ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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110 王都にて、エルフは揺蕩う④

 ぼんやりと心を責め続けていたアストレアは、ふと、空が茜色に染まっていることに気がつく。

 

 心を病んでいる彼女だが、それまでの日課を忘れ去るほど傷心してはいない。

 

【払暁】ホームを購入してから決めた、できる限り全員で食事をすること。

 

 遠出していたり、誰かに誘われたりでもしていない限り誰も破ったことがない。少なくとも事前に言わずにどこかへ行ったことは一度もなかった。

 

「…………帰らなきゃ」

 

 これまで通り、アストレアは帰らねばと思った。

 

 帰れば日常が待っている。

 マリアンヌがいて、カルラがいて、フィンがいる。

 五年間積み上げてきた【払暁】はただのパーティーではない。

 もはや、彼女らにとっての居場所に他ならない。

 庶民が家庭を持つように、【払暁】は、かけがえのない仲間であり家族だ。

 ここから離れることなど考えられない──皆がいなくなってからもずっと、アストレアの心に残り続けるのだから。

 

 だというのに──アストレアの身体はピクリとも動かない。

 

 帰りたくない。

 帰らないといけない。

 腕も、足も、腰も、身体全体が重い。

 思考も靄がかかったようだ。

 

 城壁の淵に腰掛けて、無防備に落ちたら死は免れないような高所にいながら、呆然と夕暮れを眺める。

 

「……帰らないと……」

 

 帰って、四人でご飯を食べて、寝て、起きる。

 

 そうすればこれまで通り、なんの問題もない日常が始まる。

 

 ────本当に?

 

 フィンは常に恐怖している。

 自分が捨てられるんじゃないか、自分なんていつでも替えがきく消耗品だから、自分は三人と比べて名声もなければ人気もない、自分は所詮盾役でただの庶民だから……。

 

 今のフィンを見てそんなことを言う奴はただの愚か者だ。

 

 だが、フィンは最初から今のように頼れる強者だったわけじゃない。

 

 未熟だった時からずっと、上から言い続けてきた。

 フィンの自己評価の低さは自分たちが原因だ。

 自分を替えのきく消耗品だと言い続ける女たちに囲まれ、それでも現実として受け入れて強くなった。恨まれていて当然だ。今こうして共に暮らしているのだって、見方を変えれば強引な行為に値する。

 未熟な少年を囲い込んだ女達。

 成長し魅力的になった今も無理やり手籠にして好き放題している──そんな噂が、なくはなかった。

 

 もちろんそんなことはしていない。

 ただ、そう言われれば否定できないと思った。

 

「…………はぁ。どんな顔して会えばいいのよ」

 

 フィンへの罪を自覚してから、アストレアはフィンと会話できていない。

 

 不審に思われるほどではないが、これから先ずっとそうしていればいずれ訝しまれる。

 

 フィンのことだから、どうしたと直球で聞きにくる。

 その時どう答える?

 過去の自分がどれだけ貴方に罪を犯していたのか自覚して、話しかけられなくなったとでも言うのか。フィンならば許してくれるかもしれない。だって彼は優しくて誠実で素直だから。

 また甘えるのか?

 謝って、許してもらって、それでいいのか。

 己の犯した罪が裁かれなくていいのか。

 

 許されたい。

 許されるべきではない。

 裁かれるべきだ。

 裁かれたくはない。

 このままでいたい。

 このままでいられるわけがない。

 

 自己正当化と自己否定が無限に繰り返される。

 

 逆上したフィンに暴力を振るわれる、なんてことが起きればいい。

 

 現実は、そんなことすら起きようがない。

 なぜなら、フィンはそういう風に育ったから。

 女三人に囲まれ嫌われないようにと己の人格を矯正したフィンは、女性に対して暴力を振るったりせず極めて紳士的な立ち振る舞いをする。相手によって適した対応をするのも【払暁】で暮らすうちに培われたものだ。

 

 例えばシャルロット第二王女には紳士的でありながら砕けた様子で。

 

 ヴァシリやアリアには幼い頃から変わらぬ様子で。

 

 アリーシャには対等な立場で、セラフィーヌには敬うように。

 

