「ってわけで、アストレア姉さんと何かあった?」
「いや……なにもないが……」
「えぇ~? ほんとに? なんか傷つけてない? もしくはお兄さんが傷つけられてない?」
「まあ、俺が無意識に不愉快にさせてしまった可能性はある。でも俺は傷つけられてないぞ」
(どーだろ。お兄さん自己評価終わってるし、変に謙遜して姉さんの地雷踏んだとかじゃない?)
【払暁】ホームに足を運んだアリーシャは、姉がいるかどうか確認し不在だった為にそのままフィンとの対話を始めた。カルラと共にリビングでのんびりしていたフィンはそれを快諾し、今に至る。
(大体お兄さん、自分のことを持たざる者みたいに言うけど
「……どうした?」
「あはっ♡ なんでもなーい」
ジトッと胡乱な目で見つめているとフィンが居心地悪そうにした。
「……フィンのことは全面的に信じているが、それはそれとして、無自覚に傷つけ追い詰めている可能性は否定できん」
「!?」
「あ、やっぱり?」
「うむ。アリーシャ、そなたはまだ付き合いが短いから経験がないかもしれぬが……フィンは当たり前のように言って欲しくないことを言ってくるぞ。それも、今ここで言うのかと叫びたくなるタイミングで」
「うわー……」
経験者は語る。
今ではフィンと肉体関係にあるカルラ。
フィンの隠して来た性癖も知っている彼女であるが、そんなカルラですらフィンの言動に呻くことがしばしば。それはそなたがマゾだからだろうと言えればいいのだが、惚れた弱みもあれば過去の戦いを知っている所為で何も口を挟めない。
マリアンヌやアストレアとの会話でやきもきすることは日常茶飯事である。
「いや、空気が読めてないわけではないのだ。むしろ察しは良いし気遣いもできる。野蛮な冒険者とは思えないほど正直で誠実な紳士だ。だが、こればかりは我々の責任でもあるのだが……フィンは自分を低く見積もる悪癖がある。それが原因で、我々もよく臓腑を殴られているよ」
「……俺はそんなつもりで喋ったことはないが」
「うむ。そなたは悪くない。だがまぁ、我々の罪と言うべきか。随分とやらかしてきたものだから、フィンの言動が刺さるのだ」
「と言ってもなぁ。俺は今に至るまでの人生を全く悪いものだと思っていない。俺の身の丈では到底届かないような栄光を歩ませてもらっているくらいだ」
「…………ほ、ほらな?」
頬を引き攣らせたカルラの言葉にアリーシャは頷く。
(この感じだと、姉さんが一方的にダメージ喰らってるだけっぽい? セリナの話だと、かなり荒れてたらしいし……)
冒険者講習を担当したセリナはそのままアリーシャとグリセルダの専属にもなっており、交友を深めた今では家に遊びに行くような仲である。その中で過去の話を聞いた際、セリナは毎度の如く渋い顔をして躊躇っていた。
その理由は──【払暁】が今のようになるまで、かなり殺伐としたパーティーだったから。
仲は悪いし罵倒はするし雰囲気も最悪。
基本的にフィンとマリアンヌを見下していたカルラ、才能ないから田舎に帰れと堂々と言うアストレア、二人に強めのヘイトを向けられながら盾役として平然と活動を続けるフィン、同性だからあまりヘイトは向けられていないがヒーラーとしてフィンを助けることも儘ならず精神的に追い詰められていたマリアンヌ。
三年前に起きた事件以降はすっかりいい雰囲気になったが、ずっと担当しているセリナからはそう易々と口にしたい過去ではないのだ。アリーシャが妹だから話したが、無関係なエルフだったのならば決して口を割らなかっただろう。
【払暁】にとってのアキレス腱だとわかっているのだ。
「あやつもな。根は良い奴なのだが」
「アストレアは良い奴だぞ。ちょっとエルフには厳しいけど」
「ちょっと……かなァ」
アリーシャはなんとも言えない顔をする。
グリセルダを筆頭に里に帰って来たエルフの話は聞いていた。
殺すのを躊躇わないのは果たしてちょっとで済むのだろうか。
先に差別意識を見せて殺しても構わないという姿勢だったのはエルフ達なので、フィン視点からすれば優しいで済んでもおかしくはない。
殺そうとしてきた相手に対し殺さない選択を取る。
これが出来るのは絶対的な強者のきまぐれに他ならない。
やろうと思えばできることをしない時点で、優しいとフィンは思っている。
とにかくシビアで現実を直視する。
つまり雑魚が殺されてないだけ感謝しなければいけない。
幼い頃から周囲に強者ばかりが居た環境で育ったフィンにとっては常識だ。
それが彼のスタンスであり、ここまで生き残れた要因の一つでもあった。
「何か問題が起きたことはわかる。だが、我々が積極的に動いてどうにか出来るかはわからぬ」
「そっかー……お兄さん連れてって強引に話させて終わらない?」
「…………終わるだろうな。色んな意味で」
カルラは遠い目で外を眺める。
(やっぱり仲間からみても姉さんってそういう扱いなんだ。困ったなぁ、今ある情報だとどう考えてもお兄さんに話してもらって解決するのが一番だと思うんだけど……)
