ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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104 【特務騎士】フェンナ・リンデ⑥

 フェンナは法国に生まれ法国で育った。

 幼い頃から神殿に通い薫陶を受け、揺るぎない正義感と信仰心を持つ極一般的な法国市民として生活していた。

 

 転機となったのは教会が主導して無料で児童を通わせる日曜学校での出来事。

 

 彼女には、剣と魔法の才があった。

 剣を握れば同年代を圧倒し、齢八つにして十四歳と打ち合える早熟さ。身体能力に頼らない技術の高さに加え、治癒以外に戦闘に使用する第三位階魔法を習得。これだけの才を持つのは、【聖女】号を授与される者や聖騎士になれるような傑物のみ。

 

 日曜学校で彼女の才を目の当たりにした神官はそのまま神殿に推薦、両親も敬虔なエスペランサ教徒であったことから彼女は神殿へ入ることとなった。

 

 すぐに頭角を表した彼女は生まれはごく普通であるハンデを軽々吹き飛ばし、エリートコースを突き進む。神殿での教育を受けている最中に第四位階魔法までの魔法を習得し、剣技も一般の騎士と打ち合えるほどに成長。

 

 マリアンヌと同じ十四歳になった時、彼女は特務騎士になった。

 

 全てはその溢れる正義感を活かすため。

 世界でありふれた悲劇をその手で打ち払うために、彼女の剣は振るわれた。世界の破滅を目論む邪教の殲滅、己を神の使徒だと自称する気の狂った狂信者の討伐、エスペランサ教の教えを都合のいいように解釈し悪事を働く下衆……そう言った敵を、彼女は打ち倒し続けた。

 

 己の心に従って。

 

 結果的に彼女は特務騎士として名声を獲得し、教団の権力者から注目を浴びることとなる。

 

 それが間違いだったとは思わない。

 自分が戦い成果を上げるだけ世界は綺麗になる。

 救われる者が増える、女神の威光は、世界の隅々にまで届くようになる。

 

 そう信じて、彼女は戦いつづけた。

 

 ──そうして、五年ほど経ったある日。

 

 フェンナは、地獄に足を踏み入れる。

 

 

 ────

 ──

 ──── 

 

 

「当時の私は、自分で言うのもなんですが、それなりに手柄を上げていました」

「手柄というと……」

「主に邪教の殲滅や〈不浄領域〉の間引きです。法国では冒険者ギルドの活動が制限されていた影響で、そういった雑務は教団が一手に担っておりました」

「そうなのか。実は、法国のことには疎くてな」

「マリアンヌ様は聖女ですが法国で生まれ育ったわけではありませんからね。仕方ないことです」

 

 そう言って、フェンナは唇を濡らした。

 

 そして口を開いて、ぁ、小さく声を漏らし、口を噤む。

 

 落ち着かない様子で視線を動かし、何度かフィンの顔を見ては逸らす。

 

「…………今から五年前。私が、十九歳だった時のことです」

 

 やがて、意を決したように、けれどもか細い声を絞り出して語る。

 

「任務を終え、首都に帰還した私に新たな任務が下りました。内容は、〈枢機卿に邪教と接触した疑いアリ、調査せよ〉……私の上司に対する、秘密調査です」

「……やったのか?」

「もちろん。法国外ではともかく、法国内では邪教の信仰は重大な罪。疑いがあるというのならば調査しないわけにはいきません。その際、二人の特務騎士が応援としてやってきた為、彼らと合同で調査にあたりました。……そして、それこそが、罠でした」

「罠……」

「…………調査を進めていくうちに、接触していた証拠が幾つか手に入りました。失望を覚えつつも、せめて自分たちの手で引導を渡さねば。そう思い、特定した拠点に踏み込んだ、その時──共同で任務に当たっていた騎士二人に裏切られ、捕縛されました」

「っ……」

 

 フィンが息を呑む。

 

 信頼していた仲間からの、思いもよらぬ裏切り。

 

 その衝撃は彼にも十分すぎるほどに伝わった。

 

「剣を奪われ、魔法を封じられ。拠点に待ち構えていた多くの邪教徒と、騎士に……私は……」

 

 フェンナはぶるりと体を震わせる。

 

「……それだけじゃなかった。散々私を嬲った後、その拠点で違法に飼われていたモンスター共の中に放り込まれて……」

「そ、そんな……」

 

 フィンの絶句する声。

 それを聞いて、フェンナは、どうして自分はここまで過去を曝け出してしまっているのだろうかと思った。

 

