怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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きさらぎトロッコ 1

 

 

 

「あのー、すみません谷川くん」

「なんだ?」

「転校生さんは、谷川くんのご親族なんですよね」

「そうだ」

「で、同居なさっていると」

「そうだ」

「谷川くんは御親戚である先輩のマンションに住んでいるわけですね?」

「じゃあ、あの……転校生って、先輩じゃないですかぁ?」

 

 カナちゃんが今にも泡を吹きそうな青い顔で言った。

 そんなにもカナちゃんを恐怖させている存在は、黒板の前であっけらかんと挨拶している。

 

「転校生の桜でーす! ちょっと病気で一年遅れちゃったけど年上扱いとか無しで、仲良くしてほしいなっ! いえーい! よーろしくー!」

 

 実体化した桜がギャルピースして、クラスメイトは大いに盛り上がっている。

 

 実は桜は竜王夫婦に勧められて、正式に『以前の桜とは別の住民』を用意してもらって別人として転校してきたのだ。

 

 ちなみに福内が学校全体に認識阻害をかけたので、マンションの幽霊である桜と今目の前にいる桜を同一人物として認識はできない……はずなのだが、なんかカナちゃんには微妙に催眠耐性があるようだ。

 

「カナちゃん。常識でよく考えてみろ。幽霊が転校するはずがないだろう」

「そ、そ、それはそうなんですけどぉ!」

「あれは、別人だ」

 

 そう言いながら福内から借りた護符を取り出してカナちゃんの額に貼った。

 催眠が上手く聞いてない人間に、強めに催眠を掛けるためのものだ。

 

「あっ……ふあ……眠ぃですぅ……」

 

 だが、催眠が強すぎて眠ってしまった。

 ……まあいいか。

 後遺症や副作用はないと福内が言っていたし、そのうち起きるだろう。

 

 

 

 

 

 

 なんとかカナちゃんの催眠に成功して、桜の転校生生活一日目はつつがなく終わりを迎えた。

 そんな近況を報告するため、俺、桜、福内は保健室に集まった。

 

「先生、改めて紹介します。新人退魔師の谷川礼二くんと、同じく新人退魔師の雲取桜さんです」

「リン、私はどういう顔をしたらいいんだ……。私も催眠を掛けてほしいくらいなんだが」

「先生はもう関係者ですのでそこは諦めてください」

 

 白衣に身を包んだ保健の先生が頭を抱えた。

 スタイリッシュで大人の雰囲気の女性なんだが、この状況を理解できず困惑を隠せずにいる。

 

「谷川くん、桜さん。こちらは岩見先生です。先生は霊能力こそありませんが、霊の存在、そして退魔師の仕事についてよくご存知です。悪霊や怪異の被害の救助で助けてもらっています」

「わかった、よろしく」

「生前のあたしも何度かここ来てるしなぁ。まあでも、改めてよろしくー」

「……元気そうで何より、と言ってよいものやら悪いものやら」

 

 岩見先生が疲れた顔をしながらも、俺たちと握手をする。

 

「まーそこはあんまり気にしないで。おちこんだりもしたけれど、私はげんきです」

「あんまり元気じゃないときの言葉だろうそれは。だがこうして話ができるのは……きっと良いことだろう」

 

 岩見先生が髪をかきあげて微笑んだ。

 竜王夫妻といい、この先生といい、ちゃんとした大人に囲まれてるという実感がある。

 

「先生、ありがとね」

「何もできなかった大人を恨みこそすれ、感謝などしなくていいよ。どちらかというときみの社会的立場がどうなっているのか気になるところだが……」

「同姓同名の別人ということになっています。あとは桜さんが幽霊であることをバラさなければ大丈夫かと」

 

 福内が淡々と告げるが、実は裏で相当な金が動いているらしい。

 だが桜、そして杏子さんと茜さんが普通に暮らせるなら特に惜しい金でもなんでもない。

 そもそも呪殺マンションの莫大な解決金など使い切れやしないしな。

 

「気を抜くと体が半透明になっちゃうんだよねー。もっとフィットネスして魔力高めなきゃいけないかな……憂鬱」

「フィットネスでどうにかなるものなのかね」

「れいちゃんのフィットネスはヤバいから」

「修行としては加減してる方なんだがな」

「谷川さんが行った異世界には絶対行きたくないです」

「ほんとそう、マジでそう」

 

 福内と桜がものすごい拒絶のオーラを出した。

 住めば都ではあるんだがな。

 日本社会の窮屈さを感じていて、オリンピックレベルの体力を持て余している人は楽しめる気がする。

 

