その六人は、特に関係性らしいものは見当たらない。
学校、学年、クラス、部活、性別、どれもバラバラだ。
共通点があるとしたら、学生であること。
そして、赤梅線梅多摩駅4番列車に乗っていたこと。
「その車両に乗って梅多摩駅から出たのに、次の鷹ノ巣駅ではもぬけの殻だった……ってわけか」
「そのようですね。監視カメラの映像からは車両に入る彼らの姿はあっても、出ていく姿が目撃されていません。鷹ノ巣駅から電車に乗った人に聞くも、『誰もいなかった』と」
「まさに神隠しってことか。俺が知ってる異世界に行ってたなら話は早いんだが……多分違うだろうな」
現地調査をしてみないとわからんが、そういう話ではない気がする。
もし俺がいたような世界で大冒険なりトラブルなり巻き込まれて戻ってきたのであれば、俺ほどではなくとも何かしらの変貌があるはずだ。服装であったり外見であったり。
「電車に乗って神隠しが起きるんだったら、似たような事件って起きてるんじゃないの? それとも偶然、6人がなんかワープ能力もってるような怪異に襲われたとか?」
「絶海入道みたいな自分だけの固有の領域を持ってるならともかく、移動しながら自分の領域に引きずり込むのは高等テクニックだ。そこらの怪異には難しいんじゃないか?」
「でしょうね。そんな例外的な怪異の存在まで仮定してよいなら、谷川くんのように異世界に引きずり込まれたという説とて捨てきれません」
「……ていうか、そもそも異世界ってなに?」
福内が頷き、桜が根本的な疑問を出した。
「あくまで俺……というか始祖魔術会としての定義だが、時空に隔てられ、異なる宇宙の法則が支配する世界を異世界と呼んでいる。ダンスマカブルや絶海入道が作った空間は、異世界とは呼ばない」
「退魔師の界隈では『異界』と呼びますね」
「ほえー……。んじゃウチのマンションもそういう扱いだったんだ」
桜が興味深そうに相槌を打った。
「じゃ、可能性として高いのは、絶海入道みたいに自分の異界を作って生徒たちを拉致ったってこと?」
「今いる世界とは違う法則性の異界に放り込まれた……ってのが一番辻褄が合うだろうな。あるいは特にオカルトパワーなしでトロッコ問題を実演させる変態がいる可能性も捨てきれないが」
「それはそれでめちゃめちゃ怖いんだけど」
「どちらにせよ異能を持たない警察に対処できないのであれば私たちの仕事ですから、そこは……気にしないでおきましょう」
まあ、異能に目覚めた生きてる人間が犯人ってこともありえるか。
あまり相手したくはないが。
「資料だけじゃちょっとわからんな。やっぱり現地に行かなきゃどうにもならないんじゃないか?」
「ですね……。被害者は六人だけで、類似の事件は起きていません。この行方不明の生徒の友達や家族への聞き込みも終わっているようですから、やはり現地調査がもっとも有効かと」
「桜は何か気になることはあるか?」
「んー……。この人たちって、偶然電車に乗ったのか、それとも何か目的があったのかな?」
と、桜が疑問を口にした。
「目的?」
「れいちゃん、こないだ中学生くらいの子供を助けたことあったじゃん。あの子って確か配信したくて勝手に入っちゃダメなところに入っていったんだよね」
「あの六人にも何か目的があったんじゃないかってことか?」
「そうそう。ホラーが好きとか、配信が好きとか、同じ配信者を推してるとか、趣味レベルの共通点とかはもしかしたらあるんじゃないかなー?」
「調べてみる価値はあるだろうな」
「ですね。下調べはするとして……現地の視察は急ぎますか?」
福内の問いかけに俺は頷いた。
「しておきたい。ま、戦闘にはならないだろうしな」
「れいちゃん、なんでわかるの?」
そう言われるとなんとなくの経験則としか言えない。
「ま、とにかく飛び込んでみようぜ」
◆
鷹ノ巣駅は東京都内なのに田舎だ。
近県の都市部の方がはるかに栄えている。
