ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
判断を誤った。
本来なら、ベルと離れるべきではなかった。
だが、そうさせたのは──目の前の男だ。
「────────」
猛者は微動だにしない。
ただ静かに、その場に佇んでいる。
それだけだ。
それだけのはずなのに、空気が重い。
視界の端が軋むような錯覚。
肌を刺す圧力。
圧倒的な強者の風格。
──あの
だからこそ、ベルを遠ざけてしまった。
この怪物を、あいつに近づけるわけにはいかない。
それこそが、狙いとも知らずに。
「なんでベルを狙う?」
「それが、あのお方の望みだからだ」
あのお方とは主神──フレイヤの事か。
神。
その響きに胸の奥で何かが軋んだ。
「ベルを殺す気か」
「死ぬか否か、それは奴次第だ」
まるで当然のように。
まるで、それが正しい在り方だとでも言うように。
「──────────」
ギリ、と。音を立てて奥歯が軋む。
ベルの命を、試練だと。
越えられなければ、それまでだと。
頭の奥が冷えていく。
──ふざけるな。
そんな理由で、
誰かの生き死にを決めていいはずがない。
「もう一度言う──そこを退け、猛者」
「何度言おうと答えは変わらん。
通りたくば──」
──駄目だ。
こいつは退かない。
言葉では変わらない。
何を言おうと、この男は主神の意思に従う。
なら──
「──
──これ以上の会話は不要だ。
魔術回路を叩き起こし、魔力を流し込む。
現れるのは、二振りの
陽剣、干将。
陰剣、莫耶。
この剣なら、ヤツにも届きうる。
だが、それは“使い手が届かせられれば”の話だ。
最強に俺の技量が届きうるか。
否、届かせる。
「──超えてみろ」
地を蹴る。
間合いを詰めるのは一瞬。
一撃目。
飛び出した勢いをそのままに莫耶を振り下ろす。
「──ッ!」
弾かれた。
まるでそこに来るのがわかっていたかのような迎撃。
だが、想定内。
構わず、右手の干将を薙ぎ払う。
鈍い衝突音が響く。
続けざまに振るった二撃目も当然のように防がれた。
なら──
そのまま体を翻し、回転。
遠心力を乗せ、今度は横薙ぎに莫耶を叩き込む。
「───────」
だが、それすらも当然のように猛者は受けきった。
常に三手先を読まれているような感覚。
暴風を捌く岩壁のように、オッタルはその場から一歩たりとも動かない。
(強い......いや、硬い。アイズよりも、数段上だ)
「くっ......」
十数回の打ち合いの後、一度距離を取る。
打ち合う度に、こちらが削られていく。
──いや、打ち合いと言うには程遠い。
ただ、防がれているだけだ。
正面突破は困難。
なら──
「──
空中に剣を投影する。
その数──十七。
新たに現れたその剣の群れに、僅かにオッタルの目が見開かれる。
「──
一斉に剣を放つ。
同時、横へ駆け出す。
目的はベルとの合流。
無理に正面突破する必要は無い──
「なっ──!?」
飛来した剣群。
だが猛者は止まらない。
振るわれた腕が剣を弾き、
踏み込みが軌道を砕き、
鋼の嵐を真正面から突破してくる。
「言ったはずだ──越えてみろと」
悉くを凌駕し、猛者はまたも立ち塞がる。
これが頂点。
都市最強。
「くそっ......」
踏み込む。
止められる。
その繰り返し。
あらゆる手段を用い、突破口を模索する。
だが、状況は好転せず。
その兆しすら見えることはない。
無情にも、ベルの元にたどり着けないまま時間だけがすぎていく。
そこに会話は無く。
ただ剣の音だけが響きわたる。
百を超える打ち合い。
なおも、一歩とて前には進めない。
その果てに。
初めて、オッタルが沈黙を破った。
「いつまで、こうするつもりだ」
唐突に投げられた問い。
そこに嘲りは無い。
ただ、純粋な問いだけがあった。
「そんなの決まってる。
お前を倒して──」
「違う」
低く。
だが、はっきりと猛者は否定した。
「俺が聞いているのは、そういうことではない」
「────?」
「貴様は、いつまで奴を護り続けるつもりだ」
「……何?」
理解が追いつかない。
そんな俺へ、猛者は淡々と言葉を重ねる。
「試練はいずれ訪れる。
それが神の意志であるか、偶然か、あるいは運命か。
その違いに意味はない」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
なおもオッタルは続ける。
「冒険者であるならば、ただ乗り越えるのみ」
「それが──高みを目指すということだ」
それは、矜持だった。
猛者が猛者足り続ける理由。
「────」
「たとえ今日、奴が試練に見舞われることがなかったとしても。
いずれ、その日は訪れる」
静かに。
だが、確かな重みを持って猛者は告げる。
「──その時もまた、護り続けると言うのか」
言葉が出なかった。
そこに嘲りは無い。
否定も、侮蔑も。
ただ、都市最強へ至った男の矜持だけがあった。
だからこそ。
その言葉は、痛いほど胸に刺さった。
理不尽。
暴力。
抗えない強敵。
そんなものは、この世界に限った話じゃない。
そして──
(……何をしてたんだ、俺は)
脳裏を過る、赤い外套。
ベルを守るため。
危険から遠ざけるため。
そう思っていた。
──だが、それは。
かつての俺が。
そして、あの男が辿った在り方と何が違う。
否定したはずだった。
あの在り方だけは。
なのに俺は、また同じことをしようとしていた。
一人で背負い。
一人で傷付き。
誰かから戦う権利すら奪っていく。
ベルは強い。
あいつはずっと、前へ進もうとしている。
なのに俺は──
(──これじゃ、アイツのことを言えないな)
──あいつから、大事なものまで奪おうとしていた。
ベルに出会って、救けて、助けられた。
ヘスティアファミリアに入ったあの日。
信じると、決めたはずだった。
「────」
ゆっくりと息を吐く。
胸の奥に燻っていた熱は、不思議と消えていなかった。
いや。
むしろ、より鮮明になっている。
ベルはもう、心配ない。
あいつはきっと、
自分自身の試練を越える。
だが──
「だからといって」
視線を上げる。
真正面。
都市最強の猛者を見据える。
「こんなやり方を、認める気はない」
信じるために。
奪わせないために。
俺は──剣を取る。
「貴様の許しなど必要ない。
全ては──あのお方の仰せのままに」
***
(衛宮士郎......)