 そんな風に対応できるフィンが、『昔、貴方に酷いことをしてしまってごめんなさい』と謝罪して、逆上するだろうか。

 

 しない。

 しないだろうと想定できてしまうことが、酷く辛い。

 俺は辛かったんだ、苦しかったんだと言ってくれればいいのにそれすらもしてくれない。そうやって弱音を吐く盾役が田舎に帰れと言われれば、それ以上何もできないのだから。

 

 それで、許された、なんて──思えるわけがない。

 

「…………今更私に望むこともないでしょうしね。強いて言うなら、消えろとか?」

「──さて、少なくともそなたに消えて欲しいと願う者は我らの中にはおらぬだろうが」

「っ!?」

 

 アストレアが自嘲すると、それを否定する声が混じる。

 

 驚き振り向けば、そこには──戦装束に身を包んだカルラがいた。

 

「おう、アストレア。随分弱っているようだが、如何した?」

「……別に、何でもないわよ。自分の愚かさを呪ってただけ」

「愚かさとな。具体的にはどのような?」

「……アンタ、ズケズケ来るわね」

「今更我らの間に遠慮など要らぬ。好きな男を共有しようなどと考えていた阿婆擦れ同士、仲良くしようではないか」

「…………」

 

 あまりの言い草に絶句していると、カルラが隣に腰を下ろす。

 

「しかし、このような場所にいるとはな。そなたが普段足を運ぶ場所を隈なく探したがおらぬし、夕食が要らぬとも言われておらん。ゆえに王都か王都近郊の何処かで一人孤独に慰めているのだろうと思っていたが──確かにここは、黄昏るにはいい場所だ」

 

 微笑みながらカルラが言った。

 

「…………風もあるしね。エルフとしては、なかなか悪くないのよ」

「頭を冷やすにもちょうどいい。──して、一体何に気が付いた?」

「はぁ……もう少し遠回しに聞きなさい。直球すぎ」

「最近、直球で言葉にした方が良いと学んだのだ。特に、我らのように拗らせた女には」

「そういう割には楽しそうね」

「うむ。そなたには悪いが、一足先に夢から醒めてしまってな」

 

 夢。

 自分とカルラが見ていた夢なんて一つしかない。

 

「……そう。フィンのこと?」

「そうだ。いつも通り風呂に入ったら、フィンの肩にキスマークが付いていた。商売女ではない、良き関係の女性が出来たそうだ」

「────……」

 

 ──ガツンと頭が殴られたような感覚。

 

 頭がふわふわと揺れる。

 

 意識を保つことで精一杯だというのに、カルラはまるで気にもせずに、献立を説明するかのような軽さで口を開く。

 

「これはもう、身を引くしかない。そう思った」

「…………そ、う、なの……?」

 

 震える声を絞り出し聞く。

 嘘であってほしい。

 冗談であってほしい。

 フィンが知らない女に取られたなんて、知りたくない。

 そんな願いを抱えながら訊ねるも、現実は非情だった。

 

「ああ。お相手と顔も合わせた。とても、相性の良い女だった……」

「ぁ…………ぁ……」

 

(うそ────うそ、うそうそうそうそっ、嘘だっ!! 信じない!! 嫌だっ! フィンが知らない女と交わってるなんて! フィンがっ!! 女と、女を、抱いて……ぁ、ぇ、ま、負け、負けた、取られた……? 私は女として、魅力がない……?)

 

「ふっ……ふっ……」

「……落ち着け。話はまだ終わっておらぬ」

「は、なし? どこが? もう、終わりよ、終わったの。私の英雄、フィン、取られた、捨てられた……」

「──私も抱かれた」

「……………………え?」

「私も、抱かれた。一緒になって」

「…………??? ?? え? 一緒? は? アンタ知らない女と一緒に? いきなり?」

「ま、そういうことになる」

「…………頭大丈夫?」

「……遺憾だが同意せざるをえない。いや、私も遠慮したのだ。ほら、私は愛する恋仲の異性がいる男と共に入浴し愛を囁こうとした立場だ。それはわかるな?」

「え、ええ」

 

 コクリとアストレアは頷く。

 なお、混乱の最中で全く思考が定まっていないのだが、本人に自覚はない。

 

