはなんとなく壁を感じるが、この二人とは一緒にいて居心地がいい。
素の自分でいられる、という気がする。
『お、そろそろ朝だ』
真っ暗い空が紫がかってきた。
朝日だ。
ほんの少しの間に、紫色から暖かい色へと急速に変わっていく。
希望に満ちた太陽の光によって、すべてが照らし出されていく。
めちゃくちゃになったダム湖とか、気付けば戦闘の余波で破壊された展望台とか。
『やっべ、バレないうちにはやく逃げよう』
「そうだな」
恐らくダムそのものへのダメージはないだろうが、それ以外の被害は甚大だ。燃えた木も多く、またコンクリートで舗装された箇所はまるで隕石が落ちたかのような無残な傷痕が残っている。
「……隠蔽を依頼しますが、ここまで派手ですと確実にごまかせるかは保障できませんね」
『リンちゃん頼んだ。ほらお前ら! さっさとズラかるぜ!』
桜がチンピラか山賊みたいな呼びかけをしつつ、杏子さんにバトンタッチして変身した。俺は杏子さんの後ろにまたがり、福内は慌てて護符になってバイクのバックパックに収納されていく。
朝焼けが照らす中、バイクが風を切って走り出した。