ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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10 【第二王女】シャルロット・バーンスタイン①

 シャルロット・バーンスタイン第二王女。

 彼女はバーンスタイン王国の王族に生まれるも早期に母を亡くし他の王族とは違う扱いを受けてきた。

 

 教育内容に違いはない。

 望めば武や魔術に関しても学ぶことが出来た。

 唯一違う点があるとすれば、教育係が大したことのない小物ばかりだったことくらいか。

 

 王太子の指南役が騎士団長だったのに対し、彼女の指南役は地方の小さな道場主。

 宮廷魔導士に対し、年老いて現役を退いた地方魔術士。

 王都最大の学院にて教鞭を振う教師と、小さな私塾の主。

 こんな具合に露骨に差をつけられていれば幼い彼女も気がつくもので、齢十歳になる頃には己が冷遇されていることは理解していた。

 

 そして彼女は無知だが無能ではなかった。

 

 成長するにつれて己の立場を理解し始めた。

 

 親も関係者もいない王女。

 派閥に取込む価値もないお荷物。

 王太子である兄は優秀で既に次期国王が内定し、それに抗っている対抗馬の次兄はあまり優秀ではないこと。王女である自分の役割は、いずれ国を継いだ兄がパイプを繋ぐための駒であること。

 

 最初はその現実に打ちひしがれた。

 どうして生まれてきたのか。

 何のために生きていくのか。

 何をすればいいのか、何を求められているのか。

 極論、彼女は何もしなくていい。

 ただ王女としてそこにいればいい。

 それがレオン王太子にとってのシャルロット・バーンスタイン第二王女の使い道である。

 

 彼女は悩んだ。

 どうするべきか、どうしていくべきか。

 ただそこに居るだけでいい、確かに楽な生き方だ。明日を考えることすらできない貧しい生活をしている庶民と比べれば極楽に等しいだろう。

 しかし、それはただ生きているだけ。

 そこに価値はあるのか?

 王族としての教育を受けながらも、思想教育は受けなかったことが影響し彼女は考え込むようになった。

 

 特に、教育係の影響が大きかった。

 

 地方で小さな道場を営む初老の男性は穏やかだが、若い頃は冒険者として活動していた。

 武勇伝と言うほどでもないが、この地方にこういう魔物がいる、この地方にはこういう植物がある、この地方にはこういう天候があって……。

 彼女にとっての世界が広がった。

 

 年老いて現役を退いた魔術士は、どうでもよくてくだらない魔術が得意だった。

 雨を避ける風魔術、ランプの火を蝶や竜に形どる火魔術、喉が渇いた時に飲める水を改良した果実水を出す水魔術。砦で四十年働いた魔術士は退屈ながらも身の丈にあった生活を楽しむ工夫をしていた。

 彼女にとっての世界が膨らんだ。

 

 そして地方の小さな私塾の先生は、生徒が進みたい道を提示するのが得意だった。

 文官になりたいが親が許さない剣士の娘には騎士団の事務員、得意なのは魔術だが戦う勇気がない娘には都市生活整備団を、戦う度胸はあるが腕がない子供には冒険者への弟子入りを。伝手と人脈を頼りに地方から世に送り出し、逆に地方への受け入れ先も提示する。時には金を取らず道端で相談に乗ったこともある。

 彼女にとっての、人生が深まった。

 

 何がしたいのか。

 何をするべきなのか。

 どうしたいのか、どうなりたいのか、私は何ができるのか。

 

 ──考えた末に彼女は冒険者になることを選ぶ。

 

 完全なる実力主義。

 出自も立場も関係なく、どれだけの依頼をこなしたかで全てが決まる身分社会よりも厳しい世界。

 

 教育係達に頼み込み、王女だと悟られないように活動できる立場を獲得。

 自分に興味のない王族はもちろん、貴族達も冒険者一人一人の顔と名前を覚えることはない。冒険者ギルド本部長にだけ話は繋がり名を偽った状態で始まった日々は、彼女にとって黄金の日々であった。

 

 薬草採取でポーションひとつ作るためにどれだけの手間とコストがかかっているのかを知った。

 

 畑に出現するモンスター討伐で農民の苦労を知り王族がどれだけ恵まれているのか改めて実感した。

 

