ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
──夜。ヘスティアホーム。
「──なるほどね。事情は理解したよ」
探索を終え、ダンジョンから帰還した俺たちは、リリの件についてヘスティアに話していた。
一通りの話を聞き終えると、彼女は腕を組み、思案するように黙り込む。
やがて、意を決した様子で口を開いた。
「ベル君、士郎君。今から言うのはあくまでボクの推測だ。
責めるような言葉になって悪いけど、聞いてほしい。
単刀直入に言おう──君たちは、本当にそのサポーターを信用できるのかい?」
一呼吸おき、ヘスティアは言葉を続ける。
「話を聞く限り、そのサポーターくんは優秀なんだろう。
だけど問題は──そんな彼女が、どうして冒険者に狙われているのか、だ」
──そうだ。
ベルから聞いた話では、サポーターという存在そのものが、蔑視の目を向けられることは珍しくないらしい。
だが、リリに向けられていた視線は、それだけではない。
憎しみが感じられる、恨みがこもった眼でもあった。
「その子はきっと、君たちに言えない何かを隠してる。
それも、いい話じゃないだろう。
だけど──それを知ってしまったとき、君たちはどうするんだい?」
ヘスティアの瞳が、俺とベルをまっすぐに射抜いた。
その揺らぎは、まるで俺たちの心の奥底まで見透かそうとするかのようだ。
──それでも。
彼女が何かを隠していること。
そして、それが善良な事情でない可能性が高いことも、気づいていたことだ。
そのうえで、俺が辿り着いた答えは、最初から一つしかなかった。
それはきっと──ベルも同じだ。
言葉を交わすまでもなく、互いに視線を合わせ、静かに頷きあう。
「──それでも、力になりたいです」
一切の迷いを感じさせない声でベルが答えた。
その視線は真っ直ぐで、一瞬たりともその目をそらすことはない。
「僕たちの知っているリリは、優しくて、頭の切れる、頼れるサポーターなんです。
彼女が困っているなら、力になりたい。苦しんでいるなら、助けたい」
「彼女が悪い奴だったとしてもかい?」
「はい。何があっても──僕たちはリリを見捨てたりしない」
ベルの覚悟を聞き届けたヘスティアの視線が、俺に向けられる。
俺はその視線を受け止め、ベルの言葉を肯定するように、静かに頷いた。
その意図を汲み取った彼女は、一瞬だけ呆れたような表情を浮かべる。
だが直後には、どこか嬉しそうに口を開いた。
「全く……本当に君たちはそっくりだね。……でも、そう言うと思ったよ。
君たちはきっと、その子を見捨てないだろうってね。
──だったら、何があっても絶対に助けてあげるんだぜ?」
満面の笑みで、ヘスティアはそう告げた。
張り詰めていた部屋の空気が、ゆっくりとほどけていく。
試されていた──わけではない。
俺たちの答え次第では、彼女がリリとの関係に区切りをつけるよう提案していた可能性は高かっただろう。
彼女はただ、俺たちの身を案じてくれていただけ。
「ありがとな、ヘスティア」
「別に大したことはしてないさ。でも、どういたしまして」
それでもなお、俺たちにリリを見捨てるなんて選択肢は存在しない。
──なぜなら彼女は、既に俺たちのパーティなのだから。
***
──翌日。朝、中央広場。
「おはようございます。ベル様、士郎様」
「おはよう。リリ」
「ああ、おはよう」
今日もベル達は、中央広場で待ち合わせていた。
姿を現したリリは、いつもと同じように挨拶をする。
だが、その声にはどこか張りがなく、沈んでいる。
それでも彼女は、いつも通りの調子で言葉をつづけた。
まるで何事もないように──今日の行動についての提案を口にした。
「あの、提案なのですが……今日は十階層まで下りてはみませんか?」
「「十階層?」」
ベルと士郎の声が重なった。
その提案が無謀なものだから──ではない。
ここ数日の間で、彼らは既に九階層までは到達している。
戦闘についても問題なく、遅れをとることはない。
だが──
「魔法もありますし──昨日のベル様の戦いぶりを見る限り、問題ないかと」
──何としてでも十階層へ向かわなければならない。