(……フィンのことだ。アストレアの話を聞いている内に『感謝している』『そんなことない』『お前はいい女だ』みたいな話になって、最悪暴露するのだろう。すまぬが、アリシア殿から言い含められているのだ。そなたに好き放題やらせているとやばいと)
『童貞捨てて新たな自分を見つけたフィンくん、かなり開放的になってるからカルラも気を付けてね。とくにアストレアに漏らしそうになった時はなんとしてでも止めて頂戴』──偉大なる先駆者からの忠告を胸に刻んだカルラ。【払暁】の友情は大事だが、それはそれとして避けられないダメージで追撃することはないだろうと憐れんでもいる。
今のアストレアがフィンの調子乗り暴露を喰らえばどうなるか……
(最悪死を選びかねん。悔やんでも悔やみきれない過去のやらかしで悦んでいたなど、場の勢いでなんとか流さないと到底受け入れられんぞ)
経験者は語る。
アストレアやマリアンヌに話すことがあるとして、それはもっと、こう……衝撃的な情報で暴れる隙すら与えないまま場の勢いで流す時でなければならないと。
カルラはそうだった。
もし平常心でフィンからマゾヒストカミングアウトをされていれば到底受け入れられなかっただろう。
彼女がそれを受け入れられたのは、アリシアとフィンの肉体関係を確信していた上で罵倒に悦ぶフィンを見せつけられた挙句鞭で叩きなさいと脅され過去にやらかしたフィンへの斬撃がフラッシュバックしトラウマで吐いて混乱したからだ。
そしてそのまま成すがまま、鞭を手に持たされ全裸で待ち受けるフィンの身体を叩き……怯えて何も出来なくなったカルラに代わり鼻息荒く鞭を振るうアリシアの姿に尊敬と畏れを抱き、抱かれるまでに至った。
(……………………あれを、アストレアが受け入れるか……?)
実の姉妹が同じ男を狙っていることで闇落ち仕掛けていたアストレア。
実は、姉が先に肉体関係を結んでおり、更に鞭でバンバンビチビチ叩いて苦悶の声を上げる想い人に情け容赦なく蹴りを入れたり……
(────うん。うん……うん。…………まずい……)
あれで悦んでいるフィンもフィンだが、それに付き合えているアリシアもアリシアだ。
アリシアの感情がわかるという能力が遺憾なく発揮され──本人にとっては遺憾だが──フィンの性癖を満たしているのは間違いない。だがあの光景を見たアストレアがどう動くか、カルラには全く読めなかった。
(…………アリーシャからか……?)
(…………なんか睨まれてる? ちぇっ、これじゃあお兄さん連れてくのはダメだなぁ。んー、でも他に思いつかないし……姉さんが私相手に話してくれるならいいんだけど)
「……ふむ。ここは、そうだな。アリシア殿はどうだ?」
「留守番♡ 姉さんとお兄さんの秘密をアストレア姉さんに知られたくないから♡」
「……ほほう。フィン、そなた、隠していることがあるのか?」
「いや、
「まことか?」
「本当だ。俺は嘘をつかない」
「そうだな。そなたは嘘は吐かんな、嘘は」
これまでの苦しいけど大丈夫だとかも全部嘘じゃなかったのだから、カルラとしてはそう言う他ない。
(となると、アリーシャも知っているのか? アリシア殿は何も言っていなかったが……)
「……その秘密とやら、私には伝えているそうだが思い当たることがない。アリーシャ、なんのことだ?」
「え~♡ ……えっと、お兄さんとアリシア姉さんが二人で秘密を共有してるってことです」
「……それだけか?」
「はいそうです」
いつも通り舐めた態度を取ろうとしたものの、カルラは外様の実力者で上位者。
【紅蓮の剣聖】と称されるのは伊達ではない。
今のアリーシャでは天と地ほどの差があると言ってもいい。
同じ、金等級冒険者でありながら。
故に、真剣な雰囲気を醸し出したカルラに対しふざける選択はなかった。
(こ、こわ~……♡ 怒ってる訳じゃないんだろうけど、抜き身の刃みたい♡)
(む? そうなるとアリーシャはアリシア殿とフィンがまぐわっていることも知らんのか。ううむ、ややこしくなってきたな。アリーシャならば抱き込んでもいいような気がするが……)
じっとカルラがアリーシャを見る。
それはまるで品定めするかのようで、そんな視線でじっとり見つめられたアリーシャは冷や汗を流した。
「……うむ、決めた。フィン、そなたはアリシア殿とアリーシャを連れて例の場所に行くがよい。アストレアは私がどうにかしよう」
「へ? いいの?」
「ああ。この際だ。アストレアと、とことんやり合ってくる」
「……大丈夫か?」
「なあに、問題はあるまい。それに──私とあやつだけの共通点もある。そう悪くはならんよ」
「……ほんとに平気? これでどっちかが死にました、なんてのはやだよ?」
「多少は斬り結ぶかもしれんが、大事には至らんさ。……アストレアの抱えている悩みは、私の持っていたものと大差ないがゆえ」
そこまで言うならとアリーシャは頷く。
「フィン」
「なんだ?」
「アリシア殿に伝言だ。『人数はそちらに任せるが、アストレアも連れていく』と」
「……わかった。アストレアを頼む」
「うむ、任された」