ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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106 聖女の夢/暴風の泣き声

『────××××××! 私はお前を絶対に許さない!』

 

 光る鎖で縛られた女性が叫ぶ。

 周りに横たわる、数多の死骸。

 破壊の痕が刻まれた戦場には生命と呼べる者は残らず、二人の女性(・・)を除き、生きとし生ける全てがこの世ならざる世界へ旅立っていた。

 

『ルルクス……そなたも哀れよな。妾に従っておれば、今頃は聖都で眷属どもと暮らせていただろうに』

『黙りなさい! 邪法を扱い信心を弄ぶ、そのような邪神と同じ道を歩むなど言語道断……! 何が女神だ! この悪神が!』

『……やれやれ、口の減らぬ女だ』

『あぐっ……!』

 

 縛り上げられた女性は髪を掴まれ、強引に顔を引っ張られる。

 

『これを見ても、まだそのような口がきけるか?』

『っっ……!? そ、な、な……っ!?』

 

 悪神と罵られた女性の下腹部──その更に下である股間部に、本来あるはずのない膨らみがある。

 

 それを目前で見せつけられ、ルルクスと呼ばれた女性は絶句した。

 

『な、なっ……あなた、女神じゃないの……!?』

『女神だとも。単にどちらもついている、というだけでな。そなたのような哀れな女神を虜にしてきた、自慢の摩羅である』

『ひ、ひぃっ……!?』

 

 美しい女性にそぐわぬ、立派で凶悪なソレを見せられ、ルルクスは青褪める。

 

『なぁに、悪いようにはせぬよ。初めは苦しくとも、すぐに心地いいと喘ぐようになる。そなたの使徒のようにな』

『っ、あ、あなたあの子にまで──!?』

『今となっては我が忠実なる僕だ。ふふ、こう言うのを寝取りと言うのだったか?』

『お、まええぇ……!!』

 

 腑が煮えくりかえるような憎悪。

 憎しみを滲ませるルルクスに、女神は嘲笑うような表情で言った。

 

『はは。堕ちた後のそなたが楽しみで仕方ないわ。安心せよ。そなたの使徒も交えて、たっぷり愛してやるがゆえ』

『っっ……殺す。あなたは殺す。絶対に殺す。どれだけ長い刻をかけてでも、絶対に殺してやるっ!!』

 

 苦しく、切なく、そして抑えきれないほどの怒り。

 それらすべてが憎悪となって、ルルクスを染め上げる。

 心が耐えきれなくなってしまうような、悍ましい憎悪と憤怒。そんな、強烈なまでの感情を抱き────眼前で行われる目を背けたくなるような、凄惨なまでの陵辱劇を見つめながら、マリアンヌは夢から覚めた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ふぅ…………」

 

 ほかほかと頭から湯気を発しながら、ホットティーを飲む。

 

 汗びっしょりで目を覚ましたマリアンヌは、シーツやブランケットを洗濯籠へ放り込み、そのまま朝風呂に直行。夢の筈なのに、まるで自分が汚されたような感覚に陥った彼女は血を拭うように全身を洗って湯船にじっくりコトコト浸かった後に上がった。

 

 一時間ほどの長風呂をして落ち着いたので、ホットティーを淹れて一息つき、今に至る。

 

「妙な夢でしたね……」

 

 ルルクスと呼ばれる女性を陵辱する、男性器を有する女神。

 そのような伝承は見たことも聞いたこともなければ、学んだ記憶もない。関連する何かを見知ったこともないため、なぜこのような悪夢を見たのか不思議でしょうがなかった。

 

(古のエルフが齎した話によれば、夢は記憶の整理によって起きるもの。あのような出来事を見たことも経験したこともありませんが……)

 

 自分でも知らない間にそんな目に遭っていて、無意識下で思い出していたのならばありえないことではない。

 

