ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
頑張って更新していきます
──数日後、ダンジョン。七階層。
「ベル様!後ろです!」
「──まかせてっ!」
あれから数日。
私はベル様たちと正式に契約を交わし、彼らのもとでサポーターとして行動していた。
──あの日、私はベル様の手を取った。
いや、取ってしまったというべきか。
本来であれば、ナイフを盗み、彼らとはその場限りで別れるつもりだった。
その計画が破綻した以上、これ以上関わる理由などなかったはずだ。
──そう、頭では理解していた。
それでも私は、差し出されたその手を拒めなかった。
まるで、溺れる者が藁を掴むように。
あるいは、心のどこかで──彼らが自分を救い出してくれるのではないかと、そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
「──っ士郎様!」
「ああ!視えてる!
士郎様の作り出した剣が、天井から産み落とされたキラーアントを正確に貫いた。
胴を貫かれたモンスターは、その勢いのまま力を失い、地面へと崩れ落ちる。
何度目にしても、その精度と威力には息を呑まされる。
そして──それを「頼もしい」と感じ始めている自分がいることに、私はまだ気づかないふりをしていた。
「ベル様、士郎様。少し、お話があります」
モンスターをすべて殲滅し、静寂が戻った広間で、私は二人へと向き直った。
「話って──まさか、リリ?」
そう言って、ベル様の表情が曇る。
──本当に、この人は分かりやすい。
おそらく、私がサポーターを辞めたいと言い出すのではないかと、身構えているのだろう。
少しからかってやりたい気持ちも湧いたが、話が長引くのも面倒だ。
私はすぐに、本題へと入ることにした。
「ベル様が考えているようなことではありませんよ?実は、明日ファミリアの集会がございまして……。契約違反なのは分かっているのですが、お休みをいただきたく……」
「なんだ、そんなことか。僕はてっきり──」
「サポーターを辞めると思った……ですか?本当にベル様は分かりやすいですね」
短い言葉を吐き、声を詰まらせるベル様。
短い付き合いではあるが、彼が何を考えているのかは、なんとなく察せるようになってきた。
──毒されている。
内心ではそう切り捨てながらも、彼らとの関係を断ち切れずにいる自分がいる。
それが弱さなのか、それとも──まだ名前のつかない何かなのか。
その答えについて、深く考えることはない。
──きっとその答えにたどり着いたら、私の今までの人生を否定することになってしまうから。
「それで、ファミリアの集会だったか?別に問題ないんじゃないか?なあ、ベル?」
シートを広げ、昼食の支度を整えた士郎様がこちらへ声をかけてくる。
彼の広げた弁当箱からは、ふわりと食欲をくすぐる香りが立ちのぼっていた。
思わずお腹が鳴りそうになるのをこらえ、私はそっとシートの上に腰を下ろす。
「そうだね、最近ダンジョンには潜りっぱなしだったし……少し休みを取った方がいいのかも」
「決まりだな。だから、リリ。──あんまり遠慮することはないんだぞ」
そう言いながら、士郎様は弁当箱からサンドイッチを一つ取り出し、かじりついた。
彼もベル様と同じく、根っからのお人よしだ。
だが時折、この人は──こちらの内側を見透かしているかのような言葉を、何気なく投げかけてくることがある。
それが妙にうれしくもあり、同時に胸の奥を小さく刺す。
「お気遣いありがとうございます……。」
彼らの顔を見れないまま、差し出された弁当箱からサンドイッチを一つ受け取り、そっとかじりついた。
***
──翌日、豊穣の女主人。
「だから、ここはこうやって包丁を入れて──」
「なるほど。やってみますね──」
「──バカ!?そんな握り方をしたら危ないだろ!?」
昼の営業を終えた豊穣の女主人の厨房は、むしろ営業中よりも混沌としていた。
その原因は、言うまでもなくシル・フローヴァである。
先日の約束通り、彼女に料理を教えるために訪れていた士郎。
だが彼の指導は、開始早々から難航していた。
理由は単純明快──シルの料理の腕が、予想をはるかに超えて壊滅的だったからだ。
(……むしろ、以前教えたときよりひどくなってないか?)
