何かが起きている。
それが何かはまだわかりません。怪異や悪霊などではないでしょう。ですが、だからこそその正体が何なのか、見当も付きませんでした。
「霊……? いや、それだけじゃありませんね……」
保健室のベッドで休んでいたとき、わたくしの耳に騒がしい声が響いてきました。
誰かが失神して運ばれてきたようです。
運んできた人間のすぐそばに、霊の気配を感じました。
ベッドのカーテン越しだからよく見えませんでしたが、恐らく同い年くらいの女性。この学校の生徒の霊でしょう。
ですが、その霊が生身の人間を操っている……という様子でもありません。悪霊ではなく、ただの浮遊霊……もしくは守護霊でしょうか。
「息はあるし熱もない。頭を打った様子もないし……ひとまず様子を見ようか」
「よろしくお願いします。それでは」
カーテンの隙間から、男子生徒と保険の先生が会話する様子を覗き見る。
男子生徒、そしてその隣にいる女子生徒の霊がそそくさと去っていく背中だけが見えました。まるで厄介事から逃げるような足の速さ。
「……岩見先生。今の生徒は?」
「なんだ、リン。狸寝入りしてたのか? 事件の協力はできるが、サボりの協力はできないぞ」
岩見先生は、異能者ではありませんがこの業界と関りがある先生です……いや、関わらざるを得なかったという方が正しいでしょう。霊障によって怪我や病気になった生徒を診る内に、人に害を与える霊の存在に気付いてしまったのだから。
そして霊に関わる事件が起きたときは真っ先にわたくし、福内リンに相談してくれれます。またわたくしも岩見先生に色々と便宜を図ってもらう、今ではそんな協力関係を築いています。
「サボりじゃないです。被害者が運ばれてくるんじゃないかと思って」
「ま、そういうことにしとくか」
岩見先生がやれやれと肩をすくめる。
本当にサボりではないのですが。
「それで先生、さっきの質問ですが……」
「運ばれてきたのは吹奏楽部の部員。運んできたのは転校生だよ。例のマンションの、殺人現場の部屋に住んでるって噂になってたぞ」
「呪殺マンションに……? そんなまさか」
この学校、いや、この地域に住んでいるオカルトや宗教関係者の中で、呪殺三姉妹を知らない者はいないでしょう。
あそこには猟奇殺人犯の被害者の怨念が渦巻いている……だけではありません。加害者である九神刃一郎の怨念が核となって、その怨念で三姉妹を汚染しているのです。
三姉妹には何の罪もありません。たとえ殺人事件の犯人の悪霊がいるとしても、普通、あそこまで強い怨霊にはなりません。本来ならどこかで成仏するはずだったでしょう。
しかし、彼女たちには霊能力の才能があり……そしてもっとも悪いことに、九神にも恐らく同じ才能がありました。霊能力者だった人間が霊になると、より強力な霊となる。そしてその強力な霊同士がぶつかり合う相乗効果によって、急速に悪霊としての霊格が高まっている。
そんな霊が集まって怨念が増幅した状態で、殺した霊と殺された霊が戦いを繰り広げている。私の実力では中を確認することさえ容易にはできませんが、きっとまさに地獄の修羅界のごとき有様になっていることでしょう。
仮にあの戦いに決着が付くとして、九神が勝利したならばまさしく悪夢。手当たり次第に死を招き、多くの者が殺されてしまう。
仮に被害者の少女たちが勝利したとしても、殺人犯側の怨念を取り込まざるをえません。もしかしたら殺人犯への報復と周囲の人間への殺害欲求が溶け合い、混ざり合い、三姉妹は誰にも手が付けられなくなる怨霊となる可能性も大いにあります。そうなる前に、九神を除霊しなければ。
「ま、デマだろうけどな。同じ建物に住むだけで命の危険があるのに……見ただろう、彼はピンピンしててムキムキしてたぞ。オリンピックに出られるんじゃないかってくらい健康だ」
「呪殺マンションに住んであんなに元気でいられるなら苦労はしません」
今、水面下では陰陽師や霊能力者、異能者たちを集め、政府機関と連動して大きなプロジェクトとなって進行しています。わたくしもそれに呼ばれることは確定しており、勝利するためには霊能力者として強くならなければなりません。だからこそ……目の前の事件を解決しなければ。
「それよりも……運ばれた子、あの件の被害者でしょうか?」
「”ダンスマカブル”とは違うだろう。スマホに執着する様子もないし、踊り始めたってこともない。確認は必要とは思うがね」
岩見先生はやれやれと肩をすくめるが、そこには本気の安堵がある。
わたくしも被害が出ていないことに安心して呟きました。
「そうですか……よかった」
怪異、ダンスマカブル。
死の舞踏という名前に相応しい怪異。
やつに魅入られた者は命尽きるまで踊り続ける。