ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
──数日後。昼、オラリオ。
「それにしても⋯⋯随分強くなったな。
この調子なら、ベルもランクアップが近いんじゃないか?」
「そんな、僕なんてまだまだだよ」
アイズとの特訓を始めて数日。
憧憬である彼女との訓練はどうやら効果絶大らしく、ベルは目に見えて成長している。
アイズの現在のレベルは──六
つい先ほど、ギルドから【ランクアップ】の公式な発表があったところだ。
曰く、【ランクアップ】とは器の昇華らしい。
一定以上のステイタスを得た冒険者が、何らかのきっかけを経て、さらに一段階強くなる──というのは、リューから聞いた話だ。
ベルと同じファミリアの俺は、彼のステイタスを把握している。
この世界における一般的な基準は知らないが、ヘスティアの様子を見る限り、とんでもない成長速度であることは間違いない。
ならば、ステイタス的にはすでにランクアップしていても、何ら不思議ではないはずだ。
それでも、ベルのレベルが上がる気配はない。
だとすれば、今のベルに足りないものは──
「丁度いい所に!
ベルさーん!士郎さーん!──助けてくださいっ!」
「⋯⋯シルさん?」
俺の思考を断ち切るように、ソプラノの声が俺達を引き留めた。
声の主は──シル。
俺たちを見つけるや否や、にやりと笑みを浮かべ、こちらへ駆け寄ってくる。
やがて正面で足を止め、軽く弾んでいた息を整えると、含みのある視線でベルを見つめた。
「えーっと……。助けるって⋯⋯シルさんを?」
「はい。⋯⋯実は今、ちょっと追われてまして⋯⋯」
わざとらしく大袈裟な身振り手振りで状況を説明するシル。
だが、どこか妙だ。
追われているにしては、随分と余裕がありそうで──
「大変じゃないですか!?
一体、誰に──」
「ああ!
このままでは捕まってしまいます!
ベルさん!私を守って下さい!」
──状況が読めてきた。
というか、つい最近、心当たりがある。
確かめるように彼女へ視線を向けると、「余計な事は言うな」と言わんばかりの目で返された。
そうこうしている間に、まだ状況を飲み込めていない様子のまま、ベルが口を開く。
「分かりました。
僕にできることなら、何でも──」
「ありがとうございます!」
ベルの返答を聞くや否や、彼女はすぐさまその手を掴み、歩き出した。
急に引かれたベルは、されるがままに連れて行かれる。
間違いない。行き先は、きっとあそこだ。
「士郎さんは⋯⋯助けてくれないんですか?」
思い出したかのように振り返った彼女は、得意の上目遣いで俺にもそう告げる。
もはや狙いを隠す気はないらしく、遠慮のない視線が向けられてきた。
その視線に俺は──
「まさか、ベル一人で行かせるわけないだろ?
──俺も手伝うよ」
「やったぁ!」
──迷いなく頷いた。
分かってはいても、その言葉には弱い。
助けて、なんて言われたら、助けないわけにはいかないのだ。
そうして歩くこと数分。
彼女に連れられてたどり着いた先は──予想通り、豊穣の女主人だった。
***
──豊穣の女主人。
「全然終わらない……」
皿を一枚一枚丁寧に洗いながら、ベルがぼやく。
連れてこられてから、すでに数十分。
ベルは、終わりの見えない雑用に追われていた。
「クラネルさん、大丈夫ですか?」
「リューさん……」
「この量は酷でしょう……少し、手伝います」
ふいにリューがベルの隣へと並ぶ。
彼を気遣ってここへ来た彼女は、積み上げられた皿の中から一枚を取り、慣れた手つきで洗い始めた。
水音と食器の触れ合う音だけが満ちる。
沈黙を紛らわす話題を探していたベルはふと、自身が気になっていたことをリューへと問いかけた。
「あの……リューさん。
ずっと気になってたんですけど──ランクアップって、どうすればできるんですか?」
アイズのランクアップを知った彼は、彼女に追いつくための手掛かりを求めていた。
だが、それは焦りではなく──覚悟。
ベルの心の内を察したリューは、手を止めることなく、静かに語り始める。
「……偉業を成し遂げるのです。
人も、神々さえも認める偉業を成し遂げた時、器は昇華します。
より具体的にいうなら、上位の経験値を一定量集めること……でしょうか」
「偉業……」