 ただ、そうであるならもっと物的証拠が出ている筈だ。

 己はルルクスなんて名前ではなくマリアンヌであり、陵辱された記憶もなければ、女性が女性を男性器で犯す姿など知識ですら見たことがないのだ。何をどう整理すればそんなトンチンカンな風景が出てくるのか。

 

「…………むぅ……」

 

 何より彼女を最も不愉快にさせたのは、まるで自分が陵辱されたかのような感覚を抱かされたこと。

 

 マリアンヌは清廉潔白な聖女だ。

 確かに過去、冒険者になりたての時代に荒くれ者に手籠にされかけたことはあるが、アストレアやカルラ、そしてフィンによって憂き目に遭うことは避けてきた。

 

 なんなら周囲にいる男性はフィンとエクトルくらいのもの。

 

 洗脳でもされているのかと疑ったが、魔法を使ってもその気配はない。

 

 手に、胸に、顔に、髪に、口に……。

 全身を弄ばれた不愉快な感覚。

 そして、ソレらを受け入れざるをえなかった屈辱。

 ぐつぐつと煮えたぎるような悪感情が、彼女の胸中をぐるぐる巡っている。

 

「……むうぅ…………」

「どうしたマリアンヌ、難しい顔して」

「うひゃっ」

 

 どうしたものかと考え込んでいると、朝風呂から上がったフィンがリビングにやってきた。

 

 タンクトップに短パン。

 ホーム限定のラフな姿を晒すフィンをチラリと見ては、目を逸らした。

 

「お、おはようございます」

「おはよう。もう飯は食べたか?」

「あ、いえ。なんだかあまり、食欲がなくて……」

 

 いつもならばミルクティーを飲むところを、今日はストレートティーにした。

 

 その理由もあまり語りたくはない。

 とはいえ、マリアンヌも女性だ。

 繊細になる日は定期的に訪れる以上、フィンも特に追求するようなことはしなかった。

 

「そうか。何かして欲しいことがあったら言ってくれ」

「そんな、そこまでしてもらうわけにはいきませんよ」

「普段世話になってるんだ。これくらいの配慮はさせて欲しいもんだが」

「いえ、本当に大丈夫ですから。その……そういう日(・・・・・)では、ありませんので」

 

 すでに共に生活を始めてから一年以上経過し、組み始めてからは六年近い。

 

 女性の身体の仕組みにも相応の理解があるフィンは、そういった日の配慮を忘れることがなかった。

 

「む。すまん、言わせてしまって」

「……その気遣いが、何よりも嬉しいんです。ありがとうございます、フィンさん」

 

 じんわりと、憎悪が解けていく。

 この悪夢で唯一マシだったことと言えば、相手が女だったことだ。これでもしも男が加害者だったとしたら、フィンに抱く尊い感情にさえ影響があったかもしれない。自分はソレほど弱くないと思っていても、たった一つ悪夢を見ただけでこれだ。ただの夢、そんなものに感情を揺れ動かされている己の未熟さにため息が出る。

 

「はぁ…………」

「……悩んでるなら相談に乗るぞ?」

「……ご迷惑をおかけするわけには…………」

「そんな状態のマリアンヌを放っておいたら、カルラやアストレアに叱られるよ。ちょっと待ってな」

 

 苦笑しながら、フィンはキッチンに向かう。

 

 葉物をちぎり、根菜の皮を剥き手頃なサイズにカットしてから水で洗う。

 ドレッシングは出来合いの品を用意して、あとはパンにジャムとバター。

 あっという間に朝食の準備を終えたフィンが戻ってくる頃には、マリアンヌのストレートティーは半分ほどまで減っていた。

 

「食べれるだけでいい。軽くつまみながら話してくれないか?」

「……んもぅ。フィンさん、強引ですよ」

「待ち続けるだけが優しさじゃないからな」

 

 程よく温めたパンを小さくカットしてバターを塗り、ジャムを塗り、マリアンヌに渡す。

 