 子供の相手をすれば幼い頃から働いている姿に衝撃を受け、自分を下卑た目で見て尻や胸を無遠慮に揉んでくる無礼者がいることに絶句する。

 女子供が気軽に夜を歩くことはできない。

 守られていなければ外を自由に歩くこともできない。

 世界とは、社会とは、人とは。

 

 ──つまり、力こそが全てだ。

 

 冒険者として活動して二年(・・)、彼女は結論を出した。

 

 力、力こそが大事だ。

 兄の持つ王太子という立場もそうだし、そんな兄と繋がっている侯爵や騎士団長、宰相も力を持っている。

 エスペランサ教もそうだ。

 信心深い訳ではないが別に疑ってもいない程度には身近にあるその教団は力を持っている。冒険者ギルドもそうだ。王国一つじゃ到底敵わない力を有している。

 

(私には力がない。この世界を生きていくための力が)

 

 それは腕力でもあるし、技術でもあるし、人脈でもあるし、能力でもある。

 

 普通の王女ならば持っている、大派閥への伝手。

 侯爵の実母を持っている姉妹や兄弟と比べ自分はなんと矮小なことか。

 国王である父が『目にかけることはない』と宣言するわけである。

 

 寧ろ、そうしてくれていることこそが愛ではないかとシャルロットは思った。

 

 もしも何の後ろ盾もない王女に国王が他の王子・王女と変わらない教育を施せばどうなる? 

 それで優秀さでも見せてしまったらどうなる?

 すぐに大派閥に囲い込まれるだろう。

 そうなれば第二王子派にでも付けさせられて……そうなる未来がわかる。

 血の繋がった──そう言っていいのかはわからないが──肉親での殺し合いなど、シャルロットは嫌だった。

 

(力が欲しい。何事にも左右されない、絶対的な力が……)

 

 王族、貴族、教団。

 それに手を貸してくれている冒険者ギルドとて味方ではない。たまたま教育係となった三人の伝手が通じたから協力してくれただけで、積極的に手を貸すことはない。

 

 だから、彼女は自分に出来る範囲で、怪しまれない範囲で少しずつ続けていくことにした。

 

 学院では目立たない貴族の娘と仲良くなった。

 伯爵家だが中央に伝手を持たない比較的弱い令嬢。

 学院での立ち回りに失敗し孤立していた伯爵家の令嬢。

 貴族としての心構えも足らずいじめにあっていた男爵令嬢。

 

 仲良くなってもなんの影響もない令嬢と関係を深めた。

 調査されようが痛くもかゆくもない友人関係。

 学院で共に過ごし、放課後茶会を開き、たまに出掛ける。

 何の変哲もない友人関係から始まったそれは、いつしか信じたいと思える仲間になっていた。

 

 彼女らを信用できると判断し誘った冒険者活動。

 貴族らしくない活動に意外と彼女たちは乗り気で、顔と名前を隠して活動し始めた。

 

 冒険者パーティー【リリーガーデン】。

 コソコソ隠れながら少しずつ積み上げていくこの活動が、彼女たちにとっての青春だった。

 

 だが──力とは、弱きものを平然と打ち砕いていく。

 

 いつもは強力な魔物など出てこない筈の浅層で遭遇したツリーホーンの大群。

 

 なんとか討ちながら下がり続けたが逃げる場を失い万事休すとなった時森の奥から出て来た巨大なフォレストベア。

 

 ツリーホーンをおもちゃのように砕き、捕食し、一際大きかった個体すら一撃で粉砕した爪牙の矛先は彼女らに向けられた。

 

(ああ────世界は、理不尽だ……)

 

 世界は理不尽だとシャルロットは知っている。

 だから抗うための力が欲しかった。

 王族としての力は得られない。

 王が認めないから。

 貴族としての力も得られない。

 母が踊り子だから。

 

 冒険者なら。

 冒険者として強くなれば、国家にすら左右されなくなる。

 

 強くなりたかった。

 力を得たかった。

 何者でもない自分にも意味があるのだと思いたかった。

 

(死にたくないな……)

 

 なぜなら、まだ自分は──なにも成していないのだから。

 

 かろうじて受け止めたフォレストベアの一撃で、シャルロットの腕は折れて吹き飛ばされる。その僅かな時間稼ぎでせめて誰かが逃げ延びてくれればいいと思った。

 

 死ぬんだろう。

 もっと生きたかった。

 話に聞いた南方諸島に行ってみたかった。

 東方諸国の文化にも触れたかった。

 世界の広さは知っている。

 世界の深さも知っている。

 なのに、なのに──シャルロットは弱いから、それを見ることができない。

 

