ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
──昼。オラリオ、中央広場
結局、魔導書の件でベルは豊穣の女主人へ向かうことになった。
当然、俺も一緒に行こうとしたのだが、
「読んじゃったのは自分だから」
そう言ってベルは一歩も引かず、結局押し切られてしまった。
仕方なく俺は、中央広場でベルの帰りを待つことになる。
その間、周囲へと視線を巡らせる。
──既にここへ来ているはずの、リリの姿を探すために。
ファミリアの集会があると言って、昨日は休んでいた彼女。
だが、その言葉が妙に引っかかっていた。
考えてみれば、俺たちは彼女のファミリア──ソーマファミリアについて、ほとんど何も知らない。
他のファミリアに深入りするのは厳禁。
そんな暗黙の了解が、オラリオにはあるらしい。
それでも今は、背中を預けてダンジョンに潜る仲だ。
命を預け合う関係で、何も知らないままというのは、どこか歪だ。
──もう少し、リリと踏み込んで話すべきなのかもしれない。
少しして、遠くにリリの姿が見えた。
手を上げ、声をかけようとする。
だが、その動きを遮るように──
見知らぬ男が二人、リリの前に立ちはだかった。
嫌な予感が背中を走った、その直後。
俺の前にも、もう一人。
気配に気づいて視線を向けると、そいつは俺とリリを交互に眺め、
値踏みするように口元を歪めた。
にやにやと、不快な笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「お前、あのガキとパーティー組んでんだろ?
ちょうどいい、俺達と手を組まねぇか?」
「──どういうことだ」
問い返しても、男は下品な笑みを崩さない。
そのまま、愉快そうに言葉を重ねてくる。
「とぼけんなよ。お前もアイツのため込んだ金を狙ってんだろ?
ここは協力して山分けと行こうぜ?」
「なんのことを言ってるのかさっぱりだ。
──そこをどけ。俺はリリに用がある。」
その瞬間、胸の奥で警鐘が鳴った。
──こいつとは、関わるべきじゃない。
今、リリに絡んでいるあの二人も、こいつの仲間だろう。
なら、悠長にしている場合じゃない。リリが危ない。
踏み出そうとした、その一歩。
だが、男はそれを見逃さなかった。
伸びてきた腕が、俺の進路を塞ぐ。
「つれないこというなって。ちゃんと報酬はわけてやっからよ。
お前は、ただダンジョンにアイツを置いてくるだけでッ──」
──これ以上、話を聞く必要はない。
肩に回されかけた手を、反射的に掴み取る。
途端、男の顔が苦悶に歪んだ。
どうやら、相当頭に来ていたらしい。
掴んだ手は、男が必死に振りほどこうとしても、びくともしない。
手首から伝わる痛みに耐えきれず、男は呻き声を漏らす。
その様子を見て、ようやく冷静さを取り戻した俺は、手を放し、はっきりと告げた。
「断る。リリは──俺たちの仲間だ。」
解放された反動で、男は地面に転がり落ちる。
だが、そんなことには構わず、俺はリリの方へと向かった。
彼女に絡んでいた二人の男は、こちらに気づくと小さく舌打ちをし、そのまま背を向けて立ち去っていく。
追いかけようと一歩踏み出した瞬間、背後から袖を引かれた。
「大丈夫です、士郎様」
振り返ると、リリが首を横に振っていた。
「元はと言えば……彼らにぶつかってしまったリリが悪いので……」
──嘘だ。
あの男たちは、最初からリリを狙っていた。
絡まれた瞬間も、決して“ぶつかって”などいない。
言い逃れのために用意された、あまりにも拙い言葉だ。
力のない笑みを浮かべ、必死に場を収めようとするリリ。
よほど自分の事情を悟られたくないようだ。
踏み込むべきか、それとも今は引くべきか。
そう考えた、そのときだった。
「士郎! リリ!」
背後から聞き慣れた声が響く。
