世界に平和が訪れた。
魔王ナイアが勇者によって消滅し、この世界の人々は歓喜に沸き立った。
だがそこに勇者の姿はなく、その師匠でありパートナーであったヴィニ・レインボゥが勇者として扱われた。「この世界を救ったのが、どの国とも縁もゆかりもない異世界人である」という懸念は払拭されたものの、長命種族であり、身分、権力ともに魔術会の長という厄介なエルフが勇者となったのは人間族やエルフ族の族長など、有力者にとって頭痛の種であった。
「総裁。失礼いたします」
だが有力者たちの予想に反し、ヴィニ=レインボゥは隠者のごとく塔から一歩も出ることはなかった。最高の栄誉を手にした人間がいたずらに俗世に関わることを避ける賢者の在り方だと、市井の人々は口々に賞賛した。
「って……まーた、お酒飲んでる。勇者様がいないときは全然飲まなかったのになー」
実態としてはそんなことはなく、普通に酒におぼれていた。
「うるさいなぁまったく……。あー、つまみなくなっちゃった。なんか持ってきて」
「いやです」
ヴィニの秘書、エリアスの呆れた言葉など知らないとばかりに酒杯に残った酒を飲み干し悪態をつく。
「式典への招待状来てますけど」
「燃やしといて」
「そう言うとは思いましたけど、そろそろ外に出た方が……」
「いーよ別に。副総裁に任せた」
「丸投げしてたらそのうち乗っ取られちゃいますよぉ?」
「組織なんて魔王を倒すために作ったようなもんだしね。上手く回してくれるならそれでいいさ」
「総裁と礼二くんのおかげで魔王は倒せましたけどね……礼二くん真面目なバーサーカーだから、またどっかで戦ってると思いますけど。そーゆー弟子に見せて恥ずかしくない姿なんですかぁ?」
「うるさいなぁまったく」
ヴィニが悪態をつき、だが、その表情が突然固まった。
「どーしました総裁?」
「……いや待て。なんで礼二は自分の世界に行けたんだ?」
「そりゃ、魔王の罠で強制送還されたわけで……」
「どうして強制送還できた?」
エリアスは、総裁の質問に淡々と答える。
これは見解を聞きたいのではなく、自分の考察を深めたい壁打ちみたいな質問だと理解し、エリアスはできる限りまっとうに応える。
「異世界をつなぐ転移魔法陣で、魂の故郷となる世界に戻すというトラップだったわけですよね。『不自然なものを元に戻す』は魔法としては簡単な部類と思いますけど」
「だがそれはごく普通の魂の場合だ。礼二はバーサーカーとしては歴代の戦士の頂点に立つ。ネクロマンサーとしても有数の実力者だ。……あそこまで魂を磨き抜いた彼を、簡単に元に戻せるものか? いやそもそも、ここまで可能性をはらんでいた人間をどうしてこの世界に召喚できた?」
「……勇者召喚に成功したのは、この世界が大いなる災いによって滅ぶ可能性があったためでしょう? それは総裁が立てていた仮定では?」
「そう。その通りだ」
「確か……この世界の高次元存在の意思が彼の召喚を望んだ可能性がある。そう仰ってましたよね」
「そんな人間を『戻す』のは膨大なコストが掛かるはずだ。だが魔王がそんな無駄なコストを掛けたか? 仲間を生贄に捧げた? ただの罠にそこまでやるか?」
エリアスは、慎重に言葉を選んだ。
考察が上手くいかないとまた酒におぼれた日々が長引くかもしれない、というだけの話だったが。
「……こちらの世界と同様に、あちらの世界が彼を望んだ?」
「そう。戻されたのではなく、戻そうとする圧力を利用してあちらの世界が召喚した」
……という可能性に懸けて、また彼と会いたいだけですよね?
と言いたくなったが、本音を出さず師匠の逆鱗に触れない賢さがエリアスにはあった。
「よからぬ想像をするな」
「してません」
長命種族と短命種族の恋愛でも流石に五百歳下はないわーと思ったが、同時に、世界を救ったならそういう社会の倫理とか無視しちゃえばいいのに、とエリアスはずっと思っていた。
それに触れるとヴィニは烈火のごとく怒る。照れ隠しなのはまるっきりわかっているが、それでも黙っている。
「よからぬ想像をするなと言っただろう!」
「読心術やめてくださいよハラスメントですよ! ていうかお酒に逃げてないでさっさと会いに行く方法とか考えたらいいじゃないですか! アイディア閃いたんですよね!」
「ぐっ……弟子の癖に生意気な……! 副総裁には黙っておけよ」
「はいはい。とにかく酒浸りの毎日から脱出してくれるならなんでもいーです」
「図書室から占星術と時空魔術の本を取ってきて。レニアム術師の書いたやつ」
エリアスは背を向け、わかりましたと言いながらヴィニの部屋から引き下がる。
「いやでも、総裁と勇者のコンビってヤバいしなぁ……大丈夫かなぁ」
すべてを無に帰しあらゆる命を途絶えさせる魔王ナイアを倒したのは様々な要因があるが、あの二人の圧倒的なまでの継戦能力、そして暴力であった。
勇者谷川礼二がまだこの世界にいて、ヴィニと共に行動していたら、あらゆる種族が敵に回ってもおかしくはなく、その結果としてすべての種族長が破壊力に屈して世界の構図は塗り替わっていたことだろう。次元を断つあの剣があればどこに隠れていたところで無駄だ……いや、剣だけならばまだよい。
「『鏡』と『鎧』がなければまだ平和なんですけどねぇ……。ま、そうそう出ることもないはずですけど……」
ともあれ本を探さなければと、エリアスは書庫へとのんびり歩いて行った。
彼らが戦うであろう相手に一抹の同情を抱きつつ。
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連続更新はここまでとなります。次の章ができるまで今しばしお待ちください。
(ポーター令嬢と邪竜幼女を更新したらまたこちらを投稿する予定です)