「……ん? 異世界?」

「異世界に召喚されて、ちょっと世界を救ってきたんだ」

「一般生徒なら保護者を呼んで面談するところだ」

 

 半分冗談のつもりで言ったが本気にされてしまった。

 いやまあ事実なんだが。

 

「一つ聞くが、異世界とはどういう世界のことだ? 例えば、この世界の景色が逆になったような鏡の中の世界とか、人間がいないだけの並行世界とか、あるいは怪物が闊歩する世界とか」

「怪物が闊歩してる、剣と魔法の世界だ」

「……」

 

 岩見先生がげんなりしている。

 いや、本当なんだ。

 信じてほしいとは言えないほど荒唐無稽な出来事だが証拠もある。

 

「先生、残念ながら事実です。私も受け入れました」

「そ、そうか……。しかしちょっとアテが外れたな。あの事件について何か知ってるかと思ったが……」

「あの事件?」

 

 福内が眉をひそめた。

 

「……色々と苦労の多いきみたちに言うのもどうかとは思うのだが」

 

 岩見先生がどこか苦々しい口調で言う。

 つまるところ、怪異事件が起きているということであり、相談だ。

 

「センセ、気にしないで。あたしバリバリ稼ぎたい方だし!」

「あまり無茶をするなよ。こうして学校に来ているんだから。だが……被害者がいて、解決しなければならないのがつらいところだ」

 

 岩見先生がそんなことを言いながら、机から書類ケースを取り出した。

 そこには、新聞の切り抜きやオフィスソフトで書いたと思しき書類がまとめられている。

 

「きみたちはトロッコ問題というのを知っているか?」

「いきなり倫理の授業が始まったんだけど」

「暴走した電車がやってきて、切り替えレバーをいじらずに線路上の五人が轢き殺されるのを見過ごすか、それともレバーを切り替えて一人を殺すか……ってやつだよな」

 

 中学の頃、他クラスとの合同授業でこんな質問を投げかけられた気がする。

 とはいえ中学生なんて馬鹿なもんだ。

 電車に体当りして止めるとか、線路に石を置いて脱線させるとか、質問の裏をつくような答えを投げかけて教師を困らせようとした。命に対しての価値観や考え方を問いかけるための問題だから、何かしら考えさせただけで授業の役割は果たしているのかもしれないが。

 

「そうだ。一種の思考ゲームというやつなんだが……」

 

 岩見先生が深々と溜め息を吐く。

 まるでそうであればよかった、とでも言いたげに。

 

「何か事件でも起きたのですか?」

 

 福内の質問に、岩見先生は渋面を浮かべながら答えた。

 

「……他校で、六人の生徒が行方不明になって、一人だけが三日後に帰ってきたという事件があった。教職員に対しては箝口令が敷かれているが、そのうちマスコミも嗅ぎつけるだろうし……それより先に、退魔師協会に依頼が行く予定だ。持って行ってくれるか?」

 

 先生がまとめた書類を福内に差し出す。

 どうやらこれは、退魔師協会に出すための依頼の文書のようだ。

 

「わかりました、お預かりいたします。……ところで、帰ってきた生徒は」

「近くの総合病院で眠っている。彼はたった一言だけを残してすぐに昏睡状態になり、今も目が覚めない」

「一言、ですか」

「トロッコ問題で自分だけが助けられた、と」

 

 

 

 

 

 

「何かしら高度な呪術が絡んでいるように見えますね」

「篠口さんもそう思われますか」

 

 学校帰り、先生から預かった資料を手土産に退魔師協会に顔を出した。

 

 篠口氏は俺たちを快く出迎えつつも、「設備は壊さないでくださいね?」と釘を差してきた。そういえば前回はジムでスプリンクラーを作動させてしまっていた。まったく申し訳ない。

 

「この依頼、掲示板に張り出しますか?」

「自由応募でも構わないのですが……学校の案件となると竜王さんか福内さんが適任ですしね。指名させていただきたいと思います」

 

 どうやら依頼を受けるにあたっては、退魔師チーム側が応募するか、あるいは協会側に指名されるかの2パターンがあるらしい。ますます冒険者ギルドっぽいな。

 

「凍土さんは忙しいのか?」

「ええ。凍土さんは戦闘力も高く呪術などにも詳しいので、常に何かしらの案件を抱えていますね」

 

 実力者で人格者だ。

 引っ張りだこなのも不思議ではない。

 

「では福内さんたちにこの依頼を……と、その前に、そういえば大事なことを聞いていませんでした」

「大事なこと? はて……」

「みなさんのチーム名ってなんですか?」

 

