怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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退魔師 竜王凍土 1

 

 

 

 どこか寺か神社に案内されるものかと思いきや、そこは意外にも雑多な繁華街の中にある雑居ビルの、隠れ家的なバーだった。

 

 俺は酒場を兼ねた冒険者ギルドによく出入りしていたのでそこまで面食らいはしなかったものの、桜はちょっと動揺してキョロキョロしている。

 

『ヤバい。あたし制服で来ちゃったんだけど大丈夫? ガキはママのおっぱいでも吸ってなとか言われて叩き出されたりしない?』

「入り口を偽装しているだけですよ。この手の仕事は夜に集まることも多いですし、ラフな服装の方も多いので繁華街の方が都合がよいのです」

 

 店内はレストランなどに比べたら薄暗いが、足元が見えないというほどでもない。バーテンダー……女性だからバーテンドレスというのだろうか。ショートカットの黒髪の、落ち着いた佇まいの女性が俺たちをカウンター席に案内した。

 

「お初にお目にかかります。篠口(えい)と申します」

 

 俺たちが座ったのを確認したところで、バーテンドレスが、丁寧な所作で挨拶をする。

 

「谷川礼二だ」

『え、えーと、雲取桜です、はい』

「ありがとうございます。気楽になさってください。お話は福内様から伺っておりますので。何かお飲みになられますか?」

 

 異世界で俺は酒を嗜んでいた。綺麗な水があまり手に入らず飲まざるを得なかっただけだが、気付けば食事のときはエールビールやワインを嗜むのが当たり前になっていた。

 

美味い不味いの感覚は地球に戻ってきた直後より鋭敏になった気がするが、アルコールの焼ける感覚の方が刺激があって楽しい。たまにこっそりコンビニで買ったビールを茜さんと一緒に飲んでいるが、桜に気付かれると怒られるのであまり飲めていない。

 

 だが、勧められたからには飲まないのも失礼な話だ。

 喜んでご相伴に預かろう。

 

「じゃあビー……」

「全員未成年もしくは学生ですので、ノンアルコールを」

「なあ福内、桜、こういう場で固いことは……」

「ダメです」

『だめー』

 

 二人とも、こういうところは固い。

 仕方ない……そのうちどこかで私服に着替えて居酒屋にでも行くか。

 

「少々お待ちくださいね」

 

 三人分のオーダーを取って飲み物を用意していく。

 ついでに摘まめるお菓子も出してくれた。

 完全に子供扱いだが、実際社会的には子供なのだから仕方ない。

 

『あ、美味しーい!』

 

 桜の前にフルーツを絞ったノンアルコールカクテルが出される。一口飲むと、桜の表情が驚きと喜びに彩られる。俺はコーヒーを飲んでいるが、多分美味しいと思う。

 

 飲み物と食事で軽く緊張が解けたあたりで、篠口氏が改まって話を始めた。

 

「まずは絶海入道の討伐、おめでとうございます。入会申請や報酬の振込手続きなどございますが、その前に一点だけ」

 

 篠口氏がひどく真剣な表情になった。

 それを見て桜と福内が居住まいを正す……が、思いもよらぬ方向の話が出てきた。

 

「なんでダム湖壊しちゃったんですかぁ……誤魔化すの大変だったんですよぉ……」

「そこは……まあ、その、すまん」

「市長と、市議会議員と、土木課と水道課と、そこに発注してる業者の社長に根回しして……予算だってすごいことになっちゃったし……」

 

 えぐえぐと篠口氏が半泣きでつらさを訴えてくる。

 この手のアングラな業界だからと言って何でもできるわけじゃないんだな……悪いことをしてしまった。

 

「しかしながら、絶海入道の放置もまたできませんでした。どうかお許し頂きたいです」

「そ、そうですよね……。なんであれ、あの悪僧を倒せたことは喜ばしいことですし……。次回から気を付けて頂ければ……本当に気を付けて頂ければ……」

 

 そうしたいところだが、俺はバーサーカーを極めて以来、周囲の建造物が無事だった戦闘はほぼない。ついでに服が無事だった戦闘もない。

 

『れいちゃん』

「なんだ?」

『しょーがないじゃんとか思ってるでしょ?』

「……そんなことはないが」

『うっそだー』

「次は善処する」

『それやんないやつじゃん』

 

