怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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きさらぎトロッコ 3

「なんでここで減速する……? おかしいだろ! おい!」

 

 俺は汽車に押し出されて百メートル以上後退した。足が枕木を破壊し、砂利みたいなところに足をうずめて軌跡を残しながら、どんどん後ろへ下がっていく。

 

 だが、俺の姿勢は崩れていない。両手をしっかりと汽車の先頭に当てて、俺自身が汽車を減速させるブレーキそのものになる。

 

 やがて汽車は勢いを失い、完全に停まった。

 

「動け! 動けぇ……! くそっ、ふざけるなよ! どけよ!」

「轢き殺そうとして『どけよ』ってどういうことだよ? 自分で意味わかってんのか?」

「なんなんだお前!? 凍土の野郎が来ねえっていうから安心したのに……それ以上の化け物がいるなんて聞いてねえ!」

「ふぅん……。お前、妙に事情通だな」

 

 もはや勢いを失った汽車を止めるのは簡単だ。

 左手だけで何とかなる。

 空いた方の右手は少し後ろに引き、小指から順番に丁寧に折りたたんでこぶしを握り締める。

 

「少し痛いぜ」

「ごばっ……!?」

 

 そして右拳で殴りつけた。

 衝撃に耐えきれず、汽車は十メートルくらいは後ろに引き下がった。

 

「まだまだ!」

 

 後ろに引き下がった汽車に駆け出して、ドロップキックを叩き込む。

 更に後ろに押し出された汽車を殴り、蹴り、あるいは体当たりをしてどんどん後方へと弾き飛ばしていく。

 

「がっ、くそっ……なんなんだ……手前は……! こっちは500トン以上あるんだぞ……!? それに殴り勝つなんてペテンだろうがぁ……!」

「太りすぎなんじゃねえの。ダイエットしとけ」

 

 そしてダメ押しとばかりに右拳のストレートを放つ。

 汽車は完全に駅のホームに戻され、福内の立っている場所までようやく戻ることができた。

 

「お早いお帰りでしたね」

「ぼやぼやしてたら次の電車が来ちまうからな。ところで……」

「拘束されていた一般人はちゃんと救出しました。ご心配なく」

「残るは桜と……あのきさらぎとかいう子か」

 

 だがまずは、この時計頭をぶちのめしてからだ。

 俺は手首や肩をストレッチしながら汽車の方に歩み寄っていく。

 

「くっそ……こうなったら……!」

 

 汽車がけたたましい汽笛を鳴らすと同時に、もくもくと煙を吐き出し始めた。石炭を燃やしている……にしては煙の量が多い。

 

「……まずい! 煙幕です!」

「逃げる気か!」

「こんな気味の悪い肉は食べたくなかったんだが、背に腹は代えられねぇ……!」

 

 運転席で時計頭が妙なことをしている気配がある。

 確かめようと駆け寄った瞬間、汽車そのものが熱を放ち、黒光りする鋼鉄のボディが赤く輝き始めた。

 いや、熱だけではない。魔力も加速度的に上昇している。

 

「うおらっ! 蜂の巣になりやがれ!」

 

 運転席から時計頭が身を乗り出して、白手袋を脱いでこちらに手をかざす。その手は鋼鉄だ。指先がパイプ状になっていて、まるで機関銃の銃口のようになっている……いや、銃口そのものだ。

 

「くっ!」

「谷川くん!」

 

 時計頭は、燃えている石炭を銃弾のごとく発射してきた。

 予想外の攻撃に思わず食らってしまった。

 俺の筋肉を貫くほどでないが、ホームのコンクリートや鉄の線路が穿たれ、ボロボロになっていく。ついでにワイシャツも焼け焦げてまた上半身が裸になっちまった。

 

「まだまだここからだぜ……!」

「いいぜ、来やがれ!」

 

 汽車が急加速して前に来て俺を弾き飛ばす……かと思いきや、急停止して高速で後退していく。この半異界のホームから引き下がって自分が支配する異界に逃げ込むつもりだろう。姑息な真似を。

 