 福内がフリーズした。

 

「おもろ。じゃあ今はリンちゃん(仮)チームってこと?」

「桜さん!」

 

 福内が照れながら怒る。

 

「ごめんごめん。でもチーム名どうしよっか? 1億パワーズとか?」

「9999万を谷川くんが占めているじゃないですか」

「俺をパワー型と見なさないでくれ」

「れいちゃんはパワー型以外の何物でもないじゃん!」

「意外と頭脳労働はするんだぞ。頭脳労働した結果、『殴るのが一番早い』って結論になるだけだ」

「それをパワー型というのです」

 

 福内の指摘に桜がうんうんと頷く。

 流石に女性二人に言われては俺も太刀打ちできない。

 

「だが俺がパワー型ということは名前もパワー型でいいんだな?」

「ヤダー! 可愛くてクールでミステリアスなのがいい!」

「じゃあアイディアを出してくれ。俺はパワー型だから期待するな」

「うっ……れいちゃんそれはずるい……! たすけてリンえもん!」

「それはやめてください。タヌキ型ロボットを思い出します」

 

 そういえば福内の原型はタヌキだったな……。

 

 タヌキだったことに少々のコンプレックスがありそうなところもまたタヌキ型ロボット……もとい猫型ロボットに似ている。客観的に見たら和風美少女なのに。

 

「何やら失礼な想像をされた気がするのですが」

「なんでもない。ともかく名前は……ちょっと思いつかないな」

 

 こういうのは苦手だ。

 異世界にいた頃はヴィニに任せっぱなしだった。

 

「そーいえばリンちゃん、なんかいかつい名前の会社に所属してなかったっけ?」

「ああ、鬼外組のことですね」

 

 なんだっけ……と思ったが、そういえば初対面のときにそんなことを言ってた気がする。

 

「株式会社鬼外組。コンサルタントという体で、地鎮祭などの式典を整えたり、お祓いをしたり、民間企業と寺社仏閣との仲介をする……という体で除霊をしています」

「なんで鬼外なんて名前なんだ?」

「福内家は、福内鬼外にルーツがあるからですね」

「なにそれ? 節分?」

 

 桜が首をひねった。

 

「確か、平賀源内のことだったな」

 

 江戸時代のエレキテルの発明家だ。

 文学者みたいな扱いもされていて、色んなペンネームがあるとかないとか。

 福内鬼外もそのペンネームの一つだったはずだ。

 

「うっ……頭脳派みたいなこと言い出した……! 悔しい……!」

「そもそも桜が感覚派だろ。で、その鬼外組がどうしたんだ?」

「あ、そうそう。リンちゃんがその会社の名前で仕事してるなら、あたしたちもそれでよくない?」

「勝手に他人の会社の名前で行動するわけにもいかんだろ。会社ってことは福内だけで何でも決められるわけじゃないだろうし」

 

 俺はそう言って福内の方を見るが、福内は不思議そうな顔をしていた。

 

「あ、説明しておりませんでしたね。私以外の役員は籍をおいているだけで活動していませんし、常時雇っている社員もいませんから自由にできますよ」

「そうなのか……って、確かに福内が誰かと組んで行動してるのは見たことないな」

「はい。福内家で退魔師として活動しているのは私だけですから。ですのでチーム名に使うのも構いませんし、なんなら社員としてお二人を雇うこともできますが……」

「すごーい、社長女子高生だ」

「しかし、このチームは谷川くんがリーダーのようなものでは? 会社の名を使うとなると、役員の私がなし崩しにリーダーになってしまうのですが」

「俺は特攻隊長とか肉壁はできてもリーダーの適性はないぞ」

「うーん……うん、ごめん、れいちゃんリーダー向きじゃないわ」

「基本的にはもっとも強い人がリーダーになるものなのですが……しかし確かに谷川くんにリーダーとしての仕事を任せるのも……」

 

 二人がしみじみと納得している。

 少し悲しくもあるが、妥当な評価だ。

 

「んじゃリンちゃんしかいないねー。がんばれー」

「わかりました。ではチーム鬼外組ということで行きましょう。それに私の会社の社員という扱いのほうがお二人とも活動しやすいでしょうし」

「在学中に就職しちゃった。ラッキー」

 

 桜がのほほんと嬉しそうにしている。

 だが確かに、会社員という身分があるのは助かる。

 

「ではチーム鬼外組の皆さん。改めて今回の依頼を受けて頂けますか?」

「はい、お任せください」

 

 こうして、鬼外組の初仕事が始まった。

 

 

 

 

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