 セラフィーヌとの会話で起きた勘違いから始めた調査。

 トラウマを抱えながらも、聖女のためならばとその身を捧げる覚悟すらあったフェンナにとって、女を取っ替え引っ替えするフィンは非常に不愉快な存在だった。敵意を抱いていたと言ってもいい。

 

 実行に移さなかったのはマリアンヌや【星天】の存在に加え、彼女自身の恐れがあったから。

 

 男に身を捧げることが何を意味するのか、彼女は誰よりも知っている。

 

(……フィン殿は、そのような男ではなかった)

 

 あの日、【払暁】ホームで血を吐いたフィン。

 どうか秘密にしてくれ、俺にはここしかないんだ──そう言って心配を跳ね除けてでも突き進むことを選ぶ姿は、あまりにも悲痛で。

 

 汚され、陵辱され、教団や男に失望した彼女にとって、その高潔さが何よりも尊く見えた。

 

(……そうか。私はフィン殿を、信じたいんだな……)

 

 高潔で、強く気高くあって欲しい。

 

 これは願いだ。

 フィン・デビュラという男への願い。

 押し付けがましい祈りを捧げている自分の愚かさを罵りながら、フェンナは独白を続ける。 

 

「……私の上司にはなんの罪もなかった。騙した騎士と、その命令を下した枢機卿によって証拠をでっち上げられ、私が犯されている間にあの人は……」

「……そこまで、やるものなのか」

「所詮、教団も人が形成した組織ということです」

 

 救い出され自我を取り戻した頃には全てが終わっていた。

 

 上司は処刑され、嘘の命令を出していた枢機卿もまた、処刑され。

 関わっていた特務騎士も行方不明になっており、ある聖女の手によって物言わぬ性処理人形に変えられた、なんて噂もあった。自分が関わらない場所で、自分の関わった事件全てが終わっていた。

 

 ──闇に葬られる形で。

 

 この世に救いはない。

 漠然と、フェンナはそう思うようになった。

 救いなどなく、神などいない。

 あるのはただ純粋なまでのオスの悪意とメスの悪意。

 男女など関係ない。

 強者が弱者を制する、弱肉強食の摂理。

 そうして、絶望したフェンナは、長い年月を費やし心を形成し直した。

 

 女神への祈りは捨てた。

 正義感は強まった。

 他者を弄ぶ人間に対する怒りこそが、フェンナ・リンデを再構成する原動力。

 

 復帰した彼女は腫れ物のように扱われた。

 上司殺しの特務騎士、死神、穢れ、苗床……心無い陰口に苛まれながら、それでも彼女は特務騎士として剣を振う道を選んだ。

 

 かつてとは違う理由で、しかしそれでも正義は忘れない。

 

 そんな彼女に声をかけたのが、エクトル枢機卿だった。

 

「聖女の護衛をしないか。機関でも扱いにくいとされていた私を求める声に、警戒しながら乗ることにしました。セラフィーヌ様のお話は法国でも耳にしていましたから」

「セラさんは法国出身だったか」

「ええ。当時から聖女としての気高さは有名だった。だから、縋りたかった。それが嘘であったとしても、私に信じられるものはなかったから」

 

 失意の中、王国を訪れ枢機卿との顔合わせを済ませた彼女は──セラフィーヌに出会う。

 

 〈聖女〉の権化とすら言える、本物の聖女に。

 

 救われぬ者に救いの手を。

 生きてさえいれば治してみせる。

 そう言って彼女はずっと人々を癒し続けている。

 この世にいない女神に変わってずっと、ずっと。

 

「セラフィーヌ様こそが……いえ。セラフィーヌ様のような方のために生きて死ぬ。それが、私にとっての生きる理由になりました」

 

 ほんの一端でもその力になれれば。

 そして、ほんの一端でも、自分もそうして誰かを救えたら。憎しみはあれど、害するばかりではなく誰かを守れるようになりたい。

 

「……幻滅したでしょう? 私は、こんなにも薄っぺらくて、穢れた女なんです」

「いいや。幻滅なんてするわけがない。フェンナ、お前は強い女だ」

「っ……また、そのようなことを」

「フェンナ、俺は今、猛省している」

 

 そう言ってフィンは目を閉じる。

 

「フェンナの辛い過去を暴いたこと。相談することで気が楽になれば、なんて言い方をして本当に申し訳ない。この通りだ」

「え、あっ……い、いやそんな、頭を上げてください!」

「俺のやった行為は、フェンナのトラウマを刺激する最低なことだ。すまなかった」

 