「そしてこう……その時、フィンに迫られてしまった。『魅力的な身体で迫ってくるな、いい加減にしろ。犯すぞ』と」

「…………」

 

 アストレアは少し想像した。

 

「まさか責められると思っていなかった私は動転し、『行為に至る前にお相手に確認させてくれ』と言ってしまった。すると半日後、即座に確認をとってきたフィンに『流石にそれはちょっと』と断られたと報告を受けた」

「……うわぁ…………」

 

 これには高潔なハイエルフの王女も何も言えなかった。

 

 事故に事故が重なった出来事だが、確かに当たり前のように入浴していたカルラも悪い。だが、カルラに言われたことをそのまま相手に相談するフィンもおかしい。フィンを全肯定する傾向にあるアストレアであってもそう思った。

 

「そこでいや済まない、そんなことはしないからせめて謝罪をさせて欲しいと言ったら……」

「い、言ったら……?」

「フッ……いいように鳴かされてしまったよ」

 

 ゴクリ、と喉を鳴らす。

 

「まさかあれほどフィンが性技に秀でているとは……太刀打ちできなかった。生娘のように扱われてしまったのだ」

「いや、生娘でしょアンタ」

「それに内容も凄まじく濃かった。ここから先を語る前に、一つ聞いておきたい」

「……十分凄かったけど? 嘘にしては、結構現実味のある内容だったわ」

「そうではない。ここから先を聞けば、そなたの心に甚大な傷が生まれかねん。だから聞かねばならぬのだ、覚悟を」

 

(っ、カルラが、そこまで言うの……?)

 

 瞳は真剣そのもの。

 だが、悲痛な色が滲んでいる。

 これは決して冗談でもなはないのだと、アストレアの脳が警笛を鳴らす。

 

「…………ハッ。ここまで聞かされて、覚悟もクソもない。フィンの、何が問題だったの?」

「……良いのだな? 後戻りは出来ぬぞ」

「──いい。どのみち、これが本当だったら、私はもう出遅れて価値のない女ってことでしょ。それに…………」

 

 ──フィンに愛されることがないとわかってたもの。

 

 その言葉は飲み込んだ。

 

 アストレアの覚悟を読み取ったカルラは、一度瞳を閉じる。

 

「……そなたの覚悟、受け取った。ならば約束してもらうぞ」

「約束? ああ、【払暁】とかが絡まないならいいわよ」

「守って欲しいのは一つだけ。この話を聞いた後、フィンらを交えて話し合いの機会を設ける。その話し合いを終えるまで、そなたは一切の暴力行為を働かないと」

「──守る。守るわ。それでいい」

 

(私がどうこう言う権利はないってことでしょ。信用ないわね。……当たり前か)

 

「…………その言葉、忘れるな」

「ええ。ハイエルフの誇りに誓う」

「……………………。うむ。では、結論から言うが──」

 

(──恨んでた? フィンがおかしくなってた? それとも、【払暁】を辞めたいとか? ああ、だめね。嫌な選択肢ばっかり浮かんでくる。自分のやったことが全部返ってくる。ほんと、惨め……)

 

「──フィンがとてつもないマゾヒストだったのだ」

「……………………。…………えっと……聞き間違えたかしら」

「……フィンがマゾヒストだった。それも、ド級のマゾ、ドマゾだった」

「……し、知らない。知らないから。ド級のマゾってなに? なんなの? いみ、わかんな」

「フィンはマゾで、我らの罵倒で性的に興奮し盾役としての生活で常に絶頂していたそうだ。無論、先日〈深淵の森〉で負った致命傷でも絶頂したそうだ。そなたが時折追い返していたエルフの差別意識などでも悦んでいたらしいぞ」

「……ケッ、ヒヒッ、な、何言ってんのっ? そ、そんなわけな、ないでしょ、フィンが……そんな……マゾ……ぁぇ…………」

 

 連日に渡る心労。

 衝撃すぎる事実が複数個。

 加えて、他でもない【払暁】で共に選ばれないだろうなと思っていた仲間のカルラから言い渡されたこと。

 

 それら全てが重なって、アストレアは意識を失った。

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