怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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呪殺三姉妹 4

 

 

 

『そのナイフ、九神のでしょ? 幽霊から物を借りられるっておかしくない?』

 

 桜さんが呆れたように聞いてきた。

 

「あんただって九神から借りてるだろう。そのナイフ、妙に馴染んでるが」

 

『よくわかんないけど、これだけなんか盗めちゃった』

 

 俺の視線の先には、桜さんが握る黒い刀身のナイフがある。

 ただのナイフではない。魔力が込められている。

 確か九神はナイフ収集家だった。

 何かしらの守り刀か何かが、桜さんを所有者として認めたのかもしれない。

 あるいは九神を所有者として見限ったか。

 

「幽霊のものであっても所有者が変わるのは珍しくない。大して魔力が込められてないナイフだって、俺の魔力を浸透させればこうして奪うことだってできる……そらっ!」

 

 拾ったナイフに自分の魔力を籠め、思い切り投げた。

 ナイフは誘導ミサイルのような軌跡を描いてダンジョンと化した廊下を飛んでいく。

 

「ついでにこいつもだ!」

 

 自分の体に刺さったナイフを抜いてどんどん投げていく。

 すべて同じような軌跡を描いて飛翔していき、10秒ほど経ったところで通路の奥から悲鳴が響き渡った。

 

「行くぞ」

 

『あーもう……何が何だか……』

 

 俺は、桜さんを連れて部屋を出て廊下を走った。

 そして俺たちの前に現れたのは、ナイフに貫かれ、昆虫標本のような状態で壁に固定された九神の姿だった。

 

「九神。最期に言うことはあるか」

 

『くそっ……俺が何をしたってんだ……! ちょっとくらい遊んだだけでこんな目に遭わなきゃいけねえのか畜生……!』

 

 九神は、本気で自分が理不尽な目に遭っているという目をしている。

 そしてそのせいで、雲取桜の怨念が増していく。

 

『お前……! どこまで外道なの……!』

 

 理不尽に姉妹を殺された怒りが燃え上がり、悪霊に近づいていく。

 絶対に許せないという心に支配されていく。

 このまま放置すれば、九神を超える魔物になりかねないだろう。

 

「安心しろ。こいつはここで終わりだ。だからあんたも恨む必要はない。茜さんも、杏子さんも、成仏できる」

 

『え……?』

 

「それで……九神。医者とかカウンセラーとかだったら根気よくお前の言い分に付き合うべきなんだろうが、俺はそうじゃない。とどめを刺すぜ」

 

 ぎりぎりと拳を握り締めて力をためる。

 はちきれんばかりの力こぶがワイシャツの袖を破った。

 

『だから誰なんだよ手前はよぉ!』

 

 そういえば名乗ってなかったな。

 

「元勇者で高校一年生、谷川礼二だよ。最期の言葉はそれでいいんだな?」

 

『……くそっ、畜生! なんでいつも勝てねえ……どうしてだよ……!』

 

「まるで自分は勝ってこなかった、みたいな言い草だな。格闘も殺しも、負けたことなんて数えるくらいしかねえんじゃねえか?」

 

 九神の経歴はひどいものだが、暴力という観点においては勝利に彩られていた。

 

 銀座さんが集めていた怪しげな週刊誌の切り抜きによれば、路上の喧嘩では負けなしで、地下の非合法の試合でも7割以上の勝利を収めていたらしい。

 

『はっ……闇の格闘なんて結局はヤクザの興行だぜ。八百長で負けろと言われたこともあったし、半八百長で勝たされたこともあった。最期の試合なんて薬を盛られて……くだらねえ……なんてくだらねえ……! 俺はひりついた命のやり取りをしたかっただけで……』

 

「今、してたじゃねえか。命のやり取りを」

 

 九神ははっとして俺の顔を見た。

 その瞬間、ナイフそのものだった頭が、人間のものに戻っている。

 自分の完全な死を理解し、冷静さを取り戻したのかもしれない。

 

『俺は、そうか……今度こそ、命のやり取りで死ぬのか』

 