 桜の疑惑の目をスルーしつつ、俺は篠口氏に話しかけた。

 

「ついでに、猿鬼とかいう怪異の社もぶっ壊しちまった。土地の管理者は知り合いだから安心してくれ」

「ついでで猿鬼を……? えっ? あの、どういうことです?」

 

 福内が篠口氏に事情を話す。

 話を理解して虚脱した篠口氏が正気を取り戻すまで、しばしの時を要した。

 

 

 

 

 

 

「失礼しました。お見苦しいところを……」

「俺たちは退魔師になれる……ってことでいいのか?」

「それについてですが……」

 

 篠口氏が答えかけたそのとき、店の扉が勢いよく開いた。

 

「見つけたぜ……筋肉野郎!」

 

 二人連れだ。

 一人は烈火のごとき気配を放つ少女だ。

 いや、気配だけじゃなくて髪もだ。ショートカットの赤い髪にオレンジのインナーカラーを入れた少女だ。見た目は中学生か、もしかしたら高校生かもしれないが、気合の入った外見と態度をしている。

 

「落ち着きなさい、火蓮(かれん)

「落ち着いていられるかよ!」

 

 その後ろから、袈裟を来た眼鏡の男がやってきた。

 少女とはうってかわって、静かな雰囲気の僧侶だ。だが、いかにも坊主姿だが袈裟の上からでもわかる引き締まった肉体をしており、武の気配が袈裟の内側に押し込められている。

 

「彼女は竜王寺の副住職の竜王(りゅうおう)火蓮さん。そして彼は住職の竜王凍土(とうど)さんです。この地区ではトップクラスの実力者ですね」

『あれで副住職!?』

 

 桜が驚いて思わず声を出した。

 よく見ると火蓮という少女はブレスレット……みたいな数珠をはめている。他のアクセも、よく見ると仏具を改造したような雰囲気だ。あれで寺の仕事ができるのかわからないが、嘘ではなさそうだ。

 

「アレってなんだよアレって! ああ!? 檀家じゃねえのに文句言ってんじゃねえよ!」

『檀家なら文句言っていいんだ』

「落ち着きなさい火蓮。その姿で副住職とは誰も信じません……それよりも」

 

 凍土という男が咳払いをして、福内の方を見て微笑みを浮かべた。

 

「お久しぶりですね、福内さん。少し見ない間に……見違えましたね……?」

「ありがとうございます、凍土先生。少しばかり修行と言いますか……ちょっとしたエクササイズをしまして……」

 

 こいつ、福内が強くなったのを一瞬で見抜いてきたな。

 そしてその強さに興味津々だ。

 落ち着いた佇まいだが、どこか剣呑な気配がある。

 

「そしてお二人ははじめまして。竜王寺の住職、竜王凍土と申します。副業で退魔師と弁護士を少々」

『えっ、すご。あ、えーと、雲取桜です。女子高生……じゃなくて幽霊です』

「高校生の谷川礼二だ。よろしく」

 

 アングラな世界に足を踏み入れたと思いきや、思わぬほど社会的立場のある人間が出てきた。坊さんや弁護士がこんなところに来ていいのだろうか。

 

「……話を戻しますが、退魔師になる上で重要なのは実力と人格。どちらも机上での試験では測りようもないことです。つまり、面接が必要になります」

 

 と、篠口氏がちらりと竜王凍土を見て言った。

 

「じゃあ、この先生が面接官ってことか?」

 

 好みの展開になってきた。

 

「肩肘張ったことをするつもりはありませんよ。軽い雑談と……この上階に会員制のジムがありましてね……ちょっとしたエクササイズやストレス解消をしませんか?」

『この世界の人って臨死体験とか血反吐を吐く修行をちょっとしたエクササイズって呼ぶ文化あるの?』

 

 桜が凄い目つきで俺を見てくる。

 語彙が被ったのは偶然だ。

 だが多分、俺と同じことを考えているのはわかる。

 

「そうですね、少々誤解を招く表現でした」

 

 そう言って凍土は俺の隣に座る。

 地球に戻ってきて初めて、俺と同じ体格の人間に出会えたなと実感する。

 

