ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
士郎とヴェルフの関係性として、その魔術自体は鍛冶師として認められなくても、「衛宮士郎」をヴェルフが嫌うことはないだろうとあのような形となりました。
さて、万全の準備で挑んだ中層ですが、待ち受けていたのは「あのファミリア」との邂逅、そして迷宮の悪意でした。というわけで、どうぞ。
ヴェルフが僕たちのパーティーに加わって一週間ほどが経った。
その間、僕たちがしていたのは『中層』へ行くための準備だ。
ステイタスが中層でも問題ないと許可が下りた時。
同時に、エイナさんからは耳にタコができるほど小言を言われた。
心配する彼女に押し付けられたのは──人数分のクーポン券。
それを使って、僕たちはサラマンダーウールを購入した。
そうして万全の準備を整えた僕たちは今。
中層へ向かう階段を目前に、最後の確認をしていた。
「まず、隊列ですが──」
一つ一つ、確かめるように。
リリの声に合わせて僕たちは頷きを交わしていく。
決めていた隊列の確認。
出現するモンスターの対策。
誰もが真剣な目で自分のすべきことを頭に叩き込んでいく。
──大丈夫だ。
できる準備はすべてやった。
だけど。
この時の僕たちは誰も予想していなかった。
この先に──あんな出来事が待ち受けているなんて。
***
「──おらぁっ!」
ヴェルフの大剣が、最後の一匹を叩き伏せる。
鈍い破砕音と共にモンスターが灰へと変わり、魔石が床へ転がる。
中層に足を踏み入れてから初めての戦闘は思いのほか呆気なく、そして危なげなく幕を閉じた。
「よし、最初の戦闘がこれなら上出来じゃないか?」
追撃の構えを解きながら、士郎がそう言って口元を綻ばせる。
その言葉にベルも緊張の解けた顔で深く頷いた。
「うん。連携もバッチリだったね」
「中層って言うから身構えたが、これなら問題なさそうだな!」
ヴェルフが大剣を肩に担ぎ直し、快活に笑う
「油断は禁物ですが......この様子なら問題ないかもですね」
いつもは慎重なリリも、この滑り出しの良さには安堵の笑みをこぼしていた。
そんな、中層への警戒が少しだけ和らいだ直後のこと。
『──キィ?』
通路の奥から、ひょっこりと。
一本の角を生やしたモンスター──アルミラージが現れた。
その容姿を見た瞬間。
「ベルだ」
「ベルだな」
「ベル様ですね」
恐ろしいほどの連帯感で、三人の声がピタリとハモった。
「アルミラージだよっ!?」
間髪入れずに鋭いツッコミを飛ばしながらも、ベルは素早くナイフを構え直す。
──だが、中層の洗礼はここからが本番だった。
その後も、進むごとに過酷な現実が彼らを待ち受けることになる。
進むごとに中層の洗礼は続く。
絶え間なく襲い来るモンスターの群れ。
普通なら息を吐く暇もないほどの猛攻。
だが彼らは、その全てをそれ以上の力で押し返していく。
「──投影、開始」
その中心にいるのは──衛宮士郎。
彼がいるのは後衛。
本来ならリリと共に、前衛のサポートや周囲の警戒をするはずのポジション。
矢のような速度で放たれる剣は、ベルたちの死角から迫る脅威を正確に撃ち抜き、あるいは遠距離から炎を吐き出そうとするヘルハウンドの喉元を寸狂いなく貫いていく。
『──キィッ!?』
かと思えば、回り込んできた敵に対しては、両手に握られた双剣で一瞬のうちに切り伏せる。
遠距離も近接も、一切の隙がない。
そうして、幾度目かの戦闘を危なげなく切り抜けた後。
「──......少し、休憩しよっか」
その言葉に、ヴェルフは大剣を少し重たげに床へ下ろし、そのまま崩れるように座り込んだ。
士郎もまた、小さく息を吐き出しながら、握られていた双剣をふっと光の粒子へと還す。
それでも彼は腰を下ろさず、立ったまま周囲への警戒を薄く残している。
それを見て、ベルは改めて中層の過酷さを実感する。
事実、戦闘そのもので遅れを取ることは一度としてなかった。
だが──中層に足を踏み入れてから、それほど時間は経っていないはずなのに、彼らの疲労は確実に上層のそれを上回っていた。
理由は単純だ。
モンスターの圧倒的な「量」。
絶え間なく襲い来る群れを捌くうちに、戦闘回数はすでに上層の倍近くにまで膨れ上がっている。
それに加えて、中層というダンジョンそのものの広大さ。
どこまでも続くかのような通路が、進むペースを格段に落としていた。
体力的な疲弊よりも、常に周囲を警戒し続けなければならない精神的な摩耗。
ここに来て、出発前にリューが告げた言葉が、冷たい現実味を帯びて彼らの胸に染み込んでいく。
『──戦闘で遅れを取ることはないでしょうが、環境は別です』
(あの言葉は、こういう意味だったんだ......)