内心、オッタルは静かに驚いていた。
剣の技量ではない。
魔術の奇異さでもない。
幾度も刃を交えた。
その全てに、明確な意志があった。
退かず。
折れず。
諦めず。
それは力ではなく──在り方。
理解でも、評価でもない。
ただ事実としての認識。
(異質だな)
剣士としての型からも、冒険者としての在り方からも僅かに逸脱している。
だが少なくとも、意志というその一点において、彼を打ち崩すことはできない。
オッタルはそう結論づけた。
(フレイヤ様の命……)
オッタルは思考を巡らせる。
「衛宮士郎を、ベル・クラネルの試練に関わらせるな」
それが命令だった。
故に、自らが引き受けることを選んだ。
だが──
命を預かる段に至り、あの言葉を思い出す。
(……)
「でも、彼もあんまり傷つけちゃダメよ?」
軽く、まるで世間話のように。
「彼もまた──必要な存在なの」
必要。
その意味を、定義する材料は与えられていない。
守る対象か。
試す対象か。
あるいは別の何かか。
判断はできない。
──だが、それは問題ではない。
猛者にとって重要なのは、
解釈ではなく命令そのものだ。
主の意志がそこにある限り、
その形を測る必要はない。
ただ従う。
それだけが、それこそが。
猛者の最も確かな在り方だった。
***
ベルは今も戦っている。
ならば、俺にできることは一つしかない。
あいつと並んで、戦い続けることだ。
この戦いはもう、ベルを護るためのものではない。
目の前の男を、打ち倒すための戦い。
それ即ち、己自身を賭けた戦いということ──!
「──
意識を深く沈める。
視界を削ぎ落とし、思考を一点へと収束させる。
形状だけではない。
材質だけでもない。
そこに宿る“在り方”ごと、掬い上げる。
あの日見た記憶。
探せ。探せ。探せ。
数多の衛宮士郎を視たはずだ。
無数の“衛宮士郎”の軌跡の中から、
猛者を突破しうる手段を探し出す。
剣の記憶と、剣に刻まれた生の痕跡。
その全てを並列に走査する。
無限の剣製──使用不可。
いや、使えたところで猛者には届かない。
究極の一。
ヤツを倒すにはこちらもそれを上回る何かを用意しなければならない──!
「──────────────」
沈む。
さらに奥へ。
アイツが、生涯握り続けた剣。
俺自身が辿り着いた剣。
その極地──
「──────────つ」
──届いた。
その真髄に。
猛者の城壁を打ち崩しうる、“必殺”の型。
チャンスは一度。
ヤツがまだ、俺を脅威と認識していない今。
それが最大の好機。
恐らく、次の攻防にこれ以上の先はない。
あるのは勝利か──敗北か。
未だ動かぬ猛者。
その喉元へ、刃を届かせる。
「──
最大の魔力を込め、両の剣を放った。
その軌道は弧を描き、左右から同時に敵を狙う。
いかに猛者であろうとも、当たれば致命は必至。
「─────」
それを、
猛者はいとも容易く掻い潜った。
左右同時に襲いかかる必殺の一撃は敵の後方へ弾き飛ばされた。
同時に自ら突進する。
武器を手放した俺へ、オッタルはわずかに目を細めた。
だが、そこに慢心はなく。
ただ、当然のようにを“俺”を見ている。
──それでいい。
「──
再び、構築。
投影したのは同じく──干将・莫耶。
一歩、踏み込む。
「無駄なことを。
その剣では俺に──」
「──
先ほど確かに弾き飛ばしたはずの干将。
それが──“戻っている”。
猛者の背後から。
存在するはずのない角度で。
「────っ!」
それを、化け物じみた勘の良さで反応した猛者は防ぎ切る。
だが、崩した。
背後に対応したその一瞬、莫耶を振り抜く──
「ぬぁぁっ─────!!」
直前、武器が砕けた。
前後同時に襲いかかる干将と莫耶。
その二つを、今度は一撃で粉砕して見せた。
故に猛者。
故に、都市最強──
「──
──だからこその、布石。
刃は既に次の軌跡を描いている。
右手にはまだ干将が握られている。
干将と莫耶は二刀一対。
この手に干将がある限り、莫耶もまた舞い戻る──!