 受け取ったパンを一口食べれば、先程まであった不愉快な感覚も丸ごと飲み込んでしまえた。

 

「…………嫌な夢を、見まして」

「……夢か。マリアンヌがそんな風になるような夢は、想像も出来ないが」

「あまり想像してほしくない。そんな夢でした」

 

 なぜ自分があんな夢を見たのか。

 確かに最近、フィンを男性として見るようになり、そっち方面の知識も学ぼうとしている。だがあんなのは求めていない。あんなものは、愛ではない。マリアンヌは愛を育みたいだけで、あんな扱いを受けたいと思ったことなど一度もないのだ。

 

(でも────私達がやろうとしていることは、同じことなのでは?)

 

 アリアと結んだ協定は、互いに捨てられないようにするもの。

 

 そこにフィンの意志はない。

 いや、段階が進めば当然フィンにだって聞くし望む通りにするつもりだが、現段階でフィンの意志は介在していないのだ。それは、辱めているのと変わらないのではないか。

 もしもこれが男女逆だったのならば……

 そう考えると、自分の思惑がどれだけ醜悪かがわかる。

 知人の男性二人が、女一人を共有しようとしている。

 女性側の意志は問わずに。

 

「……………………」

 

 自分は聖女だ。

 だが、それと同時に、ただの女でもある。

 これほどまでに都合の良い言い分があるだろうか。

 

「……私は、醜い女なんです。聖女なんて言われても、私は、自分を捨て切ることができない……」

 

 それでいいと思っていた。

 実際、聖女であることは権力闘争に身を投じるということでもある。

 枢機卿を介した聖女の権力を存分に扱ってきたマリアンヌはすでに、そういった意味では清廉潔白とは言えないのかもしれない。そうしないと守れないと思ったから。そうした方が、守りやすいと──否。

 

 囲いやすいと思った。

 

「私にも欲望がある。受け入れたつもりになっていましたが、今日、夢で改めて見せつけられたんです。自分の欲望がどれだけ浅ましいものか」

 

 ああ────そうか。

 この不愉快さの原因は、これか。

 マリアンヌは気がついた。

 あの夢で抱いたのは、あんな目に遭っている女性の憎悪の他に──その理不尽さを他者に押し付けようとしている己への嫌悪だったのだと。

 

「全てを手に入れることはできない。わかっています。それでも……叶えたい未来がある。その浅ましき心が、恥ずかしくて、憎たらしくて……捨てきれなくて。私は、フィンさんの思うような女ではないんです」

「…………マリアンヌも、そんな風に思うことがあるんだな」

「……ふふ、幻滅しましたか?」

「いや、むしろ好きになった」

「…………へっ」

 

 フィンは至極まともな表情で、サラダを食べながら言う。

 

「俺も、みんなに言ってないことが沢山ある。言えば嫌われる、やれば嫌われる、だから言わないしやらない。師匠に躾られたからこそみんなに嫌われずに振る舞えているが、本当の俺はどうしようもないくらい醜悪で汚らしい男なんだ」

「な、え、へっ……?」

「一緒に暮らすようになってから、この想いは強くなった。みんなにだらしない姿は見せられないし、見せるわけにはいかないんだからな。もしそんなことをしてしまえば、いくらでも替えのきく盾役なんてお役御免だ」

「え……そ、んなわけ……」

「言い切れるか? 師匠達、【星天】が王都にやってきて業務提携という形で組んだ。こうなったことでパーティーの火力は大幅に増加し、〈深淵の森〉を除いて俺が役に立てる機会は更に減っただろ。いつ首を切られてもおかしくないんじゃないか? ──そんな風に、思う時がある。実際、過去に何度もそう言われてきたからな」

 

 フィンの言葉にマリアンヌは反論しようとして、口を開けなかった。

 

 反論できなかったのではない。

 フィンの考えを聞いて、そのあまりの衝撃に思考が止まってしまった。

 