「きみは高校生でしたね」

「せめて高校くらいは卒業したくてな」

「大学は興味ないのですか? 雲取さんはどうでしょう。高校や大学にご興味は?」

『えー、それはちょっと……』

 

 たははと桜が苦笑した。

 そんなのは、誤魔化しの愛想笑いだ。

 そんなことできるわけないじゃんと、桜が心の中で訴えている。

 

 これ以上話を続けるなら俺は我慢しない。そういう意思を込めて桜の手を取ろうとしたそのとき、思わぬ話が凍土の口から出た。

 

「キミほどの霊格や存在力があれば生きている人間に偽装することもできるでしょう。退魔師協会に入れば戸籍なども用意できるのですから、再入学や進学を考えてみては?」

 

 桜が、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。

 俺も似たようなものだ。

 こんな話が出るとは思いもよらなかった。

 

『……えっ!? できるの!?』

「生前と同じ学校に通うなら、トラブル防止のために認識阻害や軽い催眠術を習得する必要がありますがね。そして術を悪用しないという誓約や倫理テストも必要になります」

 

 桜は完全に虚を突かれたような、そんな表情をしていた。

 そして少しずつその話を受け入れ、あるいは疑い、俺の方をおっかなびっくりに見た。

 

『……ね、ねえ、れいちゃん』

「なんだ」

『あたし、とっくの昔に死んじゃって学校中退みたいなもんだし……ていうか部活と遊びばっかりで勉強なんて全然できない方だったし……』

「そうか」

『そんなあたしがさ、学校行きたいっていうの……アリ、かな?』

 

 頬をかき、不安そうに、恥ずかしそうに、桜が問いかける。

 だがそんな問いかけ、聞かれるまでもない。

 

「アリに決まってんだろ。行こうぜ」

『……うん』

 

 涙を隠すように少しうつむき、だが、しっかりと桜が頷く。

 

『あと、お姉ちゃんたちも行きたいっぽい。たまにあたしとスイッチして女子高生の友達作ってカラオケとかカフェとか行きたいって』

 

 ……茜さんと杏子さんは、女子高生で通すには厳しいんじゃないか。

 いや、催眠術が使えるなら問題ないか。

 

「……アリじゃないか?」

『いやそこはアウトでもいいよ。制服着たらうわキツってなるよ絶対』

「そう言ってやるなよ」

 

 くすくすと桜が笑う。

 桜はどちらかというと皆を笑わせたりにぎやかにさせることが多い。

 そのためにあえて自分の死を茶化したり、笑顔を作ってるところもある。

 だが今の笑いは、喜びの笑いだ。

 

「礼二くんも、どうですか? 僕は別に教師でもなんでもないから勉強しろみたいなことは言いませんが、退魔師の力がある程度のことで進学や就職を決断する必要もないでしょう? 自由に考えてよいと思いますよ」

 

 高校を出た後のことはまだ何も考えていない。

 怪異と戦って稼ぐのがベストだろう、程度の考えだ。

 こんな人生相談みたいな話をされるとは思わなかった。

 

「ありがたい話なんだが……なんでそんなに優しくしてくれるんだ?」

「そんなの、退魔師だからに決まってんだろうがよ」

 

 いつの間にか座って酒を飲み始めた火蓮が話に混ざってきた。

 

「なあ福内。退魔師ってのはそういうのも仕事なのか?」

「いえ、そういうわけではありませんが……。職業観の差は流派によって大きく異なりますので」

 

 福内が否定した。

 だが火蓮は肩をすくめながら反論する。

 

「協会が定めた仕事としては怪異を倒すだけでいいさ。だがアンタたちもアタシらも、パンピーには持ってない力があるんだ。ただ化け物をぶちのめしましためでたしめでたし、じゃないんだ」

 

 大方のニュアンスはわかったが、少しわからないところがあった。

 

「……パンピーってなんだ?」

『わかんない』

「ええと、一般ピープルの略で、一般人や普通の人を指す古い言い方……だったはずです」

「ふ、古くねえよ!」

 

 火蓮が抗議するが、すまん、わからない。

 そして怒る火蓮の代わりに凍土が話を続けた。

 