 頭を下げたフィンに、フェンナは何も言えなくなる。

 

 励ますでも同情するでもなく、まさか話を聞いたこと自体を謝罪されるとは思わなかったから。

 

「その上で……俺は、君を強く気高い女だと思う。素直に、尊敬する」

「っ……ど、どこが。嵌められて犯されただけの、バカな女だ」

「──三年前、俺は死ぬ思いをしたことがある。魔王軍の尖兵を名乗るモンスターに両手足をもがれ、内臓を引き摺り出され、玩具のように扱われてひたすら弄ばれた。もげた手足をそれぞれ別の手足に無理やり繋げられたり、内臓で首を絞められたり……意識が朦朧とする中で、仲間に手を出されないよう必死になってあいつを喜ばせた」

「ぇ…………」

 

 そう語るフィンの瞳は、狂気じみた喜色が浮かんでいた。

 

「あの時ほど、己の無力さを呪った事はない。俺に力があれば。俺に聖剣があれば。俺が〈勇者〉だったら。俺がアリアと同じくらい強ければ、仲間を守れるのに。そう思いながら、必死こいて無様に媚びたよ。あいつはサディストで人の男を玩具として見ていなかったが、俺の反応が相当面白かったみたいでな。なんとか三人に手を出されずにすんだ」

「…………」

 

 フェンナもまた、絶句する。

 

 抵抗する力を奪われ、弄ばれ、無様に喘ぎ敵を悦ばせる。

 

 そんな行為に、覚えがあったから。

 

「男としての尊厳なんて、元から持ち合わせてなかったけど……結構キタよ。師匠に育てられて仲間もみんな強くて頼れるのに、男の俺が一番弱くて役立たずだった。でも、そんな俺でも、無様に媚びて時間を稼いでみんなの役に立てたんだ。滑稽だろ? バカみたいだろ? 情けないだろ? それでも、俺はあそこで初めてみんなの役に立てた。俺がいたから三人を救えた──ああ、初めてそう思えたんだ」

「……フィ、フィン殿……」

「だからこそ俺は、同情でも憐れみでもなく、本心からフェンナを尊敬できる。そんな目に遭って何も得られなかったのに、全てを失ったのにも関わらず、もう一度立ち上がれたフェンナを」

 

 フィンの目が真っ直ぐにフェンナを見つめる。

 

 吸い込まれるような宇宙の色に魅入られて、彼女は目を離せなかった。

 

「……話してくれてありがとう。俺に、こんな大事な話をしてくれて」

「あ、う、……こちらこそ、聞いてくれてありがとう、ございます……」

 

 さっと目を逸らす。

 こんな風に正面から認められたことがなかったから。

 功績や手柄を褒められるのではなく、汚点とも言える穢れた過去の辛さや切なさ、悲しみや行き場のない怒りを共有した上で、褒められたから。

 

「それに男が苦手だろ?」

「……はい。正直なことを言えば。あ、でもっフィン殿は違いますから!」

「無理しなくて大丈夫だ。トラウマがあるのに助けてくれて、本当に感謝してるんだ。ありがとな」

 

 先ほどまでの表情と一点し、フィンは笑顔で告げる。

 

(────ああ、なるほど。これは、やられるわけだ……)

 

 フェンナは心の中で思う。

 どうしてフィンの周りには女性が多いのか。

 自分のようなトラウマを持っている、赤の他人の心すらも容易く溶かしてしまうのだから当然だった。

 

(……高潔で、強くて、光に満ち溢れている。そして決して、それだけじゃない。足りなくて、どうしようもなくてもがいて、現実に抗って……フィン殿は、そういう人なんだ)

 

 己を卑下し焦がれるほどに力を切望しながら、決して道を踏み外さず前に前に真っ直ぐひたすら突き進む。

 

(セラフィーヌ様も、放っておけないわけですよ……)

 

 これほどまでに救えない人はいない。

 なぜならば、救われたいとは全く思っていないのだから。

 

(どうすれば……どうすれば、貴方は救われるんですか……?)

 

 それは、ある種の絶望だった。

 救われたいと思っていない、救うべき人。

 守りたいのに守れない人。

 フェンナの心には楽になったという気持ちとフィンを想う切なさが入り混じった。

 

「また……」

「ん?」

「また、ご一緒に、出掛けてくれますか?」

「フェンナが良いなら、喜んで」

 

 できることはない。

 だけどせめて、ほんの少しでも彼の身体を労わることが出来るのなら。

 

 フェンナは、そう想うことしかできなかった。

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