ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
士郎パートはもう少しマッテテ
刃は届いている。
何度も、確かに捉えている。
だが──浅い。
「......っ!」
捌けている。
避けられている。
間違いなく、闘いになっている。
それでも。
何度も繰り出した斬撃は、硬い皮膚に阻まれていた。
ミノタウロスの強靭な皮膚と筋肉は、容易に断てない。
『ブモォォッ!』
ヤツは何度目か分からなくなった咆哮を上げる。
同時に、地面を割るかのごとく踏み込む。
瞬間、距離が潰れた。
剣戟の音がダンジョンに響く。
振り回される大剣を捌く。
(重い......!)
受ける度に、腕の奥が軋む。
一度でもマトモに喰らえばどうなるかは想像に容易い。
──だが、見えている。
振りは大きく、軌道は単純。
一撃ごとに大きな隙がある。
(ここだっ!)
バゼラードを振るう。
だが、その刃はヤツの命に届かない。
『ブモォッ!』
即座に大剣が振り返される。
それをナイフで受け流す。
振り払われた刃は、頭上わずか数cmを通過した。
隙だらけの脇腹へ両の剣を振り抜き──振り抜きざまに距離を取る。
十分な距離を取り、仕切り直す。
「はぁっ......はあっ」
呼吸が乱れる。
思考と肉体が削られていく。
一撃ごとに、衝撃が身体を蝕んでいく。
あと何度、撃ち合いが許されるのだろうか。
あと何秒、立っていられる。
ヤツは未だ健在。
何度も重ねた刃は、僅かに傷を付けるだけに留まっている。
──膠着。
だが、それも長くは続かなかった。
『ブモォォォォォォォ!!』
「しまっ──」
度重なる打ち合いの最中。
踏み込みが、半拍遅れた。
振り下ろされる大剣。
受け流す──はずが、
「ぐぁっ......!」
弾かれる。
衝撃が身体を駆け抜け、体勢を崩した。
がら空きになった胴体へミノタウロスの拳が迫る。
「──っ、づっ、ぁ!!」
拳が胴体を捉え、僕の身体は吹っ飛んだ。
ライトアーマーが砕け、破片が飛び散る。
「──は、あ、っ、......く......」
遠のく意識をつなぎ止め、何とか立ち上がる。
幸い、足はまだ動く。
──なら、まだ終われない。
その時だった。
視界の端で、金の髪が揺れる。
見間違えるはずがない。
アイズさんだ。
その背後に、ロキ・ファミリアの面々。
──リリも、いる。
(連れてきてくれたんだ......)
何かを言っている。
けれど、うまく聞き取れない。
不安げな瞳が、こちらを見ていた。
当然だ。
あれだけ大口を叩いて──この有様だ。
──でも、ごめん。
その人にだけは。
アイズ・ヴァレンシュタインには、助けられるわけにいかない。
もう一度、剣を構える。
身体はもう限界が近い。
膝は震えている。
目も霞んで上手く見えない。
──それでも。
まだ、体が残っている。
***
「ミノタウロスが現れただぁ?」
ベートが怪訝に眉をひそめる。
突如として現れたサポーター。
傷だらけの冒険者を引きずっている。
「上層で...ミノタウロスが......!」
息も絶え絶えに、彼女は告げた。
その必死の形相から、嘘では無いことを察する。
──だが、何故。
「まさか、あの時の生き残り?」
「それはないでしょ。
あの時のは全部仕留めたはずよ」
「お願い、しますっ!助、けて下さい!」
息も絶え絶えのまま、彼女は続ける。
上層にミノタウロス。
それ自体は異常事態だ。
だが、ギルドの定める推定Lvは2。
第一級冒険者が揃うロキ・ファミリアにとって、脅威とは言い難い。
だというのに。
彼女の表情は、まったく安堵していなかった。
「落ち着いて、サポーターちゃん」
「そうよ。もう大丈夫だから」
宥める声は届かない。
少女は、ただ必死に首を振る。
そして──
「このままじゃ……ベル様がっ!!」
その名を口にした途端、空気が変わった。
「あン?誰だソイ──
おい!?アイズ!?」
「ちょっと!遠征中だよ!?」
呼び止めも届かない。
アイズはすでに駆け出していた。
その背を追って、ロキ・ファミリアも動く。
剣戟の音が近づく。
そして──
視界が開けた先には、
ミノタウロスと闘いを繰り広げる、一人の少年がいた。
「アイツは......あん時のトマト野郎か?