 今の九神の言葉でなんとなく予想がついた。恐らく九神は、最後の試合のときに頭部にダメージを負ってその後に非合法の薬を摂取した……のではなく、逆だろう。

 

 何かしらの薬を盛られた状態で試合を組まされて頭部に激しいダメージを負い、そして九神は錯乱状態に陥って凶行に走った。

 

 だからと言って弁明ができるものではない。それは九神自身もよく理解しているだろう。こいつは暴力でしか自分を表現できない愚かで哀れな男で、道を間違え続けた。だから、一切の言い訳のできない敗北と死を与えることが罰であり供養と言える。

 

「そうだ。お前は、今ここで、本当に死ぬ。雲取桜に敗北してな」

 

『えーと……あたし何もしてないけど?』

 

 桜さんが、不思議そうに首をひねった。

 別に変なことを言ってるつもりはない。

 本当の勝者がいるとしたら、彼女だと本心で思っている。

 

「あんたが耐え凌いでいなけりゃ俺が来たところで意味は無かった。粘り勝ちだよ」

 

 その言葉に納得したのは、桜さんよりも九神だったようだ。

 九神はついに観念したように呻いた。

 

『……俺の負けだ』

 

 こうして九神は、敗北を受け入れた。

 それを、桜さんが冷徹に見下ろしながら言った。

 

『この世から消えて、二度と生まれ落ちてこないで』

 

 だが、その声には先ほどまでの怨念は含まれていなかった。

 悪霊化が進むことはなさそうだ。

 九神が敗北を受け入れる意味は、ここにあったのだろう。

 

 桜さんの言葉を聞き届けたところで、俺は右手にこめた力を解放した。

 

「……ぜりゃあ!」

 

 俺の渾身の右ストレートは、九神のすべてを崩壊させた。

 

 隕石が落ちたような轟音が響き渡り、邪悪な魂が消し飛んでいく。

 

 異次元化したマンションの怨念の核が消えたことにより、漂っていた淀みや呪いが急速に晴れ渡っていく。もう少しで通常の空間に戻るだろう。

 

『あんた……谷川、礼二って言うんだ』

 

 桜さんが消えゆく九神の魂を見つめながら、ぽつりと言った。

 

「ああ」

 

『そのナリで高校生って嘘でしょ』

 

「嘘じゃないが」

 

 俺が憮然として否定すると、桜さんがくすくすと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 悪霊退治で得たもの。

 

 清掃バイトという名目で得た除霊の報酬20万円。

 格安家賃の3LDKの部屋。

 そして引っ越しを手伝ってくれる女子高生だ。

 

「桜さん……こう言っちゃなんだが、成仏していいんだぞ?」

 

『なーにその言い草ー。地縛霊がいる事故物件に引っ越してきたのあんたじゃん』

 

 幽霊女子高生、雲取桜さんが、なぜか俺の持ち込んだ段ボールを運んでいる。

 

 前に会ったときの悪霊の気配は消えているが、幽霊としての儚さもない。事故物件の異常な呪力や魔力に当てられて、幽霊としての存在力が高まったんだろう。

 

『あと、桜でいいよ。キミは?』

 

「谷川礼二。高校1年。と言っても異世界に10年くらいいたから多分26歳くらいだとは思うが……」

 

『ふーん……高校生には見えないくらい迫力あるけど、26歳ってのもなんか違うねー? 肌若いからかな?』

 

「肉体の再生は何度もやってるからな。それに世界間の転移をするときに肉体年齢はリセットされたのかもしれない。異なる次元の世界を移動するとこういうことがあるらしい」

 

『よくわかんないけど、苦労してんねー……。んで、れいちゃんはここに引っ越すために除霊しに来たの?』

 

 気づけばあだ名ができていた。

 別に構わないが、刃物を振り回していた地縛霊にしてはずいぶんと気さくだ。

 

「そういうわけじゃないんだがな。成り行きだ」

 

 銀座さんには家賃の支払いを待ってもらうというお願いをするだけのつもりだった。

 

