怪異をぶちのめす   作:富士伸太

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雲取家の新しい日常 3

 

 

 

「……カナちゃんへ。これを読むころ、私はもうここにはいないと思います」

 

『あ、死ぬのを予感してたとかじゃなくて卒業してるって意味ね』

 

「死を予感してたとかじゃなくて卒業するって意味だ」

 

 泡を吹いて倒れそうになっているカナちゃんに言うと、なんとか意識を保ってくれたようだ。

 

「そ、そうですよね。びっくりしました……死ぬかと思った……」

 

「紛らわしいのは認める」

 

「と、ともかく続きを読みますね……。あなたが部に入ってくれてから、一緒に色んなことをしましたね……」

 

 そこから語られたのは、部活動の思い出話だ。

 

 思い出深いコンクールとか、何気ない帰り道の話とか、遊びに行った話などが綴られている。素朴な書き方で、だが、だからこそ大事な高校生活だったのだという思いが伝わる。

 

 気付けばカナちゃんは涙を流しながら手紙を読んでいた。

 

「せんぱい……なんで死んじゃったの……」

 

『ごめんねカナちゃん。わたしも、もーちょっと生きていたかったけどさ。こうなっちゃったからには、仕方ないんだよ』

 

 桜が、よしよしとカナちゃんの頭をなでる。

 慈しみに満ちた表情……の中に、ちょっと悪戯心がある。

 

 そしてカナちゃんが涙で手紙が読めなくなった隙に、桜はペンをとって手紙の末尾にさらさらと一文を書き込む……なるほど、そういうことか。

 

 止めようかと思ったが、こういうことなら俺も手出しはすまい。

 

『それとカナちゃん、最後まで読んでね』

 

「へ? 何か言いました?」

 

「いや、何も?」

 

 恐らく桜ちゃんの言葉が微かに聞こえたのだろう。

 俺は桜ちゃんの意図を察してしらばっくれる。

 

 カナちゃんは首をひねりながらもう一度視線を手紙に戻す。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

「追伸 オカルト好きはいいけどわたしのウワサを流すのはやめてね。化けて出るよ?」

 

「ぎええええー!? なんでバレてるー!?」

 

 最後の一文を読んで、カナちゃんは恐怖のあまり倒れてしまった。

 

『やっべ……やりすぎちゃった』

 

 桜がちょっと焦っている。

 

「うーん……消しとくか」

 

『え、できるの?』

 

 桜ちゃんが使ったペンは恐らく桜ちゃん自身の遺品だ。

 

 つまりペン、その中のインクは霊としての力で構成されたもので、霊能力で打ち消すことができる。

 

「破ッ」

 

『あっ、そうやって消せるんだ。すご。フリクションペンみたい』

 

「これが残ってたらカナちゃん、呪われたとか憑りつかれたって勘違いするだろう」

 

『そうだね、ありがと』

 

 そして俺はカナちゃんの体を担いで音楽室倉庫から出る。

 倒れた女の子をお米様だっこした俺を見て、周りがまた恐慌状態に陥った。

 

「なっ、ど、どうしたの!? きみ、この子に乱暴したのか!」

 

 この部の部長らしき凛とした雰囲気の女性が俺を責め立てる。

 

 そりゃそうだ。部員がこんな密室で倒れたら誰だって俺のせいだと思うだろう。俺だって思う。

 

「倉庫に隠されてた雲取桜の手紙を見て、ショックで倒れた」

 

「えっ……ええっ!? 桜の手紙!? なんで!?」

 

「説明してもいいが、とにかくこの子を保健室に運びたい」

 

「あっ、そ、それはそうだけど……。え、いや、桜の手紙ってすごい気になるんですけど……」

 

「俺は桜の親戚だ。彼女のマンションに住んでる」

 

「あの悪霊マンションに!? 本当に!?」

 

「ともかく保健室に行く。話はそれからだ」

 

 我ながら言葉に情報量が多すぎる。

 皆が混乱している隙に強引に話を打ち切り、保健室にカナちゃんを運んでからそそくさと帰宅した。

 

 

 

 

 

 

「ま、マジごめんね……わたしのせいで学校、居づらくなったりするかなー?」

 

「そうよ桜、ちょっとやりすぎよ」

 

「桜はたまに考えなしなんだよなーまったく。どっかの霊能力者に除霊されたらどーすんだよ」

 

 帰宅後、桜が姉二人に責められていた。

 

 彼女たちは地縛霊のようなもので、この部屋の中ならば三人同時に実体を持って活動できるようだ。普通にやかま……もとい、賑やかだ。

 

「杏子ねぇだってれいちゃんのことグサグサ刺したじゃん! 悪霊はそっちでしょ!」

 

「そっ、それは……ごっ、ごめんなさ……ごめんなさい……」

 

 杏子さんが涙目に……というか本気で泣きながらこっちに詫びてくる。

 しかし改めて見るとこの人も美人だな。

 茜さんがゆるふわ系の美人で、桜がギャル系とすると、この人は凛とした佇まいの美人だ。

 髪型はウルフカットで、服装もマニッシュなパンツルック。

 いかにも仕事ができそうに見える。

 しかしそんな雰囲気も消えてしまうほど、今は弱りきった表情をしていた。

 