つくづくミノタウロスに縁が──」
ベートはその姿に覚えがあった。
つい一ヶ月ほど前、自分が弱者だと罵った少年。
──その彼が今、ミノタウロスと互角に闘っている。
「っ、一体どうなってやがる......」
猛攻を捌き続けている。
何度も。何度も。
その動きには一切の迷いが感じられない。
「──あの子、Lv1......じゃないの?」
「知るか......俺に聞いてんじゃねぇ」
ティオネが口を開く。
それほどまでに目の前の光景は信じ難い。
たった一月でここまで成長できる冒険者など──
その場にいた全員が、息を呑む。
死闘を繰り広げる少年はまるで英雄のように見えた。
──だが。
やがて、その均衡は崩れた。
体勢を崩した少年へ、ミノタウロスの拳が叩き込まれる。
「ベル様ッ!!!」
数メートルは吹きとんだ。
──直撃だ。
耐えられるはずもない。
「──ッ!」
アイズが駆け出そうとする。
だがその瞬間、ベートが手で制した。
「っ、ベート。何で──」
ベートは答えなかった。
いや、答えられなかったのか。
ただ呆然と、前を見ている。
アイズはその視線の先を追う。
そして、踏み出しかけたその足が止まった。
──立ち上がった少年を見て。
「っ......」
思わず声が漏れた。
それほどまでに。
今の彼は気迫に満ちている。
一瞬、目が合った気がした。
彼は──ベルはまだ、諦めていない。
その瞳には、戦う意思が宿っている。
いや、むしろ。
それはさらに強く、研ぎ澄まされていた。
***
──意識がある。
なら、大したことはない。
アイズさんの一撃はこんな程度じゃなかった。
──思い出せ。
両の手の剣。
士郎なら、もっと無駄なく使う。
もっと正確に、もっと深くまで届かせる。
その動きを、ずっと近くで見てきた。
だから──できる。
高みに手を伸ばせ。
なるんだ。
──英雄に。
「──勝負だ」
地を蹴る。
飛んでくるミノタウロスの拳。
横に抜けて、躱す。
すぐさま大剣。
間合いに踏み込み、威力を殺す。
次は脚──
「ファイアボルトッ!!」
──脚が届くより速く。
顔面目掛けて魔法を叩き込む。
その一瞬、ヤツの動きが止まった。
首元へバゼラードを振り抜く。
──浅い。
硬い皮膚に、わずかなキズ。
でも、それでいい。
振り抜いた勢いのまま身体を回転。
先ほど刻んだ傷口へ、返す刃のヘスティアナイフを叩き込む。
「ハァァァッ!!」
『──ヴォアァッ!』
同じ箇所を裂かれ、ついにミノタウロスの肉が断たれた。
「──ッ!」
怯んだ懐へ踏み込み、さらに斬撃を重ねる。
肩。
脇腹。
太腿。
先ほど刻んだ傷へ、刃を重ねる。
浅いなら重ねればいい。
一太刀ごとに、ミノタウロスの肉が確実に断たれていく。
『──グルゥゥゥッ!!』
怒号と共に、大剣が薙ぎ払われた。
それは、本能のままに振るわれた一撃。
今までの剣とは違う。
技も、間合いも、何もかもを捨てた暴威。
なら、恐れる道理はない。
「──ッ!!」
渾身の力でヘスティアナイフを叩き込む。
大剣の軌道を大きく逸らし、弾き飛ばす。
持ち主を離れた大剣が、天井へと突き刺さる。
『──ッ、ブォォォォッ!!』
大剣を失ってなお、ミノタウロスは止まらない。
本能に任せ、両の拳を地面へ叩きつけた。
咄嗟に後ろへ跳躍し、距離を取った。