「それでも俺には【払暁(ここ)】しかない。だから決して立ち止まらないし振り返らない。嘆き悲しみ、思い返すことはあっても──俺の現実はここにあるんだ。高望みもしなければ、理不尽に嘆きすぎもしない。そう思うようにしてるだけで、俺の欲望はひどく浅ましいものだしな」

「…………」

「そんな自分が憎たらしい。マリアンヌにも、そんな普通の感情があるんだって……いや、違うか。俺と同じ想いをしているんだと思うと、少し安心したんだ」

「……フィン、さん……」

 

 その時────フィンの横に、見知らぬ誰かがいる気がした。

 

 姿形が見えたわけではない。

 ただ、そこに何かがいるのではないか。 

 自分達二人以外の気配を感じるが、当然そこには何もいない。

 

「ウッ!」

「!!?」

「……すまん、奥歯が痛んだ」

「あ、ああ……一応、私でよければ診れますが」

「い、いやいや。流石に身内といえど、歯の中までは見せたくない」

「え? ──……あ、えっ、う……す、すみません!」

 

 マリアンヌは顔を真っ赤にして俯く。

 

 これまでであればただの治療行為であると認識できた事柄が、先程見た夢の一部分を思い出してしまったのだ。

 

「……え、ええっと。大丈夫です! フィンさんの裸だって見たことありますから!」

「それはなんのフォローなんだ……?」

「へうっ! ご、ごごごめんなさい! 私ったら、はしたないことばっかり……!」

「マリアンヌもそんな風に慌てるんだなぁ……」

 

 ほんのり楽しげな雰囲気を滲ませるフィンの顔を見れず、俯き継続。

 

 もそもそと口の中にパンを放り込み続けること数分、顔の熱が引く。

 

「……ま、少しは気が晴れたか?」

「……は、い。見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません」

「気にしないでくれ。いつもと違うマリアンヌが見れて良かったよ」

「も、もうっ。揶揄わないでください!」

「揶揄ってなんかないんだけどなぁ」

 

 二人きりの朝食を終える頃には、マリアンヌの胸中でとぐろを巻いていた不快感はすっかり消え失せていた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……………………」

 

 そんな二人の会話を聞く、一人の女性。

 

 腕で目を抑え、太い木の枝に寝転がった彼女は、大きくため息を吐いた。

 

「…………ハッ。死にたくなってくるわね……」

 

 アストレア・ラ・アエラス。

 二人が食事をするリビングの窓が開いていたこと、そして、彼女が日頃過ごしている中庭の世話をしていたこと。二つの出来事が重なって、会話を聞くことになってしまったアストレアは──瞳から光を失っていた。

 

「……過去は消えない。……そうよね。……その通りね……」

 

 アストレアはかつて、人を嫌いになった。

 

 フィンに出会ってからもすぐに改善されたわけではなく、彼が成長していくにつれて捨てるもんじゃないと思い始めたに過ぎず、その過程でフィンへと理不尽なことを押し付けたことは数えきれないほどある。

 

 過去は消えない。

 今のアストレアがどれだけフィンを想っていようが、かつて自分のしてきた罪は消えない。

 

 替えはきく、だとか。

 他はいる、だとか。

 そんなことを言ったのは、一体誰だったか。

 

 たとえその発言の源に心配があったとしても、事実は変わらない。

 

 頼りない、盾を持っただけの薄汚い少年。

 田舎に戻れと、死ぬだけだと言っても止まることのなかった少年。

 俺にはこれしかないから。

 そう言って歩み続ける少年を見捨てられなくて、意味のない無駄死にをするくらいならばと何度も脅して、それでも諦めなかった少年にそんなことを言っていたのは、誰だったか。

 

「…………あははっ……」

 

 両腕で目元を抑える。

 風を操り、音が漏れないようにする。

 静寂の中で彼女がどんな声で泣いたのかは、誰も知る由もないことだ。

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