 理不尽への怒り。

 期待への切望。

 迫る死への恐怖、生まれへの絶望。

 走馬灯のように過る負の感情。

 嫌だ、嫌だと叶わぬ文句を吐いて、彼女は大地へ叩きつけられその身を無惨に散ら──さなかった。

 

 目にも止まらぬ速度で振るわれるメイス。

 衝撃が起き、風に目を瞑り、捉えた時には全てが終わっていた。

 

 

 ──『目が覚めたか? 運が良かったな、お嬢さん』

 

 

 シャルロットは掴んだ。

 死の瀬戸際で、幸運を。

 

 

 ───

 ──

 ───

 

 

 冒険者ギルド本部二階。

 小さな応接室にシャルロットは来ていた。

 

 服装はいつも通り目立たない量産品のコートと軽鎧。

 腰に携えた剣でさえもが店で売っている量産品。

 オーダー品に手を出してもいい実力はあるが、彼女は必要以上に目立つことを良しとせず徹底して紛れるような服装をしていた。

 

「すぅ……はぁ…………」

 

 大丈夫、大丈夫。

 礼をするだけ、あくまで感謝を告げるだけ。

 深呼吸を数度繰り返し、落ち着いたかと思えばまた忙しなく身体を揺らす。

 

「……はは。緊張してるな。まったく心臓が落ち着かん」

 

 最低限とはいえ教育はしっかり受けている。

 公の場に出て発言することなどはないが、式典の隅っこに出たことはある。貴族向けのものではあるが、視線が自分に集まっている中で身じろぎしない練習だってした。

 学院でも王女として注目を集めることもある。

 当然それは良い注目ではないが、視線は視線。

 緊張は彼女にとって慣れ親しんだもの──だと言うのに、助けてくれた感謝を伝えると言うだけで手が震えている。

 

「フィン・デビュラ殿…………」

 

 名を呼ぶ。

 それだけで胸が高鳴った。

 これが何なのか、彼女は知っている。

 だが、本当にそうだとは思っていない。

 これはまだ、そうじゃない(・・・・・・)

 そう思いたかった。

 

「──たわけめ。相手は命の恩人だ。浮ついた気持ちで会う気か……っ」

 

 瞼の裏側に鮮明に焼き付いている。

 

 広く頼れる背中と、堅牢な大盾。

 握り締めたメイスが振り絞られた先で起きた爆発が脅威を一撃で排除する。

 

 力だ。

 彼女がこれまでの人生で見た、何よりも強い力だった。

 迫りくる理不尽をその身一つで撥ねのけてしまう、絶対的な力。

 ああ──なんと美しく、気高いのだろうか。

 

「っ…………」

 

 トクン。

 鼓動がやけに苦しく感じる。

 まともな会話もしていないのに、まともな付き合いもないと言うのに。

 

「お……落ち着け。皆の分も感謝をせねばならん。決して粗相は許されんのだぞ」

 

 シャルロット・バーンスタイン第二王女。

 

 学院内での立場は極めて微妙で、高位貴族との付き合いは殆どない。

 令息からの人気もあまりなく、上昇志向はあるが知能が足りない男ばかりが寄ってくる。家柄だけが取り柄のような救いようのない貴族などが大半だ。冒険者活動中も当たり前のようにセクハラしてくる男ばかりで紳士と呼べる男との付き合いは全くない。

 つまり、簡単に言えば。

 彼女は全く男慣れしておらず、男漁りを出来るような立場でも無かった。

 

「……フィン・デビュラ殿…………」

 

 野心があるわけでもない。

 復讐がしたいわけでもない。

 ただ、シャルロットは力が欲しい。

 明日を生きる力が欲しい、理不尽な現実を覆す力が欲しい。

 誰にも頼らずとも生きていける、そんな絶対的で屈強な力が──欲しい。

 

 これまで彼女の人生で助けてくれた人は誰も居なかった。

 

 教育係達は道を示してくれたがそれ以上の干渉を嫌った。

 

 令嬢達は共に道を進む仲間であるために助けてくれるような立場ではない。

 

 だから、シャルロットにとって、フィンとの出会いは強烈なものだった。

 

 助けられる力を持つ人が、初めて助けてくれたから。

 

「……あなたを、好きになっても良いのだろうか」

 

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