ただ、鷹ノ巣駅に停まる電車の車両数は多い。この電車に乗れば乗り換えすることなく東京都心まで行くことができる。逆方向の鷹ノ巣駅に行く人は少ない。この方向に用があるのは釣りや登山、キャンプなどが目当ての観光客くらいのものだ。地元民もその手の遊びに興じるが、自家用車を使うことが多い。
「本当に何もなかったねー……」
俺たちは梅多摩駅から電車に乗り込み、問題の四番車両に乗って鷹ノ巣駅で降りた。魔力の気配もなかったし、乗り合わせた客も特に様子のおかしい人間はいなかった。
「ま、そんなところだろうとは思ってた」
「そして降りてからも何もないし……!」
「何もないってことはないだろう。少し歩くと蕎麦屋があるぞ」
「女子高生にとっては無いも同然だよ!」
「あ、カフェがありますよ。定食もありますし、休憩していきましょうか?」
桜が騒ぐ横で、福内がスマホで近くの場所を検索し始めた。
「リンちゃんナイスゥ!」
というわけで、カフェに移動することになった。
カフェといってもアメリカ発祥のチェーン店などではなく、どこか平成初期や昭和を思い出させる古い喫茶店だ。ブレンドやその他何種類かの豆を選んでのコーヒー、ショートケーキやチョコレートなどの定番のケーキセットや、ミートソースやナポリタンなど、逆に今どきでは珍しいメニュー構成をしていた。
「……なんか食べてくか」
「そーだねー」
「ボロネーゼとミートソースって何が違うのでしょうか」
「なんとなくだが麺とひき肉が混ざってたらボロネーゼって感じがするな」
店員を呼んで注文を済ませ、雑談を始める。
他愛ない会話をしながらも俺と福内の注意は、近くに座っている少女に向けられていた。
どことなく様子がおかしい。
まるで試験に不合格したか、それとも恋人に振られでもしたのかというくらい意気消沈している。
そしてそんな態度よりも怪しい部分がある。
服だ。
「あれ……? どっかの高校の制服かな……? 男物の制服を女の子が着てもいいパターンかなぁ」
桜も、少女の存在に気付いた。
少女の服装はワイシャツに赤いネクタイ、そして襟の部分に縁取りがなされた黒い上下のスーツだ。学校の制服にしては少し仰々しい。どちらかと言えば学生というより駅員や郵便配達員に近いだろう。
よく見れば駅員っぽい帽子もある。「如月」という漢字をデザイン化したエンブレムがある。
(気付いたか、福内)
(はい。……隠蔽しようとしていますが、生身の人間ではなさそうです)
(怪異なのか、あれ……?)
(その可能性は高いかと……)
「きさらぎちゃん、ミートソースできたよ」
「あっ、ありがとうございます!」
きさらぎと呼ばれた少女が、美味しそうにスパゲティを食べ始める。
意気消沈しつつも料理に舌鼓を打っていて、見ていて微笑ましい。
「いい食いっぷりだねぇ」
「えへへ……ありがとうございます。好き嫌いは偏ってるんですけど……。お客さんから変なお肉を押し付けられて逃げちゃいましたし……」
「肉を押し付けられる? そりゃ変な客もいたもんだねぇ」
「そんなのよりここのミートソースの方が美味しいし」
「あらやだ、お上手ねぇ!」
おばあちゃんの店員さんと、きさらぎと呼ばれた子が微笑ましく談笑している。
「かわいいねぇ。このへんの子かなぁ」
そして桜も特に気付くことなく微笑ましい目で眺めている。
少女に注意を払いながらも俺たちは雑談を続け、そして料理を食べる。太麺の喫茶店のパスタだ。食べ応えがある。美味い。
そして俺たちが食べ終わる頃には、少女は会計をして店を出て行った。
「……尾行しましょう。気配隠しの護符です」
俺たちも会計を済ませて店を出る。そして福内からもらった護符を使って少女を尾行する。
「え、どしたの? あの子に何かあるの?」
「魔力が微妙に漏れてる。怪異かもしれん」
「え、マジで……!? あんなに可愛いのに……!?」
「可愛いかどうかはともかく、気配は怪しいな」
「それに、かなり目立つ格好をしているのに誰も気に留めていません。何か隠蔽の術を使っているかと」
「えっ、異能者とか霊能力者って隠蔽とか使えるもんじゃないの? なんか霊的パワーがある一般人かと思ってた」