どんなに強い味方がいようと、ダンジョンそのものが牙を剥いてくれば、それだけで冒険者は追い詰められていく。
それでも──彼らは、確かに中層を突き進んでいた。
全員がそれぞれの役割を完璧に全うし、その歩みを進めている。
ヴェルフが大剣を振るう。
リリが指示を出す。
士郎が死角を補い、そしてベルも刃を振るう。
誰一人として遅れを取ることなく、互いの歩幅を合わせて並び立ち、中層の猛攻を押し返している。
決して楽な道程ではない。
だが、彼らであればまだ十分に許容範囲内だ。
確実な歩みを進める彼らにとって、中層の攻略は決して届かない領域ではなかった。
──その時だった。
『『『────ヴァァァァアッ!』』』
束の間の休息は中層の悪意によって唐突に破られる。
遠くから響く、狂乱したモンスターの咆哮。
そして、それに混じる明らかな「人の気配」と、複数が必死に駆ける足音。
士郎が即座に視線を向けた先。
通路の奥に見えたのは、
──負傷者を担ぎながら、モンスターの群れに追われる冒険者たちだった。
***
しくじった。
そうとしか言いようはない。
僅かに乱れた連携の隙間を縫うようにして、中層の悪意が牙を剥いた。
千草が負傷し、命からがら逃走の形をとりながらも、思考は急速に冷え切っていく。
背後から迫る無数のモンスターの咆哮。
おぞましい質量が追ってくる地響き。
負傷者を抱えた自分たちの足ではそう遠くないうちに背後から圧殺される。
それだけならまだ、死力を尽くして殿(しんがり)を務めるという選択肢もあった。
だが──
(……正面からも、何か来るッ!?)
絶望を上塗りするように、逃げる先。
正面の通路の奥からも複数の足音が響いてくる。
挟み撃ち。
巡り合わせが生んだ、最悪のチェックメイト。
(万事休す、か……!)
せめて千草だけでも、命を繋ぐためにその身を盾にする覚悟を決め、正面の大刀を構え直した。
──その瞬間。
「──下がって下さい!!」
二つの影が猛然と追い抜いていった。
一人は目にも留まらぬ速さでで地を駆ける白髪の少年。
もう一人は、無駄のない洗練された技術で双剣を振るう青年。
「──ッ!?」
息を呑む間すら与えない。
すぐ背後にまで迫っていたアルミラージの群れへと、二人は迷いなく肉薄する。
白髪の少年はその尋常ならざる速度のまま、すれ違いざまにナイフでウサギの首筋を断ち切った。
青年は冷徹なまでに最適化された剣閃で、跳躍した獣の迎撃を許さず切り裂いていく。
ただひたすらに磨き抜かれた、中層の化け物どもを圧倒する卓越した技の冴え。
近くに迫っていた脅威がまたたく間に排除される。
その直後──
遠方に控えていたヘルハウンドの群れが、一斉にその口を開いた。
紅蓮の炎がその喉奥に滾りだし、通路の空気が一瞬で跳ね上がる。
「しまっ──」
身構えたその瞬間。
更に背後から、低く、力強い男の声が響き渡った。
「──【燃え尽きろ、外法の業】」
奥に控えていたヘルハウンドの群れが、一斉に火球を放とうと顎を開いた瞬間。
背後から放たれた魔法が、その魔力を直接内側から暴発させた。
──ドォォォォォンッ!!
自らの火力を体に押し込められた魔狼どもが、自身の炎に包まれて消し飛んでいく。
ほんの数秒前まで自分たちを確実な死へと追い詰めていた悪夢の群れ。
それが文字通り一瞬で瓦解していく光景を、桜花はただ呆然と見つめることしかできなかった。
(助かった……のか……?)