そんな意志が、リリの言葉から感じられる。
元々、七階層にとどまっているのはベル本人の希望によるものだ。
その理由は二つ。
一つは、単独でも十分に攻略できる力をつけてから到達階層を増やしたいと考えている事。
もう一つは、十階層以降に現れる大型モンスターを危惧しての事であった。
「方針に口出ししないといっておきながら、申し訳ございません。
実は……ファミリアの事情で、まとまったお金が必要なんです」
目を伏せるリリ。
その様子を見たベルと士郎は、既に十階層へ下りる決意を固めていた。
「大丈夫だよ、リリ。僕もそろそろ、下の階層に挑戦したいって思ってた」
二つ返事で了承されるとは思っていなかったのか、リリの目が見開かれた。
だが、提案を受け入れられた彼女の表情が明るくなることはない。
そんな彼女を安心させるように、士郎はリリの肩に手を置き、穏やかな声で告げる。
「そういうことだ。だから、気にすることないんだぞ?」
「別に、気にしてなんかいません。
……でしたら、ベル様はこれを使ってみてはどうでしょう。
今の装備ですと、少々リーチに不安がありますので」
そう言って、リリは荷物の中から一振りの短剣を取り出した。
ベルが普段使っているナイフよりも一回り長い刀身を持つそれは、自分よりも体格の勝る相手と戦う際、間合いを保つうえで有効に働く武器だ。
「──ありがとう。大事に使わせてもらうね」
リリから短剣──バゼラードを受け取ったベルは、慣れた手つきでそれを腕に着けたプロテクターへと収める。
代わりに、これまで使っていたナイフをレッグホルスターへ移した。
「じゃ、そろそろ行くか」
二人の準備が整ったことを確認し、士郎が声を掛ける。
その一言を合図に、三人はダンジョンへと歩み出した。
──ダンジョン。
三人は慣れた足取りでダンジョンを下りていく
既に七階層を突破し、現在の位置は──九階層。
ここに至るまでに、何度かモンスターと遭遇している。
その中でベルは、新たに手にしたバゼラードの間合いと重さを、少しずつ身体に馴染ませていった。
これならば、十階層でもそうそう遅れをとることはない。
やがて、十階層へつながる階段が見えた。
ベルの中には、わずかな緊張と──高揚。
また一歩新たなステージへ進むことを、彼は喜んでいる。
逸る気持ちを抑え、ベルは一歩ずつ階段を下っていく。
そして、十階層に下り立った瞬間、最初に彼らを待ち受けていたのは──
「霧……士郎、リリから離れないで」
「分かってる。ベルこそ、あんまり離れるなよ」
──それは、モンスターではなかった。
ダンジョンは、階層が進むにつれて過酷さを増していく。
それは、モンスターに限った話ではない。
それらを取り巻く環境もまた、大きく変化するのだ。
十階層では、視界を遮る濃い霧が、階層全体を覆いつくしていた。
『グオオオオオ!!!』
その霧をかき分けるかのように、奥から姿を現した一匹のモンスター──オーク。
その手には、ランドフォームと呼ばれる天然の武器が握られていた。
まるで何かにおびき寄せられるように、一匹、また一匹と数を増していく。
「オーク……!」
囲まれた。ベルがそう判断するのに、時間はかからなかった。
これ以上オークが増える前に仕留めるべく、前に出る。
その判断は、モンスターとの戦闘において圧倒的に正しい──はずだった。
オークが現れるのと同時、懐から魔剣を取り出したリリ。
ただ振りかざすだけで、疑似的に魔法を行使できる剣。
しかし、その切っ先が向けられたのはオークではなく──士郎。
オークが集まってきたのも、彼女が仕掛けた罠によるものだ。
彼女がいたのはパーティの最後尾。
加えて、この視界の悪さだ。
士郎に気づかれぬよう、モンスター用の撒き餌を仕込んだリリは、士郎からわずかに距離を取り──
「──ごめんなさい、士郎様」
──リリの手によって、魔剣が振り下ろされた。
魔剣から炎が放たれる。
自身の背後で起きた異常事態に、振り返った士郎。
彼の視界が炎に覆われる直前に見えたのは──
──涙に濡れた、パルゥムの少女の顔だった。
更新した時の伸びがすごいことになっててうれしいです。