「桜さん。あの、谷川くんを『けっこう強い人』程度の基準にしないでくださいね? 外れ値の中の外れ値ですよ?」
若干失礼な気もするが、似たようなことをヴィニから罵倒成分を10倍にして食らっていたので少し懐かしい。
「ま、そういうことだ。それより……」
「駅に入ってホームの方の階段を上ってったね。えーと、一番左のホームに……って、あれ?」
「妙だな」
少女を追いかけて三番線ホームに出た。
そこに丁度良く電車が来た。
普通の電車だ……と言っても、何かが妙だ。
「この駅に三番線ホームなんてないぞ」
「谷川くん、桜さん、ここは異界の入り口です……気を付けて……!」
「えっ、でもおかしくない!? 普通に駅の階段を上がっていっただけだよね? 絶海入道のときみたいに入口らしい入口はなかったよ?」
その通りだ。
俺たちは結界の壁を破るとかもなく、シームレスに謎のホームに出た。
「……恐らく現実空間としての映像は、架空のホームと現実のホームが合体したものになっているのだと思います。主観的に認識できる世界がズレているのです」
「ごめん全然わかんない」
「ええと……つまり私たちや、行方不明者は、本当は普通のホームにいます。五番線ホームは幻覚みたいなものです。幻覚を見てる者だけが乗ることのできる電車があるのだと思います」
「それに乗るとどうなるの?」
「本格的な異界に侵入する……ということでしょう。ここは、本格的な異界に入るための半異界といったところでしょうか」
「……だいたいわかった!」
あんまりわかってないような気がするが、とにかくおかしな状況だってことは受けれたようだ。
しかし、こういう現象があるのは面白い。異世界では見かけなかった。
「隠蔽の術は現代怪異の方が得意そうだな。嫌らしい呪術の使い手や回りくどい攻め方をするやつがいたが、隠蔽だけでここまで緻密な奴はそうはいない」
「楽しくなってません?」
「なってないさ」
腕が鳴るのは確かだがな。
「で、あの女の子はどこに……ん?」
「えっ、電車が、もう一台……!?」
今停まっている電車の後ろから、何やら古風な角ばった鋼鉄の列車が走ってきた。ブレーキ音がしない。まずい。
「俺の後ろに隠れろ!」
桜と福内を俺の体で隠した瞬間、凄まじい轟音がホームに鳴り響いた。
凄まじい風と衝撃と熱が俺たちを襲うが、電車の破片がこちらに飛んでくることはなかった。すでにホームに停まっていた電車は跳ね飛ばされたがかろうじて脱線はしていない。また車体にダメージこそあれど形を保っている。
そしてぶつかってきた方の電車……いや、よく見ると電車ではなく汽車だ。黒光りして黒煙を上げる汽車は傷一つ付いていない。
「うわわわわわわー!? ボクの電車がー!?」
電車からどぺっとさっきの少女、きさらぎが放り出された。
更に汽車から誰かが下りてくる。
「きさらぎ! 自分の異界を捨ててまで逃げおって……だがここまでだ!」
それは、きさらぎと同じように鉄道員のような服を着た怪異だ。
人間ではない。
人間の頭部にあるはずのものが、頭ではなく大きな懐中時計になっている。
「トロッコ! 止めようよこんなことは!」
「俺とお前が力を合わせればなんだってできるんだぞ! 貴様が逃げるなら力を奪って……」
「鉄道員への暴力行為は止めてもらおうか。犯罪だぜ」
乱暴をする気配が現れた。
じゃあ俺が出ていっても問題ないな。
さっきの衝突の余波で少しばかりダメージを負ったし丁度いい。
「ぶはっ!?」
「えっ、誰っ!?」
トロッコと呼ばれた男の顔面を思いきり殴りつけた。
そのまま男は、汽車の一番車両に衝突して異音を響かせた。
「うっ……だ、誰だ……!? いや、なぜ人間がいる……!?」
だが男はすぐに意識を取り戻した。
俺の拳を食らって即座に復活できるのは中々のしぶとさだ……と言いたいところだが。
「今の感触からして、お前、お前自身の本体じゃないな? その汽車の方をぶち壊せばいいのか?」
「れいちゃん、展開が早い早い。げほっ、げほっ」