振り返ると、少し息を切らしたベルがこちらへ駆け寄ってきていた。
その姿を目にした瞬間、リリは一瞬だけ目を伏せ、
何事もなかったかのように表情を整える。
まるで──
最初から、何も起きていなかったかのように。
「ベル様。おはようございます」
「ベル。ずいぶん遅かったけど、何かあったのか?」
「ごめんね。少し話が長引いちゃって……」
そう言いながら、ベルは視線を泳がせた。
肩で息をしており、その表情にも、どこか余裕がない。
その様子を見て、俺の中に一つの可能性が浮かび上がる。
──ベルも、アイツらに声を掛けられたのか。
もしそうなら、まさしく今、リリの身に危険が迫っている。
だが、彼女は自身のファミリアに、あまり良い感情を抱いていない。
仮に誰かに相談したところで、まともに取り合ってもらえる可能性は低いだろう。
──なら、俺たちで護るしかない。
ベルも、きっと同じ結論にたどり着いているはずだ。
それを確かめるため、息を整えたベルに声を掛けた。
「ベル──少しいいか?」
***
──ダンジョン。七階層。
今日もいつもと同じようにダンジョンへ潜る。
変わることは、何もない。
私の役割も、立ち位置も。
使えない、役立たずのサポーター。
冒険者としての才能を持たない私には、きっとこれがお似合いの役割だ。
できるのは、後ろを歩き、荷を運び、
必要とされなくなれば、静かに切り捨てられることだけ。
──そう、思っていた。
けれど最近、少しだけ変化が起きた。
最初は、ただ武器を目当てに声を掛けただけの二人の人間。
彼らに取り入って、隙を見て武器を奪う。
それだけのために、私は彼らのサポーターになった。
本来なら、利用されるか、罵られるか──それが当たり前のはずだった。
だが、彼らは違った。
私を役立たずと切り捨てることもなく、当たり前のように「仲間だ」と言った。
分け前は三等分。
それどころか、「リリのおかげ」と、私に多めに渡そうとさえする。
──理解できなかった。
そんな扱いを受ける理由が、私には見当たらなかったから。
ふと横を見れば、今日は剣を持たず、私のすぐ側を離れない衛宮士郎。
普段から途轍もない集中力を見せる彼だが、今日はそれとは違う。
まるで、何かを警戒するように──いつも以上に神経を張り詰めているように感じられた。
「士郎様?今日は戦わないのですか?」
「ああ、ベルも大分強くなったからな。
今日は一人でどこまでやれるか試してみたいんだと」
「そう……ですか」
──きっと、嘘だ。
彼も、さきほど中央広場で冒険者に絡まれていた。
遅れて合流したベル様も、おそらく同じだろう。
話の内容はおそらく──私のこと。
あの後、二人は少しだけ言葉を交わしていた。
私に悟られないよう、ひそやかに。
まるで、十二時の鐘が鳴り響くかのように、
この日々の終わりが、静かに訪れた。
私の事情を知られてしまった以上、
もう彼らと一緒にいることは、許されないだろう。
──でも、これでよかったのかもしれない。
これ以上彼らと共にいれば、そのやさしさに溺れてしまう。
そして、そのぬくもりを、この先もずっと求め続けてしまうから。
だから、少し前の私に戻ってしまおう。
弱く、みじめで、盗みを働いていたあの頃の私に。
視線を上げれば、今もベル様の手の中で、紫紺の輝きを放つナイフがある。
私の狙いは、最初からそれだけだった。
ならば──あれを盗んで、ここでおさらばしよう。
──そうだ。
そうすれば、彼らもきっと私を罵ってくれる。
嫌いになってくれる。
それでいい。その方が、ずっと楽だ──
「リリ、大丈夫か?顔色が悪いみたいだけど」
「……問題ありません。ちょっと……考え事をしていただけなので」
──ああ。
彼らがもっとひどい人だったら──こんなにも心が痛まずに済んだのに。
せっかく魔法を覚えたのに全く出番のないベル君に敬礼