以前教えたときは、ここまでひどいものではなかった。
簡単な料理だったからというのもあるが、どうやらシルは──やる気をを出せば出すほど料理の腕が壊滅的になっていくらしい。
包丁の握り方ひとつ取っても常識の外。
危なっかしい手つきに、士郎は何度も声を荒げる羽目になっていた。
注意の数が、もはや数えきれなくなってきた頃。
店のドアが開き、ベルが顔を出す。
「こんにちはー!シルさん、いますか?」
「ベルさん!来てくださったんですね!
──私に何か御用ですか?」
「ベルか……どうしたんだ?」
元気よくベルを迎えるシルとは対照的に、士郎はどこか疲れ切った様子で顔を出した。
その表情は、これまで見たことがないほど消耗しきっており、ベルは思わず目を瞬かせる。
(料理の特訓って……そんなに過酷なものだったっけ?)
士郎から大まかな事情を聞いていたベルだったが、実際に目の当たりにした光景は、彼の想像とはあまりにもかけ離れていた。
理解が追いつかず首を傾げかけた、そのとき。
士郎から向けられた「深く聞くな」と訴えるような視線を受け取り、ベルはそれ以上踏み込むのをやめる。
──どうやら、この件には触れない方が賢明らしい。
そう判断したベルは、自身がここへ来た目的を話し始めた。
「実は──休みの日に何をすればいいのかわからなくって……。シルさんとか、士郎はどんなことをしてるんだろうって」
話を聞いたシルは、その話を待っていたかのように小さく微笑んだ。
─マズい。
士郎の脳裏に、先日の光景が思い浮かぶ。
視界を埋め尽くすように積み上げられた、皿の山。
次なる犠牲者を生まないためにも、ここで口を挟むべきか。
そう判断した士郎だったが、その思考は、シルの口から紡がれた言葉によって裏切られる。
「休みの日……ですか。私は読書なんていいと思いますけど」
ありふれていて、あまりにも平凡な回答。
拍子抜けするほど無難なその提案に、士郎は一瞬、反応を忘れてしまった。
「……読書ですか、いいですね。でも、僕の家に本は──」
「なら、これなんてどうですか?ちょっと前にお客様が忘れていったものですが……どうやら、取りに来られる様子もなさそうなので」
シルはそう言うと、一冊の本をベルへと差し出した。
手渡されたそれは、装丁も質感も特別なところのない、ごくありふれた一冊。
書店に並んでいても、誰の目にも留まらずに埋もれてしまいそうな本だった。
だが、士郎の眼は、その本の放つ魔力を捉えていた。
それを伝えるべく、士郎は口を開こうとする。
だが──
「おい、シル。それって──」
「さあ!士郎さん!私たちは料理の特訓に戻りましょう!」
「あの、だから話を──」
「話なら後でじっくり聞きますから!