「へっ、お前みてえな化け物を相手にしてられるか! あばよ!」

 

 トロッコが捨て台詞を残して去っていく。

 地球に戻ってきて一番というくらいにはダメージがある。

 これならばティンダロスを召喚してもお釣りが来るだろう。

 

「……そういえば、桜はどうした?」

「きさらぎという子の操る電車に乗ったままですから、心配ですね……。トロッコも気になりますが、桜さんと合流しませんか? 情報も整理したいですし」

「そうだな。色々と込み入った事情がありそうだ」

 

 謎の少女きさらぎ。

 時計頭の怪異、トロッコ。

 凍土先生の不在を狙った犯行。

 行方不明の生徒たちの所在。

 

 どれ一つを取ってもまだ真実に辿り着いていない。

 

「だが、俺と結んだ『縁』から逃げられると思うなよ」

 

 俺はぱぁんと左手に右拳を合わせ、大きな音を駅に響かせた。

 

 

 

 

 

 

 ティンダロスで次元を切り裂いた先にあったのは、のどかな田園風景。

 そして田園の中の線路内に佇む、一車両だけの小さな電車だった。

 

 その電車の中には桜、そして鉄道員の服装の少女がいた。

 きさらぎだ。

 

「邪魔するぜ」

 

 電車は停車して、扉も空いている。

 福内と共に軽くジャンプして、遠慮なく乗り込んだ。

 

「あ、れいちゃんお疲れー。そっちどうだった?」

「すまん、逃がしちまった」

「ちょ、え!? なんで!? なんで人いるの!?」

 

 きさらぎが思いきり驚いている。

 それも無理はない。

 ここは恐らく、この少女の異界だ。

 

「俺は次元を切り裂いて移動ができる。ところで……」

 

 俺は駅のホームで買ったお茶や缶コーヒー、お菓子の入った袋を桜に渡した。

 

「あー、気が利いてるぅー。やるじゃーん」

「昼飯食べたばっかりだが、軽く運動したからな」

「軽い運動という恰好じゃないでしょ。まーたボロボロになっちゃってー」

 

 やれやれと桜が肩をすくめながら、鞄からシャツを取り出して俺に投げてきた。

 桜は俺の替えの衣服を常に常備してくれている。助かる。

 

「で……きさらぎとか言ったっけ。お茶とコーヒーとミネラルウォーター、どれがいい」

「え、あ、じゃあお茶で……」

 

 無警戒に受け取った。

 大丈夫かなと心配になるが、桜がアイコンタクトをした。

 俺たち自身のことを説明して警戒心を解いてくれたのだろう。

 

 というか桜自身、社会復帰した怪異のようなところがある。

 きさらぎの少女の状況は詳しくはわからないが、九神に襲われていた桜と似ているような気がする。

 

「と、ところでお肉はないですよね……?」

「売店で肉は売ってない……いや、おつまみベーコンくらいはあったか」

「あ、いや、欲しいんじゃなくてお肉は食べたくないんです」

 

 きさらぎは妙なことを口にした。

 怪異なのに健康に気を付けているのだろうか。

 

「あ、ちょっとこの子の事情を聴いてたところ。何か変なお肉を食べさせられそうになったんだよね?」

「はい、そうなんです」

「食べさせられそうになったって……誰にだ?」

 

 怪異に無理矢理そんなことをさせる奴がいる時点で驚きだ。

 

 いや……だが、ありうるか。

 

「もしかして、エージェントとか言うやつか?」

「え、人間なのに認識できるの!?」

「知り合いがそいつに騙されてな」

 

 那須川ゆめは、自殺した後にエージェントとかいうやつに唆されて、アプリ『夢が叶うダンスマカブル』を運営し、若者たちの魔力を奪った。

 

 そう言えばあいつ、今頃は竜王夫婦のところでどうしているんだろうか。しごかれてもっと更生してくれるといいんだが。

 

「いずれそいつのこともぶん殴ろうと思うが、まずお前のこと、それとお前を追いかけてきた時計頭のことを教えてほしい」

 