条件を聞いたベルは、静かにうなずいた。
飛躍するステイタスとは裏腹に、掴めずにいたランクアップへの道筋。
その輪郭をようやく知り、彼の胸に小さな灯がともった。
「あなたは冒険者だ。
これはただの勘にすぎませんが、あなたは近いうちに偉業を果たす……そんな気がします」
そう言ってから、「まあ、私の勘はよく外れますが」と、リューは付け加えた。
「ありがとうございます。リューさん」
「いえ、大したことは」
再び部屋に沈黙が落ち、水音と食器の触れ合う音だけが静かに響き始めた。
その様子を、戻ってきた士郎が厨房の入り口からそっと見守っていた。
自分の仕事を終えた彼は、邪魔をしないよう足を止め、二人の会話に静かに耳を傾けていた。
「士郎さん?そんなところでどうしたんですか?」
「シルか……いや、少しな」
シルの問いに、士郎はどこか上の空で答える。
彼の脳裏では、先ほどの会話が何度も反芻されていた。
神々すらも認める偉業。
それはすなわち、己の命を賭して踏み込む領域だ。
聖杯戦争という死線を越えてきた彼だからこそ、その意味は痛いほどわかっている。
「士郎さん……冒険って、しなくちゃいけないんでしょうか?」
ふと、シルの口からそんな言葉がこぼれた。
「私は、ベルさんが危険な目にあってほしくないんです……そう思うのは、私のわがままなんでしょうか……」
彼女は静かに胸の内を語った。
その視線の先には、ようやく皿を洗い終えたベルの姿。
士郎は、その姿をかつての自分と重ねていた。
守られた日常の中にいながら、それでも戦場へと踏み出していった、あの頃の自分と。
その選択を、後悔しているわけじゃない。
だが、同じ道を、他人に勧められるかと問われれば──
──士郎は、その問いに答えを出すことができなかった。
***
──翌日。オラリオ
「──はああっ!!」
オラリオを囲んでそびえ立つ市壁の上で、金属がぶつかり合う音が響く。
アイズとの特訓は、彼女が遠征へ向かう今日までの約束だった。
もしかすれば最後になるかもしれないこの機会に、ベルは全力で臨んでいた。
「──!」
アイズの目がわずかに見開かれた。
数日前の彼では反応できなかった速度。
だが今、彼は確かにそれを防いでみせた。
(反応しろ!何が何でも喰らいつけ!)
アイズの速度が一段と上がる。
それでもベルは、繰り出される絶え間ない連撃を必死に受け止めていった。
そして──
(ここだっ!!)
攻撃と攻撃の間に生まれた、刹那の空白。
その一瞬を逃さず、ベルはこの数日間で初めて反撃に転じた。
閃いたナイフがアイズへと迫る。
だが刃は届く前に、彼女によっていとも簡単に弾き落とされた。
「くっ!」
無理な反撃で、ベルの体勢が大きく崩れる。
次の瞬間、がら空きになった胴体へ、鋭い回し蹴りが叩き込まれた。
「ぐぁ!?」
防ぐ間もなく、彼はその衝撃を正面から受け止めた。
体は宙を舞い、数メートル先まで吹き飛ばされる。
(──まだだっ!)
それでも、飛びそうになる意識を必死につなぎ止め、ベルは立ち上がる。
もとより勝てる相手だとは思っていない。
今の彼にできるのは、ひたすらに追いすがることだけだった。
(絶対に強くなるんだ!
いつか、この人に追いつくために!)
もう一度、万全の気合を込めて情景へと挑む。
そうして彼は、一度も意識を手放すことなく最後の特訓を終えた。
「今日まで……ありがとうございました」
「私も、ありがとう。……楽しかった」
一週間分の想いを込めて、ベルはアイズへと頭を下げた。
それに応えるように、アイズはほんの少しだけ微笑む。
その表情に、ベルは思わず顔を赤らめ、言葉を失った。
「それじゃあ……頑張ってね」
「はい……」
ベルは結局、それ以上の言葉を何も言えなかった。
遠ざかっていく背中を見送りながら、彼もまた振り返って歩き出す。
短い期間の出来事だったが、その時間は、二人の記憶に深く刻まれた。
士郎との出会いを経て、ベルの覚悟がキマってきてしまった....
寧ろ士郎がベルの心配をしちゃうレベル
山場まで後三話です(予定)
リアルがいったん落ち着いたので更新頻度あげれたらいいな
4/24追記
長い間更新止めてしまい申し訳ございません....
ただ今パソコンが使えない状況になってしまった為次の更新はもうしばらくお待ち下さい
早ければGWには投稿できる....かも