 だが除霊成功を伝えると、銀座さんは「もう元の部屋は引き払ってここに住んじゃえよ。引っ越し代くらいは奢ってやる」、「マンションの廊下を清掃してくれたらバイト代も出すぞ」、「つーか幽霊の噂が消えるまで居てくださいお願いします」と頼み込んできた。

 

 ちなみに、事故物件に誰かが住むと告知義務がなくなるって話があるが、それは嘘らしい。テレビに取り上げられたレベルの事件は告知義務はずっと続くようで、周辺の不動産のイメージも悪くなるし近隣住民にも迷惑がかかる。

 

 それで事故物件に俺のような人間が住んでいれば噂も鎮火していくと考えたのだろうが、こちらとしても都合がよかった。なにせ家賃の滞納もうやむやにできたのだから。

 

「ま、金にも住むところにも困ってたのも大いにある」

 

『勇者やってたって本当?』

 

「本当だ……つか手伝わなくていいって」

 

 桜さんは、俺の段ボールを開けて並べ始めている。

 本棚に教科書を置いたり、服をハンガーにかけたりと、まるでメイドだ。

 

『いいじゃん。ヒマなんだし。ていうか荷物少ないね。あとカーテンとか買いなよ。外から丸見えだよ?』

 

「何を買えばいいかよくわからん。てかその格好は……なに?」

 

 桜はなぜかふりふりのエプロンを着て、刃物を手にしている。

 切っているのは野菜だが、刃物は明らかに台所ではなく戦場で使うものだろう。

 刀身も黒く、物々しい雰囲気がある。

 確かこれは、九神から奪ったナイフだな。

 

『なんか生きてるときに着てた服とか出せるようになったんだよね。あとこのナイフも』

 

「……霊としての格が上がったんだろう。恐らく九神が死んだことで、九神の魔力があんたに移ったのかもしれない」

 

『なんかそれイヤなんだけど』

 

「怨念そのものはぶん殴って祓ったから気にするな。純粋なエネルギーだけを譲り受けたと思ってくれ」

 

『えー、キモ。なんかばっちい感じがする』

 

 桜が、うえーと気持ち悪そうな顔をしながら言った。

 俺にそんなこと言われても困る。

 

「それよりも、これからのことだ。成仏することもできるが……どうする?」

 

『んー……このまま現世にいたとして、悪霊になっちゃったりする?』

 

 桜が少々深刻な顔で質問してきた。

 

「霊格が強いからと言って悪霊になるわけじゃない。神社で偉人が神として祀られてたりするが、ああいうのは悪霊ってわけじゃない。成仏する前に思い残すこととか、やりたいことがあるなら協力してもいいが」

 

『そっか……。ありがと』

 

 桜がホッと胸をなでおろす。

 そして満面の笑みで告げた。

 

『……じゃ、考えとく。それまでしばらく一緒だね。よろしく』

 

「うん……うん?」

 

『ここあたしの家だし。あ、もしかしてヤクザみたいに立ち退きさせるつもり? こわっ』

 

 桜が怯えるしぐさを見せる。

 

「いやそうじゃなくて……ほぼ初対面の人間と同居は流石に問題があるだろ」

 

『ないでしょ別に。あたし死んでるもん。ていうか地縛霊みたいなもんだし追い出されたらマジでヤバいんだけど。はぁー、薄情だなー。優しいと思ったのになー』

 

 あーあと桜が肩をすくめる。

 思った以上に順応が速い。タフな子だ。

 

「わかったわかった。出てけと言うつもりは毛頭ない」

 

『あたしたち三人はあたしの部屋に移動するから、れいちゃんはこの部屋このまま使いなよ。あ、お姉ちゃんの私物は捨てないでね。あたしの部屋に持ってくから。あ、片付け終わったら買い物行こうね』

 

「わかった……って、三人?」

 

『お姉ちゃんたちは疲れて休んでるから、あとで顔見せるね』

 

 こうして、俺と雲取三姉妹との共同生活が始まった。

 

 

 

 

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