 きさらぎが、どうしようかと逡巡しながらお茶を飲み、さらに買ってきた饅頭を食べる。なんか余裕だな。

 

「あたしも怪異みたいなもんなんだけど、前にれいちゃんに助けられて一緒に退魔師やってるんだ」

「そ、そうなんですか……」

「きさらぎちゃん、困ったことあるんだよね? あたしたちもキミの力になるからさ、話してくれないかな?」

 

 桜が優しく語り掛ける。

 そして、きさらぎは意を決したように俺の目を見て話し始めた。

 

「ボクはきさらぎ。きさらぎ駅の駅長だよ。みんなが『どこか違う世界に行きたい』って気持ちから生まれた怪異」

 

 

 

 

 

 

 きさらぎは、人間の幽霊が変貌した存在ではない。人々の噂話やイメージから生まれた怪異だ。

 

 だが決して人間の幽霊が関わっていないわけではない。電車に飛び込んで死んだ子、何らかの事故で死んだ子、あるいは死なずとも強い残留思念を電車に残した子など、様々な思いがあった。

 

 駅のホームから電車に乗るときの『今日もまたつらい一日が始まる』という絶望感もあれば、『海を見に行く』、『旅に出かける』というような高揚感など、電車は様々な思いを乗せて乗客を運んでいく。時には命を奪うこともある。

 

 生者か死者を問わず、思いを集約したときにもっとも強く残るもの。もっとも普遍的な思い。

 

 それは、『こことは違うどこかに行きたい』という思念だった。

 

「気付けばボクは、誰もいない町の、誰もいない駅に泊まって、また出発して、日本のいろんな駅をめぐって……時々、誰かを乗せたりしてた」

「やはりあなたは、『きさらぎ駅』でしたか……」

「すっご。本当にあったんだ……!」

 

 福内が驚き、桜がはしゃいでいる。

 だが俺はちょっとピンとこない。

 

「きさらぎ駅ってなんだ?」

「えっ!? れいちゃん、ご存じないのですか!?」

「いきなり敬語になった理由も含めてわからん」

 

 聞いたことがない駅名だ。

 どこにでもありそうな名前のように思えるが。

 

「きさらぎ駅とは、ここ十年ほどで大きく有名になった都市伝説のことですね」

 

 俺が疑問に思っていると、福内がシンプルに答えてくれた。

 

「実際の駅じゃないのか」

「二つの意味でYESです。きさらぎ駅がその都市伝説そのものを指すと同時に、異界に存在するとされる駅名でもあります」

 

 で、そこから端的に福内がその都市伝説について解説してくれた。

 

 発端は20年ほど前の匿名掲示板、電車に乗っている女性が「先程から某私鉄に乗車しているのですが、様子がおかしいのです。」と書き込んだことから始まった。

 

 女性は普段と違って停車する様子もないこと、乗客全員が寝ていること、ようやく停車した場所が「きさらぎ駅」という見知らぬ駅だったことなどの不思議な体験談を語った。

 

「その後も女性は駅を降りて様々な奇妙な体験をして、たまたま通りがかった車に乗せてもらい……以後、書き込みが途絶えました」

「神隠しらしい神隠しだな」

 

 俺のように異世界召喚されたパターンとはかなり毛色が違う。

 というか俺の事例を神隠しと言うのが問題ある気がする。

 

「その後もこの都市伝説は長く語られてきました。自分も行ったことがある、という体験談を語る人も少なくありません。もっとも、真偽に関しては少々怪しいものと思っておりましたが……」

 

 福内と桜がちらりときさらぎを見る。

 だが、きさらぎはごめんねとばかりに頭をかき、あさっての方向を見つめた。

 

「あ、きさらぎ駅の話がホントかウソかはボクにはわからないんだよねー。どうなんだろ?」

「えっ」

「だってボクが生まれたのは、きさらぎ駅のお話が有名になった後だもん。20歳に見える?」

「怪異に年齢を聞いても仕方がないんだが……まあ、中学に入りたての中学生くらいってところか」

「そっ、そんなに小さくないし!」

「あーれいちゃんノンデリだー」

「おっと、すまんな」

 