死線から唐突に現実へと引き戻される。
その落差に、脳はまだ追いついてこなかった。
「──大丈夫ですか!?」
最初に駆け寄ってきたのは白髪の少年──【リトル・ルーキー】。
その瞳には、見ず知らずの自分たちに対する純粋な心配の色が浮かんでいる。
「怪我人は?」
「あ、あぁ……すまない、助かった。俺たちは【タケミカヅチ・ファミリア】。そして俺は団長の桜花だ。怪我人は──」
背負っていた千草の体をそっとずらし、その痛々しい背中を二人に向けた。
「千草が重傷だ。モンスターの奇襲を受けて、背中を……!」
「──見せてください!」
背後から、割り込むように小さな影──サポーターの小人族の少女が飛び出してきた。
彼女は千草の傷を見るなり、その顔を険しく歪める。
「ひどい裂傷ですね......このままでは、地上まで保つか怪しいでしょう。ひとまず、十二階層できちんと処置をするべきかと」
「リリ、僕たちのポーションを! 桜花さん、僕たちが十二階層まであなたたちを送り届けます!」
絶望の中に差し込んだ、一筋の光。
背負う千草の体温を感じながら、涙が溢れそうになるのを必死に堪える。
俺たちはその光と共に、一縷の希望を抱いて十二階層を目指した──。
***
──逃がさない。
胎内で踊る人間ども。
瀕死の獲物はすでに胃袋に収まる寸前だった。
だが、突如として現れた異物がその牙を砕き、爪を切り裂き、ことごとく邪魔をする。
あらゆる手段を以てしても、あの白い少年と双剣の青年には届かない。
送った刺客は、悉く肉塊へと変えられた。
ならば、手段を変えよう。
頑強な肉体にも、強固な意思にも、必ず隙が生まれる瞬間がある。
それは絶望の底ではない。
目の前に希望がぶら下がり、誰もが安堵し、張り詰めた糸を緩めるその刹那。
十二階層という偽りの平穏を前にした、最高の油断。
悪意は音もなく、彼らの行く先で鎌を研ぎ澄ます。 歓喜を絶望へと塗り替える、最悪の一撃を与えるために。
***
「──あの階段を上がれば、十二階層です」
リリが前方を指さし、弾んだ声を上げた。
視線の先には、上層へと続く緩やかな傾斜の階段。そこを上りきれば、ひとまずの安全圏に辿り着く。
誰もが「助かった」、と。
胸の内で張り詰めていた糸を緩めかけた、その瞬間だった。
──ピシリ。
迷宮の壁に、不気味な亀裂が走る。
「──ッ! モンスター!?」
「桜花さん、千草さんを連れて先へ! ここは僕たちが食い止めます!」
階段の周囲から、壁を突き破るようにして次々と異形どもが這い出してくる。
だが、その数は決して捌けないほどではない。
ベルがナイフを構え、ヴェルフとリリと共に即座に殿の陣形を敷く。
負傷者を抱えるタケミカヅチ・ファミリアを、上の階層へ逃がすための決断だった。
──しかし、士郎だけは別の「異常」を感知していた。
肌を打つ、嫌な空気の震え。
大気が、壁が、天井が、彼らを丸ごと圧殺しようと歪んでいく。
これはモンスターの奇襲などではない。
もっと根源的な、迷宮そのものの崩落の予兆──!
「──ッ!!走れっ!!」
士郎の、これまでにない鋭い怒声が響き渡る。
その言葉に桜花たちは弾かれたように足を動かした。
──が、それよりも早く。
ドォォォォォンッ!! と、中層の空間全体が悲鳴を上げた。
天井が文字通り自重を失って崩れ落ち、無数の巨岩が、逃げる彼らの頭上へと容赦なく降り注ぐ。
逃げ場のない通路。
死の質量がすべてを埋め尽くす。
(──間に合わねぇっ!)
巨石が視界を埋め尽くし、桜花がその命の終わりを覚悟した──その、刹那だった。
なぜか。
自分たちの元に降りかかる巨石の速度が、ほんの一瞬だけ、引き延ばされたかのような錯覚。
「──、──ッ!!」
声にならない悲鳴を上げながら、桜花達は我をも忘れて足を動かし、目の前の階段を狂ったように駆け上がった。
背後で爆音を立てて完全に崩落していく通路。
その土煙を浴びながら、命からがら十二階層の床へと転がり込む。
「はっ、ひゅー、はっ……!」
肺が焼けるような呼吸の合間。
桜花は震える手で千草が無事なことを確認し、そして、今しがた駆け上がってきた崩落の跡を見下ろした。
通路は完全に巨岩で生き埋めになり、 十二階層への道は閉ざされている。
さっきまで俺たちを逃がそうとしてくれていた【ヘスティア・ファミリア】の姿は、どこにもなかった。
土砂の向こう──下の階層へと、完全に分断されたのだ。
(すまない……っ、すまない……!!)
己の無力さと、彼らを置き去りにしてしまった猛烈な罪悪感が胸を突き刺す。
拳を床に叩きつけ、悔し涙が視界を滲ませた、その時だった。
「桜花殿っ!!」
涙をボロボロとこぼしながら、命が俺の肩を強く掴んだ。
「今は千草殿の治療を……っ! ここで千草殿まで失ってしまっては、彼らが命懸けで繋いでくれた意味が、すべて無くなってしまいます……!」
「──ッ!!」
命の叫びに、桜花ははっと我に返った。
(......そうだ。彼らがくれた命を、ここで無駄にするわけにはいかない......!)
「……あぁ、分かっている! すぐに処置を始めるぞ!」
震える手でポーションを開け、千草の傷口へと注ぎ込む。
必死に目の前の現実にしがみつき、涙を拭って治療を続ける桜花。
だが、そんな彼の脳裏からは、あの最悪の瞬間の光景がどうしても離れなかった。
(……崩落が、一瞬遅れたんじゃない)
なぜ、崩落が一瞬遅れたのか。
命を救われた理由は分からない。
けれど、あの暗闇の中で一瞬だけ弾けた紫色の神秘の光の残光は、いつまでも彼の脳裏に焼き付いていた。
士郎がいるパーティだと、中層は普通に戦っても苦戦する未来が見えない....
そのため原作のようなパスパレードはありませんでしたがヘスティアファミリアに対する罪悪感は変わらず。
毎度の事ながら、いつも評価・感想・お気に入りありがとうございます。
次回「ゴライアス」です。