ベルさん!その本の感想待ってますねー!!」
有無を言わせぬ勢いで、シルは士郎の背を押し、ぐいぐいと厨房へと引きずっていく。
抵抗も虚しく、その姿はやがて扉の向こうへと消え、完全に視界から失われてしまった。
まるで──士郎に“それ以上話させない”かのような強引さ。
その不自然さに、ベルは一瞬だけ小さな違和感を覚える。
だが、それも束の間だった。
いつも通りの明るい笑顔。
親切心からの行動だと信じたかったし、それを疑う理由もない。
結局、ベルはその違和感を確かめることなく、店を後にする。
こうして彼は、何も知らぬままホームへの帰路につくのだった。
***
──翌日、朝。スティアファミリアホーム。
「ベルに魔法が発現した?」
「そうなんだよ......気づいたのは、昨日帰ってきてステイタスの更新をした時さ。」
ちらりとベルの方を見れば、頭から毛布を被り蹲っているベル。
小さく「僕のバカ...意気地無し...」と呟き続けており、正直、少し怖い。
──しかし、魔法か。
この世界では、ファルナを刻まれた人間の素質に応じて発現する力だと聞いている。
そう考えれば、すでにスキルを発現させているベルに、魔法が現れたとしても不思議はない。
少なくとも、違和感を覚えるような話ではないだろう。
「ベルにとっていい事なんだろ?なら、別に構わないじゃないか」
「そうだけど......なんでまたこんなタイミングなんだろう...」
ヘスティア曰く、ベルの成長速度は異常らしい。
詳しい理由は説明してくれないが、未だソファに蹲っているあの少年は、どうやら冒険者としての資質を大いに兼ね備えてしまっているらしい。
そのことに、少しの嫉妬心を覗かせるヘスティア。
親が自分の子の成長を目の当たりにした時、喜びと同時に一抹の寂しさを覚える。
きっと、そんな感情に近いのだろう。
もう一度ベルを見てみれば、ふと、ベルの足元に転がっている一冊の本が目に入った。──間違いない。
豊穣の女主人で、昨日シルが渡していた本だ。
ベルに近づき、本を拾い上げてみる。
だが、直に触れてみても昨日感じたような違和感はすでに消えていた。
──俺の気のせいだったのか?
昨日感じた違和感も、ほんの僅かなものに過ぎない。
それに何より、シルがベルに危害を加えるような真似をするはずがない。
そう判断して、昨日のところは深く追求しなかったのだが──
「し、しし、士郎くん!?それ、一体どこから!?」
急に声を荒らげるヘスティア。
その視線の先にあるのは、俺の手にした一冊の本だった。
彼女はそれを見るや否や、まるで宝石でも扱うかのような慎重さで、そっと俺の手から本を取り上げる。
そして、パラパラと素早く、しかし確かめるようにページをめくり──短く、断言する。
「──間違いない。これは【
「「魔導書?」」
その声に、いつの間にか正気を取り戻していたベルの声が重なる。
どうやら、さきほどまで毛布に埋もれていた状態から復帰していたらしい。
「簡単に言うと、読めば誰でも魔法を発現させることのできる
──嫌な予感がする。
どうやら、それはベルも同じだったらしい。
彼はみるみる顔色を失い、視線を泳がせながら、観念したように口を開いた。
「お客さんの忘れ物だって......昨日シルさんにお借りしたんですけど──」
「これをお店に忘れていっただって!?」
なんてことだ、と言わんばかりに天を仰ぐヘスティア。
その様子を見れば最早分かりきったようなものだが、一応の確認すべく口を開いてみる。
「そんなに貴重な物なのか?」
「とんでもなく貴重だよ!なんせ、読むだけで魔法を発現させる代物だぜ!?値段にしたらヘファイストスファミリアの最高級武器といい勝負さ!!」
「ヘファイストスファミリアの──!?」
続いて、ベルも天を仰いだ。
ヘファイストスファミリアの最高級武器の値段は知らないが、きっととんでもなく高額なものなのだろう。
やがて、ようやく正気を取り戻したベルは、事の重大さを噛み締めるように息を呑む。
そして、足元がおぼつかない様子のまま、ふらふらと部屋を出ていこうとした。
「──どこへ行くんだい?ベル君?」
それを、未だかつて無いほどの笑顔で引き止めるヘスティア。
その手には、魔導書と──ライター。
──どうやら、無かったことにするらしい。
その光景を理解した瞬間、ベルが反射的に動いた。
ヘスティアの手から魔導書をひったくると、全力で駆け出す。
「すみません!神様!!僕、全力で謝ってきます!!」
「待つんだベル君!こんな代物、忘れていく方が悪いんだ!だから、今日のことは忘れて無かったことに──」
謝罪をすべく豊穣の女主人へ向かうベルと、それを全力で引き止めるヘスティア。
この魔導書を巡った騒動は、小一時間ほど続くのだった。
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