 怪異にもそういうデリカシーが求められる時代のようだ。

 

「そうか……都市伝説とは人々が無意識に抱いている願望が形になったもの。そして駅や電車は多くの人々が行き交い、人生が交錯する場所。この二つの要素が重なり合って、たった20年程度で怪異化した……というわけですか」

 

 俺たちの会話をよそに、福内が解説を始める。福内の話を解釈すると、きさらぎは一人の人間の魂が変貌したのではなく、大勢の人間の願望や思いが形になった……ということなのだろう。

 

 異世界においても、どこかの村が謎の像を拝み始めて守り神や祟り神のような魔物を作り上げてる例は見かけたことがある。神が先にいたのではなく、信仰が神を生み出した例は世界を問わず少なくあるまい。

 

「ねーねー、やたら足の速い老人っているの? 祭囃子って近付かれると何かあるの?」

「駅の外は次元が不安定だから危ないよ。さらによくわかんない異界とか異世界が繋がっちゃってるから、襲ってくる老人とか祭囃子ってのもよくわかんないんだよね。追い払うくらいはできるけど危険を承知で突っ込んでく配信者とか行方不明になっちゃうのはあるかな……」

 

 はぁ、ときさらぎが溜め息を付く。

 だがその言葉で、害意の無さがわかる。

 

「つまり……お前は人間をおびき寄せてるんじゃなくて、たまたま誰かが迷い込んで侵入されてる側だってことか?」

「うん。基本的にはちゃんと返してあげるよ。なんかよくわかんない法則性を見つけて忍び込んでくる人もいるけど、そーゆー人って駅からどんどん離れて行っちゃうから困るんだよね」

「食ったりはしないのか?」

「えー、食おうと思えば食えるんだろうけどやだよ。キモいし」

 

 そりゃ人間を喰うのはキモい。

 シンプルだが怪異や魔物と戦っていると忘れそうになる常識だ。

 逆に言えばきさらぎは、常識を弁えている。

 

「ていうか車掌がお客さん食べちゃったら商売あがったりじゃん」

「おお、良心的だ」

「そういえばきさらぎ駅の派生バージョンで、車掌が迷い込んだ人を現実世界に送り届けてくれる話を聞いたことがあります」

「あ、でもスタバと無印とスリーコインズが来てくれたら駅に取り込みたいな。個人経営の喫茶店とかもいいよ。誰かきさらぎ駅店をオープンしてくれる人っていない?」

「スタバがあるきさらぎ駅はかなりイメージ違うんだけど! そりゃ欲しいけどさぁ!」

 

 桜が解釈違いに悶えている。

 ほどほどに栄えてる地方都市感があるな。

 サイゼと鳥貴族もありそうだ。

 

「なあ、福内」

「ええ……なんとなく読めてきました」

「読めてきた? どゆこと?」

 

 こてんと桜が首をひねりながら聞いてきた。

 

「俺はきさらぎ駅の都市伝説は知らないが、二人とも知ってるってことはかなり有名な怪異なんだろう。そして駅や線路、そして電車という大きな支配領域を持っている。広さやパワーを考えたら絶海入道よりさらに高レベルだろう」

「ですね。それにきさらぎさんには人間に害意はないものの、それゆえにコミュニケーションが通じやすい。人を食らわない分、報酬の分配で揉めることも少ないでしょう。他の怪異にとっては味方に引き込みたい魅力の人材、というわけです」

「あ、さっきのトロッコってやつ!」

 

 トロッコと言う名の、時計頭の怪異を思い出す。

 列車が本体で、人間体はアバターや分身のようなものだった。

 きさらぎのように駅自体が怪異ではないが性質は似ている気がする。

 

 一方、トロッコの名が出てきてきさらぎは悲しそうな表情を浮かべていた。

 

「トロッコは……本当は怪異なんかじゃない。怪異だとしても意識があるかどうかさえもわからない赤ちゃんみたいな存在だったよ。でもあいつらが怪異にしたんだ」

「あいつら?」

「百鬼夜行のエージェントだよ」

 

 

 

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