「傷も塞がった。あのくらいじゃ虫も殺せない」

 

 あのとき杏子さんは確かに迷いなく斬りつけてきたが、当初は急所をちゃんと避けていた。初手で逃げて救急車を呼べば十分助かるレベルの傷だったし、そこから先は俺が挑発したようなものだ。

 

「いやいやいや……まず死にますから……虫どころか大型哺乳類とか死にますから……」

 

「全身血まみれだったけど……失血死しないのおかしくない?」

 

「だよね、頸動脈とか腕の動脈とかめちゃめちゃ切れてなかった?」

 

 茜さん、杏子さん、桜がドン引きしながら否定してくる。

 

「ナイフよりもそっちの方が傷つくな」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 杏子さんがまだ涙目になる。

 このままじゃ土下座してくる勢いだ。

 

「ともかく、カナちゃんに多少のイタズラをするくらいは俺も察してた。他の部員にも、事情を話せばあのまま乱暴したとか誤解が広まることはないだろうさ」

 

 ぶっちゃけた話、殺人事件被害者の親戚が来てオカルト現象が起きたって話の方がインパクトあるだろうしな。周囲の人間があらぬ噂を立てることはあるかもしれないが、それはそれだ。ちょっと恐れられてるくらいの方が立ち回りしやすい。

 

「……あの子、練習は真面目だし、先輩の話はよく聞くし、後輩もちゃんと指導するし、そんなに悪い子じゃないんだけど……。学校の裏サイトとか噂話とか大好きなんだよね。うっかり根も葉もない噂を広めたり……って悪い癖があってさ」

 

「ま、いい趣味とは言えないよな」

 

「ただ、れいちゃんを案内したり親切な子なのも間違っていないんだよね……。いい子なところも悪い子なところもある、ちょっと危うい子って感じ?」

 

 思えば音楽室の案内を率先して請け負ってくれたのも、そういう野次馬根性によるところもあったのだろう。とはいえ親切であることも事実だ。いい子という表現と悪い子という表現、そのどちらも正しく、彼女の特徴なのだろう。

 

「だから生きてるときはたまに忠告してあげたけど全然聞かなかったしさー。それでちょっと辛口の忠告をちょっと……ね?」

 

 てへぺろと桜が舌を出す。

 茜さんと杏子さんはやれやれと呆れていた。

 

「他に思い残すことはあるか?」

 

「……うん、ある」

 

 桜が強く頷く。

 茜さんや杏子さんも、何か言いたげな雰囲気だ。

 乗りかかった船のようなものだし、彼女たちのおかげで3LDKに家賃無料で住めるのだ。聞けるだけ聞いておこう。

 

「礼二さん、その食事はどうかと思います」

 

「そうだね……それは見てるだけでもちょっと……なんか……」

 

「えっ?」

 

 あまりにも意外な言葉に俺が驚く。

 

「完全栄養食のパンとドリンクだけで生きていくのは……どうなの……?」

 

「ダメか? 便利だぞ」

 

「ダメね」

 

 桜がシンプルに否定してきた。

 

「正直、何を食べても美味しいとか美味しくないとかもよくわからないし工夫するのも無駄なんだよな」

 

 俺は自炊ができないわけじゃない。むしろ異世界ではよくやっていた方だ。狩った魔物を解体して毒抜きや血抜きをしたり、大鍋に入れて煮込んだり、乾燥した麦を煮ておかゆにしたり。

 

 もっとも俺にとって料理とは味など二の次で、大事なのは毒がないことと栄養が確保できることだ。そして様々なスキルが開花する内に毒を食べても生きていけるようになったので、そこからは食事がマズいとか、軽く痺れるのが当たり前になった。もはや「美味しい」の概念がよくわからん。シンプルに栄養補給できるものを買うに限る。

 

「……それじゃ晩ごはん作りましょうか。礼二さん、買い物お願いしていいかしら?」

 

 と、茜さんが唐突に提案してきた。

 

「いや、俺は食事とかは」

 

「買い物、お願いしますね?」

 

 どうも断る余地を与えてくれない。茜さんだけじゃなく杏子さんも桜も同様のようだ。

 ……まあ、いいか。

 

 買い物リスト、そして近場で安いスーパーの場所を教えてもらって買い物をしてきた。食材を受け取った三姉妹は手早く料理を済ませて、一時間した頃には食事がテーブルに並べられていた。

 

 白米に味噌汁、豚の生姜焼き、サラダという、恐らく日本の定番といったメニューだ。

 

「美味いでしょ。美味いって言えよぉ」

 

「わからんって言ってるだろう。どんな毒でも食える俺に味覚はない」

 

 相変わらず味覚はないのでよくはわからない。

 

「だが体は温まった感じはする」

 

「そっか」

 

 三姉妹が笑う。

 食事を楽しいと感じたのは、久しぶりのことだった。

 

 

 

 

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