「─────!!」
わずかに体勢が揺らいだ、その一瞬。
そこへ重ねるように放たれた一撃。
── それすらも、猛者はすべて防ぎきった。
だが、防ぎきったその瞬間。
ほんの刹那、確かな空白があった。
それは致命ではない。
されど──猛者が晒すには長すぎる程の隙だった。
感覚が研ぎ澄まされる。
一瞬が永遠のように感じ取れる。
僅か一秒にも満たない刹那。
この手には、その先が用意されている──!
──
三度目の投影。
カラの両手へ、再び双剣を創り上げる。
「──うぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
──
これ以上無い無防備なその身体へ、左右から双剣を振り抜いた──!
『──ウォォォォォォォッッッ!!!』
刃が届くその瞬間、猛者は吼えた。
猛者の全身が膨れ上がる。
筋肉が、骨が、存在そのものが膨張するように歪む。
見えたのはそこまで。
次いで衝撃。
視界が裏返る。
世界が弾けるような感覚と共に、全身の感覚が薄れていく。
遥か頂に立つ者の存在を感じながら、
俺の意識はブツリと途切れた。
***
【──蘇る光のもと。果てなき争乱をここに】
【ゼオ・グルヴェイグ】
突如として、光が辺りを包んだ。
瞬間、衛宮士郎の傷が塞がっていく。
オッタルはこの光景に見覚えがあった。
死にゆくものですら瞬時に蘇生させる、その奇跡のような所業に。
「ヘイズか......。何故、ここにいる」
「フレイヤ様の命ですよ」
軽い口調。
だが、その内容は重い。
「万が一、あなたが“やりすぎた”時のために」
一拍。
「……ただ、まさかここまでとは思いませんでしたけどね」
(……)
オッタルは静かに、自らの拳を見下ろした。
そこには──確かな傷が刻まれていた。
重ねられた二撃目。
一瞬。
いや、それよりも短い時間。
わずか数分の一にも満たない刹那の“ズレ”。
(あれは、同時三連の必殺)
理解ではなく、感覚としてそう断じていた。
ほんの僅かな綻びすら許されない、連撃。
その均衡が崩れた。
だからこそ、立て直せた。
三撃目に拳を合わせることができた。
ただ、それでも。
敬愛する主神から命じられていた。
“衛宮士郎を傷つけてはならない”
それが主の意志だった。
破ってはならない線。
越えてはならない領域。
だが、今。
確かにその線を踏み越えてしまった。
否、踏み越えざるを得なかった。
そうしなければ──
(……)
そこまで考えかけて。
オッタルの思考は、途切れた。
「というか、この人もこの人です。」
「アレを食らって、なんで即死してないんですか?」
治療の手を動かしながら、ヘイズはややドン引きしたように続ける。
「治しておいてなんですけど、この人も大概おかしいですね......」
その言葉が、静かに戦場へ落ちる。
オッタルはゆっくりと視線を上げた。
意識が、現実へと戻される。
「さて、これくらいで良いでしょう。
あと数分もすれば、目を覚ますはずです」
(衛宮士郎……)
倒れ伏すその姿を、目に焼き付ける。
この戦いの勝者は猛者。
それが揺らぐことはない。
だが同時に。
この戦いは、衛宮士郎が“己を賭けて”臨んだものだった。
そして、ほんの一瞬だけ、猛者を超えて見せた。
故に猛者は。
勝者であると同時に──
敗者でもあった。
「さて、向こうも終わったみたいですし」
軽い声が、空気を断ち切る。
「これ以上、ここに留まる理由もないでしょう」
ヘイズは肩をすくめるようにして続けた。
「私は先に戻りますので、これ以上戦うのはよしてくださいね」
諌めるというより、慣れた叱責。
いつものことだ。
「……ああ」
オッタルは短く答えた。
一拍の間。
それでもなお、視線は一度だけ、倒れた男へ向けられていた。
(……)
言葉はなく。
評価もなく。
ただ一つ、そこにあったのは
──この男は己を確かに越えてみせたという事実。
それだけを、確かに感じ取っていた。
「そうだな。俺も戻ろう」
背を向け、歩き出す。
荒れ果てた戦場に、久方ぶりの静寂が戻った。
見てくださった皆様、ありがとうございます。
士郎VSオッタルはずっと思い描いていた展開だったので、こうして形にできて何よりも嬉しく思います。
ん?ほぼほぼスパークスライナーハイだって?
アーアーキコエナーイ