轟音。
石畳が砕け、衝撃がダンジョンを揺らす。
『──グルルルルッ......!』
低く唸りながら、巨体がゆっくりと身を沈めた。
狙いを定めるように。
自身最大にして最強の武器──その凶悪な角を、真っ直ぐ僕へ向けて。
ミノタウロスにとって大剣はただの得物に過ぎない。
ヤツの最大の武器。
最後にして最強の一撃。
それは──あの角だ。
だからこそ。
僕は、待っていた。
左手のバゼラードへ意識を集中する。
小さな鐘の音と共に、淡い光が刃へ宿り始めた。
英雄願望。
僕に初めて芽生えたスキル。
強大な敵へ抗うための力。
思い描く英雄は──アルゴノゥト。
多くの人に振り回されながら、それでもミノタウロスを討ち倒し、英雄となった少年。
おじいちゃんが、大好きだった英雄譚。
時間にして三秒。
静寂が空間を支配する。
──来い、勝負だ。
『──ヴォォォォォォッ!!』
静寂が破られる。
巨体が地を砕き、ミノタウロスが突進した。
一直線に。
その突進は、進路上の全てを蹂躙する。
同時に、踏み込む。
憧れた背中に追いつくために。
僕にできる全てを以て、この怪物を打倒する──!
「──うぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
互いの必殺が激突したその刹那。
甲高い破砕音。
ミノタウロスの角が折れた。
──同時。
限界を超えたバゼラードもまた、砕け散る。
「まだだぁぁぁぁっ!!」
砕けた左手。
だが、右手にはまだヘスティアナイフがある。
振るう刃、その全てが。
必殺にして──布石。
「せやぁぁぁっ!!」
『ブモォォォォォォッ!?』
最後の武器を失ったミノタウロス。
その無防備な胴体へとナイフを突き立てる。
『──ッ!グォォォッ!!!!!』
何度も届かなかった刃が、ついに怪物の肉を貫いた。
肉を裂き、深々と刃が沈み込む。
鮮血が、宙へ舞う。
──それでも、まだ足りない。
ヘスティアナイフでも、魔石までは僅かに届かない。
ならば──届かせろ。
限界を超えろ。
全て出し切れ──!
「──ファイアボルトォォォォォッ!!!!」
『──!!』
突き立てた刃を通し、炎雷が炸裂する。
次の瞬間。
立ち昇った炎が、ミノタウロスの上半身を喰らい尽くした。
巨体が崩れ落ちる。
その身は灰となり、ダンジョンへ溶けるように消えていく。
「──は、ぁ......」
意識が霞む。
全身から力が抜けていく。
倒れる前に。
ふと、視線を向けた。
小さく笑顔を浮かべるアイズさんと目が合う。
その表情だけで、胸の奥が熱くなった。
──少しだけ。
ほんの少しだけ、近づけただろうか。
そして──
(……士郎)
出来れば、士郎にも見せたかったな。
隣に並んで、戦えるようになったところを。
そんな思いだけが、ゆっくりと胸に滲む。
「勝ったよ、士郎......」
ここにはいないもう一人の憧憬に、勝利を告げる。
──その言葉を最後に、意識が静かに途切れた。
ベル君をかっこよく書けてるかな。そうだと嬉しい。
毎度の事ながら、評価・感想ありがとうございます。
久々の投稿に皆様が反応してくれてとても嬉しいです。
またぼちぼち更新を再開していく(予定)なので暇な時に覗きに来てください。
次回、「猛者」です。
お楽しみに