「……退魔師は基本、依頼を受けて元凶となる怪異を倒すことまでが業務です。当然、敗北は許されない」

「そうだろうな」

「その過酷さゆえに些末なことは無視できるのです。例えば公共の物品や建築物が壊れたとしても器物損壊には問われない、とか」

「ほどほどにしてほしいところですけどね……」

「善処します」

 

 篠口氏が苦言を呈すが、凍土はさらりとかわして話を続けた。

 

「ただ、怪異を倒したとしても依頼人や被害者のダメージがそれで自動的に回復するわけではありません。その後の心の傷や悩みを訴えても理解を得られない。余裕があるときだけでも、その後のケアまで考えたいのですよ」

「それで、だ。筋肉野郎。あと小娘」

 

 火蓮が俺たちを睨みつけた。

 そうか、怪異を倒した後の始末について苦言を呈される、ってことか。

 意外と良識的だな。

 

「退魔師になるとかならねえとかの前によぉ! 社会復帰できてんのか? ちゃんと生活できてんのか?」

「……ん?」

『え?』

 

 質問の意図が掴めず、間抜けな返事をしてしまった。

 

「え、じゃねえよ。どうなんだって聞いてんだよ」

「特に問題はないが……」

『あー、れいちゃんの寝床はちゃんとあるし……三食ちゃんと食べてるしね。あ、でもれいちゃん、味覚鈍いよね』

「酒はわかるぞ。だから……」

『はいダメ』

 

 またも飲酒を阻止された。

 そんな俺たちを見ながら、凍土は真面目な表情で告げた。

 

「味覚障害ですか……。異世界での経験が原因でしょうが、心因的なものや超常的なものではなく、意外と現代医学で解決できる疾患という可能性もあるでしょう。どうせ治らないと思う前に、一度ちゃんと病院で検査に行くとよいかと」

「お、おう」

「雲取さんは大丈夫ですか? 呪物に触って何か気分が悪くなるとか、過去の持ち主の夢を見るとか、そういったことは? 自我が曖昧になって、相手と自分を混同してしまうようなことは?」

『特にはないけど……。あ、濡羽黒髪ちゃんの夢はちょっと見た。グロいとかそういうことはなくて普通に遊んだだけだけど』

「ふむ……特に問題はなさそうですね。安心しました」

 

 どうも、退魔師というより医者かカウンセラーのような口ぶりだ。

 

「なんだか俺たちがケア対象みたいだな」

「当たり前だろ。お前らはまず、事件の被害者じゃねえか。筋肉野郎は神隠し。小娘は呪物絡みの殺人事件。しかもどっちも未成年のガキだろうが……。胸糞悪いぜ、クソ。困ったことあれば言えよ」

 

 火蓮はここに来たときから怒っていた。それはてっきり、俺たちがナワバリを荒らしたとか、怪物退治についての難癖とか、冒険者ギルドにありがちな嫌味かと思っていたが違った。

 

 大人として、被害に心を痛めている。

 

『年下なのに立派だ……』

 

 ぽつりと桜が言った。

 俺も大いに頷く。

 

「年下? 何言ってんだ?」

「火蓮は36歳ですよ。と……言っておりませんでしたね。僕たちは夫婦で、子供も二人います」

 

 火蓮がきょとんとしており、凍土が真顔で返した。

 

『えっ』

「ちなみに僕は29歳です」

 

 火蓮はパンクファッションに身を包んだ中学生くらいにしか見えないし、凍土は40代か50代に見える。これは流石に予想がつかなかった。というか肉体年齢として考えたら俺と凍土はあまり変わらない。

 

「篠口さん。雑談の範囲ではありますが、さほど問題ないように思います」

「ありがとうございます」

「どちらかと言えば、福内さんの呪物……ダンスマカブルの方が心配ですね。退魔師としての心得や倫理規定をしっかりと教え込む必要がありそうです」

『ぎょえっ!? あ、あたし悪い幽霊じゃないよ!』

 

 福内のカバンの中から悲鳴が響いた。

 そういえばダンスマカブル、もとい那須川は福内の祓い棒に宿ったままだ。静かにしているから気付かなかった。

 

「いや……悪霊なのは否定できないだろ」

『そーだけどぉ! わたしだって怖い、怖いよぉ……!』

 

 那須川が凄まじく怯えている。

 この竜王夫婦の秘めた実力に気おされたのだろうか。

 