「そうです、行方不明者の居所を吐かせる必要があります」
桜と福内が煙にむせながら俺を止める。
「それもそうだが……一車両くらい壊したって問題ないだろう? 一度、列車と戦ってみたかったんだよ。格闘ゲームのボーナスステージみたいで燃えるじゃないか」
俺はそう言って、ホームから線路に降りた。
正面には汽車の先頭車両がある。
この状況に、時計頭がキレた。
「なっ、ななな、なんなんだお前は!? お、おお、俺が、ボーナスステージだと……? 舐めやがってぇ……!」
「こいよ。ああ、助走が必要なら後ろに下がったらどうだ? フルパワーで来なきゃつまらないからな」
「……な、何がなんだかわからないけど、今のうちに……!」
俺と時計頭が揉めてる隙に、きらさぎがボロボロになった電車に飛び乗った。
「あ、ちょっとキミ! 待って!」
「うえあっ!? ちょ、ちょっと! 勝手に乗らないでください! 回送電車です!」
「嘘つけ! どー見てもJRとかじゃないでしょ!」
「あーもう! 出発しますからね!」
更にそこに桜が飛び乗る。
福内はそこを妨害されないように防御用の護符を電車に張り巡らせている。
まったく言葉をかわしていないのに、不思議とお互いの思惑がわかった。
「きさらぎぃー! 裏切る気か貴様!」
「仲間になったつもりなんてないもん! ばーかばーか!」
「余所見をするんじゃねえぜ。お前の相手は俺だ!」
汽車の正面の円形の部分を思い切り殴りつけた。
鋼鉄が砕かれて線路を後退していく。
流石に一発じゃ壊せなさそうだな。
だったら連打を……。
「トロリー・プロブレム!」
男が謎の呪文を唱えた。
するとその瞬間、俺の周囲の景色が変化していくと同時に、汽車が後方へと下がっていく。
これは……半異界じゃない。
本格的な異界に取り込まれつつある。
「谷川くん! 周辺一体があの男の異界に侵食されています! 私たちだけじゃなく、通常空間にいた一般人まで飲み込まれて……!」
「なんだと!?」
周囲を見渡せば、隣のホームに一般人が紛れ込んでいる。しかも、恐らく時計頭の念動力かなにかで線路の枕木が浮かび上がって一般人を殴打して線路に叩き落とした。
「てめぇ!」
「まだまだこれからだ!」
そして俺の周囲にも枕木が浮かび上がって俺を殴打し始めた……が、違う。
何本もの枕木がレゴブロックのように積み重なって俺の身動きを封じようとしている。
「そこの女! 仲間の命か! それとも無関係な一般人の命、どっちかを選ぶんだな……!」
そして最後に、福内の前に大きな切換レバーが突然現れた。
そのレバーが意味するところは簡単に推理できる。
現在、レバーは福内から見て右に倒れている。そして右方向には一般人が倒れている。
左方向には、枕木によって身動きを封じ込められた俺だ。
レバーをそのままにして一般人が轢き殺されるのを見過ごすか。
それともレバーを倒して俺一人が犠牲になるか。
まさにトロッコ問題だ。
「レバー倒しますね」
ガコンという音と共に、線路が切り替わった。
「福内。お前のためらいのなさ、嫌いじゃないぜ」
「そういう口説き文句は桜さんに言ってあげてください。告げ口しますよ」
口説いたつもりはないのだが。
だが嬉しさもある。
「俺なら問題ないって信頼してくれたってことだ。やる気が沸いてくるじゃないか」
脱力して筋肉を緩め、そして次の瞬間、全身から魔力を放出すると同時に筋力を最大限に引き締める。衝撃波が生まれて枕木が粉々になった。
「ちいっ……! だが逃げるには遅かったな……!」
「逃げる? 馬鹿を言うなよ」
時計頭が俺を轢き殺そうと迫りくる。
俺は両手を前に突き出し、左足を後ろに引き……。
汽車が、激突した。
「ぎゃはははははは! 生身の人間ごときが汽車を受け止められるわけがねえだろうがよ……! 例え強靭な肉体があったとしても俺のトロリー・プロブレムは誰かを絶対に殺す呪詛だ! 逃げられるわけがねえ、の……に……」
「第一のスキル、【戦士は卑劣に敗れない】」