『弁護士怖い、弁護士怖い……!』

「そういえばこの人、体罰とかハラスメントで訴えられてましたね……」

 

 福内が溜め息を吐きながら言った。

 どうやらアイドル事務所を経営していた頃のトラウマを思い出しただけのようだ。

 

『リンちゃん! あたしたち親友だよね!?』

「安心してください。死者であるあなたを罰する法はありません」

『リンちゃん……!』

「ですので退魔師にそれなりの折檻をしてもらった方がいいと思います」

 

 福内は自分のカバンから祓い棒を乱暴に掴んで火蓮に渡した。

 

「一週間くらい預かっとくぜ」

「念入りにお願いします」

『やだよー怖いよー!』

「うるせえちょっと黙れ」

 

 火蓮が数珠を取り出して払い棒をぐるぐるに縛ると、ぐえっと潰れたカエルのような声を上げて那須川が黙った。恐らく封印されてしまったのだろう。なかなかの手際だ。

 

「話はこんなところか? エクササイズはいいのかい?」

「……少し付き合ってもらえるなら嬉しいですね」

 

 凍土の口元に、微笑みが浮かぶ。

 

「楽しそうじゃないか」

「ストレスが溜まっていましてね……。発散したいと思っていたんですよ」

 

 落ち着いた僧侶の気配に、どこか獣じみた何かが混ざる。

 先ほどまでとは違って、まるで俺に欲情しているかのように激しい興味を抱いているのがわかる。

 

「俺のこと、そんなに気になるかい」

「気になりますね……こんなに胸がときめくのは久しぶりです」

「凍土先生。あの……」

 

 篠口氏が恐る恐る尋ねる。

 だが邪魔はしないでほしい。

 今までは新参者と古株の会話であり、子供と大人の会話だった。

 ここからは、戦士と戦士の会話(バトル)だ。

 

「見ててわかるぜ。ずいぶんと溜めてそうじゃないか」

「……悪霊や怪異、化生の者どもとの戦いは、どうも……厄介事が多いんですよ。搦め手を使う者、人質を取る者、呪いをばら撒く者など、一筋縄ではいきません。ダンスマカブルもそうだったでしょう?」

「面倒だったな。倒すにも下準備が必要だ」

「だから強さを競い合ったり、殴り合ったり、あるいは術式を比べ合ったり……そういうことは人間としかできない」

「俺は異世界じゃ殴り合いの相手に苦労したことはない。魔物も人間も、腕っぷしを試したくてウズウズしてる連中ばっかりだった」

「それはそれは……」

「羨ましいって言っていいんだぜ」

 

 異世界の魔物や魔王の眷属は、シンプルに強かった。

 

 だが、まどろっこしいことはせずに初手で殴りかかってくる蛮族でもあった。まあこれは異世界人も似たようなものなのだが。

 

 一方で日本の怪異はそこまで強くないかわりに、悪知恵が回る。あるいは現代社会に適応していると言えるのだろう。人を食ったり殺したりするにも、問答無用で襲い掛かるようなバカが少ない。

 

「その裏にはとてつもない苦労があったのでしょう。言いませんよ。ですが……ここまで鍛え上げた男が現れたのは、ふふ、嬉しいですね……」

「やる気かい?」

「なぁ勇者くん。僕はね、きみに、喧嘩を売りたいんだ」

 

 凍土が獰猛な笑みを見せる。

 静謐な大人であり、だがその裏には異世界の戦士に等しい戦闘欲求を抱えている。

 

「勇者には二種類いる。一つは、俺。異世界からやってきて勇者として認定された。魔王も倒したから名実ともに勇者ってことさ」

「……もう一種類は?」

「俺に喧嘩を売るやつのことさ」

 

 凍土が、たまらないとばかりに口元を歪める。

 それを手で隠しながら静謐な表情に戻して、懐からあるものを取り出した。

 

「勇者くん、夜景が見える部屋を予約しているんだ」

 

 取り出したのはカードキーだ。

 だがカードの表面に描かれているのはホテルではなく、スポーツジムだ。

 パンチを繰り出している人間と、キックを蹴り出している人間がシルエットとして描かれている。

 

「ぶちのめされておねんねしろってことかい?」

「僕をぶちのめしたっていいんですよ」

「上等」

 

 

 

 

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